第十一章 サンフランシスコ
フロードとティムの二人は、エントランスホールで地球の拠点に連絡を取った。
「そういえばティム、準備することがあるって言ったよな? なんなんだ?」
ティムはスマホをポケットにしまい、フロードの足先から首元までをゆっくりと眺め、言った。
「服、買っとかないと任務に支障が出るだろ?」
そう言われて、フロードは自分がまだ騎士のような格好をしている事に気付いた。セカイトメントでは、警官の制服にも採用されている普通の格好だが、地球では目立ちすぎる格好だ。フロードは自分の全身を見下ろし、
「成る程、これは……早めに準備を終わらせたいな……」と呟いた。
フロードがそういうと、ティムの背後に、ロールカーテンが降りるように、空間が切り取られ、地球の建物の内装が現れた。幅1メートル、高さ2メートルほどの、地球への扉だ。
向こう側には、ゲートキーパーの女性が待っていた。ゲートキーパーといえば、メリしか印象にないフロードは、聡明そうなゲートキーパーを見て、少し驚いた。今まで普通だと思っていた事が、他では異常だったとわかった時の感覚だ。何がとは言わないが……。
フロード達が扉を通り抜けると、そこは、ウォークインクローゼットだった。フロードたちの両側に服がかけられており、背後に大きな鏡がある。その鏡は警察署の風景を映しており、一瞬の光を放った後、騎士姿のフロードを映し直した。女性についていくと、広い部屋に出た。
黒いソファー、黒いテーブル、黒い柱があり、全てが照明を鈍く反射して、高級感が漂っている。床は灰色のカーペットが敷かれており、足音が響かず、落ち着いた雰囲気だ。部屋の奥は一面ガラス張りで、朝日に照らされたサンフランシスコの街並みを見降ろしていた。ここはビルのようだ。
「ようこそ、俺のオフィスへ。仲間を紹介するよ」
ティムがそういうと、ソファーに座っていた二人が立ち上がった。扉の前にいた女性も背後に手を組み、嬉しそうにフロードの前に立った。
「奥からパドック、メントスだ。で、ゲートキーパーがグリーンだ」ティムは三人を手で示しながら紹介した。
「俺はフロードだ。よろしく」
パドックはフロードよりも背が高く、2メートルは有りそうで、Tシャツにジーパンを着ていた。少し肥満体型で、片手にポテトチップスを大事そうに抱えていた。少しだるそうに、傾いて立っている。ポテトチップスの油が付いた手を、ズボンで拭いて握手した。
メントスは眼鏡をかけており、小柄で細く、ネクタイ無しでスーツを着ている。礼をするときも妙に型にはまっていた。サラリーマンのお手本のような動きだ。フロードが差し出した手を、両手で包み込んできた。フロードは少し驚いた。
次にグリーンが前に出てきた。長い金髪を一つにまとめ、タンクトップの上に黒いジャケットを羽織い、スキニージーンズを履いている。背も高く、出るところは出て、締まるところは締まっている、いわゆるナイスバディと言われるタイプの女性だった。
「どうもフロードさん。姉がお世話になっております」グリーンはそう言い、握手を求めてきた。
「姉?」フロードが握手しながらそう言うと、グリーンは柔らかい笑顔を見せ、「ホワイトです。ホワイトは私の姉です」
フロードは意外だと言う顔をした。こう言うのもなんだが、ホワイトはチビだし、マントで隠してはいるが、スタイルは良くない。化粧も下手だし目つきも悪い。目の前のグリーンとの共通点は髪の色ぐらいだ。
「あまり、似てないな……ほら、ホワイトって……」フロードがそう言うと、スマホが鳴った。フロードはスマホを慌てて取り出し、着信画面を見た。フロードはギクッとした。ホワイトからだった。
「フロード、まだ任務を始めていませんよね? こちらの準備が整うまで待って下さい」
「ああ、始めてない。準備って、石された人を殺す準備か?」フロードは少し険のある声を出した。
「えん!(咳)それも有りますが、石にされた人全員に、心を覗く装置を取り付けます。それが済めば、誰が操られているかも分かりますし、攻撃も事前に知ることができます」
「成る程……」
フロードは話しながら、ティムが拠点の三人と会話をしてるところを見ていた。
「ティムの拠点の方々は、みんな知ってる事ですよ。途中で会議を出るから……」ホワイトはブツブツ言い始めた。
成る程、今ティムはそれを仲間から聞いているところのようだ。ホワイトが連絡して来なければ、フロードも聞けただろうに……。
「と言うわけで、場所がわかっているからと言って、むやみに突っ込まないように。こちらの準備はすぐ整いますので、少し待っていてください」
「了解」フロードはティムに手で合図した。今ティムが、仲間から聞いたことを、電話で聞いていると言う合図だ。
フロードが電話を切ると、ティムが「任務開始までは時間があるってことだろ?」と聞いてきた。フロードはうなづき、肩をすくめた。
「姉は結構几帳面なところがあって……自分で何もかも確認したがる傾向があるんです」とホワイトをフォローした。
「よし、じゃあ行こうか」ティムが手をパンッと叩いた。
「行くって何処へ? 任務はまだだろ?」フロードが言うと、ティムは手招きして、玄関へ向かった。
「服を買いに行かなきゃだろ?」
ティムは玄関の棚から鍵を取り出し、そのまま外へ出た。玄関を出ると、そこには小さな部屋にエレベーターしかなく、フロア全てがティムの拠点だった事がわかる。
「なんでお前のところはこんなに高級なんだ? まあ、俺のところもそれなりに広かったが……」エレベーターに乗りながらフロードが言った。
「まあ、それは……上手いこと予算をごまかしたり、みんなで金を出しあって、自費でラビーを買ったりして、それを換金してる」金ピカの枠に彩られたボタンを押しながらティムは言った。一階のボタンだ。
なるほど、とフロードは思った。セカイトメントでは格安の鉱物も、地球では高級品だ。自費でラビーを買えば、その分地球では贅沢ができると言うわけだ。フロードには思いつかなかった事だ。というか、地球での暮らしを楽しむという発想がフロードにはなかった。ティムは本当に人生を楽しむのが上手い。
エレベーターが下がって行く様子を、ボタン群の上部に付いているデジタルの液晶がカウントダウンで表している。かなり早い事が分かる。フロードはその数字を見つめながら、ティムの気配を感じ取っている。ティムはフロードの背後で、エレベーター内の鏡を使い、自分のファッションと髪型をチェックしているようだ。
「なぁ、ティム。なんでだと思う?」フロードは無意識に声が出ていた。
「なんでって、何が?」
「シャイニングだよ。なんでセカイトメントを襲うのかって……」
ティムはフロードに体を向け、腰に手をあて、ため息をついた。
「分からん。想像もつかないね」ティムはむしろ、想像したくもないという口調だった。
「俺もだ」
「でもよぉ……」
フロードはティムの方を振り返り、その顔を見た。ティムはフロードの目をまっすぐ見て言った。
「許せる理由が思いつくか?」
フロードはしばらく考え、階数表示に視線を戻した。
「思いつかないな」
「なら、考える必要はない。そうだろ?」ティムはフロードの肩を叩き、言った。「シャイニングを殺して任務完了だ」
「ああ、絶対に妻と娘を助ける」フロードは自分に言い聞かせるように、決意を言葉にした。
ティムは一瞬、表情を凍らせ「ん? どういう事だ?」とフロードの顔を覗き込もうとした。その瞬間、重力がいきなり増加し、ティムはつんのめった。エレベーターが止まったのだ。階数表示は1。
「着いたみたいだな」フロードはエレベーターを降りる。
「ちょっと待てよフロード。妻と娘を助けるって、お前もしかして……」
「あ、すまん。言ってなかったな。2人は石にされているんだ」
「なんだよ! 言えよ!」
「口止めされてたんでな」それと、言うのを忘れていた。
2人は同じ歩調で歩きながら。エレベーターホールを出た。するとそこはショッピングモールになっていて、ガラス張りの店が数点並び、どれも高級そうな服を売っていた。しかし、まだ開店していない。
フロードは驚いた。まさか、人が住んでるビルの一階にこんなものがあるとは思いもよらなかったのだ。
「よし、フロード。ここで服を買うぞ。話は後で聞かせてもらう」
ティムはフロードを紳士服売り場に連れて行った。男の服屋は種類が少なく、ここしかなかったのだ。並んでいる服は、あらゆる場面に使うスーツと、その関係の品ばかりで、バリエーションがあるにはあるのだが、フロードには違いが分からなかった。
「ここなら、その格好で外に出る必要もないからな」ティムはそう言うと、店員を呼んだ。まだ開店していないと言うのに、大胆な奴である。
店員はスーツを着こなした礼儀正しい老紳士だった。フロードの格好に驚く事なく、開店前だと言うのに、丁寧に接客をしてくれた(ティムがチップを大量に渡していたからかもしれない)。
フロードは、とりあえず動きやすいものを注文し、勧められたものを試着し、その格好で、格闘術の型を試した(それには流石に店員も目を丸くしていた)。
「問題ない」とフロードはそれを買った。
ネクタイは苦しいからと遠慮し、ネクタイ無しの、黒スーツ男の完成だ。
「このまま着ていくよ」とティムが金を払い、領収書をもらった。颯爽と去ろうとするフロードを店員が引き止め、タグを取ってくれた。ティムは、タグを取ってもらっているフロードを、ニヤニヤしながら見ていた。
ティムは「じゃあ行こうぜ」と言い、フロードに手招きをし、ビルから少し離れた駐車場に向かった。フロードは不思議に思いながら、さっきまで着ていた服を小脇に抱えたままティムに着いて行った。
「行くってどこに行くんだ? 任務はまだだろ?」
「任務はシャイニングを殺す事だからな。近づくのは悪くないだろ?」
「ああ、そりゃそうだが、歩いて行くのか? 駅はこっちじゃないぞ?」
ティムは、車が並ぶ駐車場の真ん中あたりに着くと、鍵を取り出し、フロードに見えるように掲げ、ニコっと笑った。そして、鍵のボタンを押した。すると、ティムの後ろの車がライトを点滅させ、ロックを解除した。
「車で行くんだよ」
ティムの車は灰色のロードスターだった。二人乗りのオープンカーで、少し小さい車だ。
フロードは助手席に乗り込みながら「免許持ってるのか?」と聞いた。
「いや、持ってない。魔法で操縦するからな。免許なんていらないんだよ」ティムは笑いながらエンジンをかけた。
「免許を提示しろって言われたらどうするんだ?」
「催眠術でこれを免許だと思わせる」そう言い、ティムは胸ポケットからトランプのカードを取り出した。
「ホワイトに叱られるぞ」フロードはにやけた。
「見つかればな」ティムも笑顔を返す。
ティムは指先でハンドルに触れた。すると車に魔力が通い、一瞬青白く光った。サイドブレーキの外れる音がして、シフトレバーがひとりでに動き、アクセルペダルが踏み込まれ、車は勝手に走り出した。
車はで駐車場を出て、道路に出た。車は模範的な運転で、道路を走っている。
国道101号線に入り、南下し始めた。日本とは違い、右車線を走ることに違和感を覚えながらも、フロードはサンフランシスコの風景を楽しんでいた。日本と違うところは、とにかく道がまっさらで広い。そして、空が広い。見上げると、朝の青空が視界いっぱいに広がっている。ビルの立ち方も、なんとなくある種の美意識が感じられた。さらに、オープンカーだと言う事もあり、風がフロードたちの髪を、気持ちよくめちゃくちゃにし続けた。
「この道を1時間くらいかな? オープンカーだと最高だぜ。天気いいし。……残念だが、ゴールデンゲートブリッジは逆方向だ」ティムは親指で後ろを指差した。ハンドルに手も添えず、ポリスマンに見えないよう、手元でスマホをいじっている。マップを見ているようだ。
「ゴールデンゲート……?」
「観光名所だよ。でかい橋なんだ」
「ホォ〜」
フロードは、気の無い返事をした。フロードは、観光とかは興味がなかった。観光地というのは、友人や家族と行くから楽しいのであって、それ自体には価値がない、というのがフロードの考えだった。
しかし、オープンカーで国道101を走るのは爽快だ。それは理解できた。やはり、ティムは楽しみを見つけるのが上手い。
「……ああ、そういえばフロード。さっき言ってたけど、奥さんと娘さんが石にされてるって言ってたよな」ティムはスマホをポケットにしまい、フロードに顔を向けた。
「ああ、そうだ……」
フロードは深刻な顔になった。妻と娘の事を思い出すと、何事も楽しんでいる場合じゃないという考えが浮かび、純粋にドライブを楽しめなかった。それがティムにも伝わったのかもしれない。
「じゃあ、2人に土産でも買って帰ろうぜ。何がいいと思う?」
「土産?」
2人が石にされてるのに、何を言ってるんだとフロードは思った。それに、土産なら買ってある。日本のだが。
「2人はまだ、助かったわけじゃないぞ?」フロードがそう言うと、
「助けることは決めているんだから、その後の事を考えろよ。せっかく奥さんも娘さんも怖い思いをしたんだから、見返りがあってもいいだろ? 久しぶりにアメリカに来たんだしよ」
フロードは唖然とし、自分が悪い思考に囚われている事を悟った。
「そうだな……。助けるに決まってるからな……何を買おうか……」フロードは笑顔になった。
それまでフロードは、家族を助けられなかった時の事ばかりを想像していたが、今は助かった2人に、何を買って行ったら喜ぶか。そればかり考えるようになった。すると、サンフランシスコの風景も、髪をめちゃクチャにする風もさっきより楽しく感じられた。
101号線を走る間。2人はたわいのない話で盛り上がった。グローブボックスからサングラスを取り出し、2人はそれをつけ、似合うかどうかを確かめたり、途中ガソリンスタンドで、娘のお土産に、体に悪そうなお菓子を買ったりした。




