第8話 オカルトと謎解きは紙一重
ここは、緑原学園の裏庭端に建っているボロアパートのような見た目の部室棟。
その中の一室に、怪しく笑う生徒が一人がいた。
壁一面に真っ黒な布を垂らし、電気もつけず、部屋の中央にポツンと置かれた机の上に立てられたロウソクの明かりがほんのりと部屋を照らすだけの暗い室内で、机の上に並べた複数枚の写真を眺めながら、生徒は不気味に笑っている。
「そう……これが……ふふふふふふ」
*
「と、言うわけでこれを探してちょうだい」
そう、先程まで妖しい笑みを浮かべていた、青みがかった黒髪の、サイドだけを伸ばしたショートのような髪型に、カラコンをつけたような赤い目。そして何よりも左目に付けている白い眼帯が目立つ女子生徒が、中等部四階の第三放送室のソファーに座り、無表情で淡々と依頼を投げた。
樹は少し複雑な顔をしながら、女子生徒に尋ねる。
「先輩、4コマより先にこっちに出てきちゃっていいんスか?」
「仕方ないじゃない、あっちはいつまで経っても更新される気配がないんだもの。こっちの方が出番が確実だったのよ」
先輩と呼ばれた女子生徒、北条瑠奈は、「そんなことよりこれよ、これ」と、ソファーの前のローテーブルに置かれた数枚の写真をバシバシと叩く。
樹と小蘭、鵺一の三人はローテーブルに近寄ると、瑠奈が示した写真を覗き込んだ。そこに写っていたのは、一枚目が赤い宝石、二枚目が何だかよくわからない木彫りの置物、三枚目がどこかの床に血で書かれたような魔法陣らしきもの、そして最後の四枚目が、紐を通し、首にかけられるようになっている小さな砂時計だった。
「先輩、なんすかこれ」
一通り写真を確認した三人は、顔を上げると訝しげに瑠奈を見た。
「これは古代イノロペ文明に伝わる呪術道具達よ」
「いのろ……何だって?」
聞いたこともない単語に更に顔をしかめる三人を無視して、瑠奈は写真を指差しながらベラベラ語り出す。
「この赤い宝石はヴァランジェ鉱石といって、イノロペでは栄光の証と同時に呪いを助長する死の宝石としても知られ、これを身につけた英雄は全員謎の死を遂げているの。そしてこの木彫りの像がヌーラ・ヌヌ・オヌスヌと言って、ここに呪いたい人間の名前を掘り恨みを込めて刃物を突き立てると、名前を書かれた人間は40秒後に心臓麻痺で死ぬわ。それで、この魔法陣は」
「もうイイ!もういいデス、センパイ!」
一息で捲し立てられ情報が入りきらず頭がパンクした小蘭がストップをかけると、ようやく瑠奈の口が止まった。
「知らないというから説明したのに。イノロペ文明もヴァランジェ鉱石も、オカルトマニアの間じゃムー大陸と並んで常識よ?実在するかどうかは知らないけど」
相変わらず無表情のまま淡々と続ける瑠奈を見て、改めて三人はこの人が緑原学園オカルト同好会唯一の部員で生粋のオカルトマニアだと言うことを再認識した。
「にしてもこの魔法陣、形がとてもいいわ……これなら深淵の淵よりかの暴虐な大悪魔バルバドスをこの左眼に宿すことも出来そうね……ふふふ……やらないけど……」
ついでに、厨二病も患っていて面倒くさいということも再認識した。
「で、これを探せばいいんすか?」
樹が再度、依頼内容の確認を取ると、瑠奈は頷く。そして、持ち込んでいた鞄から「北条瑠奈へ」と書かれた茶封筒を取り出し、中から数枚のハガキサイズのカードを出してテーブルに置いた。
「今日の放課後、オカルト同好会の部室へ行ったら私宛のこの茶封筒が置かれていたの。中身はさっき見せた写真と、今出したカードが五枚が入っていたわ」
説明しながら、瑠奈はカードを一枚手に取り三人に見せた。カードにはメッセージが書かれており、瑠奈はそれを読み上げた。
緑原の黒魔女殿。
我は偉大なる呪術士也。
呪いが得意な貴殿に挑戦をしたい。
この学園に四つのアイテムを隠した。
黒魔女殿なら全て手に入れているものであろうが、
これを見つけることができれば、黒魔女殿へお譲りしよう。
ただし、期限までに見つけることができなければ、
込めた術が発動し、この学園は呪われるであろう。
期限は日が落ち、最後の鐘が鳴り響く時。
では、黒魔女殿のお手並み拝見といこう。
メッセージを全て読み上げると、瑠奈は他の四枚のカードを三人の方へ差し出す。そこにも何か文章のようなものが書かれており、それぞれ右上に1から4の番号が振られていた。
「こっちの四枚はどうやらヒントのようね。写真の裏を見ると番号が振ってあるのだけれど、それに対応した番号のものが場所のヒントになってるみたいよ」
そう言いながら瑠奈が一枚の写真をペラリとめくると、確かに「2」と番号が書かれていた。
「正直に言うと、私はあまり探す気ないのよね。アイテムは確かに欲しいけど、それよりも本当に呪いが発動するならそっちを見たいから。でも、そうなると他の生徒が困るでしょう?そこであなた達の出番なわけ」
あっけらかんと挑戦を挑まれたもののやる気がないことを宣言した瑠奈に、三人はますます呆れた顔をした。
「先輩、オレ達のこと学園のヒーローかなんかだと勘違いしてません?」
樹がジト目で瑠奈に言うと、瑠奈は無表情ながらもキョトンとしたように首を傾げた。
「あら?そうじゃなかったのかしら?」
「違うっすよ!どっちかというとそれは撫子さんの方っすから!」
強めに否定を入れ、樹は大きくため息をついた。
「ケド、本人がやる気無いならワタシ達もなんかやる気でないヨ。それに小蘭チャンは頭使う依頼は苦手なんダヨー」
「俺もだ。頭より体を動かす依頼の方がやる気が出る」
頭が良くない中国娘と脳が竹刀で出来ている剣道馬鹿も気合が入らないのか脱力した。
「オレは面白そうな依頼だと思うけどなあー。謎解きゲームみたいで楽しそうじゃん」
「「だったらお前一人でやれ」」
「なんでそんなこと言うんだ!!酷いぞお前ら!!」
一人興味を持つ樹に、小蘭と鵺一は口を揃えて突き放した。
「けどまあ……三人中二人がやる気ないみたいだし、先輩自身もやる気ないなら依頼引き受けらんないっすね、残念っすけど」
小蘭と鵺一の様子を見て、少しがっかりしたように樹は首を振ると瑠奈にカードと写真を押し返した。そんな三人の反応に、瑠奈はぽそりと呟いた。
「報酬は駅前の有名店の限定さつまいもタルトだったのに」
三人がピクリと反応した。
「すでに用意して持ってきていたのだけれど、断られたら渡す義理はないわね。残念だわ、売り切れ頻出で滅多に買えなくて美味しいのに」
わざとらしく声を張り出した瑠奈のセリフに、三人はたまらず身を乗り出した。
「「「やります!!」」」
三人は食べ物で釣られると弱かった。
*
「さて、まずはヒントの確認からだな」
写真とカードの場所をスチールデスクに移し、それをぐるりと囲むように立ち四人は覗き込む。
ヒントの番号と対応する写真をカードの上に並べながら、一通り確認する。ヒントカードにはランダムに見える文字列が並べて書いてあったり、なにやら図形が書かれていたりと、明らかに暗号、もしくは謎解きを要とされているようだった。
「この四枚目の砂時計は、他を先に解かないとわからなそうだから一旦除外な」
ざっと四枚のカードを見た樹は、
全てを見破りし時、導かれるだろう
△□○
→
と書かれた四番のカードと写真を少し端に除けた。
「じゃあまずは一番からだネ」
樹の行動を見届けてから、小蘭は赤い宝石が写された一番の写真と、それに対応した1番のカードを指差す。カードには、よくわからない文字列が書かれていた。
ROUTE 120
A8 D4 C1 C4 C1 A7 C1
[C12] [B10] C3 D7 A11 D7
B6 C3 D7 B4
「「お疲れさまっしたー」」
「待て待て!考えることを放棄すんな!」
カードをちらりと見ただけですぐさま諦めて帰ろうとする小蘭と鵺一の首根っこを引っつかんで、樹は無理やり二人を引き戻す。
「いや無理デショ!?何この暗号!?B4なんて、紙のサイズでしか見たことないヨ!!」
戻された小蘭はカードの末尾に書かれている「B4」の文字を指差しながら喚いた。
「俺もC4なんてゲームでしか見たことないな。確かプラスチック爆弾のことだ」
小蘭に続くように、鵺一もそう言いながら肩をすくめた。
「流石に紙のことでも爆弾のことでもないと思うわよ。わかってるとは思うけど」
二人の発言を受けて、瑠奈が釘をさすように付け加えると、二人はうーん、と唸りながら文字の意味を考えてみる。しばらくそうして頭をひねるが、何も出てこないのかすっかり黙ってしまった。
瑠奈も付け加えたものの、何も思い浮かばないようでそれっきり何も言わなかった。
と、樹が突然手を叩いた。
「もしかして、コード表なんじゃないか?」
「コード表?」
聞きなれない単語に、小蘭はそのまま樹に聞き返した。
「音楽のコードだよ。ほら、「ハ長調」とか、「和音」とか音楽の授業で聞いたことねえか?何長調の、何個ずつ音が離れた和音、みたいなやつのことをコードって言うんだよ。説明難しいんだけどさ」
言いながら樹は「C1」の文字を指差した。
「例えば「C1」なら、「ハ長調の1度の和音」、つまり「ドミソ」だな」
「おいちょっと待ってくれ、なんでそうなるのか解説してくれ」
スラスラと説明する樹に、小蘭も鵺一も理解が追いつかず、いっぱいいっぱいの顔をしながら解説を頼む。樹は仕方なさそうな顔をすると、基本から説明を始めた。
「まずな、「ドレミファソラシド」ってあるだろ?これには実は他の言い方があってな、「CDEFGABC」と、「ハニホヘトイロハ」ってのがあるんだ。ここまではいいか?」
途中で区切り、樹が二人に確認する。しかし小蘭と鵺一は「何を言っているかわからない」と言う顔をしたので、樹は少しうんざりしながらいつものスチールデスクの上に積まれたメモがわりのコピー用紙を一枚引っ掴むと、そこにサラサラと表を書き出した。
ド=C=ハ
レ=D=ニ
ミ=E=ホ
ファ=F=ヘ
ソ=G=ト
ラ=A=イ
シ=B=ロ
そう表を書き上げ、バン、とローテーブルにメモを叩きつけて二人に見ろと指し示すと、ようやく理解できたのか頷いてくれた。樹はそのまま説明を続ける。
「これを踏まえて「C=ハ」になるだろ?だから「ハ長調」。で、後ろの数字は和音の番号だ。本当は度って言うんだけど説明難しくなるから割愛して、基本の音を1番目とした時の番号になる。ハ長調の場合は基本の音っていうのは「ハ=ド」になるわけだから、ドが1番目、レが2番目って感じだ」
樹はそこまで言うと、先ほどの表の横に、ドを1番として番号を振り、書き加えた。
「で、和音ってのは基本、最初の音と、そこから一個飛ばしで拾える二つの音で構成される。だから、「C1」なら「ハ長調」の「1番目の音=ド」から始まる和音になるから、ドから一個飛ばしで二つ音を拾うと「ミ」と「ソ」。だから「ドミソ」。わかったか!?」
説明しながら表を忙しく指差す樹に、小蘭と鵺一がわかったのかわかってないのかよくわからない顔を返すと、樹は「もういい!」と説明を放棄した。
「エエト、それで行くとつまり「B4」は「B=ロ=シ」だカラ「シ」から始まっテ4番目の音の「ミ」から一個飛ばしであと二つ拾っテ「ミソシ」?」
「ならば「C4」は「C=ハ=ド」だから「ド」から始まる4番目の音の「ファ」から一つ飛ばしで二つ拾って「ファラド」か?」
「お前らわかってんじゃん!!!なんだったんだよさっきの顔は!!!」
とてつもない理解力を発揮しだした二人に、樹は勢いよくツッコミを入れた。
「でモ、和音がわかったところデこれがどう解けるノ?」
文字の意味はわかったが、それがどう解読につながるのかまでは小蘭には理解できなかったようだった。当然の疑問を樹にぶつけると、樹は得意そうに鼻を鳴らした。
「そこで「ROUTE 120」の出番さ。そういうタイトルの曲があって、この和音を鳴らしてる場所の歌詞を拾って繋げれば文章が出来上がる、ってわけだ!」
「「流石天才少年!!」」
樹の鮮やかな解答に、小蘭と鵺一は大げさに持ち上げた。しかし、ずっと黙って推理を聞いていた瑠奈は、渋い顔をしていた。
「そんな曲、聞いたことないわよ。本当にあるのかしら?」
瑠奈の言葉に、樹は楽観的に返す。
「いやいや、探せばあるっすよー。この広い世の中、曲だって今や星の数だけあるわけだし」
「それだけじゃないわよ」
瑠奈はピシャリと言い放つと、カードに書かれたとある文字を指差した。
「コード表は私も思い浮かんだわ。確かにパッと見ればまずはそこに行くわよね。でもね、コードって7番目までしかないはずよ、7音しか音がないから。なのに、これはどう説明すればいいのかしら?」
そう瑠奈が指差す文字は「A8」。謎の文字列の、まさに最初の文字だった。
しかし樹は涼しい顔で返す。
「8番目は許容範囲っすよ。オクターブ上、つまり一周回って一つ繰り上がったような場合は8度とか言う時あるっすもん」
「そう、なら8番目はいいわ」
でも、と続けながら瑠奈は次々に「C12」「B10」「A11」の文字を指差す。
「これは?これとこれも、どう説明つけるつもり?10以上なんて聞いたことも見たこともないわよ?8みたいに一周回って上の音にでもするの?でもそんな回りくどいことするかしら?結局同じ和音になるわけでしょう?表記を分ける意味がないわ」
そう捲し立てられると、流石の樹もぐっ、と押し黙ってしまった。
「だいたい、どうしてコードはGまであるのにDまでしか使ってないのかしら?たまたまそうなった可能性があったとしても、ここまで出てこないのは不気味よね。ハ長調の曲だったとしても、一つくらいGのコードがないと曲としてもおかしい気が」
「もういいです先輩!オレの負けっす!」
雪崩のように推理を全否定してきた瑠奈に、樹は白旗を振った。
「なんダヨ、間違ってたのかヨ。使えねーナ樹ハ」
暗号解読の方法が違っていたとわかるや否や、小蘭は凄い勢いで手のひらを返し悪態をついた。
「んだと……?解読する気もねえやつに言われたくねえーッ!」
そうしてギャアギャアと喧嘩をしだす小蘭と樹と、否定はしたが、探す気がないためか解く気もあまりなさそうな瑠奈をよそに、鵺一は一人カードの文字と樹が書いた表を見比べながら頭をひねり続けた。
「コードじゃない……ならばただのドレミ……?いや、ダメだ最初の時点で文章になる気がせん」
ぶつぶつと真剣に悩む鵺一に樹は気付くと、彼を指差し「鵺一を見習え!」と小蘭に一喝した。小蘭は少しバツの悪そうな顔をしてから、改めてカードに書かれた文字を見る。
「にしても「ROUTE 120」ってなんなんだろうな?ルート120、120の平方根?でもその数値出したところで「だから何?」って感じだしな」
樹は暗号部分を一旦置いて、上の解読のヒントであろう「ROUTE 120」の部分から考えることにした。
「もしかして「たぬき」みたいな感じなのか?でもここに出てるアルファベットは下の文じゃ使われてねえしなあ……「ルート」だし、1と2と0を繋げていけばいいとか……?いや、それも違うな、意味のある形になりそうにない」
考え込む樹の横で、おもむろに小蘭がスマートフォンで検索を始めた。
「R・O・U・T・E……なるほどネ、「ROUTE」って「経路」って意味だけかと思ってたケド、「道路」って意味もあるんだネ」
インターネットの英和辞典を使ったのか、小蘭が単語の意味をぼやく。すると、樹がハッとした顔になった。
「道路……120……そうか!「いろは歌」か!」
そう声を荒げる樹に、鵺一はなんとなく合点がいったようだったが、小蘭は何を言っているのかわからないとキョトンとした顔で二人を見た。
「待っテ待っテ、中国人にもわかるように教えテ?」
話についていけていない様子の小蘭に、樹は自分のスマートフォンを取り出し、インターネットで何やら検索をかけると、地図を表示させた。
「「ROUTE 120」って言うのは、「国道120号線」のことだったんだよ。で、120号線には栃木県は日光市の超有名な「いろは坂」っていう坂道がある。このぐねぐねした道路がそれな」
と、樹は画面をトントンと叩く。確かに、ぐねぐねと蛇腹のように折れ曲がった道路が地図には表示されていた。
「この「いろは坂」っていうのはその名の通り「いろは歌」から名前が来てて、その理由がヘアピンカーブが48個あって、いろは歌の最後に「ん」を足した数と同じだからなんだよ。つーかお前、日本に住んでるなら修学旅行とかで日光に行ったことぐらいあるだろ」
「アー、なんか名前は聞いたことあるネ。日光も行ったことあるヨ。でも実際にその坂道を通ったかどうかはわからないヨ、通ってても車内で寝てた可能性高いカラ」
ふんふん、と説明に小蘭は納得するが、しかしすぐに顔を曇らせた。
「でもどうやって「いろは歌」を使うノ?そういえばさっきのコードでも「イロハニホヘト」あったネ。やっぱりコード?これも間違ってるんじゃないノ?」
そんな小蘭の言葉に、樹は「そこなんだよな」と頷いた。
「いろは歌を使うのは多分あってるんだ。確かに「ドレミ」の別称でも「イロハ」って使ってるけど、これもミスリードに見せかけたヒントだったのかもな」
それで、と樹は続ける。
「文字列の前のABCDと後ろの数字は、どっちかが行でどっちかが列だ。おそらくアルファベットの方が行だな。でもな、いろは歌って五十音表と違って、区切りが曖昧なんだよ。だから区切り方がわからないと表が作れねえ」
うーん、と再度唸る樹に、今度は鵺一がキョトンとした顔で返した。
「なんだ、区切りなら簡単じゃないか」
そういうと鵺一は新しくスチールテーブルから紙を取ってくると、そこにいろは歌をさらさらと書いた。
いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせす
「いろは歌は歌とついているぐらいだ、俳句や川柳に決まりがあるように、これも七五調という決まりで書かれている。七五調一つにつき一文だとすると4行。アルファベットもちょうど4文字。これじゃないか?」
「「流石現代の侍!!」」
古風なイメージを裏切らなかった鵺一を、樹と小蘭は大げさに持ち上げた。
そして、鵺一が書いてくれた歌の上部と左の余白に樹はアルファベットと番号を振っていった。
123456789101112
A いろはにほへとちりぬるを
B わかよたれそつねならむ
C うゐのおくやまけふこえて
D あさきゆめみしゑひもせす
「これだ……これが解読表だ……!」
完成した解読表を見て、三人はごくり、と息を飲むと慎重に解読を始める。文字列に対応する文字を表から探し出してメモをしていく。そうして全ての文字列を文字に直し、見事一つの文章を導き出した。
ちゆうおうとう
てらのしるし
そのした
「中央棟、寺の印、その下……中央棟二階の地理室にある学園近辺のでかい地図!そこに寺のマークがあった!そこの下だ!」
「「アイアイサー!」」
文章に示された答えの場所を樹が叫ぶと、小蘭と鵺一が高らかに返事をして三人は勢いよく第三放送室を飛び出していった。
一人ソファーに残された瑠奈が、涼しい顔で小蘭に出されたであろう紅茶をすすりながらしばらくまったりしていると、うっすらと廊下を走ってくる音が聞こえてきた。その足音がだんだん近くなってくると乱暴に引き戸が開けられ三人が勢いよく放送室に戻ってきた。
「先輩あったっすよ!!」
そう叫ぶ樹の手には、一番の写真に写っていたものと同じ赤い宝石が握られていた。
「お寺のマークって地図の下の方にあったんだネー。その下に置かれてたキャビネットの中にあったヨ!」
ローテーブルの上に赤い宝石を転がすと、三人は意気揚々と瑠奈の向かい側に戻る。
「よっしゃ、この調子で残りも見つけちまおうぜ!」
「「オー!」」
暗号を解いて調子づいたのか、樹、小蘭、鵺一は高らかに拳を突き上げた。その一方、瑠奈は宝石に興味を示すどころかピクリとも表情を変えずに紅茶をすすった。
「二枚目はこれダヨ!」
そう言いながら、小蘭は先程解いた一番の写真とカードをローテーブルからどかすと、二番の何だかよくわからない木彫りの置物の写真と、それに対応するヒントカードを真ん中にずいとスライドさせた。
二番目のカードに書かれていた内容は、次の通りだった。
・ツ+ワ+フ+丁
△ロ×2+十+一+イ+ソ⤵︎
・E+一+レ+ソ⤵︎
その下
「日本語は数字じゃないだろう!!」
意味不明な計算式に頭が理解を拒んだのか鵺一はそう叫ぶと樹の肩を強く揺さぶった。
「オオオオレにいいい言われてもこここ困る」
ガクガクと激しく揺さぶられながら、当然の主張を樹は訴えた。
「これも暗号だろうな、単純にその通り読めばいいって感じじゃなさそうだ。「つわふちょう」なんて聞いたことねえし」
鵺一を無理やり押し退け揺さぶりから解放されると、樹は改めてカードに書かれた内容を確認する。落ち着きを取り戻した鵺一も同じようにカードを覗き込むと、ん?と頭をひねった。
「二行目にだけ三角があるのは何か意味があるのか?」
そう、カードに書かれた三角形をトントンと鵺一が指し示した途端、小蘭が何かに気づいたかのようにハッとする。
「そういえば一番目のカードにも変な記号あったヨ。ほら、ここの二つ、四角で囲まれてるネ」
そう言いながら一番目のカードを再び取り出し、小蘭は「C12」と「B10」の文字列を指差した。
「ははあ、なるほど。この図形に対応する答えを四枚目に使えってことか。てことはちゃんと解かないとダメだな」
樹は三角と四角の記号が使われていた四枚目のカードを思い浮かべる。きっと他のカードを解いて出た解答から、対応する記号の文字を拾えば問題文が完成する仕組みなのだろう。とにかく、四枚目を最後に解くことは変わらない。今は目の前のよくわからない数式(?)の塊をどうにかしてしまおう。
と、我関せずという風にテーブルに転がされていた赤い宝石を手に取ってまじまじと見つめていた瑠奈が、急に口を開いた。
「何かしらこれ、I、O、F……?ああ、値札を剥がした跡ね」
赤い宝石の底の部分に、剥がすのを失敗したのかうっすらと残った値札と思わしきシールをカリカリと爪を立てて剥がす。
「呪文かと思ってワクワクしたじゃない……雑ね」
溜息を吐きながら残りのシールを綺麗に剥がすと、再び瑠奈は宝石の観察に戻っていった。
「確かに値札のシールっテ、変な剥がし方すると残るよネ」
「それも文字が欠けて変な単語が生まれたりとかしてな」
瑠奈の独り言に、小蘭と鵺一の話題も値札のシールへと移っていった。と、そんな二人をよそに樹は一人ぶつぶつと顎に手を当て考え込む。
「値札……文字が欠ける……I、O、F……F?そうか、そう言うことか」
自身の中で結論を出した樹は、ゆっくりと顔を上げると小蘭と鵺一に答えを告げた。
「合体だ」
樹の口から全く関係のない単語が飛び出したので、小蘭と鵺一は「何を言ってるんだこいつ」とでも言いたげに顔をしかめた。
「樹、何が言いたいのかわからん。説明してくれ」
そう言うと、樹は紙を一枚取り、そこにカードに書かれた式を写していった。
「簡単な話さ。この足し算通り、文字を合体させりゃよかったんだ。ほら、文字ってよく見たら他の文字が構成されてることがあったりするだろ?漢字なんか特にさ」
だから、と続けながら、樹は一つ目の「ツ+ワ+フ+丁」の式の下に、式に書かれた文字を一つずつ読み上げながら書き出していく。
「ツがあって、ワがここに来て、フが中に入って、丁はフの真下。ほら、合体して別の文字が出てきただろ?」
そうして樹が完成させたのは「学」と言う文字だった。
「「流石天才少年!!!」」
身を乗り出さんばかりの勢いで小蘭と鵺一はまた樹を持ち上げた。
「なるほど、「1+1=田んぼの田」みたいな理論だったのか。確かに、漢字は他の文字や記号に分解しやすいからな。先輩が言っていた値札の「F」も「円」と言う漢字を無理やり分解したら出てくるしな」
「解き方がわかれば楽勝ダヨ!他の二つもさっさと解いちゃおうゼ!」
鵺一が納得気に頷く横で、小蘭はやる気に満ちた顔で残り二つの式を指差した。しかし、樹は苦笑した。
「そうしたいんだけどさ、一つわからない記号があるんだよな」
そう言い樹がペンで指し示したのは、残り二つの式に共通して存在する「⤵︎」の記号だった。
「確かに、それは何を示してるかわからないネ」
と小蘭は「⤵︎」と首を傾げる。
「右下の文字を使えと言うことか?しかし、何に対しての右下なんだろうか」
と鵺一も「⤵︎」と首を傾げる。
樹も「⤵︎」と首を傾げる。
「なあ、お前ら、わかってやってんのか?それだよ、文字を右に90度回転させんだよ!」
二人が首を右に傾けたのを見て閃いたのか、樹は首を戻しながら紙に傾ける旨をメモする。そうして、記号の意味を理解したところで改めて式を解きにかかった。
「パズルに近い要領とは言え、「学」はすぐにわかったけど下の二つはちょっと複雑そうだな。各々自由に解きにかかって、とりあえずなんか文字っぽくなったら共有!いいな!」
「「ラジャー!」」
元気に返事をした小蘭と鵺一に続くように樹もまた新しく紙を取ると文字のパズルを始めた。
相変わらず興味がなさそうに爪を見ている瑠奈を放っておいて、三人はこれでもない、それでもないと文字をぐちゃぐちゃ組み替えてみる。
「ネエ樹ィ、この「ロ×2」っテ、ロを二個使えばいいノ?」
「ああ、多分そういうことだろ」
「なんだと……!そういうことなら俺の計画が瓦解する」
「は?……っておい鵺一!文字を作れっつったろ!ロボット作ってどうすんだよ!」
などと、ヒントの共有なのかそうではないのかよくわからない会話をしながら、三人はなんとか各々これだ、と思う文字のようなものを組み上げた。……のだが。
「だから鵺一ィ!ロボット書くなっつったろ!!」
「何も思い付かなかったんだ、仕方がないだろう!というか、そういう樹こそなんだそれは!テトリスじゃないか!」
「思い付かなかったんだよ仕方ねーだろ!」
お互いにそう言い合う通り、樹が出した答えはテトリスのように文字の凹凸をうまい具合に嵌め込んだよくわからない塊、鵺一が出した答えは文字をうまく使ってロボットの顔のようにしたものだった。
「解き方がわかったところで正解なんてわかんねーよこんなもん!もういっそのこと部首だけ書いてくれよ!」
「それじゃ謎解きにならないでしょ」
うあああと頭を抱えながらわめく樹を白けた顔で見ながら瑠奈がぽそりと呟いた。
「小蘭はどんな風になったんだ?」
頭を抱えたままの樹は無視して、鵺一はまだ頭を捻っていた小蘭に声をかけると、小蘭は自信の無さそうな顔をする。
「正直合ってるかわからないケド……読める文字にはなったヨ一応」
そう言いながら小蘭が出した紙には、他の二人と違いちゃんとした「文字」が出来上がっていた。
ロ×2+十+一+イ+ソ⤵︎=園
E+一+レ+ソ⤵︎=長
「「おお……」」
それっぽい解答が出てきたことに感心をしつつも、何がどうなってそうなったのかが理解できていない様子の男子二人は曖昧な反応をこぼした。それを見た小蘭は、自分が完成させた漢字を指差しながら説明する。
「まず「園」の方ダケド、一つ目の「ロ」がこの外側の四角、二つ目の「ロ」は中のこの四角い部分ネ。「十」と「一」は組み合わせると「土」になっテ、中の土部分になるヨ。で、残り二つが自信ないんダケド、「ソ」を右に90度傾けたものを「イ」と一緒に中の四角の下にくっつけて「園」になった感じダヨ」
「「おお!」」
小蘭の説明を聞いて、男子二人は今度は食いぎみに感嘆の声を漏らす。その声を受けた小蘭は、続けて残りの式の答えの説明を続ける。
「「長」の方はネ、「E」が上部分、「一」が真ん中の長い横棒ネ。デ、「E」の縦線部分から「レ」が生えてきテ、最後に「ソ」を右に傾けて点と払いの部分にしたノ」
「「流石漢字大国の中国出身!!」」
「生まれは日本ダヨ」
全ての文字をきちんと使ってスカッとした解答を出した小蘭に、日本人の男子二人は手を叩いて喝采を送った。
「てことは、このヒントの答えは「学園長」……。学園長の下……ハッ」
最初の式の答えである「学」と、今出した答え二つを組み合わせて、完成した文章を確認するように樹が呟くと、瑠奈以外の三人は一斉に同じものを思い浮かべ、同時に叫んだ。
「「「初代学園長の銅像の下!!!」」」
そうして三人は再び一斉に放送室を飛び出していく。向かった先は叫んでいた内容の通り、謎のマッスルポーズをした初代学園長の銅像だろう。
またもや一人残された瑠奈だったが、今度はスチールデスクの上に置かれたポットから自分で紅茶を注ぐと、ソファーに戻り先程と同じようにすすった。
しばらくすると、またもや騒がしい足音を立てながら三人が戻ってきた。
「先輩あったっすよ!!」
そう叫ぶ樹の腕には、二番の写真に写っていたものと同じ木彫りの置物が抱えられていた。
「学園長の銅像の下に隠すように置かれていたんだ。ただ目の前を通り過ぎるだけじゃ気付かないなアレは」
ローテーブルの上にドンッと木彫りの置物を置くと、三人は再び意気揚々と瑠奈の向かい側に戻る。
「よっしゃ、この勢いで三つ目も見つけちまおうぜ!」
「「オー!」」
ついさっきにもしたようなやり取りを繰り返して、三人は三番目の魔法陣と思わしき模様が写された写真と、それに対応する三番のカードをテーブルの真ん中へと移動させ、覗き込んだ。三番のカードの内容はこうだ。
次の文を英語にせよ
病んだ夜をタップして、Kの近くで朝を言う
「最高に何言ってるかわかんねえ!!」
意味不明な文を訳せという問題に、樹が勢いよくテーブルを叩きつけた。
「病んだ夜ってなんだ!?夜にタップって何!?Kって誰だ!?」
「まあまあ樹、内容はともかくまずは文章を英語にしてみようじゃないか」
鵺一にそう諭され、樹は溜息をつきながら問題文を訳すことに集中しようとした。すると、再び横でスイスイとスマートフォンをいじっていた小蘭が、英文を呟いた。
「Tap the sick night and say moaning near k」
「は?」
急になんだと顔をしかめる樹に、小蘭はスマートフォンの画面を見せた。そこには今しがた小蘭が呟いた英文が写されている。どうやら、インターネットの翻訳ツールを使って訳したようだ。
「って事で訳してみたケド、やっぱり何言ってるかわかんないネ」
また新たに紙を取り出して、そこに訳した英文を写しながら小蘭は苦い顔をした。樹と鵺一も写された英文を眺め考えてみるが、何が何やらさっぱりだ。
と、樹が何か閃いたかのようにハッとした表情になる。
「もしかして、単語の先頭の文字を抜き出してみる、とか?」
樹の発言になるほど、と頷いた小蘭は、早速その通りに英文の中にある単語の先頭の文字を抜き出し、並べてみた。
T t s n a s m n K
「もっと意味わかんなくなってきたな……「AKB」で「アキバ」みたいな事なのか?」
出てきた文字列がどうあがいても普通に読むものではないと感じた三人は、樹が呟いた考え方を元に解読を試みる。しかし、あの読み方は短い単語だからこそわかりやすいわけで、ここまで長くなると当てはまるものもなかなか見つからず、三人は答えを出せないままただただ頭を捻るだけだった。
「たたさなあさまなか」
「たたすなあさまぬけ」
「立たすな朝まぬけ?」
色々とそれっぽいことを呟いてみるが、どれもピンとこなかった。
「ウーン、ちゃんとした文章にはならなそうダヨー。これじゃないのカナ?」
粘ってみたが、場所のヒントとして意味のある文章が出てくる気配が全くなかったので、この考え方ではないのだと気づいた三人は、ため息をついた。
「英文はあってるとは思うんだよな……相手はちゃんと翻訳ツールにかけることも見越してると思うんだよ」
小蘭が紙に写した英文を眺めながら、樹は頬杖をついた。すると、何やら考え込んでいた鵺一が小蘭に声をかけた。
「なあ小蘭。この英文、もう一度読み上げてくれないか?」
小蘭は快く頷くと、英文を復唱した。
「Tap the sick night and say moaning near k」
英文を再び聞くと、鵺一はうむ、と頭をひねった。
「俺は英語が苦手だからだろうか、なんだか日本語に聞こえるんだよな」
樹と小蘭の目が丸くなる。
「「それだ鵺一!!!!」」
ワッと鵺一に詰め寄る樹と小蘭に、鵺一は驚いてひっくり返りそうになった。
「なんて!なんて聞こえたんだ!?」
「必要なら何度でも言うヨ!この中で一番発音いいの小蘭チャンだからネ!!」
「わかった!わかったから離れてくれ二人とも!!」
グイグイくる二人を下がらせて、鵺一はごほんと咳払いをすると、聞こえた通りの文章を伝えた。
「俺には「たっだしっくないっえんせいもーんにいぁけー」という日本語に聞こえたんだ」
鵺一が言った日本語を小蘭は紙に書かれた英文の下に写した。
「これ、前半部分「正しくない」じゃないか?」
その写された日本語を見て、樹は前半の「Tap the sick night」に当たるであろう部分を読み解く。しかし、後半部分はまだよくわからなかった。何かヒントはないかと、英文に訳す前のカードに書かれた文章を思い出してみる。と、そこで樹はハッとした。
「もしや、英文が間違ってるんじゃないか?」
その言葉に、小蘭がムッとした。
「何ダヨ!小蘭チャンのファインプレイを否定する気カヨ!」
「ちげーよ、惜しかったんだ。一箇所だけ違かったんだよ」
そう言いながら樹は英文の中の「and」の部分を指差した。
「この部分、多分カンマだ。元の文章は読点で区切られてただろ?だからそれに合わせて「and」で繋ぐんじゃ無くて、英文もカンマで区切るんだよ!」
そう樹は、小蘭が書いた英文の「and」を二重線で消し、その上に「,」と書いた。
「よし!これでもう一度英文読んでくれ小蘭!」
手直しを終えると、樹は小蘭に読み上げを再度頼んだ。小蘭は頷くと、直された英文を読み上げる。
「Tap the sick night , say moaning near k」
「鵺一!これなら文章に聞こえるか!?」
今度は鵺一へ振り向いて樹が尋ねると、鵺一もまた再度聞こえた通りに日本語に直す。
「たっだしっくないっ、せいもーんにいぁけー」
「正しくない、せいもーんにいぁ……「正しくない、せいもんに行け」か!」
樹は鵺一の空耳日本語を意味の通った文章にした。が、既に場所がわかった風な樹と違い、鵺一と小蘭はその文章を聞いても何のことだかわからないらしく、首を傾げた。その様子を見て、樹が文章の意味を二人に教える。
「この学園てさ、「せいもん」が二つあるんだよ。一つは中庭にある「正門」で、正面玄関口の方だ。もう一つは裏庭にある「西門」で、みんな「裏門」って呼んでるけど、正式名称は「西門」なんだ。西側にある門だから「西門」」
「じゃあ、この「正しくない」っテ言うのハ……」
「そうだ。「正しい」という漢字を使う中庭の方の「正門」じゃなくて、裏庭にある「西門」の方に行けってこと!」
樹が得意気に説明を終えると、早速三人は立ち上がり、またまた放送室を飛び出していった。
やはり興味がないのか、終始無言で木彫りの置物を暇そうに瑠奈がゴロゴロ転がしてしばらく時間を持て余していると、またまた騒がしい足音をドタバタと立てながら三人が戻ってきた。
「先輩あったっすよ!!」
そう叫ぶ樹の手には、三番の写真に写っていたものと同じ魔法陣が書かれた紙が握られていた。
「門の横の塀に裏返しデ貼ってあったんダヨー」
「裏にはわざわざ「ペンキ塗りたて」と書いてあったしな。これなら誰も不審に思わないな」
ローテーブルの上にバンッと魔法陣が書かれた紙を叩きつけると、三人は瑠奈の向かい側に戻る。
「さあ、最後だ。今までの問題を使う四番目……!」
そう三人はゴクリと息を飲んで、最初に除外した砂時計が写された四番目の写真とカードを、改めてテーブルの真ん中に移動させると、覗き込んだ。
全てを見破りし時、導かれるだろう
△□○
→
「ここに、今までのカードで記号が振られていた文字や答えを入れればいいんだな」
もう何枚目になるのかもよくわからなくなってきた紙を一枚取ると樹は記号を写し、その下に一番から三番のカードで導き出した記号に対応する文字を書いていった。
△ □ ○
園 てら say
「えんてらsay……?なんダヨ!入れたら終わりじゃないのカヨ!」
きちんと記号に文字を当てはめたにも関わらず、やはりと言うべきか意味のある単語にも文章にもならなかったので小蘭は不満の声をあげた。しかし樹は文章にならないことは見越していたようで、ふてくされる小蘭の頭を軽くはたいた。
「バカ、そんな簡単に解けるわけねーだろ!だいたい下の矢印が残ってるだろうが」
樹がそう言いながらカードを指差す。確かに、記号の下には意味ありげな右矢印が一本書かれていた。
「やっぱ単純に三角から読めってことじゃないか……あ、もしかして記号を右に一つずらせってことか?なら、記号に当てはまる文字ごと右にずらして……」
ごちゃごちゃと言いながら樹は当てはめた文字を記号に合わせてずらしていく。一番右端の記号は一番左端にずらし、その順番で並べてみた文字列を紙の下に付け加えた。
say 園 てら
「樹、とても意味のある言葉には思えないぞ」
「あ、あれ?」
出来上がった文字列はやはり意味不明だった。合ってるはずなんだけどな、と頭を捻る樹に、小蘭が助け舟を出した。
「ひらがなに直せバいいんじゃナイ?」
「それだ!」
小蘭の助けを受けて、樹は先ほど書いた文字列の下にひらがなに直した文字列を書き足した。
せい えん てら
「小蘭、これどう言う意味だ?」
やはりというか、またもや意味不明な並びになった文字列をジトッと見ながら、樹は小蘭へ苦情っぽく尋ねる。小蘭は素早くそっぽを向いた。
「樹、逆に漢字に直したらどうだ?」
と、今度は鵺一が助け舟を出した。樹はどうせそれも意味を持たない単語になるだけだろうと思ったのか、少し嫌そうに顔をしかめながら言われた通りに漢字に直してみる。
「最初の「せい」は「say」だから「言う」だけど、それだと問題文そのままだし、おそらく空耳の「西門」の「西」部分にした方がいいな、で、「園」はそのままでよくて、「てら」は地図記号の話だったから「寺」でいいはず……」
整理しながら漢字に直していき、出来上がった文字列に三人は思わず固まった。
西 園 寺
「はあ、やっと解けたのね」
突然、今までずっと沈黙を保ち介入してこなかった瑠奈が口を開き、樹達に話しかけた。
「先輩、やっとってどういうこと……」
瑠奈のセリフに妙な引っ掛かりを感じた樹が、訝しげに瑠奈に尋ねると、瑠奈は樹が想像していたものとは少しズレた答えを返した。
「そうね、少なくともこの謎解きを出してきた人間は知ってたわよ。謎の答えは知らないけれど」
さらりと告げた瑠奈に対して三人は少し怒ったような顔になる。
「先輩グルだったノ!?ワタシ達を騙して遊んでたんダネ!?」
そう息巻く小蘭に、相変わらず無表情で感情が読めない瑠奈が淡々と返す。
「グルじゃないわ。この差出人は私に解いて欲しくて出してきただけよ。だから私が裏切ってるようなものね」
とにかく、答えはわかったでしょ。と、瑠奈は言うと、ソファーから立ち上がり宝石と木彫りの置物を抱えて三人にも立ち上がるよう促す。
「今からこれ、返品しに行くわよ」
瑠奈の言葉に、三人は「は?」と呆けた顔になった。
「え、いや先輩、そのアイテム類ちょっと欲しかったんじゃないんすか」
「いらないわよ。そもそも全部偽物に決まってるでしょ?100均かどこかで買った安っぽいやつよ」
そう言えば、瑠奈は謎解き中に宝石の値札がどうとか言っていた。その時は特に気にもしなかったが、今改めて言われると珍しい鉱石に値札が残っているなんておかしな話だ。なんだかんだ、三人も頭のどこかでは偽物だと思っていたのかもしれない。
「でも先輩、返品しに行くって言ってもどこに行くんすか?」
行き先も告げないまま連れ出そうとする瑠奈に、樹は当然の質問を投げる。
「そんなの、一箇所しかないでしょ」
瑠奈の無表情な顔に、珍しく小さな笑みが浮かんだ。
「四番の答えの場所よ」
*
高等部校舎二階の2-A教室。
ほとんどの生徒が部活動や帰宅で去っていった中、一人ポツンと教室に残っている男子生徒がいた。
短い焦げ茶の髪に、理知的なスクエアタイプの眼鏡。ネクタイをかっちり締め、しっかりとネクタイピンで乱れないようにまとめた、明らかに優等生タイプの男子生徒は、なにやら眼鏡を光らせ、ぐちゃぐちゃとした走り書きが目立つノートが置かれた机に肘をつき、両手を額に添えるような体勢で自分の席に座っていた。
すると突然、ガラガラと教室の引き戸が開けられた。
「先輩、たどり着いたっすよ!!」
引き戸を開けながら叫ぶ樹に続いて、小蘭と鵺一も教室の中へ入っていく。最後に瑠奈が中へ入ると、ガラリと引き戸を閉め、三人を追いかけるように男子生徒の机へと向かっていくと、彼の机にゴトンと赤い宝石と木彫りの置物を置いた。
「今回は私の勝ちね。じゃ、これ返すわね、内人」
内人と呼ばれた男子生徒、西園寺内人は、瑠奈の言葉に苦笑した。
「助っ人を使うなんてずるいじゃないか、瑠奈」
内人は腕を解きながら、樹、小蘭、鵺一の三人の方を向いた。
「でも流石おたすけ屋だね、僕の謎を解いちゃうなんて。君達には簡単すぎたのかな」
「激ムズっすよ!」
「激ムズダヨ!」
「激ムズでしたよ!」
口を揃えて同じ感想を告げた三人に、内人はまた苦笑した。
「で、内人先輩。なんで瑠奈先輩に謎解きを仕掛けたんすか?」
と、樹は今回のやり取りの動機を尋ねた。先程の瑠奈の口ぶりからすると、今回が初めての勝負ではないらしい。ここまで手の込んだ謎解きを何回も瑠奈に仕掛けている理由が樹は気になった。
「ああ、瑠奈にはよく僕の謎解きに付き合ってもらってるんだ。瑠奈は謎が好きだし頭いいから」
そう内人は言うが、瑠奈の方は迷惑そうに首を振っていた。
「あのね、私が好きな謎はオカルト系だって言ってるでしょう?どうせならヴォイニッチ手稿とか持って来なさいよ」
「誰も解読できてない暗号だよあれ、君でも無理だよ……」
無茶を言う瑠奈に内人は今度はため息をついた。
「先輩達はしょっちゅう謎解き勝負してるノ?何の為ニ?」
肝心の理由をまだ明かしてもらえていないので、小蘭が再度尋ねた。小蘭と鵺一もここまで付き合わされたせいか、理由を知りたくなっていた。
「それは、僕の思いついた謎が使えるかどうか試したいからだね」
すんなり答えてくれた内人の言葉に、樹は顔をしかめた。
「使える?何に使うんすか?」
そう樹が尋ねると、内人はハッとした顔になると引きつった笑いを浮かべた。
「あー、えー、今度の学祭の出し物で使おうかなって」
あはは、と乾いた笑い声をあげる内人の言い訳は明らかに怪しかったが、品行方正、成績優秀で、中等部時代から樹の憧れであり、そして目標としている人物である、あの「西園寺内人」が変なことを企むとは到底思えなかったので、樹達は一旦その言い訳を受け止めることにした。
と、ぽそりと瑠奈が呟く。
「内人の怪しい言い訳の理由は、「西園寺先生の次回作にご期待ください!」を見るといいわ」
「先輩?急に何わけのわからんことを言ってるんですか?」
瑠奈の意味不明な発言に頭にハテナを浮かべながら鵺一が突っ込んだが、瑠奈はそれには反応せず何もなかったかのように無表情で遠くを見ている。
「とにかく、今回は僕の負けだね。ここに来たのも、僕を探しに来たからなんだろう?四番目の答えである「西園寺」をね」
内人はそう言いながら、机の中からチャラ、と小さい砂時計がぶら下がっているチェーンネックレスを取り出し見せた。これが四番目の写真に写っていた砂時計の本物なのだろう。
「お見事!しかも謎を最後まで解き切ったのは今回が初めてだよ。いつもは瑠奈が途中で飽きて放棄するからね。君は昔からいつもそうだよね」
ため息混じりに漏らす内人を、瑠奈は当然、と言わんばかりに見下ろす。
「私は私の興味あることしかやりたくないわ」
瑠奈の態度にまた苦笑しつつ、さて、と内人は樹、小蘭、鵺一に改めて向き直した。
「瑠奈の独断とはいえ、変なことに付き合わせちゃって悪かったね。瑠奈から報酬をもらうかもしれないけど、それとは別に僕からも何かお詫びを……」
「いらないっす」
内人の申し出をバッサリと樹は断ると、ニシシと笑って続けた。
「なんだかんだで楽しかったっすよ。イベントに参加してるみたいで」
「そーネ!たまにはこういうのもイイネ」
「解けた時は興奮したしな。いい体験をさせてもらいました」
樹だけでなく、小蘭と鵺一も内人に感想を伝えると、内人は「ありがとう」と少し照れ臭そうに頬を掻いた。
「なら、私も別に報酬を渡さなくてもいいわよね?」
と、そんなやりとりを見ていた瑠奈が、またしても当然だと言いたげに顎を上げながら三人に確認すると、三人はグリンと瑠奈に顔を向け、ジトッとした目線を送りながら同時に言った。
「「「瑠奈先輩は報酬絶対にください」」」
「チィッ!!!」
瑠奈のかなり大きい舌打ちが教室に響いた。
*
数日後。
放課後、中等部校舎四階の第三放送室では、瑠奈から報酬としてもらった限定さつまいもタルトを切り分けつついていた。
しかし、念願のさつまいもタルトだと言うのに、樹、小蘭、鵺一の三人は浮かない顔をしていた。
彼らの元気がない理由は、タルトの横に置いてある大量の紙だった。紙にはそれぞれよくわからない文字列や記号、英作文、図形、漢文や川柳や絵文字など、ありとあらゆるバラエティに富んだ「暗号や謎」が書かれていた。
この紙が最近毎日おたすけ屋に送られてきていた。ある時は樹の下駄箱、ある時は小蘭の机の中、ある時は鵺一の教室後ろのロッカーなど、あちこちに忍ばされた状態で届くのだった。
差出人は誰なのかわかっている。三人がうんざりした様子でため息をつくと、ガラガラと放送室の引き戸を開けてその本人が現れた。
「やあ樹くん、小蘭さん、鵺一くん!今回の僕の謎はどうかな?楽しいかい?」
ニコニコと笑いながら聞いてくるのは、西園寺内人だった。内人は三人に謎を全て解かれ、しかも楽しかったと言ってもらえたことで調子が乗ってしまったのか、あれから毎日謎を送ってくるようになった。何かの参考にしているようだったので、三人もはじめのうちはちゃんと解いて内人に感想を伝えていたのだが、どんどん内人の謎配布のペースが上がっていったのと、流石にもう頭を使うことに疲れてしまったようで、うんざりしていた。
きっと瑠奈も同じ目に遭っていて、うんざりした結果、おたすけ屋にその役目を押し付けることにして依頼をしてきたのかもしれない。
「あ、ついでに謎を解く様子を取材……じゃなくて見学してもいいかい?」
「先輩」
三人はとうとう我慢できなくなり、一斉に叫んだ。
「「「しつこい!!!!」」」
その声は学園中に響き渡ったそうな。
もう二度と謎解きなんて作らんぞ




