第3話 出会い
人間の血の痕跡をたどって、どんどん森の奥へ奥へと進んで行く。
早足で5分ほど進んだところで、大柄でたくましい男性が仰向けに倒れているのを見つけた。
掘りが深い顔立ちの人だった。胸には立派な鎧をつけているけれど、その鎧が深く斬り裂かれている。
もう呼吸はしていない。触れてみるとまだ温かかった。その人は何か心残りがあったのか、悔しくてたまらない、そう言いたげな表情で亡くなっていた。私は目と口を閉じさせて両手を胸の上に置いてあげた。
「どうか安らかな眠りを……」
神に祈りを捧げた。気持ちを込めて真剣に祈ったつもりだ。
私は立ち上がった。死体が荒らされているわけではないし、モンスターがこの男性を倒したわけではないと思う。それに持ち物がそのまま残っているようだったので、盗賊にやられたわけでもなさそうだった。
仲間割れか、決闘でもあったのか、あるいは暗殺か……。
私の鼻がひくついた。男性の血の匂いに紛れてかすかに甘い香りがした気がした。それに、よく見れば足跡が残っている。この男性の足跡と、あとその人の後ろ側に女性の足跡があった。
「まだ他にも誰かいるっていうこと……?」
ただ、この人を殺した相手の足跡が見えなかった。これはかなりの手練れだと思う。しかも、特殊な訓練を積んだ裏の仕事をする人の可能性が高い。
つまり、裏の仕事をする手練れが、この倒れている男性が倒し、さらには護衛していたお嬢様を狙っているということだろうか。
「大変だ。女性の方を探さないと」
幸い、女性の足跡がはっきりと残っている。これなら特殊な訓練を受けていない私でも行き先が分かる。全力ダッシュで木々の奥へ奥へと走って行く。
間に合って――。どうか間に合って――。
「あっ、武器がぶつかり合う音だ」
私はできるだけ気配を消して、太い木々の幹に隠れるようにしながら戦場へと近づいていった。
戦っているのは、一人の男性と、一人の若い女性だった。
男性の方は、真っ黒な服を着た隻眼の人だ。髪の色は灰色で、年齢は40代だと思う。光を反射しない真っ黒な剣を使って戦っているようだった。身体に古傷がたくさんあるのが歴戦の戦士、いや、歴戦の暗殺者って感じに見えた。きっと数々の修羅場をくぐりぬけてきたんだと思う。
対する相手は、鮮やかな紅い色の髪を華麗に揺らし、瞳を宝石のように煌めかせている美少女だった。かなり高級な感じのブラウスとスカートを着ている。やっぱりお嬢様のようだった。
しかし、悲しいことにその高級そうな服は斬り刻まれてしまい、血に染まり、太ももやお腹、胸の谷間は大胆に露わになってしまっている。
「あわわ……、あわわわ……、あの綺麗な女の人が大ピンチだ……」
助けに入らないといけない。状況からして綺麗な女の人がどう見ても被害者で、暗殺者っぽい人が悪者に決まっているから。
暗殺者っぽい人が真っ黒な剣を肩に置く。そして綺麗な女の人と会話を始めた。
「いやぁ、すげぇなぁ。予想外に粘るじゃねえの。あんた、本当に王女様かい?」
「……。……。……」
綺麗な女の人は何も答えなかった。って、えええっ、おっ、王女様? 今、王女様って言った?
この国には王女様は一人だけいたはず。ただ、庶民の家の女性との間に生まれた王女様だったから、あんまり公には出てこなかったはずだ。あの綺麗な女の人が本当にその王女様なのだろうか。
その綺麗な王女様の口が動く。
「わたくしを殺しても、誰にも何のメリットもないと思うのですが……」
「それはどうだろうなぁ。少なくともお前さんの兄貴はそうは思っていないみたいだぜ」
「お兄様が? わたくしの命を狙ったのですか?」
「おっと、いけねえ。口が滑っちまったな。クライアントの話なんてできねーよ。これでも俺はプロ意識が高ぇんだ。守秘義務は絶対に守るぜぇ」
王女様のお兄様ということは、第1王子様のことだろうか。ひえええー、つまり、兄妹で殺し合いになっちゃってるってこと? たしか第1王子様はかなり問題のある人で、今はどこかの地方に飛ばされていたはず。それなのに王女様を暗殺しようとしているのだろうか。つまり、王位継承権争いを始めたってこと? そんなドロドロな王室物語みたいな展開って本当にあるの。
なんだか凄い現場に遭遇してしまったな。私みたいな庶民が聞いていい話じゃなかったと思う。
暗殺者が剣を構える。そして強い殺意を発した。悪い顔も見せる。
「それじゃあ、王女様、悪りぃんだけど、そろそろ死んでくれや。クライアントの秘密を知ってしまった以上、生かしてはおけねぇんだわ」
「あなたが勝手に喋ったのでしょう」
「細けぇことはいいだろ。いくぜっ! 最後にもうひとあがきくらいしてみせなっ」
暗殺者が音を立てずに静かに走り出した。いかにも暗殺者という感じの動きだった。音を立てていないのにとんでもなく速い。
王女様は可愛い杖を暗殺者に向けた。そして、魔法を唱える。
「【フレイムスピア】!」
あの王女様、かなりの魔法の腕前だ。巨大な炎の槍が身体の周囲に4本も現れた。普通は1本しか出せないよ。しかも、もっと小さい槍だ。
「へへっ、やるねぇ。護衛のやつといい、ひさびさに熱い戦いができたぜ」
巨大な槍が一斉に暗殺者に向かって飛んでいく。相手が普通の戦士だったらひとたまりもなかったと思う。でも、相手は凄腕の暗殺者だ。2本の槍を回避し、もう2本の槍は渾身の力を込めた剣で叩き壊していた。
「そ、そんなっ」
「よく頑張ったと思うぜぇ。ひと思いに殺ってやるから安心しなっ」
ダメだ。王女様が負ける。しかも、私の目の前で――。
私は賢者の森の民だ。その民の使命は、王家を支えること。だから私は王女様を見捨てるわけにはいかない。
隠れていた木の幹から大きな一歩を踏み出す。そして私は無詠唱で【フレイムスピア】の魔法を放った。
巨大な槍が10本も発生する。それを一斉に暗殺者に向かって飛ばした。




