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推しは、死んだ〜世界が憎んだ暴君を、私は愛していた〜   作者: 夢編 此方


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7/11

イベントポイント


「……シュー……起き……ルォ…………若樹様っ!」

「はっ!」


 そんな事を考えていたからか、気付いたら寝てしまっていたようだ。

 目を開けると、目隠しが取り払われた視界いっぱいに美形男子――音操のドアップが映る。

 

「ひぇっ……寝起きから眩い……。ね、寝てましたか、あたし?」

「ええ、それはもうぐっすりと」

 

 幌馬車は止まっていた。

 音操の手を借りて荷台を降りる。辺りを見回すと木々が生い茂っていたが、今まで通ってきた明るい山道を外れ、鬱蒼とした森の奥へと進む道が隠れるように存在していた。


(森……いや、山の中か? ……山……音操様……。……まさか……!!)


 若樹の脳裏にある予感が過る。

 そしてそれは的中する。

 

「この道を行くと、東の大地を見渡せる平原に出ます。そこに土を掘り返したところがありますが、そこに、憂炎様は眠っておられます」

(やっぱりかーい!! 音操様恋愛イベントの最終イベの所やん!!)


 竺国風雲伝の一番の人気要素であるメインキャラとの恋愛。イベントは五段階に分けて行われる。最終段階で主人公と攻略対象は結ばれ、夫婦になる約束を交わし、クリア後結婚するのが共通の流れとなる。

 そしてここは、音操と女主人公の恋愛イベントの最終地点。若い頃の音操と憂炎が馬の遠乗りに出掛けると、必ず来ていたという思い出の大地。

 若樹の両目からは、早くもだばぁと涙が溢れた。

 

「奥は崖にになっておりますので……って、る、若樹様!? 大丈夫ですか!?」

「大丈夫です……ほなら、行ってきます……」

「は、はい……お気を付けて……」

 

 心配する音操を背に、丘への足を進める。


(音操様ったら、思い出の地に埋葬するとは、粋なはからいをなさる……!! ってか、なんであの恋愛イベントに憂炎様のイベントなかったん!? 隠し要素で入れてくれてもいいじやんか!)


 ともすれば視界不慮にさせる涙を拭い、ずびずびと鼻を啜りながら歩み続け――やがて視界が開け

る。

 森の奥に広がる平原。

 その先は切り立った崖になっており、落ちたら助からないだろう。気をつけながら先に進むと、草が取り払われ、土を掘り返した形跡を発見する。


「……こ、ここに……ゆ、憂炎様が……」


 ゆっくりと膝を折り、地面に正座。剥き出しの地面に花を置き、風呂敷から取り出した果物の山と菓子を並べる。


 涙を拭い、鼻を大きく啜り、呼吸を整えた後、若樹は口を開いた。

  

「……お初にお目に掛かります、憂炎様。あたしの名前は孔 若樹言います。憂炎様のお墓参りに来たくて、音操様に無理を言ってここを教えてもらいました。どうか音操様のことを怒らないであげてください」


 音操の代わりにと土下座をし、そのままの体勢で話を続ける。

 

「貴方様はご存知無かったと思いますが、貴方様の後宮の下位女官でした。出身は西の禽地方で……こう見えて、そこらでは有名な富豪の娘なんです。攫われて後宮に入れられた身ですが、親のお陰で不自由無く暮らしてました。……自由はなかったですけどね。でも、あたしは貴方様を恨んでおりません。何でだと思います?」


 頭を上げる。ここにいるのが後宮の花であった若樹ではなく、前世の若樹がいることを示すかのように、屈託のない悪戯っこのような笑みを浮かべていた。


「実はですね、あたし、前世の記憶があるんです。前世では、貴方はゲーム……と言ってもわからへんか。物語の登場人物の一人でした。

 で、あたしはその物語を読んで、憂炎様がお生まれになった時から死ぬまでの人生を、遠くから、ずっと見守っておりました。

 だから、今のあたしには憂炎様を憎めないんです。

 信じられないでしょうが、ほんまのことなんですよ。その証拠として、貴方の知られたくないことを言っちゃいますね。

 憂炎様の()()()お父様は、都から東に位置するほん地方を治める方だったんですよね」


 ゲームと公式ガイドブックで得た情報を思い返す。


 憂炎は紅地方で領主とその妻の長男である。

 が、血の繋がりのある父は領主ではない。

 当時まだ皇太子であった先帝が視察に訪れた際に母が犯され、その結果産まれたのが憂炎である。

 

 本来であれば、幾ら尊い身分の子であっても不義は不義。疎まれてもおかしくはないのだが、母も父も姉も、憂炎を愛し、家族四人で幸せに暮らしていた。

 

 しかし、憂炎が九歳の時に、再び訪れた先帝によって、父は殺され、母は後追い自殺。姉弟は捕らえられ、都へ攫われる。

 姉は先帝の後宮に、憂炎は皇帝の血族として育てられることになる。お互いの身の保証を盾に、それぞれ苦行を強いられていたが、姉は皇帝の子を孕んだのを機に体を壊して赤子共々死亡。

 

 姉の死を知らぬまま先帝に従っていた憂炎だが、二十四歳の時に姉の死を知り――今より三年前――先帝を殺害。帝位を簒奪し、逆う者や気に入らない臣下を次々と殺害していった。

 

 先述の通り、『本当の』と強調してはいるが、血の繋がりはない。あくまで憂炎が慕い、『父』と呼んでいるのは領主だった義父だけ。

 彼がこの場所を好んだのは、故郷がある東の大地を見ることが出来るからであった。

 

 ちなみに音操は都に連れてこられてすぐに付けられた従者だった。二人の友情物語もあるのだが、長くなるので今は意識からシャットアウトする。

  

「もし憂炎様が生きてたら、勝手に人の人生を盗み見るとは! とか怒って斬り捨てるでしょうね。すみません。

 あたしもまさか、この世界に転生して、前世の記憶まで取り戻すとは思わなかったんです。不可抗力なんで、許してください。

 けど、まあ、あたしはもう二度とこの話しはしませんから、安心してください。あたしは近い内に故郷に帰ります。もう二度とここに来ることは出来ないと思います。

 だから、最後に憂炎様のお墓参りをすることができて、ほんまあたしは幸せでした。……でも」


 我慢していたものが一気に込み上げてきて、鼻の奥にツンと痛みが走る。これ以上涙腺を抑えることは出来ず、再びぽろぽろと玉のような涙が若樹の頰を濡らし、膝を濡らしていく。

 

「一度でもいいから、生きている憂炎様を見たかった……!」


 会えなくてもいい。

 話せなくてもいい。

 遠くから見かけるだけで良かった。

 しかし神様はそんな細やかな願いすら叶えてくれなかった。

 同じ世界に居た筈なのに、運命は残酷だ。僅かなニアミスでもう二度と会えないその悔しさと切なさが若樹の胸を締め付ける。

 

 いっそのこと崖から飛び降りたら憂炎の元に行けるのではないかとも過ったが、そんな勇気はない。


 何より家族の顔が頭にちらついた。心配させた分の孝行をするまで、まだ死ぬわけにはいかない。


 だから、この想いはここに置いていく。

  

「ほんまに……ほんまに、愛しておりました、憂炎様……!!」


 そこに眠る憂炎に届くように、地面に突っ伏して愛の言葉を述べた。

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