愛情
「オホホホ。ミセル姉様、ごきげんよう。」
セシル姫様がわざわざ、ミセル姫様の宮に足を運んだ。
突然の訪問に、従者達が慌てふためく中、ミセル姫様は寝起き、つまりネグリジェ姿のままセシル姫様を出迎えた。
王女の品位が下がる。
メイド達の焦りを朝から一喝する姫様。
その姿をエントランスの二階隅から僕は見ていたが、姫様はわざと寝起き姿で出迎えたんだと考察した。
王女は常に品位を損なうな。
実際、姫様は身だしなみにうるさい。姿勢も作法もいちいち細かい。
「何処に居ても貴方達がこのミセルに仕えた事を誇りにしなさい。」
と従者達を教育する姫様が、自ら崩してくるのには必ず理由がある。
「あら…姉様。なんですか、はしたない。」
自慢の扇子でミセル姫様を視界から消すような仕草を見せるセシル姫様。
そんなセシル姫様に、腕を上げながら身体を伸ばし、何か用かと軽くあしらうミセル姫様。
「何故かしら、貴女の従者達からの視線が暑苦しいのですが。」
ネグリジェ姿がいやらしい。これが従者達の本音。そして、女の魅力を妹に見せつけて、魅力の差を分からせたミセル姫様。
「あらあら、貴女は品位を飾れるお身体は、まだお持ちじゃないのかしら?」
…………くっ。
「じろじろ見るな。あんなもの脂肪の戯れよ。」
やはりセシル姫様の従者達も大変なんだな。唐突に訪れた姫様の色気を視界に入れたせいで扇子で頬を打たれ鼻血を流しても命に従う姿勢は崩さない。
皆、本当に良く頑張るよね。
「ご報告よ。ご報告で参りましたの。」
昨日の会議で決まった事…それは、魔法師団による大規模結界で雨を防ぐ作戦。
明日雨が止めばそれまで。王国中に雨を凌ぐ結界をはり民の不安を一度払い。被害報告を纏め修繕作業に人員を割く。
「今から、結界の準備に入りますので、その前に姉様のお顔をみたくなりまして…ふふ。」
なるほど、結界云々はよくわからないが、ミセル姫様は会議でセシル姫様に負けたんだ。
だから苛々しながら帰ってきた。
いつものお茶会で勝つより会議で勝つ方が印象の大きさが桁違いだろうし。
早朝のセシル姫様の突然の訪問から半日が経過した。
相変わらず、空は黒い雲に覆われているのに、雨粒は地面へ堕ちては来なかった。
王国全体を覆った魔法師団の結界術。
見事なものだ。増水した街中の堰は変わらないし空は暗い。でも民達の不安は晴れた。
僕の剣術じゃ、どうにもならない芸当だな。
「グレン様。御夕飯ができましたわよ。」
中庭から空を見上げる僕に声を掛ける女性。
シルフィさんだ。彼女は婚約者として何ができるかを考えた。姫様に意見を言える希少さで既に宮内の立場を確立した雰囲気があるが、彼女は花嫁修業と称し今は宮の厨房で料理の腕を磨いていた。
僕の為に頑張って作った料理。
それだけで僕は嬉しいのだが、ここは姫様の宮…だから必ず、夕飯にはミセル姫様が一緒に席に着く。
わざわざ、私室を改装し僕達との食の場を設けてしまいました。
だから僕達二人は、婚約者としての進展があまりないんです。
だってさ…毎回主役は姫様だから。
「あらあら。今日はシルフィさんの芋料理ですのね。私の舌に合うかしら?」
何が合うかしらだ。昨日も一昨日も、その前も貴女はそう言いながら一番最初に自分の所に盛り付けをしたんだぞ。ほら今日も一番だ。
本当はシルフィさん料理の隠れ支持者なんじゃないかと最近よく思っていますから僕は。
「味付けは良いのよね。でも彩りが芋なのよね。はぁ…勿体ないわ。」
ほっぺたが落ちそうな顔をして、よく言えたものだ。
…見た目が芋で…え~っと。味は良し!
シルフィさんも真面目に毎回、メモをとらないでください。後で読み返したら芋だらけの言葉で精神を病みますから。
それは自ら書いている悪魔の書ですよ。
「グレン様はどうですか?」
「…お、おいしいです。昨日もおいしかったです。」
エプロンを握り嬉しそうなシルフィさん。結婚したら毎回、この風景を見れると思えば、姫様の小言も辛くない。
「愛情をいつも入れてますのよ。」
………………!!
初めて、僕は初めて自分の心臓を掴めると思った。
鼓動が過去最高に早い。
「おかわりーーーーーーしますわ!!!」
姫様の横槍。毎回これだ。
良い雰囲気になると姫様の大きな声に全て消されてしまう。
でも、口は小悪党のそれだが、他では礼を尽くすのが姫様の魅力と言えるかもしれない。
シルフィさんの料理後に必ず姫様は皆の分のお茶を入れてくれる。
確かに上手い。そして…何か心に余裕が持てる気分になる。これが姫茶の良さだろう。
「お味はいかがかしら?」
シルフィの知識が姫様のお茶に絡みだすと姫様は凄く嬉しそうに笑っている。
その笑顔だ。その笑顔を他の人にも普段から魅せたら、国は貴女の思うがままだ。
性悪が本当に残念。
「グレンはどう?わからないのは芋だから仕方がないわ。だから素直な感想を聞かせなさい。」
珍しく僕に味の感想を求める姫様。確かに葉の種類はわからないけど、味の感想くらいは言えますから。
「おいしいのは勿論ですが、凄く落ち着きます。」
笑顔だ。姫様は笑顔だった。そしておかしかった。
「貴方に愛情を注ぎましたわ。」
顔を赤らめ何を言い出したかと思えば、愛情なんて絶対使わないような言葉を発して…
…………………………うぇ!
にゃ!………………にゃ?
「ジルさん。ごめんなさい。」
不意に飛んできた平手打ちで、僕はジルさんの膝上まで吹き飛ばされていた。
仕方がない。美味いお茶でも姫様の愛情が加わると口が気持ち悪くなるように僕は調教されてしまったんだから。




