第十九章 核爆発
メリは警察署へ電話をかけた。警報を鳴らしたのだから、誰かはいるはずだ。何人かに来てもらって、フロードの手伝いをしてもらえないだろうか? というわけだ。
警察署の黒電話がなっている。大勢の警官が行き交う中、出ようとする人は居ない。いや、出る余裕が無かった。
警察署は、具現化した地球人の集団に襲われていたのだ。具現化した地球人はほとんどがふつうの人間で、武器は鍬や斧である。その地球人たちが、警察署の壊れた壁や、扉から、狂ったような雄叫びをあげ、なだれ込んでくるのだ。一人一人は光弾を一度当てれば消えるが、いくら撃っても減った気がしない。警官たちは机や椅子で通路を防ぎ、そこに隠れながら地球人たちを撃った。署長はバリケードに隠れながら、電話で軍隊に援護を頼んでいた。
上からの射撃を命令され、警察署の屋上へ行った警官は、街を見下ろした。その警官たちの目に飛び込んで来たのは、街を埋め尽くす地球人の津波だった。道を埋め尽くし、一切地面が見えない。遠くにドラゴンまで見える。
「もう、おしまいだ」若い警官が後ずさりする。
「軍隊が来れば逃げられる! それまで持ちこたえるんだ!」ほかの警官が激を飛ばし、地球人の集団に光弾を撃ち始めた。若い警官も、恐怖に怯えながら、光弾をうちはじめた。
「なんで誰も出ないの? 警報がなってるのに寝てるんじゃ……」メリはスマホに向かって文句を言った。
イライラしながらスマホをしまい、教会の入り口へ歩いて行った。核ミサイルがセカイトメントに来る、ということを思い出し、メリは扉を少しだけ開け、空を見た。もし、地球から核ミサイルがやってくるなら、それだけ大きな空間が必要で、大きな魔力が必要ななはず。もしかしたら、くる瞬間を感じ取れるかもしれない。感じ取れたからなんだという話なのだが……。
石になった仲間たちを見回し、ため息をつく。石のホワイトと目があった。ぼーっとしてると叱られそうだ。しかし、何をすればいいか分からない。メリはとりあえず、メンバーを全員把握することにした。ホワイト、ヒゲ、アーノルド、グリーン……グリーンは確か、自分と同じゲートキーパーだ。この人の代わりに自分が呼び出されたわけか。メリはそう思いながら、メンバー確認を進めた。
フロードはある事に気付いた。この人工衛星には、ところどころに小型のロケット噴射口がある。本来は姿勢制御に使うものだが、これを利用し、地球に落とす事も可能なのではないか?
フロードの計画は決まった。人工衛星を魔法で運転し、地球に落とすのだ。早速、フロードは人工衛星の本体に、掴めそうな所を探した。地球側の先端に、円柱の縁を囲むように作られた骨組みを発見し、そこへ飛んだ。結局、さっきフロードが捕まっていた場所だった。
その骨組みをしっかり掴むと、フロードは人工衛星に魔力を流し始めた。巨大な人工衛星の全てに魔力を流すのは、時間と魔力を消耗する。テレポートする魔力は残すことができないかもしれない……。
フロードは人工衛星の操縦権を手に入れた。あとは、地球の反対側のロケットを噴射し、地球に向かって飛ばすだけだ。一体どれくらい時間がかかるのか分からないが、やるしかない。
操縦しようとした瞬間、背後に殺気を感じたフロードは、円の反対側の骨組みに飛んだ。グシャリと、骨組みがひしゃげる音が聞こえる。
フロードは骨組みにつかまり、さっきまで自分がいた場所を振り返った。そこには、カブリルアイの地下にいた、あのロボットがいた。骨組みに捕まり、フロードを睨んでいる。
このロボットは船外活動をするためのロボットだったのだ。人工衛星に問題が発生した時、修理するのはこのロボットの役目だ。
「その方法に気づくとはね。しかし、想定内だ」セカイトメントにいるシャイニングは呟いた。町中での独り言だ。もちろんフロードには聞こえていない。
ロボットたちは衛星のハッチを開け、どんどん出てきた。数え切れないほどの数だ。背中に空気を噴出する穴があるようで、自在に宇宙を飛んでいる。
フロードは思った。ロボットを破壊し終えた時、もうテレポートの魔力は残らないだろう。死を覚悟した。
しかし、ロボットたちは、フロードに襲いかかることは無く、人工衛星のロケット噴出口を、取り外し始めたのである。
指先から工具が出てきて、壊すのではなく、解体し、丁寧に取り外したのだ。セカイトメントを征服した後に、修理しやすいようにという配慮である。
ロボットたちは、ロケット噴射口を取り外すと、船内に戻っていった。
ロケット噴射口は、虚しく宇宙空間に流れていった。フロードはその噴射口を追いかけようかと思ったが、修理なんてできないし、できたとしても、時間がなかった。
フロードは次の手を考えた。しかし、思いつかない。光弾を死ぬまで打ち込むか? それで破壊できるとは思えない。噴射口が流れていったと同時に、希望も、手の届かないところまで流れて行ってしまったのだ。フロードは急に自分が宇宙にいる事が恐ろしくなってきた。死ぬなら、セカイトメントで死にたかった……そう思った。
「フロード君、君には絶望する時間をあげよう……」
そういうと、シャイニングは両手を掲げた。暗黒の夜空に、切れ目が発生し、その切れ目から光が漏れ出した。その切れ目は、湖を空に浮かべたように広がり、地球の空を映し出した。湖を利用した地球への扉だった。
地球では、上空を飛んでいた核ミサイルが方向転換し、湖に向かい始めた。
メリは、シャイニングのゲートキーパーの魔法を感じ取り、教会の扉を少しだけ開けて、空を見た。メリは驚き、扉を開け放った。目も口も、教会の扉と同様、無防備に開いてしまった。夜空を覆い隠すほどの青空が上空に広がっているのだ。そして、その中心に白い点が見えた。
メリは確信した、あれが核ミサイルだと。メリは走り出した。何も考えず、心に導かれるままに走った。
フロードはパネルの端に移動した。人工衛星の全体が見える場所だ。、何か破壊するヒントは無いかを探しているのだ。
端から端まで眺めてみるが、人工衛星の鏡面に映る自分は小さく、豆粒にしか見えない。光弾で破壊するには、人工衛星は大きすぎた。
核ミサイルは、シャイニングの操作以外受け付けず、軍がどれだけ頑張っても湖に向かって飛び続けた。アメリカはパニック状態だった。神に祈る人や、地下鉄に逃げ込む人、自暴自棄になり、略奪する人。それぞれ、思い思いに人生の最後を満喫していた。しかし、彼らの人生は終わらなかった。
着弾、するかと思われた核ミサイルは湖に沈み、姿を消した。水しぶきも上がらず、風だけが舞い上がった。
セカイトメントの空に浮かんだ湖から、核ミサイルが現れ、煙の尾を引きながら、空を横切った。はるか上空を飛んでいるが、形はハッキリ見える。その巨大さは、絶望が空を飛んでいるようだ。
ミサイルが向かっているのは警察署だろうか? それとも軍隊? メリはミサイルがよく見える平地まで走った。そして、心の衝動に動かされるまま、精神を集中した。
シャイニングは核ミサイルの軌道を見つめ、満足そうに笑った。これで抵抗できるものは、極限まで減らすことができる。残ったものは全員石にして、地球のエネルギー問題を解決するのだ。心のエネルギーを使い切ってセカイトメント人が減ってきたら、繁殖させればいい。シャイニングはセカイトメント人が千人でも残れば、地球のエネルギーは百年持つと計算していた。心のエネルギーを地球全体に行き渡らせる魔法や、混乱を防ぐための、地球人への対応も考えていた。
心のエネルギーを植物に応用すれば、一瞬で成長させる事も可能だ。食もエネルギーも、自然に湧いてくる。もうすぐ、地球人にとっての夢の世界が訪れるのだ。地球こそが理想郷になるのだ。
「人類の幸福に、乾杯」シャイニングはコップを手に持ってるかのように形作り、その手を天に向けた。
その時、核ミサイルの軌道上の空間が大きく切り取られた。ビルのように巨大な長方形だ。その空間の向こうには宇宙空間が見えた。
メリがゲートキーパーの魔法を使い、人工衛星の鏡面を扉に変えたのだ。
フロードの目の前に、夜空が現れた。それは、人工衛星の鏡面に映し出された、セカイトメントへの扉だった。核ミサイルが猛スピードで突っ込んでくるのが見える。一瞬でミサイルは、鏡面から飛び出してきた。
フロードは反射的にそのミサイルに飛びついていた。体を強化し、パンチを食らわせ、腕を食い込ませた。ミサイルは脱臼させる勢いでフロードの腕をひっぱり、連れて行った。人工衛星からどんどん離れていく。
シャイニングは激怒し、ゲートキーパーの魔法を使った人間を探そうと、辺りを見回した。メリの居場所はすぐわかった。彼女を石にしてしまおうと思った。
しかし、次の瞬間、重大な事に気付いた。核ミサイルが方向転換し、人工衛星に向かっているのだ。シャイニングはどういう事だと思い、ゲートを開き、衛星の鏡面から宇宙をのぞいた。
核ミサイルが大きく弧を描いて戻ってくる。その側面に、フロードが取り付いている。核ミサイルを魔法で操縦しているのだ。
「ふざけるな貴様ら! 人類の幸福の価値がわからんのか⁈」
シャイニングは怒声をあげ、衛星の鏡面を全て、セカイトメントへの扉に変えた。そして、光弾を撃ちまくった。だが、当たらない。光弾が当たってとしても、ミサイルは核爆発し、シャイニングはおしまいだ。もちろんフロードがむざむざ鏡面に衝突させるような真似はしない。
シャイニングは、人工衛星を操縦し、ミサイルを避けようとした。しかし、ロケット噴射口は、さっき自分がロボットを操り、取り外してしまった。操縦できない!
「お前らのゴミはお前らの世界で処理してもらうぞ!」フロードは叫んだ。
核ミサイルは人工衛星に直撃し、爆発した。
地球の空は、太陽が二つになった様に輝き、その光は世界中に降り注いだ。人々は空を見上げ、驚きの声を上げている。写真や動画を撮っている人もいる。
セカイトメントでは、石にされた人達が全員元に戻り、暴動を起こしていた地球人は正気を取り戻した。警察署を取り囲んでいた地球人たちは一斉に大人しくなり、警官たちの攻撃に怯え、散り散りに帰って行った。
警察官たちはしばらく攻撃を続けていたが、地球人たちの様子が変わった事に気付き、戦闘をやめた。
メリは教会へ走った。自分の魔法が役に立ったかわからないが、胸騒ぎを覚え、何も考えずに走った。教会の扉が見えた。
中から、ホワイトが出てきた。外の状況を不安そうに見回している。
「やった! やったーーー!」メリはホワイトに飛びついた。
ホワイトはメリの勢いを受け止めきれず、メリを抱えたまま、道と教会の段差にかかとをひっかけ、後ろに倒れそうになった。それをアーノルドが支えた。
「やった! フロードがやったー!」
「ちょっとメリ、どういう事ですか? 重い!」
メリはホワイトに抱きついたままピョンピョンと飛び跳ねて、跳ねるたびにホワイトに体重を押し付けた。ほとんどタックルだった。後ろにアーノルドがいなかったら、ホワイトは押し倒されていただろう。
後ろからトニーとティムが、メリの顔を覗き込む。
「フロードがやったって……シャイニングを倒したのか?」ティムが言いながら、教会を見回す。フロードを探しているようだ。
「兄貴が? で、どこにいるんだ?」トニーもあたりを見回した。
「フロードは宇宙の……」メリはそこまで言うと、息が止まった。そうだ……フロードはどうなったのだろう?
メリはホワイトに体重をかけるのをやめ、地に足をつけ、説明を始めた。ホワイトは、マントの中で自分の腰を撫でた。
「シャイニングの本体は、人工衛星の中にあって、フロードは体を強化して……宇宙に行ったの……」
地球に行ったことのないホワイトとヒゲには、聞きなれない言葉ばかりで、その重大さがわからなかった。しかし、それ以外の面々は、信じられないと言った表情で、メリを見つめた。
それからの事はメリにも分からない。自分は、核ミサイルを地球側に送り返しただけだ。
「まさかシャイニングが二人いたとは……しかし、二人目も倒されたのは確かなようです。みんな石から元に戻ってますし……」ホワイトが周りのみんなを見回しながら言った。おもむろにポケットに手を入れる。
ホワイトはスマホを取り出そうとしたが、見つからない。マントの内ポケットをひっくり返すが、埃が落ちるだけだった。「私のスマホがありませんね……」
そんなホワイトを横目に、ヒゲはスマホを取り出し、言った。
「フロードの心の波長を探そう。それが一番早い」
全員がうなづいた。ヒゲは、それにうなづき返し、スマホのマップを開いた。画面に手をかざし、フロードの心の波長を調べ始める。全員がそれを見つめた。決してヒゲに見とれているわけではない。




