44 彼女の涙
四日かけて、王都の教会に戻ったルティアは、法皇と枢機卿へ報告の為に、その奥の謁見の間にて片膝をついていた。
「ルティアよ。よく無事に帰った。成果はどうだ?テイロスとカルディナは、どうしたのだ?」
ルティアは、頭を下げたままで、語り出す。
「申し上げます。協力者の中に、魔族の工作員が紛れており、計画は瓦解しました。城を手薄にする為に、私とカルディナが囮になり、テイロス様が単身で城に乗り込まれましたが、その後は判りません。テイロス様の指示で、聖剣を持ち帰る途中で私を、いや、聖剣を助ける為に、カルディナが犠牲となりました」
法皇に聖剣を差し出すルティアの目には、涙が溢れていた。
枢機卿が、ルティアからの聖剣を受けとる。
「工作員とな?」
「はい。人族を喰らい、容姿と記憶を奪う『人狼』と呼ばれる魔族で、何処に紛れているかも知れない為に、一時撤退をせずに、強行策に出ざるを得ませんでした」
法皇も枢機卿も、驚きの余りに言葉が無かった。
つまり、魔族が何処に忍び込んでいるか、分かったものではないのだ。
教会の結界の外、軍部、いや、ひょっとすると王族すら。
昨日は人族であっても、今日は魔族にすり替わっているかも知れない。
確かに、人狼の話は聞いたことのあるものだが、それが現実に関わってくるとは、誰も思っていなかった。
「テイロスの結果については、魔族の動きで、成果を知る事ができるだろう。兎も角、お前は休め!御苦労だった」
「ははっ」
ルティアは、謁見の間を後にした。
「しかし、法皇様。魔族が攻めて来ても、テイロス様が帰らなければ、勇者として祭り上げられませぬぞ」
「その時は、聖剣の使い手であるルティアを祭り上げるまでよ。聖剣が戻ったのは、不幸中の幸いだった」
法皇と枢機卿は、彼女を勇者に仕立て上げる算段を始めた。
その七日後、法皇のもとに、カストラ将軍が訪れていた。
「これは、どう言う事だ?魔族は一向に攻めて来ないではないか?」
彼の皮算用では、テイロスが成功しても、失敗しても、魔族が攻めてくる筈であった。
「本当に、魔族領へと攻めいったのか?」
「その辺りの確認は、軍部でも取っていたのでしょう?」
将軍の言葉に、枢機卿も返した。
「だが、攻め入られて、報復もしないなどとは、有り得ぬ」
「なぜなのでしょうなぁ?魔族の考える事が解る様では、人族失格とも言えますが・・」
枢機卿が、法皇に続く。
「もともと、魔族側に戦争を起こすメリットは無いのですから。領主さえ殺されなければ、報復をする必要が無いとも言えます」
「例の勇者が失敗したと?」
「恐らくですが」
枢機卿は仕方なく、休みを取らせていたルティアを呼びだし、詳細な説明をさせた。
「ふむ。聖剣、魔剣、人狼か。俄には信じ難い話ではあるが、本当なのか?」
「将軍様が信じられないのも、無理はありません。我等も最後まで騙されていたのですから。ただ、考えてみると、行商先で妻子を襲われたと申しておりましたが、妻子を連れて回る行商人など、殆ど見ないのも確かなのです」
しかし、多少の違和感が有ったにしても、それさえ絶対的な決め手とはならない内容だ。
決して無い話では無いのだから。
「兎に角、教会は、今回の事を、どの様に責任を取ってくれるのかな?投資した費用や手間は、莫大なものになりますぞ」
「何を申されますか?テイロスは、単なる冒険者。巫女二人を付けたのも、修行の為でした。巻き込まれ、巫女を失い、教会こそ被害者なのです」
確かに、冒険者ギルドには、その様に依頼しており、テイロスの取り巻きも、そうとしか聞いていない。
「あれは、教会の認めた勇者なのだろう?」
「その様な発表は、いつ、何処でされたのですかな?」
「どこまでも、責任逃れをするつもりか?」
「教会は平素と同様に『魔族が攻めて来た時の備えを』と進言しただけ。誰が、何処にいくら投資しろとか、装備を増やせとか申したのやら?」
脳まで筋肉で出来ている、能天気の軍部とは違い、教会側の手回しは隙が無かった。
「そんなに仰るのならば、将軍が自ら攻め入られては?理由は何とでもなるのでしょう?」
枢機卿が、先の会談の引用を持ち出した。
「今の話し通りなら、聖剣が無効化された上に、魔剣まで有るのだろう?どうしろと言うのだ?」
教会以外の六本の聖剣が、実質的に御飾りである事実を知る者は、皆無だ。
魔族に対してのみ、何らかの効果があると信じられている。
「偉大なる愛国心で、戦われては?」
「お前達こそ、信仰心を見せてみろ!」
「我等教会は、戦う為のものではありませんので」
「・・・・・話にならんな!」
「はい。カストラ将軍が、被害も無いのに、言い掛りや無理難題を仰るからでしょ?」
「それもこれも、あのテイロスとか言う奴が腑甲斐無いからだ」
「確かに、期待外れでしたな」
同席していたルティアが、この争いを見て泣き出した。
「テイロス様もカルディナも、大勢を相手に頑張りました。それに何で人族同士で争ってるんですか?そんな余裕が有るなら、魔族の一人でも倒してきて下さい」
彼等は口を閉ざして、泣いているルティアを見つめるしかなかった。
これで一応は終わりです。
賢い魔族は戦争なんてしません。
この後、人族は内部で奪い合いや殺し合いをして、衰退していきます。
シンディは老衰で死ぬまで充実した生涯を終えます(^-^)v




