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境界の落第生 ―異世界でしか、俺は英雄になれない―  作者: 秦江湖


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1/7

価値の無い一日

俺の名前は秋月零。十九歳。大学は一年で中退した、ただの落第生だ。


夜になると思考が冴える。


嫌な現実に押しつぶされそうになる。


だから夜通し、ネットやゲームをやる。


うるさい朝が来る前に寝る。



安アパートの六畳一間。壁には黄ばんだ染み、床には脱ぎ散らかした服と空のペットボトル。


目を開けて枕元のスマホを手に取ると、時刻は午後一時十二分。……また、昼過ぎまで寝てた。


「はあ……」


ため息が漏れる。

通知は母親からのラインが一件だけ。「元気? ご飯はちゃんと食べてる?」

既読スルーした。返事する気力もない。


冷蔵庫を開けると、昨日買ったコンビニ弁当の残りと、賞味期限切れの牛乳しかなかった。適当に電子レンジでチンして、床に座りながらかきこむ。味なんかしない。


テレビをつけても、芸能人のスキャンダルやら政治の話やら、どうでもいいことばかりが流れている。


俺は何をやってるんだろう。


高校の頃はまだマシだった。成績も中の下で、友達も数人いた。


でも大学に入ってから全部狂った。講義はつまらない、アルバイトは続かない、人間関係は面倒くさい。


結局、ゲームとネットに逃げて、単位はほとんど落として中退。父親とは大喧嘩して絶縁状態だ。


「俺って、本当に何もできない人間なんだよな……」


独り言が部屋に響く。


唯一の取り柄は、ゲームで培った戦略思考と、プログラミングの独学知識くらい。でも現実でそれが活きる場面なんてない。


オンラインゲームでも、所詮は中堅。強い奴らを見ていると、むなしくなるだけだ。


午後三時を過ぎても、特にやることない。


ベッドに寝転がって天井を見つめる。


このまま一生、こんな日々が続くのかと思うと、胸の奥がざわつく。



変わりたい。

誰かに必要とされたい。

……そんな陳腐な願いすら、俺には重すぎる。


今から地道になにかを頑張るなんて、なにを頑張ればいいかもわからない。


望むのは、都合のいい「一瞬での離脱」。


そんなこと、現実にできるわけない。


夕方六時過ぎ、外に出ることにした。


近所のコンビニまで自転車を漕ぐ。夜風が少し冷たい。


いつものようにカップ麺とビール、適当な菓子を買ってレジへ。


店員の女の子は愛想笑いすらくれない。まあ、当然か。俺みたいな冴えない男なんて。


帰り道、信号待ちでスマホをいじっていると、後ろからクラクションが鳴った。



振り返った瞬間——


眩しいライト。

急ブレーキの音。

トラックのフロントグリルが、ものすごく近くに迫っていた。


「——っ!?」


衝撃。


体が浮くような感覚。


アスファルトに叩きつけられる音。

痛みより先に、視界が真っ白になった。


(死ぬ……? こんな人生で……?)


意識が遠のく中、声が聞こえた。


『お前は、本当に何も変えられない人間か?』


低くて、どこか機械的な声。

暗闇の中に、白い光が浮かび上がる。


『ならば、境界を越えてみせろ。お前の知識と意志で、世界を変える価値があるか——試してみるか?』


選択肢が、視界に浮かぶ。


【契約を結ぶ】 【拒否する】


……ふざけるな。


拒否して、この惨めな人生を続けるっていうのか?


俺は、歯を食いしばって心の中で叫んだ。


「契約を…… 結ぶ!!」


瞬間、世界が反転した。


白い光が爆発し、俺の意識を飲み込んだ。




次に目が覚めたとき、そこは見知らぬ森の中だった。


木々の匂い。鳥の声。柔らかい土の感触。


太陽の光が木漏れ日となって降り注いでいる。


「……ここ、どこだ?」


体を起こす。服は血まみれだったが、痛みはない。


むしろ、妙に体が軽い。


視界の隅に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。


【境界演算システム 起動】

【契約者:秋月 零】

【現在の滞在可能時間:残り 72時間 00分 00秒】

【最初のミッション:近隣ギルドへの登録と、初級依頼の完了】


「……は?」


俺は呆然とウィンドウを見つめた。


これは、ゲームのステータス画面じゃないか。

でも、明らかに現実だ。風が頰を撫で、土の匂いが鼻を突く。


そして、理解した。


俺は、異世界に来た。


現実の、あの底辺の人生から完全に、逃げ出した。


「やったぜえ……笑えるな」


口元が、自然に歪んだ。


現実では何も変えられなかった俺が、ここではもしかしたら!


「英雄に、なれるのか?」


胸の奥で、何かが熱くなった。


それは、長い間忘れていた感情だった。


希望。


俺はゆっくりと立ち上がり、森の奥に続く獣道を見つめた。


「よし……まずは、動くか」




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