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第7話 あゝ麗しの王子様

 あたし、鳥山鳥子(とりやまとりこ)!華の17歳(セブンティーン)!

 親の仕事の都合で地元から離れていたあたしは、高二に上がると同時に親の仕事の都合でまた地元に戻ってきたの!

 というわけで新しい学校にこれから転校生として編入するんだけど、なんか校門が騒がしい……。


「キャーッ!王子ィー!美しいーッ!」


「王子こっち向いてーッ!」


「はっはっは、よしたまえ君達。この僕、若王子雀良(わかおうじさくら)が美しいのはいつものことだろう?」


 なんだあれ、白孔雀みたいな男子が女子に囲まれてる……。


「相変わらずすごいよなー、アレ」


 そう、いきなり背後から声をかけられたので振り向くと、そこにいたのはコンゴウインコみたいな男子生徒。


桜夢(おうむ)くん!桜夢くんもこの学校だったんだね!」


「あっはは、久しぶりだなー鳥子!」


 にこりと笑う笑顔が眩しいこの赤羽桜夢(あかばねおうむ)くんは、何を隠そうあたしの幼馴染!引っ越してから全く会えなかったけど、しばらく見ないうちにめちゃくちゃカッコよくなってる……。

 と、急に桜夢くんに壁ドンされるあたし。


「いきなりだが鳥子、好きだ!結婚してくれ!」


 えっ、ええ!?いきなり過ぎるよ桜夢くん!そんな、急に結婚を迫られても、あたし、まだ心の準備が……!


「今のは聞き捨てならないね」


 すると突然、さっきまで女子に囲まれていた白孔雀男子が話に割り込んできた!


「そこの女子は僕と結婚するのが相応しい!何故なら彼女と一緒にいると新しい扉を開けそうだからな!」


 言ってることがよくわからないけど、あたしもしかして若王子くんにも求婚されてる!?嘘!?突然のモテ期!?でも、まだあたしは……!


「ちょっと待ったああああ!!」


 その声とともに、ずさあああとまだ幼さの残るペンギンみたいな男子生徒が滑り込んできた!


「お姉さんとずっと一緒なのはボク!辺見(へんみ)ギンです!ボクは朝からずっと先輩のあとつけてたんです、だってボクだけを見て欲しいから。他の男の元へ行くなんて許さない、許さない許さない許さない許さないゆるさないゆるさないゆるさない好き好き好きすきすきすきすきすきすきすきす」


 な、なんかやばい子まで魅了しちゃったみたい!でもこの子怖いけど見た目ショタで可愛い……。けどあたしは……!


「何俺の女に纏わり付いてんだゴラァ!」


 さらに追加で怒号とともに塀の上からこんにちはする、鷲みたいな男子生徒が現れる!


「その女はこの俺様、鷲田玲雄(わしだれお)様のものだ!威勢のいい女は嫌いじゃねえ」


 右手にカラス(不良)の首根っこを掴んだまま他の三人を睨みつける不良……。っていうかあたしいつこの人の女になったの!?全くよくわからないけどかっこいいからありかも……?いや、でも!


「はいはい、いつまで校門で騒いでるのかな」


 最後にやってきたのは、優しそうなフクロウみたいな先生。服の上についた名札に、袋野央流(ふくろのおうる)と書かれている。


「早く校舎に入りなさい。鳥山さんは、先生と一緒に行きましょうね」


 そう優しく微笑む袋野先生。でもなんだろう、熱い好意みたいなものを感じる……。そんな、先生まで落としちゃったの!?あたしはなんて罪深き女(ギルティガール)……。


「何言ってんだ!鳥子は幼馴染である俺と結婚するんだ!」


「いいや、御曹司で学園の王子であるこの僕とこそが相応しい!」


「お姉さんはボクのなの!ボクのボクのボクのボクのボクのボクのぼくのぼくのぼくぼくぼくぼく」


「ごちゃごちゃうるせえ!俺様のだ!ぶち殺すぞゴラァ!」


「君達がレディーを扱うなんて十年早い。先生のですよ」


 鳥子!と、あたしを取り合う鳥達は一斉に詰め寄ってきた!


「「「「「さあ、誰を選ぶんだ!」」」」」


 転校初日、いきなり鳥子大ピンチ!

 でも、あたしは誰も選べないよ……だって……だってあたしは……!


 次回、鳥愛学園〜鳥の取り合い〜

 第二話「鳥子は鳥アレルギー」お楽しみに!



 *



 天気が良く、気持ちのいい朝。

 自分の部屋のベッドから体を半分起こした状態で、少女は放心していた。


「鳥に求愛されるなんて、すごく変な夢だったわ……」


 先程まで目の前で繰り広げられていたはちゃめちゃな逆ハーレムを思い返しながら、ゆっくりと脇に置いた目覚まし時計を掴み、確認した。


「!? ウソッ!?寝坊してる!?」


 本来の起床予定時間から一時間後を示す時計を投げ捨てると、少女は慌ててベッドから飛び出す。

 急いで制服に着替え、いつものリボンで髪をくくるとてっぺんで蝶々結びを作り、鞄をひっつかんで部屋の外の階段を降りる。玄関に向かう途中で親に軽く挨拶をしてから、ドタドタと家を出発した。


「ヤバイヤバイ!このままじゃ遅刻なのだわー!」


 いつも通る道を、とにかく全力疾走する。いくら学園から家が近く歩いて通える距離だと言っても、のんきに歩いてなどいたら流石に一限目開始までのあと10分で辿り着けるわけがない。走らないと圧倒的に間に合わない。

 と、大通りを走っていた少女は、近道をしようといつも通りに路地へ曲がると、曲がり方をミスり足を滑らせそのままずっこけた。


「いたた……もう!最悪だわ!擦りむいちゃうなんて!」


 ガバ、と起き上がるも、少女は右膝を見事に擦りむき血が滲み出してしまっていた。直ぐに立ち上がりたいが、足の痛みが邪魔をして自力で立てそうになかった。

 すると、目の前に手が差し伸べられた。


「大丈夫かい?立てる?」


 その声に少女が見上げると、肩ぐらいまで伸びた、色が薄いのか朝日が綺麗に透けて煌めく髪に、黒いスラっとしたパンツに白いワイシャツを着崩した、「イケメン」という言葉がぴったり当てはまるような青年が、ニコリと爽やかに笑いながら手を差し伸べていた。


「は、はいっ!」


 少女はその手を取ると、青年の力を借りて立ち上がる。と、ずきり、と擦りむいた右膝が痛み、思わず「いたっ」と声が漏れてしまった。

 その様子に、青年は心配そうに首をかしげると、パンツのポケットの中から青色のハンカチを取り出すと、少女の膝に巻いてあげた。


「こんなものでごめんね。でも、何もないよりはマシだろう?後でちゃんとした手当はしてね」


「えっ!?あ、ありがとうございます!でもお気持ちだけで……!」


 そこまで世話になるわけにはと、少女がハンカチを返そうと膝に手を伸ばすと、その手は青年によって無理やり元の位置に戻された。


「構わないよ。ハンカチも君にあげよう。怪我、お大事にね」


 そう再びニコリと爽やかに笑う青年は、今朝見た夢に出てきた若王子よりも、更に王子様のようだった。



 *



「あれは完璧に王子様だったわ!まさかこの近所にあんな王子様がいるなんて……!まさに愛里寿(ありす)の王子様なのだわ!」


 放課後の中等部四階の第三放送室。

 右膝にテープでしっかりと固定されたガーゼを貼った、栗色のロングの前髪と後ろ髪を切り揃え、頭のてっぺんには黒と白のライン模様の入ったリボンをつけ、元気そうな顔でちょっと眉が太めな少女、高等部1年の小森愛里寿(こもりありす)は、興奮気味に朝のことを語りながらソファに座っていた。


「で、結局遅刻したんだな……」


 その話を、樹は白けた顔で聞いていた。


「それで?オレ達にその『王子様』を探して欲しいわけ?」


「そうなのだわ!」


 樹が話を軌道修正すると、愛里寿はまだ興奮気味のまま立ち上がり、スカートのポケットから丁寧に畳まれた、話にも出てきた青いハンカチを取り出した。


「王子様には返さなくていいと言われたけど、やっぱりちゃんと返したいの。既に綺麗に洗ったし。あと、お礼もきちんと言えてなかったのだわ」


 愛里寿はそう言うと、今度は放送室に自分で持ち込み、ずっと裏返してソファの前のローテーブルに置いていたコピー用紙をバッと掲げる。


「ほら!ちゃんと似顔絵も描いてきたのだわ!これが王子様よ!」


挿絵(By みてみん)


 自信満々に出された絵を見て、そのなんとも言い難い出来栄えに樹だけでなく、ソファの両端の肘掛に寄りかかって話を聞いていた小蘭と鵺一も微妙な顔をした。


「ええと……まず耳についてる梅干しみたいなのって何」


「梅干しじゃないのだわ!耳飾りよ!」


 そう訂正されるも、三人には梅干しにしか見えない。梅干し型の耳飾りということだろうか?


「耳が上の方千切れてるケド、王子は耳怪我してるノ?梅干しってもしかしテ血液?」


「千切れてない!それも耳飾りなのだわ!」


 愛里寿はまたもや訂正するが、お陰でますます王子の耳がわからなくなった。


「うーん、とにかく、髪は長すぎず短すぎずで、耳飾りをしてて、顔が傷だらけの人間を探せばいいんだな?」


「王子様の顔に傷なんてないのだわ!!」


 樹が絵から何とか読み取れた特徴をまとめると、愛里寿は更に否定を入れる。


「は?だって口元のとこ絆創膏してんじゃねえの?」


 愛里寿が何を言っているのかよくわからないと表情で訴えつつ、樹は似顔絵の口元に描かれたひし形の何かを指差す。


「それは光なのだわ!王子様は歯が光るのよ」


「そんなもん似顔絵に描くなっつの!!」


 正体が余計なエフェクトだとわかると、樹は怒鳴った。


「じゃあもしかしてこの目の下の線も傷じゃなくて何かの表現か!?」


「よくわかったのだわ!これは照れてる時の線よ」


「『 /// 』ってやつかこれ!?だからんなもん似顔絵に描くなっつの!!」


 いらない演出で特徴がぐちゃぐちゃになった似顔絵に振り回されたせいか、樹は何故だか強い疲労感を感じた。一方、似顔絵を全くきちんと読み取ってくれないことに、愛里寿は少しイライラしていた。

 と、それに気づいたのか偶々か、鵺一が似顔絵を覗き込むと小さく頷いた。


「俺はしっかり描けていると思うぞ。よく見れば耳飾りの情報とかわかりやすい」


「えっ……」


 鵺一がそうフォローを入れた瞬間、突然あたりにホワッとピンク色のキラキラとしたエフェクトが発生したかと思うと、今鵺一が言ったセリフとそれに対する選択肢が書かれたプレートのようなものが一瞬見えたような気がした。


「そ、それほどでもないのだわ!」


 と、愛里寿が照れながら返事をすると、ピロン!と何かに正解したような音がどこかからか聞こえてきた。


「おい、今の何だ」


「愛里寿はネ、重度の乙女ゲーム脳なんダヨ。少しでもそれっぽい場面に出会うト、周囲を乙女ゲームの画面に変換してしまうノ」


「何それ凄え!!どうやってんの!?」


 愛里寿のよくわからない能力(?)の説明を小蘭から受けて驚愕する樹に、愛里寿は姿勢を正すと改めて似顔絵を指差し尋ねた。


「というわけで三人とも、王子様に心当たりはないかしら?」


 小蘭と鵺一は質問には答えずに、目を閉じて考え込む樹の様子を伺う。緑原学園に所属している生徒、教員全員の顔と名前を一致させ記憶している彼は、今そのデータベースの中から特徴が引っかかる人物を探しているのだろう。しかし、しばらくしてゆっくり目を開けると樹は首を横に振った。


「だめだ、緑原の中じゃそれっぽい人は見つかんない」


「そんな気はしてたのだわ……」


 そう言いつつも、愛里寿は自分の通う学校にお目当の人物はいないことにがっかりしたようで、わかりやすく肩を落としながらソファに沈んた。


「やっぱり緑原の人ではなかったのね……あの白シャツは制服ぽいと思ったけど、白シャツだけじゃどこの学校かなんてわからないのだわ……」


 めそめそと落ち込む愛里寿を、小蘭が大きな声で励ます。


「落ち込むなヨ!まだ見つからないってわけじゃないんだシ!他の人にも聞けバ、案外早く見つかるかもしれないヨ?」


「小蘭ちゃんの言う通りなのだわ!」


 あっという間に元気を取り戻した愛里寿が、これまたガバッと元気に立ち上がる。


「愛里寿は最後まで諦めないのだわ!何度バッドエンドを迎えようと、何周も何周も攻略を繰り返すだけなのだわーーーッ!!!」


 高らかに決意を表明する愛里寿を見て、樹は苦い顔をした。


「ねえ、オレあいつとは高校からの知り合いだからなのかな、全然あいつがわからねえんだけど」


「安心しろ樹、俺も全くわからん」


 意見を合致させ、大きく溜め息をつく男子二人は既に意識の中には入っていないのか、愛里寿と小蘭は頑張るのだわー!と無意味な鼓舞を続けた。



 *



「うーん、こういう人は見たことないですねぇー」


 高等部四階の自習室。そこで文芸部の活動をしていた秋江は、愛里寿が描いた似顔絵を見ながら頭を捻る。


「こんな、肩に青いはんぺんみたいなの乗っけた人は、そうそういないですよぅ」


「はんぺんじゃないのだわ!!ハンカチなのだわ!!」


 やはり似顔絵を正しく読み取ってくれない秋江に愛里寿は机を強めにバン!と叩いて否定した。


「それを抜きにしても、こういう特徴を持った人はお父さんの知り合いにもいないと思いますぅ」


「つーことは、他校の先生の線は無いってことか」


 秋江の話を聞き、ふーむと樹は顎に手を当てる。


「私は外部の知り合いが少ない方なので、緑原にいないってなると心当たりがなくなっちゃうんですぅ。もっと外に知り合いがいそうな人に当たってみたらどうです?」


「外に知り合いがいそうなやつか……」


 秋江の提案に、樹は誰かいないかと考え込む。すると、側でじっと話を聞いていた小蘭がぽん、と手を叩いた。


「いるジャン!外に知り合いがいそうなヤツ!」



 *



「なるほどな、それで俺のところに来たと」


 中等部四階、おたすけ屋の本拠地である第三放送室のお隣の教室、中等部用のパソコン室で、電脳部の活動と称してパソコンを立ち上げマインスイーパーと睨めっこしていた翔は、樹達が訪ねてきた理由を聞くと一人納得していた。


「確かに、大会とかゲームのマルチプレイとかで外に知り合いは多いけど、こんな見た目のやつはいないなあ」


「ゲームをやりそうな見た目じゃ無いしな」


 翔の話に、鵺一がそう返しながら頷く。と、翔は続けた。


「というかさ、この似顔絵描いたの誰?余計なもの多すぎてイマイチ特徴がはっきりしないっていうか、似顔絵としてはど下手くそ過ぎ」


「お前、とうとう言ってはいけないことを言いやがったな……!」


 ピシャリと言い切った翔に樹が戦慄しながら返す横で、愛里寿はしょんぼりと肩を落とした。


「みんなさっきから酷いのだわ……愛里寿の渾身の作品だったのよ……」


 落ち込む愛里寿を励ますように小蘭が背中をさする。翔はそんな二人の様子は一切無視して話を再開した。


「これさ、描き直してもらった方がいいぜ。余計なものスッキリさせて特徴だけ抜き出してもらった方が訂正する手間も省けるだろ?」


 なるほど、と樹と鵺一が頷く横で、愛里寿が納得いかないと噛み付いた。


「そんなに言うならあなたが描けばいいのだわ!愛里寿より上手なんでしょ!?」


 すると、鵺一の時のように再びあたりがほんのり桃色になる。愛里寿が今放ったセリフが、セリフウィンドウに表示されたような気がした。


(全く酷いのだわ!でも、はっきり言ってくれたのは彼が初めて……いや、ここで折れたらダメなのだわ!)


 と言う愛里寿のモノローグが続いて表示されたような気がした。


「おいなんだこれは」


 翔が気味悪そうに愛里寿を指差す。どうやら翔にも乙女ゲームエフェクトが見えるようだ。どうなってるんだ。


「……まあ、落ち着けよ小森、俺だってお前とどっこいどっこいだ。だから、もっと上手い人に特徴伝えて描いてもらうんだよ」


 とりあえず変な現象は気にしないことにして、愛里寿をなだめながら放った翔の提案に、今度こそ全員が納得するも、その上手い人に心当たりがなかった。


「上手い人か……オレ達三人も似顔絵となると描けないしな……」


 うーん、と悩む樹達を見て、翔は怪訝な顔をした。


「お前ら、あの人と知り合いじゃなかったのか?」


「は?あの人?」


 翔にそう言われるも、その人に全く心当たりがない四人は、思わず聞き返した。翔は、少し呆れたように、その人の名前を告げた。



 *



「似顔絵か……描けるぞ……」


 翔に言われて一同がやってきたのは、中央棟三階の美術準備室。そこを自分の城とする美術部員、姫宮九郎は、似顔絵を描き直して欲しいという頼みを、快く承諾した。


「クロー先輩、絵も描けたんすね」


「まあ……石膏でラフデザインとか……描くしな……」


 工具が散らばった床から立ち上がり、適当な棚の中から裏が白紙のプリントミスした用紙を一枚取り出しながら九郎は答えると、そのまま準備室の奥にポツンと置かれたテーブルと椅子に移動し、用紙を置いてペンを構える。


「じゃあ……特徴を教えてくれ……」


「わかったのだわ!」


 愛里寿は改めて自分が描いた似顔絵を提示しつつ、特徴をしっかりと九郎に説明して伝えた。

 色素の薄い、肩ぐらいまでの髪、整った王子様のような顔立ち、赤いピアスと銀の耳飾り、少しはだけた白Yシャツ。

 それらの特徴を聞きながら、九郎はサラサラと似顔絵を描く。その様子を愛里寿がじっと眺めていると、途端にあたりがまたほんのりと桃色になっていった。


(よく見たらこの人、絵を描いている様がすごく絵になるのだわ……暗い人だと思ったけれど、実は才能に溢れた人なのかも……)


 などというモノローグがセリフウィンドウごと見えたような気がすると、心なしか九郎がキラキラして見えてきた。


「なあ、毎回これなんとかなんねえのか」


 と、樹が呆れ気味に愛里寿を指差し小蘭に訴えかけると、黙って首を横に振られた。そんなやりとりをしていると、九郎が似顔絵を描き終わり、そのまま紙を愛里寿の目の前へ掲げて見せた。


挿絵(By みてみん)


「それなのだわ!そっくりなのだわーーッッッ!!」


 九郎の描いた似顔絵を興奮気味に指差し、愛里寿は騒ぎ出す。最初から九郎に描いて貰えばよかったと、愛里寿の様子を見て小蘭と鵺一は溜め息をついた。しかしそれよりも気になることがあるのか、樹だけはまた顎に手を当て考え込んでいる。


「どうしたノ樹?もしかしテ誰だかわかったノ!?」


「んあ、いや、わかったわけじゃねえんだけど」


 そう言うと、樹はまた考え込む。


「どっかで見た顔なんだよな……でも特徴が微妙に一致してないのかはっきり記憶から引っ張ってこれなくてさ」


 樹の言い方からすると、似たような顔を見たことがあるが、それがこの似顔絵の人間だ、と断言は出来ない状態のようだ。

 九郎は頭を悩ませる樹達を見て、何をそんなに考える必要があるのかと首をかしげる。


「わからないなら……似顔絵を使って人に聞いたらいい……」


「いや、もうそれはやってるんすよクロー先輩」


「外でも……やったのか……?」


 九郎の発言に、全員の目が点になった。


「そうだよ外!そもそも緑原の人間じゃねえんだから外で聞いた方が早いじゃん!」


「愛里寿が会った場所で聞けバ、見てた人いるカモ!」


「むしろその近隣の人間なら、知っている人もいるかもしれないな!」


「そうと決まれば現場へゴー!なのだわ!!」


 四人はワッと九郎の意見を受け入れると、愛里寿が描いてもらった似顔絵を九郎から奪い取ってからそのまま全員で美術準備室を飛び出して行った。

 一人残された九郎は、嵐が過ぎ去った方をしばらく眺めていたが、ゆっくり工具が散らばる床に戻り腰をつけると、ガチャガチャと作業を再開した。



 *



「今朝会ったのはここなのだわ!」


 学園近くの大通りに一同は移動すると、愛里寿に案内をされながら少し細くなった路地に入る。


「ここで転んで、王子様に助けてもらったの」


 飲食店が入った小さなビルとビルの間の、なんてことはない細い路地。緑原の生徒なら誰もが知っている大通りから学園への近道だ。

 路地であればよく見かけるような大きめのゴミ箱に、ビルの壁に張り巡らされているパイプ管。しかしそれ以外にはこれといって目立つものは特になかった。


「流石に何か手がかりが落ちてたりはしないか……」


 ざっと軽く物色をした樹はうーんと唸る。小蘭と鵺一も同じように、何かを見つけることは出来なかったようだ。


「それジャ次は聞き込みダヨ!もしかしたらこの人の知り合いが見つかるかもしれナイ!」


 小蘭の声に他の三人は頷くと、今朝のことを知っていそうな、大通りからあまり動かないような人を探す。

 要は、この大通りにある飲食店や商店の従業員を捕まえたいのだった。


 まず、愛里寿が転んだ路地に面している飲食店に入り、暇をしていた店員に声をかけ、似顔絵を見せながら心当たりがないか尋ねてみた。


「ああこの人、よくここに来る人ですね。でもそれ以上のことはちょっとわからないかなあ」


「今朝この人に助けてもらった子がいるんすけど、その現場見てたりしないっすか?」


「ごめんなさい、朝はシフト入れてなくて、ここにいなかったから」


 店員に礼を言い店を出ると、四人は今の店員の話を復習する。


「どうやら王子とやらは、普段から大通り近辺にいそうな感じだな」


「よく見かける常連客って感じの言い方だったヨ」


 ふむ、と情報を精査すると、樹は三人に号をかけた。


「よし、予定通り手分けして話を聞きまくるぞ!ここにコピーした似顔絵がある、一人一枚持って聞き込みしまくれ!小蘭はあっち!鵺一は向こう!オレはこっち!愛里寿はここら辺の朝転んだ場所近くでよろしく!」


「わかったヨ!」


「承知した」


「了解なのだわ!」


 四人は似顔絵を一枚ずつ手に持つと、それぞれの担当区域へ向かい、聞き込みを開始した。

 各々、大通りに面した店にいる店員や客に似顔絵を見せながら、何か知っていないか聞き回る。しかし返ってくる答えは、最初に聞いた飲食店の店員と同じようなものばかりだった。

 再度集合し、とりあえずそれぞれが聞いた話の内容をまとめる。


「どのお店の人モ、よく見かける人ダケドどういう人なのかはわからないッテ感じだったヨ!」


 と、報告するのは小蘭。


「右に同じ。よく買い物に来てるらしいけど、会釈ぐらいしかしないから詳しい素性はどこもわからねえってさ」


 と、報告するのは樹。


「愛里寿のとこも全滅なのだわ……朝のやりとりを見てた人もいたけど、ちらっと見かけただけだからその後王子様がどこへ行ったかとかはわからないって言われたのだわ」


 と、報告するのは愛里寿。


「王子は七光内の生徒だそうだ」


 と、報告するのは鵺一。


「「「なんだって!?!?」」」


 鵺一の報告に、三人はぐわっと目をひん剥きながら鵺一に詰め寄る。そんな三人に少し気押されながら、鵺一は報告を続けた。


「そこの駄菓子店のお婆さんが、以前、学生かどうか聞いたらしいんだ。そうしたら、七光内の生徒だと答えたらしい。お婆さん的には大学生かどうかを聞きたかったらしいが……」


「でかしたぞ鵺一!!めちゃくちゃ重要な情報だ!!」


 樹と小蘭は鵺一の背中をバンバンと叩き、鵺一が持ち帰ってきた情報の重要さを褒め称える。


「学校がわかったのは凄いのだわ!確かに七光内も大通りからそれほど遠くないし、次は七光内に突撃すればいいのね!?」


 愛里寿がそう三人に確認を取ると、三人は力強く頷いた。


「にしても七光内だったとは、これはラッキーとしか言いようがないな」


 樹はニヤニヤとにやけながら、早速七光内高校の方へ歩き出す。その後をついていく小蘭と鵺一もにやけ顔だ。

 ただ一人、何故三人がにやけているのかわからない愛里寿は、三人の様子に首をかしげるが、まあ、王子に近づいたことだし、いいか。と気にしないことにした。



 *



「それで俺をわざわざ呼び出したわけー?」


 七光内高校の校門前。

 そこそこ日が暮れ始め、あたりは少し薄っすらと橙色に染まり始めていた。

 そんな時間に七光内高校の生徒である二ノ宮華音は、樹達に呼び出しをくらい校門前まで来させられていた。


「ドーセ寝てたんダロ、問題無いネ」


 ぽそりと毒を吐く小蘭は無視して、華音は樹から似顔絵を受け取ると、ジッとその似顔絵を確認した。


「三人がにやけてたのって、知り合いがいたからだったのね」


 華音の様子を小蘭の陰からひょこりと覗く愛里寿は、七光内高校へ向かう道中の三人の顔を思い出して納得する。そうしてしばらく似顔絵と睨めっこしていた華音だったが、「あー」と気の抜けた声を出すと似顔絵から顔を離し、樹に返した。


「うん、この人、七光内の人で間違いない」


「本当!?」


 その答えを聞いて、初対面にも関わらず興奮気味にぐいっと詰め寄ってきた愛里寿に、華音は露骨に嫌な顔をしながら少し距離を取る。


「で!その人の名前は!?どこに行けば会えるのだわ!?」


 華音が取った距離を、再びお馴染みの桃色キラキラ乙女ゲームフィルターを発生させながら即縮めてくる愛里寿に、フィルターのおかげで煌めいて見える華音はさらに嫌そうな顔を樹達に向けて助けを求める。


「愛里寿落ち着け!ステイ、ステーイ」


 流石に不憫に思った樹は、華音に対する圧が強い愛里寿を華音から引っぺがしてやる。


「で、お前はこの人の名前を知ってるのか?」


 暴れる愛里寿を二人掛かりで取り押さえる樹と小蘭に代わり、鵺一が改めて華音に似顔絵の主について尋ねた。


「知ってるけど……あんまり関わんない方がいいと思う」


 華音にしては歯切れの悪い言い方に、鵺一は何か不信感を覚える。しかし、それを聞いていた愛里寿にはそんなことは関係ないようで、必死に華音に訴えかける。


「お願いなのだわ!愛里寿はどうしてもその人にお礼を言いたいの!だから教えてほしいのだわ!」


「うー……わかったよ、でも自己責任でよろしく」


 愛里寿の本気さに負けたのか、華音はあっさり折れると、全員が知りたがっていた似顔絵の王子の名前を告げた。


「その人多分ね、『響弥(きょうや)先輩』だと思う」


 愛里寿以外の三人の顔が強張った。


「キョウヤさんと言うのね!本人に似てカッコいい名前なのだわ!どういう字を書くのかしら!」


 事情を知らない愛里寿だけが、一人熱を上げていた。樹はそんな愛里寿の肩を諭すように掴むと、大きく首を振った。


「愛里寿、だめだ。これ以上王子を深追いすんのはやめよう」


「何を言ってるのだわ?ここまで来たのよ、引き返すなんで嫌なのだわ!」


 愛里寿は樹達の様子に怪訝な顔をしながら、樹の手を払った。


「でも、後は私一人でなんとかなりそうだから大丈夫なのだわ!樹くん達はここで解散でオッケー!お疲れ様なのだわ!」


 樹達の反応を、疲れたから今日はお開きにしたいのだと解釈した愛里寿は、そう言うとくるりと樹達に背を向け、来た道を戻っていく。大方、下校中の七光内の生徒を捕まえて響弥の居場所を突き止めるつもりなのだろう。

 愛里寿の背を見送りながら、三人は険しい顔をする。


「止めた方がいいのか?」


 心配する鵺一だが、正直に言うと止めに行った結果響弥とまた関わってしまうことが、少し嫌だった。

 響弥に関われば、おそらくまた不良の喧嘩に巻き込まれるからだ。


「デモ、あの人自体は不良以外には無害って感じがシタヨ?案外大丈夫なのカナ……」


 小蘭は、前回出会ったフードコーナーでの出来事を思い返す。あの時は、翔にスタユニで負け逆上した不良に呼び出されて現れたものの、不良に対して制裁を加えただけで、こちら側には何も手出しはせず、むしろ謝ってきたのだった。


「なんだ、三人は会ったことあるんだ。だったらなんで樹は気づかなかったのさ?」


 あくび混じりに言う華音に、樹は似顔絵を見つめながら答えた。


「だってさ、この似顔絵は目が違ったんだよ……こんな優しい目じゃなくてもっと鋭い感じだったから、微妙に一致しなくて確信持てなかったっていうかさ」


「あー、確かに目が違かったかも」


 華音は目をこすりながら、言葉を続けた。


「確かに、お礼目的で会いにいくなら()()()何もしてこないとは思うけど、止めに行った方がいいと思う」


 だってさ、と華音はそこで言葉を区切ると、真剣な顔を作り、告げた。


「あの人は、()()()()()()だからね。本人は無害でも周りの不良がそうとは限らない」


「小蘭!鵺一!愛里寿を追いかけるぞ!」


 華音の忠告に樹はすぐさま小蘭と鵺一に号をかけ、三人は急いで愛里寿が去っていった方向へ走りだした。


「……さてと、俺は今回は無関係だし、もう一眠りしてこよ」


 校門前に一人残った華音は、ふあ、と再びあくびをしながら、昼寝場所を求めて七光内の学内に戻っていった。



 *



 樹達三人は、七光内高校前から大通りまで戻っていた。

 来た道を走りながら戻ったにもかかわらず、道中で愛里寿の姿を見かけることはなかった。相手は徒歩のはずだ、向こうも素直に来た道を戻っただけなら、どこかで追いつけるはずなのだが。


「どこ行ったんだあいつ!」


 三人は手分けして大通りを探すが、やはり愛里寿の姿は見当たらない。


「もしかしテ、途中で手がかりを見つけテ会いに行っちゃったのカナ……!」


 一旦集合して作戦会議をする中で、小蘭が一つの可能性を提示した。


「確かに、その可能性が高いな……なんだよ、今度は愛里寿の顔で聞き込みかよ」


 樹はこれからの行動の内容の手間を考えて、がっくりとうなだれた。しかし、愛里寿を見つけるには最早それぐらいしか手がない。


「しょうがない、今度は愛里寿について聞きまくるぞ!」


 樹の言葉に小蘭と鵺一は頷くと、早速行動を始めようとした。するとその時、誰かが三人に声をかけてきた。


「へえ、あの子アリスちゃんって言うの。探してるの?」


 人を茶化すような声に、三人が振り向くと、そこにいたのは根元から半分黒くなった、いわゆるプリン頭の金髪、ボサボサの茶髪、黒いドレッド、挙句はスキンヘッドまでと、様々な高校の制服を着崩し、あちこちにピアスを開けたような十人近い人数の()()がこちらをニタニタと薄気味悪い笑いを浮かべながら囲んでいた。


「お前らだな、さっきからコソコソ()()を探ってるのは」


 最初に声をかけてきたプリン頭の不良が、ずいっと樹に近づくとメンチを切ってきた。


「ちょっと一緒に来てもらおうか?安心しろ、大人しくしてれば痛くしねえよ」


 ギャハハと笑う不良達は、そのまま小蘭と鵺一の背後にも周り、無理やり背中を押してどこかへ連れて行こうとする。


「ほら、ボクも一緒に行こうねー」


 プリン頭の不良は、樹を小馬鹿にしながら無理やり引っ張ろうと肩を強く掴もうとした。すると、樹がギロリと不良を睨み上げてきたので思わず伸ばした手がピタリと止まる。


「なんダァ?俺らとやりあう気かァ?」


 手を止めたものの、余裕そうに笑う不良はさらに樹を挑発しながら、再び手を伸ばす。樹はその手を、今度は強くはたき落した。


「愛里寿に何をしやがった頭プリン野郎」


 瞬間、樹の腹に勢いよく蹴りが入る。

 かは、と唾なのか血なのかわからないものを吐きながら、樹は腹を抑え地面にうずくまる。


「樹!」


 慌てて樹に駆け寄ろうとした小蘭の腕を、別の不良が掴むとぐいと引き寄せる。


「おっと、変な動きするなよ?余計なことすると大事な彼氏が死んじゃうぞ?」


 そう吐き捨てると、不良はさわさわといやらしい手つきで小蘭の体を撫で始めた。


「大人しくしてれば痛いことしないからな……むしろ、気持ちいいことしてやってもいいんだぜ?」


 あまりの気持ち悪さに、小蘭が小さく悲鳴をあげたその瞬間、二方向から汚い悲鳴が上がった。

 不良は小蘭を触るのをやめ顔を上げると、片方では樹に絡んでいたプリン頭の不良が鼻血を手で押さえながら尻餅をつき、もう片方では鵺一を押さえていたスキンヘッドの不良が、逆に鵺一に背後を許し首をガッチリと締め上げられ白目を剥きながら泡を吹いていた。


「触るな」


 どうやらプリン頭の不良に頭突きを食らわせたのか、額を少し血で滲ませた樹が、先程よりもさらに激昂した表情で、小蘭を取り押さえる不良を睨みつける。


「そいつに汚ねえ手で触んじゃねえっつってんだよ」


 聞いたこともないくらい低い声で威嚇する樹と、目を大きく見開きながら樹と同じぐらいの怒りの表情を浮かべ不良の首を締め続ける鵺一を見て、今までニヤニヤと余裕の表情を見せていた不良達は真剣な表情に変わる。


「……はん、痛い目見たいんだな」


 鼻血を拭いながら、プリン頭の不良は立ち上がると樹と鵺一を指差して不良達に発破をかけた。


「女は殴るな。男は潰せ!」


 その合図と共に、不良達が樹と鵺一に殴りかかる。鵺一は完全に落ちたスキンヘッドの不良を乱暴に捨てると、不良達の攻撃を華麗に避けながら一人一人の脇腹に、まるで剣道で胴を取るかのように手刀を叩き込んでいく。

 不良達は短く悲鳴をあげながら軽くよろけるが、倒れるまではいかなった。が、鵺一の強さは十分理解できたようで、鵺一から間合いを取ると不用意に近づかないよう警戒を始めた。


「うがっ……!」


 聞き慣れた声の呻きに鵺一は素早く振り返る。そこには、後ろで鵺一を盾にしていたはずの樹が、いつの間に背後に回っていたのか、プリン頭の不良に後ろから腕を締め上げられていた。


「強いなロン毛の兄ちゃん。でもな、こっちの威勢だけはいいモヤシにこれ以上怪我されたくなかったら大人しく殴られるんだな」


 ニタニタと笑う不良に、鵺一はギリ、と歯を噛み締める。しかし、ここで下手に応戦すれば樹が怪我をしてしまう。


「さっきからッ!!馬鹿にすんじゃねえッ!!」


 と、樹が後ろで腕を締め上げるプリン頭の不良の顔めがけて頭を思いっきり振りかぶった。


「ぐあっ!?」


 樹の後頭部がゴン!と不良の顔面に炸裂する。突然の反撃に怯んだ不良は、思わず樹の腕を放しそのまま顔を抑えた。


「て、てめー!また俺の鼻を……!」


「オレ喧嘩は苦手だけど、頭だけは防御力あるんでね」


 再び鼻血を擦り止める不良に、樹は生意気に笑った。


「上等だ!もういい、さっさと潰しちまえ!」


 そうプリン頭の不良が怒鳴った時だった。


「潰れんのはテメーだボケ」


 凛と澄んでいるのに、どこか威圧を感じる声。

 その声がした方に全員が振り向く。そこにいたのは、肩ぐらいまでの金髪に耳には派手な銀のカフスに赤いピアス。白いワイシャツを着崩した、まるでどこかのモデルかと見間違うぐらいの「イケメン」という言葉がぴったり当てはまる青年。


「響弥……!てめー何でここに!」


 居るはずのない人物の登場に驚く不良達に、響弥は少ししゅんとした顔で残念そうに応える。


「何でって酷いなぁ。君達の方こそ俺に用があったんだろう?わざわざ来てあげたんだぞう」


 そう言うと、響弥はいつか見たことのあるニコニコ顔に戻った。


「三人とも!無事かしら!?」


 すると、響弥の後ろからひょこりと見覚えのある顔が出てくる。


「愛里寿!?お前こそ無事だったのか!?」


 驚く樹達と自身の後ろから声をかける愛里寿を響弥は交互に見ると、ふうん、と何かを理解したように呟いた。


「愛里寿ちゃん、友達と一緒に俺の後ろに下がっててね」


 響弥は愛里寿にそう伝えると、まだ小蘭を取り押さえたままの不良に近づく。不良は一瞬たじろいだ。刹那、その隙を逃すまいと響弥は不良の顔面に勢いよく拳を叩き込んだ。顔面がくしゃくしゃに凹んだパンのようになりながら、不良は力なく倒れ小蘭を解放する。


「ほら、さっさと避難しな。巻き込まれたくないなら」


 ニコリと愛想のいい笑顔を浮かべながら、拳を軽く払いつつ小蘭に告げる。小蘭は軽く頭を下げてから、途中で鵺一と樹の背を押して一緒に下がるよう促し、三人で言われた通りに愛里寿の方へ走っていく。


「で?君達は俺の弱みかなんかを知りたかったのかい?それでコソコソ俺の周りを嗅いでたのかな?」


 ニコニコと笑顔を崩さないまま、パキポキと指を鳴らしながら響弥は不良達に近づいていく。


「そんなに俺に勝ちたい?無関係の人間使ってまで俺を倒したい?」


 純粋な疑問なのか、確認なのか、そう問いかける響弥に、プリン頭の不良は我慢ならないという風に乱暴に返す。


「てめーが目障りなんだよ!何が不良の首領だ?どうせてめーがそう勝手に名乗ってるだけだろ!弱そうなナリの癖によォ! 」


 ギャンギャン吠える不良の言い分をニコニコしながら最後まで聞くと、響弥は俯きながらフーと深く息を吐き、そしてゆっくり顔をあげながら目を開く。


「だったら正面からかかってこいよ雑魚ども」


 そう不敵に笑いながら、鋭く光る真っ赤な瞳で不良達を見下すと、ダッ、と不良達の中へ突っ込んでいった。


「上等だゴルァァ!!」


 不良達も、飛び込む響弥目掛けて一斉に拳を向ける。

 響弥は、次々と飛んでくる拳を避けて避けて避けると、パシ、とそのうちの一撃を手のひらで受け止めた。そのまま受け止めた腕ごと掴み、ぐるんと背負い投げの要領で不良を背中から強く地面にバン!と叩きつける。

 背中を抑え呻く不良を飛び越えて、別の不良がその勢いを利用して飛び膝蹴りを響弥目掛けてかざす。しかし響弥はひょいと横にかわすと、不良が着地したタイミングを見計らって回し蹴りを背中にお見舞いした。

 汚い声を上げて地面に落ちる不良。しかしまたもや間髪入れずに別の不良が殴りかかってくるので、それを同じようにパシ、と受け止めがっしりと拳を掴み身動きが取れなくしてやると、相手の鳩尾にキツイ蹴りを入れて吹き飛ばす。


「おいおい……あの人あんな甘い顔してめちゃくちゃ喧嘩強いのかよ……」


 一人で十人近い不良を返り討ちにしていく響弥の無双劇を、もはや凄いという感情を通り越したのか呆れたような目で見つめながら樹はぼやいた。


「やはり姉さんから聞いていた通りだ。あの人は本物の不良の首領だったんだな」


 そう少し感心気味に言った鵺一の呟きを拾ったのか、愛里寿は目を輝かせながら同調する。


「そうなのだわ!王子様は強くて優しくてイケメンで完璧なのだわ!ああ、流石王子様!」


 うっとりと愛里寿が響也を見つめると、いつもの乙女ゲームフィルターが発生し、暴れる響弥がキラキラと少女漫画のヒーローのように見えてきた。樹達はもう反応するのをやめた。

 そんなことをしているうちに、不良達はプリン頭以外全員地面に沈んでいた。


「さ、残りは君一人だけになったわけだけど」


 いつのまにか獣のような顔からいつものニコニコ顔に戻っていた響弥が、プリン頭の不良に語りかける。


「何か言い残すことはある?」


 その笑顔に得も言えぬ恐怖を感じたのか、取り乱しながらプリン頭の不良は響弥に殴りかかった。


「ワンパターンすぎんぞテメー」


 響弥はフッと呆れた顔になると、ひょいと不良の拳を体を傾けて避け、ガッと足払いをかけて転ばせる。

 言葉になっていない短い悲鳴をあげながらゴロンと地面に転がる不良の腹を、また笑顔に戻りながら容赦なく踏みつけた。

 不良は血反吐を吐くと、ガクリと気絶した。


「さて、と」


 パッパッと足を軽く払い、ふう、と一息つくと、響弥は後ろに避難していた樹達の方をゆっくりと振り向く。樹と小蘭と鵺一は警戒する。


「問題は君達だ」


 そう優しく言いながら、響弥はカツ、カツと近づいてくる。しかしその顔は愛想のいい例のニコニコ顔ではなく、うっすら目を開けこちらを見据えた不敵な笑みだった。

 次は自分達が制裁される番だ。そう悟った樹と小蘭は、鵺一を盾にして構える。二人に盾にされた鵺一も同じことを思っていたのか、二人をかばうように臨戦態勢をとった。

 そんな三人の様子を見て、響弥は一瞬キョトンとすると、あの愛想のいい笑顔に戻った。


「やだなぁ、そんなに身構えないでよ。君達が俺を探していた事情はそこの愛里寿ちゃんから聞いてるから殴ったりはしないよ」


「……はい?」


 三人が確認を取るかのように愛里寿を見ると、愛里寿は「そうなのだわ!」と頷いた。


「愛里寿ね、七光内で別れた後、樹くん達と同じように不良に絡まれたの。でも偶然近くにいた響弥さんが助けてくれて、その時に事情を説明したのだわ!」


「そういうこと」


 愛里寿の説明に響弥も頷くと、先程の不敵な笑みに戻る。


「ま、今回は特別だけど、あんまり俺のこと探ろうとしない方がいいよ」


 赤い眼で四人をまっすぐ見据えてそう言うと、響弥はくるりと背を向けた。


「また不良に絡まれたいってなら、止めないけどね」


 じゃ、と軽く手をひらひらと振ると、そのまま響弥は去って行った。

 その姿が見えなくなると、愛里寿以外の三人は大きく息を吐きながら地面にへたり込んだ。


「し、死ぬかと思った……」


 頭突きで二回も使った頭を軽くさすりながら、樹は安堵の溜息を吐きながら呟く。


「ほんとダヨ……一生分の不良の喧嘩見た気分ダヨ……」


「本当にな……」


 小蘭と鵺一もそう呟きひとまず胸を撫でおろす。


「つーか、愛里寿はあの後マジであの人にたどり着けたんだな……礼は言えたか?」


 樹が愛里寿に尋ねると、愛里寿はうーん、と少し回答を渋る。


「それなんだけど……ちょっと説明が難しいからイベント回想で再現するのだわ!」


 そう愛里寿が言うと、またもやいつもの乙女ゲームフィルターが発生して周りがピンク色に煌き出す。


「おいちょっと待てイベント回想ってなんだ!?待てって!回想始めんな!おい!!」


 樹のツッコミもむなしく、イベント回想が始まった。



 *



「全く、あの三人なんか変だったのだわ!」


 七光内高校から一人来た道を戻る愛里寿は、樹達の反応を思い返して首をかしげる。


「もしかして王子様と知り合いだったのかしら?だったら尚更教えてくれたっていいのだわ。どうしちゃったんだろ」


 いつもなら最後まで快く付き合ってくれるだろう彼らが「関わるな」と止めて来た理由を考えながら歩いていると、愛里寿の前の道を塞ぐように数人の男がわらわらと向こうからやってくる。


「おいおいそこのお嬢さん。響弥を探してるんだって?」


 髪が根元だけ黒くなった金髪、いわゆるプリン頭の不良と思わしき男が、ニタニタと笑いながら愛里寿に近づいてくる。その後ろからついて来た男達も、愛里寿を逃がすまいとぐるりと取り囲んだ。彼らもおそらく不良グループの一員なのだろう。


「もしかして、自分がそうだと言いたいのかしら?うーん、にしては似てないのだわ」


 不良にひるむことなく、手元の似顔絵とプリン頭の不良を見比べながら、ピシャリと愛里寿は言い放った。


「だってあなたブサイクなのだわ」


「上等だこのクソアマ!!」


 実は顔を気にしていたのか、いきなりキレるプリン頭の不良は愛里寿に殴りかかった。しかし、拳は愛里寿に当たることなく、不良ごと横に吹っ飛ぶ。


「用があるのはその娘じゃなくて()()でしょ」


 不良が吹き飛んだ方と反対側から、凛と澄んだ爽やかな声がした。愛里寿がそちらを向くと、そこにいたのはまさに似顔絵に描かれたその人。


「き、響弥だ!一旦逃げろ!」


「待て!逃げんなお前ら!」


 ここじゃ場が悪いと判断したのか、プリン頭の不良を残して一目散にその場から走り去っていく不良達。残されたプリン頭の不良も起き上がり、響弥をギロリと睨んでから不良達の後を追いかけ去って行った。


「雑魚がイキがってんじゃねーよ」


 ケッ、と吐き捨てると、響弥はくるりと愛里寿の方へ向かう。


「で?君は君でなんで俺を探ってんの」


 ずい、と顔を近づけ真っ赤な瞳を威圧的に光らせる。


「内容によっちゃ、痛い目見てもらうけどなァ……」


 コキ、と軽く指を鳴らし威嚇する響弥に、愛里寿はただ見とれていた。

 恐怖で見とれていたのではなく、再会できた嬉しさと似顔絵以上に整った顔立ちに圧倒されて、だ。

 例の乙女ゲームフィルターで更にキラキラ度が増しているので、もはや眩しいくらいだった。


「おい」


 少しキツめのドスを効かせた声を響弥がかけると、愛里寿はやっと反応を返した。


「あ、あのっ!今朝転んだ時に起こしてもらった人間ですっ!そ、それでっ!今朝はちゃんとお礼が言えなかったのでお礼が言いたくて!」


 愛里寿の返事に、響弥は一瞬で気が抜け呆けた顔になる。そんな響弥の様子に気づかないまま、愛里寿はごそごそとスカートのポケットをまさぐると、丁寧に折り畳んだ青いハンカチを取り出した。


「それからこれもっ!ちゃんとお返ししたかったのだわ!今朝は本当にありがとうございました!お陰で出血が微量ですみました!」


 響弥は愛里寿から半ば押し付けられるように青いハンカチを渡される。そして愛里寿のガーゼを貼った右膝を見て、やっと目の前にいる少女のことを思い出した。


「ああ、今朝転んでた娘か。あの後は大丈夫だったかい?」


 脅していた時の威圧的な表情は何処へやら、響弥は相手の正体がわかった途端、今朝愛里寿が見たあの優しそうな笑顔に変わった。


「わざわざお礼を言いに探してくれたんだ。ありがとうね」


 ニコリと笑う響弥に、再び愛里寿の乙女ゲームフィルターが発動する。キラキラときらめきながら微笑む響弥は、さながらイベントスチルのようだった。


「ねえさっきから発動してるそれは何」


 どうやらフィルターはかけられている本人にも見えているようで、笑顔を崩さないまま響弥が指摘すると、愛里寿はハッとした顔になり、すみませんと頭を下げる。


「……ごめんね」


 突然響弥に謝られ、愛里寿はキョトンとする。


「悪いけど、俺、君の気持ちには答えられないから」


 そう言われて謝罪の意味を理解した愛里寿は大きく首を振った。


「関係ないのだわ!響弥さんが不良でも、愛里寿は構わないのだわ!」


「いや、そういう意味じゃなくて」


 愛里寿の反応をバッサリ切ると、響弥はさらりと続けた。


「俺、好きな子がいるんだ。髪が長くて大人しい子でね。だから悪いけど、ごめんよ」


 こうして愛里寿は王子様にフラれたのだった。



 *



「で、そのあとハンカチを返してくれたお礼にケーキをご馳走してくれるって言われたから大通りまで一緒に歩いていたら、樹君達の現場に鉢合わせたのだわ」


「てーめ!本当にイベント回想しやがって!おかげで無駄に二万字いくぞ!?わかりやすかったけどさ!?」


 正直この話を一番長い話にしたくないのにイベント回想で経緯を説明した愛里寿に樹が噛み付いてくれた。


「でもフラれちゃったんだネ……大丈夫!愛里寿ならすぐにいい人見つかるヨ!」


「それは心配ご無用なのだわ。元々また会えるかわからない人だったんだもの。傷は浅いのだわ!浅い……のだわ」


 そう言いつつもやはり少し傷心はしてしまったようだ。あんなにハッキリと言われてしまっては、仕方がないのかもしれない。


「しかし不良のトップが惚れる女とは……いったいどんな女なんだろうか」


「それな、めっちゃ気になる」


 鵺一の言葉に同意を返しながら、樹は自分が知りうる中に特徴が当てはまる人間がいるかどうか探ってみる。髪が長くて大人しい……髪が長い……長い女と言えば……。


「貴様ら!ここで何してるんだ!」


 と、ちょうど樹が思い浮かべた人物が怒号とともに走ってきた。


「姉さん!?何故ここに!」


 竹刀を片手に険しい顔で近づくのは、撫子だった。


「九郎が教えてくれたんだ、この似顔絵の人物を探しに行ったと。これはどこからどう見ても響弥じゃないか!」


 そう怒りながら、似顔絵を四人に突き出す。四人が持っている似顔絵とそっくりだったが微妙にラインの引き方が違うそれは、おそらく後から九郎がもう一枚新しく描いたものなのだろう。


「撫子……心配したんだ……だから急いで……様子を見に来た……」


 撫子の後ろから九郎がひょこりと現れると、撫子が走って来た理由を説明してくれた。


「響弥はここらの不良を束ねる親玉だ!関われば怪我どころじゃ済まないかもしれないと言うのに!」


 だがしかし、と言葉を区切ると、まだのびたままの不良の山をちらりと見てから溜息をつく。


「どうやら響弥には会わずに済んだようだな。こいつらは鵺一がやったのか?」


「「「響弥さんがやりました」」」


「貴様ら!響弥には関わるなと言ったじゃないか!何故言うことを聞かないんだ!」


 ガミガミと説教をしだす撫子を見て、樹と小蘭と鵺一は、響弥の想い人は絶対に撫子ではないなと悟った。

 と、むくりと倒れていた不良のうちの一人が目を覚ましゆっくりと起き上がると、撫子を見て固まる。


「お、お前は『鬼の風紀女』……!なんでここに、いや、むしろチャンスか!?」


「む?」


 ゲヘゲヘと気持ち悪く笑う不良に撫子が気づいた瞬間、不良はダッと撫子に殴りかかる。


「響弥は倒せなくともお前は倒してのし上がってやる!覚悟しろやァァァァァ!!」


 ぶん、と撫子に拳を振るも、撫子は軽くそれを手でいなすと、居合抜きのように竹刀を腰元から振り不良の胴へ思いっきり打ち付ける。


「うごぁ!!」


 と情けない声を上げてよろめく不良の頭部へ、続けて容赦なく竹刀を振り下ろした。頭に重い一撃が入った不良は、そのまま倒れ再び夢の中へ旅立っていった。


「全く、風紀がなってないなこいつらは!」


 竹刀をパッパッと振り汚れを落とすと、また撫子はプリプリと怒り出す。


「全部響弥のせいだ。あいつめ、探し出して必ず成敗してやる……!」


 そう言ってくるりと踵を返すと、スタスタと撫子は大通りから出て行く。その後を九郎も慌てて追いかけ、二人は去っていった。


「お前の姉ちゃん相変わらず台風みたいな人だな」


 撫子と九郎が去って行った方を遠い目で眺めながら、樹は鵺一にぼやいた。


「お侍様なのだわ」


 と、愛里寿がポツリと呟いた。なんだ?と樹達が愛里寿の方を向くと、愛里寿は何故か乙女ゲームフィルターを発動させていた。


「えっ?愛里寿?なんで?何に反応したんだお前、まさか」


「性別なんて関係ないのだわ!あのお方こそ愛里寿のお侍様なのだわー!」


 ブワッとフィルターによるきらめきを倍増させる愛里寿に対し、流石に三人はたしなめようとする。


「愛里寿!戻れ!その世界はまだお前には早いって!」


「目を覚ますヨ愛里寿!その需要は求められてないカラ!」


「頼む引き返してくれ!それは身内の俺が一番ダメージでかい!」


 そんな三人の必死の声も、今の愛里寿には全く届かない。


「愛里寿は諦めないのだわ!壁を突き破って、絶対振り向かせて見せるのだわーッ!」


「「「頼むからやめてくれーーーッ!!!」」」


 三人の絶叫が虚しく響いた。

「鳥愛学園〜鳥の取り合い〜」はググると本当に恋愛ゲームが出て来て遊べます(拙作です)(無料です)(袋野先生は未実装です)

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