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推しは、死んだ〜世界が憎んだ暴君を、私は愛していた〜   作者: 夢編 此方


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2/11

竺憂炎


 竺憂炎。その名を若樹は前世から知っていた。

 何故なら憂炎は、前世で大大大好きだったゲーム【竺国風雲伝(じゅこくふううんでん)】に出てくるラスボスで、激推しのキャラクターだったのだ。

 

 竺国風雲伝は戦術性と恋愛要素のあるシュミレーションRPG。

 簡潔に言えば、かの有名な『水滸伝』『三国志』『項羽と劉邦』を混ぜ合わせたような中華ファンタジー物語だ。

 

 ストーリーは緻密で奥深く、主人公からサブキャラまで多くのキャラクターの心理描写が描かれている。

 キャラクターとの恋愛イベント等のやり込み要素も多く、長く遊べる竺国風雲伝は多くのユーザーを竺国の世界に引きずり込んだ。


 竺憂炎は、そのゲームのラストを飾る唯一無二の存在。三年前に先帝から弑逆して皇位を簒奪し、国を大きくする為にあちこちに戦争を仕掛けている。

 

 かと言って安全な場所で踏ん反り返っているのではなく、自ら先陣に立ち、敵陣に突っ込んで行くタイプ。

 これまで幾度の戦いに参加したが一度も怪我を負うこと無く、敵の首級を上げてきた百戦錬磨の武人でもある。

 それ故に彼に適う者はなく、逆らう者あれば女子供でも容赦しないことから、付いた渾名が“残虐帝”。


 若樹の前世は、この残虐帝が推しキャラであった。

 確かに、彼は自身の欲望の為に若者を徴集し、戦争を起こし財政を逼迫させ、そのツケを国民に支払わせている最低最悪の施政者だ。現実にそんな輩がいたら憎しみと恐怖しか沸かないだろう。

 

 しかしこれはゲーム。竺憂炎には悲しい過去があり、それが原因でこのような人格が形成されていることを知ることができる。


 闇を思わせる黒い髪と血を思わせる真っ赤な切れ長の瞳。筋骨隆々で、イケメンというよりは男前という言葉がピッタリな姿も前世の若樹好みであった。

  

 ゲーム内で見せる狂った残虐性と圧倒的な強さとは裏腹の悲しい過去のギャップに、若樹の前世は心臓を撃ち抜かれた。

 本気で本気の恋に落ち、周回プレイを繰り返し、彼が出る度にゲームは中断、崇め奉って家族に白い目で見られ、最終戦は『殺したくない! 戦いたくない!』と何度プレイしても号泣。

 当時付き合っていた人ともゲームのやりすぎて別れたが、竺憂炎の女になっていたのでどうでも良かった。


「ほんま!? ほんまに!? 憂炎様がおる世界に転生したん! 嘘やん! 死んで良かった!! しかもあたし、憂炎様の後宮の女!? ならいつかお渡りに来る憂炎様の姿が見れ……!! って……」


 いきなり立ち上がり、顔を赤くして喜んだのも束の間。ハッと何かに気付いた若樹の顔からみるみるうちに表情が抜け落ちていく。

 

 つい先程、解放軍が都に乗り込んで戦いを始めて、逃げ遅れた人々が避難していた後宮の広場に駆け込んできた男が言っていた言葉を思い出した。

 

『残虐帝が死んだ』と。

 

 つまり今は、主人公らが憂炎を殺した後ということになる。

 

 駆け込んできた男やその周辺で声を上げた人物たちに見覚えがあった。

 彼らは竺国風雲伝ストーリーの中盤位に、宮中に潜り込んだ主人公を手助けしていたモブたちだ。何度も周回プレイしていた為、モブすらもしっかり覚えている。

 

 ということは、彼らが言っていることは本当で。

 

 残虐帝は、若樹の愛する推しは、もうこの世にいない。

 

 その事実に気付いた若樹は深い絶望に苛まれ、床が崩れ落ちたような感覚と共に床にへたり込んだ。


 若樹の脳裏に、憂炎の最期を語る美麗ムービーが流れる。主人公の刀によって、憂炎の心臓は貫かれる。己が体に突き刺さる刃を見て崩れ落ち、口から吐血した憂炎だが、それでも口元を歪めて嗤い、

 

『……くだらん……俺には……何もかも……不要だ……』


 と、言葉を遺して息絶える――。


 途端に若樹の涙腺が崩壊した。

 

「なんで……何でや……!! 折角憂炎様と同じ世界に生まれ変わったのに……! 何で憂炎様はもうおらんのや……!! い、今まで読んできた話では皆推し生きてたやん……! なんであたしの時はもう何もかも終わってんねん……!! 神様のイケズうううううう!」


 大きな瞳から、ボロボロと玉のような涙が零れ落ちるままにして、若樹は床に蹲って声を上げて泣いた。


 

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