夢幻
いいね、ブクマ、感謝です!
その時だ。
ザク、ザクッと草を踏み付けるような重々しい音が背後から響く。
初めは気のせいかと思ったが、やけに大きく耳に届くその音が、徐々に近づいてきていることに気付いて顔を上げる。
そして、そこにいたのは予想外の人物の姿に、若樹は眼を丸くして固まった。
硬そうな黒く短い髪、切れ長の赤い瞳。
整ってはいるが強面の印象が強い男らしい顔立ち。
何度あの逞しい体に抱かれたいと夢見たことか。
「……憂炎……様……?」
そこにいたのは、最早この世にいない若樹の想い人――残虐帝・竺 憂炎。
否、彼はもうこの世にはいない。
今若樹の側にゆっくりと歩み寄ってきているのは亡霊か、はたまた若樹が想う余りに見せている幻に違いない。
(それでも……)
呆然としながらゆっくりと立ち上がり、憂炎の訪れを待つ。
それがなんであれ、相手が憂炎の姿をしているであるのならば恐れることは何も無い。
手を伸ばせば届きそうな距離で男が立ち止まる。
薄い唇は真一文字に結ばれたまま、真っ赤な瞳が若樹を映していた。その瞳に自身の姿が投影されたことに、若樹の身体はゾクリと震える。
(……これは、神様が私の文句を聞き入れ、哀れな私に与えてくれた機会なのかもしれへん……)
ならば逃してはいけない。
「憂炎様、若樹は心の底から憂炎様をお慕いしておりました」
面と向かって告白する。
だが、憂炎の顔色は変わらない。
元々返事は期待していたわけではない。することに意味があった。
世間では悪鬼羅刹の顔と恐れられる無表情。その迫力は画面越しと生では全く迫力が異なり、息を呑む圧力に膝が震えた。
だが若樹と負けじと見つめ返し――すぐに『やってやったぞ』と歯を見せて笑って見せた。
――すると、どうしたことだろうか。
まるで若樹につられたように憂炎も笑顔を浮かべたではないか。
ゲームでは一度も見せたことはなく、二次創作や想像の中でしか見たことがない屈託のない笑顔。
まさに驚天動地の如き出来事だ。
同時に理解する。これはやはり幽霊ではなく、自分が見せている理想の幻なのだと。
「――……幻でも、幽霊でも。憂炎様に会えて、ほんまに、嬉しかったです。これで心置きなく、実家に帰れます」
きっと、瞬きをした次の瞬間には消えている。
一抹の悲しみを感じながらも、若樹は達成感と次に進む勇気を得られたことに満足して、ゆっくりと目を閉じた。
「いや、生きてるぞ。ほれ」
「へ?」
まさかの返事にぱっ、と目を開ける。
憂炎の幻からから伸びてきた手が若樹の手を取り、胸に触れさせた。
温かな……いや、熱いと言ってもいい体温。
ドクン、ドクンと静かに脈打つ鼓動。
惚れた男の胸に触れている手。
熱と、男の胸にある飾りの形が掌を通して若樹の脳裏に浸透する。
瞬間、若樹は訳もわからないまま一気にオーバヒートした。
「ひょえええええええええええええええっ!!!!!!!?」
世にも奇妙な奇声が山中に響き渡る。
それを耳にした音操は、幌馬車の荷台で一人、してやったりと愉快そうに微笑んでいた。
お読みいただき、ありがとうございます(*^^*)
昔はオタクだったんですけど、あの頃のトキメキは大分薄れちゃってる作者でした。昔に戻りて〜




