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夢を見て思いついた短編。ちょこちょこネタは考えてるけど、執筆速度タツノオトシゴ級なので気が向いたから書く。

細かいところは気にしないでくださいませ。


「”残虐“帝が死んだぞ!」

「なんだって!? 本当か!?」

「ああ、本当だ! あの若造、本当にやりやがった!!」

「あの娘もやったのね! ああ、なんてことなの!!」


 後宮の広場に集められていた人々が驚愕の声を上げる。

 

 しかしそれは怒りや悲しみからではない。その証拠に、その出来事を告げた人物を中心に皆笑っている。それは徐々に広がっていき、最終的にその場にいる()()全員が歓喜の声と涙を発し、全身で喜びを表していた。

 

 そんな中を、一人の娘が静かに抜け出す。喜び舞い踊る人々はその事を全く気付かない。いや、その娘があまりにも凡庸な空気を醸し出していた所為も有るのかもしれない。とにかく、娘は誰にも気付かれることなく、最早お祭りのように大騒ぎをしている広場を後にした。

 

 彼女の服装を見れば、下働きや侍女といった働く者の格好をしていないことがわかる。着物も飾りも一目見て高級なものだ。時が時なら、彼女が皇帝の為に集められた後宮の花の一輪であったことは容易に想像できる。

 

 だというのに、俯きがちに走る姿はたおやかな後宮の姫とは想像とは程遠い。整えられていた髪を乱し、裳を翻し足首を見せている姿は、普段の後宮であれば侮蔑と嘲笑の的であったろう。しかし今、後宮の人間は皆広場に集まっていたのでその心配はない。

 

 娘は与えられていた部屋に飛び込むと、真っ直ぐ向かったのは鏡台だった。大きな三面鏡に自身の姿を映した彼女は荒い息を整えながら、暫く鏡の自分を見つめていた。


「そんな……嘘……」


 呆然と呟かれた声。漏れ出たそれは女性らしく高くはあるが特徴はない。

 

 だが、見目は悪くない。小動物を連想させる小柄な体、艶のある絹糸のような萌黄色の髪、澄んだ青空のような瞳は大きいが、顔は小さく、鼻はスッと通っていて唇も桜の花びらのように可愛らしい。

 

「あたし……誰なんコレェっ!?」


 自身の姿を確認した娘――孔若樹(コン ルォシュー)は可愛らしい容姿からは掛け離れた素っ頓狂な声を上げながら、鏡台に身を乗り出した。


「え? え? え? ナニコレ、どーゆーことやねん! は?! てか何やこの口調!? あたし生まれも育ちも北海道出身やで!? めっちゃエセ関西弁やん! いや、そもそも誰なんこの鏡の中の美少女は! あたしや! いや今そんな自画自賛いらんねん! 記憶の中のあたしとは似ても似つかへんやん! 何がどうなってるんーーーーー!?」


 盛大に怒鳴り散らし、言い終えた若樹は呼気を整える為に椅子に腰掛ける。そして頭を抱えながら鏡台に突っ伏した。


「……と、取り敢えず覚えてることを思い出そか……まずは名前は……」


 若樹の記憶の中では、若樹は日本に住んでいた三十代の社会人だった。容姿も特に特徴のない平凡なもので、色もよくある黒目と染めた茶髪の、日本人にはよく見られる姿。三度の転職はしたものの仕事は楽しく、家族仲も良好、恋人はいないが友人もいたし、特筆することもない平和で平凡な人生を送っていた。

 

 最後の記憶は、季節外れの新人歓迎会でたらふく酒を呑み、同僚らと家に帰る途中。同じ部署に配属された新人の女の子は偶々帰る方向が一緒だったので並んで帰っていた。

 

 交差点で信号待ちをしていると、突然男が現れた。男は「やっと見つけた」「何でいなくなったの」「君は僕のもの」「そいつ誰」「渡さない」と、ストーカーの常套句を叫びながら新人に襲い掛かってきたのだ。咄嗟に庇ったのだが、男は隠し持っていた出刃包丁で、()()の首を――。

 

「ひっ!」


 いつの間にか記憶の中の自分と今の自分が重なって、まるで今首に出刃包丁を刺された感覚になって思わず両手で括を触る。じわりとした体温と少し早い血液の流れを感じ、ほう、と息を吐く。そして気付いた。

 

「あ、あれや! 流行りの異世界転生や!!」


 記憶の中で流行りに流行っていた異世界転生もの。前世の若樹も例に漏れず読んでおり、現状がそれらの冒頭と極似している。つまり、若樹が前世と称しているものは若樹の前世だということになる。


「あちゃ〜……あたし、アイツに殺されて死んだんか……。まあ、出刃包丁あんだけ深く刺されたら助からんか……。しっかし新人ちゃんめっちゃ可愛かったもんなぁ。季節外れの入社はアイツから逃げる為やったんやなぁ」


 思い出した時はかなりの衝撃を受けたが、流石に二十年若樹として生きてきたお陰で、前世の死を受け入れられた。次は今の自分のことを考える。


「孔若樹……。(ジュ)国の地方都市の富豪の娘で二十歳。地方出身だから関西弁ってことなん? 失礼やなぁ。で、三年前に皇帝になった竺憂炎(ジュユーエン)の後宮の女官……ん? ジュユーエン……。じゅ ゆーえん……。ゆーえん……憂炎……。…………………………竺憂炎!!!!?」


 何度か噛み締めるように名前を呟き、凹凸が隙間無くぴったりと嵌ったような感覚が若樹を襲う。

 

 竺憂炎。その名を若樹は前世から知っていた。

 何故なら憂炎は、前世で大大大好きだったゲーム【竺国風雲伝(じゅこくふううんでん)】に出てくるラスボスで、激推しのキャラクターだったのだ。

 

 竺国風雲伝は戦術性と恋愛要素のあるシュミレーションRPGだ。簡潔に言えば、かの有名な『水滸伝』『三国志』『項羽と劉邦』を混ぜ合わせたような中華ファンタジーもの。

 

 主人公は竺国の片田舎に双子の兄妹。男女どちらかを選択でき、デフォルトとして兄に星宇(シンユー)、妹に峰花(フォンファ)という名前がある。


 双子は田舎の村で、幼馴染の男女二人と仲良く幸せに暮らしていた。

 

 しかし、後に『嫩芽(どんが)狩り』と呼ばれることになる若者徴集の為の役人がやってくる。嫩芽狩りは男は兵役を、女は後宮に入れるか下働きにさせる目的で行われる。四人も連れて行かれようとしたが、その際に主人公と同性の幼馴染が抵抗した為、幼馴染ら一家は罰として殺され、主人公の片割れと異性の幼馴染は無理矢理連れ攫われる。

 

 主人公は役人たちの暴挙を止めようとして大怪我を負った為連れて行かれるのを免れ、村に留まったが、役人に抵抗した主人公を村人たちは快く思わず、主人公は村を追い出される。

 

 その後主人公は片割れと幼馴染を救うべく都を目指すが、その矢先、皇帝の圧政に苦しむ人々を目の当たり。生来の正義感の強さから、虐げられていた人々を助けようとしたところを返り討ちにあい、殺されかけたところを中年の男率いる一団に助けられる。彼らは皇帝を倒すべく集まった解放軍で、主人公は片割れと幼馴染を救うために解放軍に参加。


 個性豊かな仲間(メインキャラクター)を百人集めつつ、竺国に平和を取り戻す為に戦う――というのが竺国風雲伝の粗筋である。


 ストーリーは緻密で奥深く、主人公からサブキャラまで多くのキャラクターの心理描写が描かれている。キャラクターとの恋愛イベント等のやり込み要素も多く、長く遊べる竺国風雲伝は多くのユーザーを竺国の世界に引きずり込んだ。


 竺憂炎は、そのゲームのラストを飾る唯一無二の存在。三年前に先帝から弑逆して皇位を簒奪し、国を大きくする為にあちこちに戦争を仕掛けている。かと言って安全な場所で踏ん反り返っているのではなく、自ら先陣に立ち、敵陣に突っ込んで行く。これまで幾度の戦いに参加したが一度も怪我を負うこと無く、敵の首級を上げてきた百戦錬磨の武人でもある。それ故、彼に適う者はなく、逆らう者あれば女子供でも容赦しないことから、付いた渾名が“残虐帝”。


 若樹の前世は、この残虐帝が推しキャラであった。確かに、彼は自身の欲望の為に若者を徴集し、戦争を起こし財政を逼迫させ、そのツケを国民に支払わせている最低最悪の施政者だ。現実にそんな輩がいたら兎にも角にも憎しみと恐怖しか沸かないだろう。

 

 しかしこれはゲーム。竺憂炎には悲しい過去があり、それが原因でこのような人格が形成されていることを知ることができる。


 闇を思わせる黒い髪と血を思わせる真っ赤な切れ長の瞳。筋骨隆々で、イケメンというよりは男前という言葉がピッタリな姿も前世の若樹好みであった。

  

 ゲーム内で見せる狂った残虐性と圧倒的な強さとは裏腹の悲しい過去のギャップに、若樹の前世は心臓を撃ち抜かれた。本気で本気の恋に落ち、周回プレイを繰り返し、彼が出る度にゲームは中断、崇め奉って家族に白い目で見られ、最終戦は『殺したくない! 戦いたくない!』と何度プレイしても号泣。当時付き合っていた人ともゲームのやりすぎて別れたが、竺憂炎の女になっていたのでどうでも良かった。


「ほんま!? ほんまに!? 憂炎様がおる世界に転生したん! 嘘やん! 死んで良かった!! しかもあたし、憂炎様の後宮の女!? ならいつかお渡りに来る憂炎様の姿が見れ……!! って……」


 いきなり立ち上がり、顔を赤くして喜んだのも束の間。ハッと何かに気付いた若樹の顔からみるみるうちに表情が抜け落ちていく。

 

 つい先程、解放軍が都に乗り込んで戦いを始めて、逃げ遅れた人々が避難していた後宮の広場に駆け込んできた男が言っていた言葉を思い出した。

 

『残虐帝が死んだ』と。

 

 つまり今は、主人公らが憂炎を殺した後ということになる。

 

 駆け込んできた男やその周辺で声を上げた人物たちに見覚えがあった。彼らは竺国風雲伝ストーリーの中盤位に、宮中に潜り込んだ主人公を手助けしていたモブたちだ。何度も周回プレイしていた為、モブすらもしっかり覚えている。

 

 ということは、彼らが言っていることは本当で。

 

 残虐帝は、若樹の愛する推しは、もうこの世にいない。

 

 その事実に気付いた若樹は深い絶望に苛まれ、床が崩れ落ちたような感覚と共に床にへたり込んだ。


 若樹の脳裏に、憂炎の最期を語る美麗ムービーが流れる。主人公の刀によって、憂炎の心臓は貫かれる。己が体に突き刺さる刃を見て崩れ落ち、口から吐血した憂炎だが、それでも口元を歪めて嗤い、

 

『ふん……つまらん……しかし……楽しめたぞ……』


 と、言葉を遺して息絶える――。


 途端に若樹の涙腺が崩壊した。

 

「なんで……何でや……!! 折角憂炎様と同じ世界に生まれ変わったのに……! 何で憂炎様はもうおらんのや……!! い、今まで読んできた話では皆推し生きてたやん……! なんであたしの時はもう何もかも終わってんねん……!! 神様のイケズうううううう!」


 大きな瞳から、ボロボロと玉のような涙が零れ落ちるままにして、若樹は床に蹲って声を上げて泣いた。



お読みいただき、ありがとうございました。

ゲーム元ネタは◯想水◯伝とファイ◯ーエ◯ブレムです。百◯雄伝楽しみですね(*´∀`*)

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