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第二百九十話:アーリヤの説

「なるほど、私がアーリヤ様の意思を継ぐ者なのではないかと」


「そうだ。あの声は、貴様のものか?」


「アーリヤ様の意思を継ぐ者、という意味では正解だけど、残念ながらその声は私じゃないよ」


 イナバさんの答えは、半分だけ思っていたものだった。

 イナバさんは、過去に失敗をして、傷ついていたところを、アーリヤに救われた。

 だからこそ、その行いに敬意を表しており、自分もアーリヤのようになりたいと、努力をしてきたのだという。

 この町は、そうして人々を助けた末に出来上がった町であり、イナバさんがアーリヤの意思を継いでいるという証拠でもある。

 ただ、竜脈に声を乗せていたかというとそんなことはなく、それはまた別の人物によるものではないかと言った。

 なんか、期待していただけに、ちょっと残念である。


「ならば、その声に心当たりはないか?」


「そんなことを願うとしたら、それこそアーリヤ様自身か、アーリヤ様に憧れていた幻獣くらいだと思うけど、詳しいことはわからないな」


「ちっ、使えんな」


「にくす、しつれい」


 しかし、イナバさんが件の声ではないとすると、あの声は一体誰なんだろうか?

 一応、アーリヤが助けた幻獣が、イナバさんのように意思を継ぐという可能性があるのなら、他にも同じような幻獣がいるかもしれないし、その誰かという可能性はあるけど、それだけの情報では、追うに追えない。

 そこまで数は多くないとは思うけど、せめて場所のヒントがないとね。


「その声を聞いて、助けなきゃって思うあたり、あなたもだいぶアーリヤ様に似ているね」


「そ、そう?」


「あの時も、そうだった。初対面だったはずの私に、何の迷いもなく手を差し伸べてくれた。私は、その姿に憧れて、近づこうと努力してきたんだ」


 昔を懐かしむように、空を見上げるイナバさん。

 聞く限りだけど、やっぱりアーリヤって相当お人好しだったみたいだね。

 例え敵だろうと、可能な限り助けようとする。そりゃ慕われるわけだよ。


「しかし、そうなるとあの声は一体……」


「ねぇ、その声って、本当に竜脈から聞こえたの?」


「こ奴が言うことをまとめると、そう言うことになる」


「だったら、もしかしたらその声は、本当にアーリヤ様の声かもしれないよ?」


「どういうことだ?」


 アーリヤは、過去に起きた大戦争の責任を感じて、自ら命を絶った。

 その際、その体は、光へとほどけ、消えてなくなったという。

 その姿に多くの幻獣は悲しみ、人への信頼を急速に失っていったわけだけど、中には、その事実を受け止め切れずに、ある説を提唱する者がいたのだという。

 それが、アーリヤはまだ死んではいないという説だ。


「アーリヤ様は、命を絶たれた際に光となって消えていった。これは、神の妻として神界に召し上げられたと見ている幻獣が多いけど、実はそうではなく、大地に還ったんじゃないかって説があるんだよ」


 この世界には、大地はすべて神様の体が分かたれてできたという話がある。

 そして、竜脈とは、その神様の力の一端であり、流れる魔力は、神様の魔力である、というもの。

 神様の妻として、神様の力を手にしていたアーリヤは、神様の魔力との親和性が高かった。そして、自分のせいで戦争が起きたことに、責任を感じていた。

 だからこそ、その未練が、竜脈に反応し、自らの身をその流れに同化させることで、大地となった。

 つまり、そうすることで、死してもなお人々を見守ろうとした、という説である。


「自責の念や、人々を助けてほしいと願うのは、まさにアーリヤ様の精神そのもの。竜脈から聞こえたということは、アーリヤ様が大地を巡っている証拠でもあるんだよ」


「なるほど……」


「馬鹿馬鹿しい。そもそも、大地が神の体が分かたれてできたなどという話は、ただの言い伝えにすぎん。そこにアーリヤの魂が入り込むなど、ありえん話だ」


 俺は納得しかけたけど、ニクスはその話に懐疑的だった。

 確かに、アーリヤの魂が、神様に近かったのはあるだろう。しかし、だからと言って、大地と同化し、人々を見守り続けているなど、到底信じられることではないようだ。

 というか、もしその話が本当なら、アーリヤは今の幻獣と人々の関係を見て悲しんでいることだろう。

 いつまでも人々を見守るためとはいえ、その結果がこれでは可哀そうすぎる。

 アーリヤに生きていてほしいと願う幻獣の考えはいいと思うけど、あまりに飛躍しすぎていると思ったようだ。


「まあ、確かにこの話はただの妄想だ。大地を巡っていると信じて、アーリヤ様がいなくなったショックを紛らわせようとしていたに過ぎない。実際、私を含めて、その声を感じ取ったことはなかったしね」


「じゃあ、実際にはあり得ないってことですか?」


「そう思っていた。けど、その声を聞いたという者が現れたのなら、話は別だ。もしかしたら、本当にこの説が合っているかもしれないってことなんだから」


 イナバさんは、わずかに目を輝かせながら、そう言った。

 あの声は、大地に還ったアーリヤ本人の声。確かに、そう考えれば、あの言葉の意味も理解はできる。

 ただそうなると、俺の存在って一体何なんだろう?

 俺は、アーリヤが持っていたという、ほぼすべての属性操ることができるという特徴を持っている。だからこそ、俺はアーリヤの関係者なのではないかと考えられてきた。

 もしかしたら、生まれ変わりなのではないかともね。

 でも、実際にはアーリヤの魂は大地へと帰っていて、今もそこにいるということになる。

 となると、俺は一体アーリヤのなんなんだ?


「眉唾の神話を信じるのは勝手だが、それが真実だったとして、貴様は何をしたいんだ?」


「アーリヤ様は、私のような幻獣にとっての旗印だった。だからこそ、生きていてほしいと願って、こんな説をでっちあげた。けど、もしそれが本当なんだとしたら、次に願うことは……わかるでしょ?」


「……アーリヤの帰還か」


 アーリヤが本当に生きているのだとしたら、また戻ってきてほしいと願うのは、当然の願いだろう。

 多くの人々に慕われ、その願いを叶えるだけの力を持ったアーリヤが戻ってくることは、いいことなのかもしれない。

 けど、アーリヤはその力故に、大きな戦争を引き起こした。

 その力が健在だったなら、また同じようなことが起こるかもしれない。

 それは、本当にいいことなんだろうか?


「というわけで、もっと詳しく教えて欲しいな? 小さなドラゴンちゃん?」


「う、うん……」


 俺は、どうしたものかを思いながら、ちらりとニクスを見た。

 感想、誤字報告ありがとうございます。

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