第12話 兄弟を求めて三千里
中等部校舎四階、第三放送室。
「つってよー、クソ海老のやつまーたオレを弟扱いしやがってよー」
いつもの定位置である、奥のスチールデスクの席にどかっと座り、頭の後ろに手を回しながら樹は椅子をギコギコと揺らす。
「姉さんも止めてくれないしさー。いやオレは姉さんの弟であってクソ海老の弟じゃねえっての!まあゲームは楽しかったけどさー」
不満を言いつつも顔は満更でもない樹に、向かいのソファに座る鵺一がニヤニヤする。
「お前は本当に結衣さんも海老沢さんも好きなんだな。兄弟仲がいいのは良いことだ」
「だーかーらークソ海老は兄貴じゃねえっての!」
ムッとしてデスクを強めに叩くと、樹は鵺一をジロリと見る。
「つーか、仲いいのはお前んとこの方だろ。また撫子さん達とどっか行ってきたんだろ?」
「ああ。昴が『マレーヒヨケザルを見たい』と言い出したから週末に動物園に行ってきたんだ。撫子姉さんも『ライオンに猫缶を与えれば手懐けられる気がする!』とはしゃいでいたぞ」
言いながら「これお土産だ」と箱菓子を鞄から取り出すとソファ前のローテーブルに置いた。ライオンやシマウマ、ゴリラ、キリンといった動物の写真がプリントされた包装から、動物園で買ってきたのだろう。
「おっ、サンキュー!ちなみにマレーなんとかってやつは見れたのか?」
「いなかった……(◞‸◟)」
「そっか……(◞‸◟)」
そんな他愛無い会話の後ろで、一人退屈そうにゲームをする少女。鵺一が座るソファの文字通り陰に座布団を敷いて座り、つまらなそうに手を動かしていた。
「あ、菓子で思い出したけどさ、姉さんがマフィン作ってくれたんだ。みんなで食べてってさ」
「本当か!結衣さんのお菓子は美味いからな。もし数があまりそうだったら、是非うちの姉さんと昴にも分けたいんだが」
「おう、全然オッケー!撫子さんも姉さんの菓子好きだもんな、昴くんにも是非分けてくれ!というか姉さん、今度撫子さんとお茶したいとか言ってたぞ」
「そうなのか。姉さんも似たようなこと言ってたからちょうどいいな。海老沢さんにも声かけてくれないか」
「クソ海老は別にいいだろ!だからあいつはオレの兄貴分じゃねえ、自分で言いに行けよ!」
姉さんが、昴が、海老沢が。
自分達の兄弟(だからクソ海老は兄貴じゃない!by 樹)の話で盛り上がる二人を見て、小蘭はゲームオーバーの画面にコントローラーを力なく投げ捨てるように放ると、ポソリと呟いた。
「いいナァ……」
独り言として呟いたつもりだったが、ちょうど会話に区切りがついていた男子二人に聞こえてしまった。
「なんだよ小蘭。心配すんな!マフィンは小蘭の分もあるから!」
「小蘭の分まで持ってくつもりはないぞ」
馬鹿二人は小蘭の独り言を、いつもの食い意地からだと解釈した。しかし、小蘭から帰ってきた反応は違うものだった。
「マフィンじゃなくテ、兄弟がいて羨ましいって言ったノ!」
少し語気を強くしながら、小蘭はスッと立ち上がるとズカズカとソファへ回り込み、どかっと鵺一の隣に座る。
「二人トモ、いつも結衣サンや海老沢サンや撫子サン、昴クンの話してるジャン。仲良い兄弟がいるノ、すっごい羨ましいんダヨ」
小蘭は少し寂しそうに瞳を伏せる。
神原樹には、神原結衣という姉と、海老沢奏という兄貴分がいる。
如月鵺一には、如月撫子という姉と、如月昴という弟がいる。さらに言うならコスモという妹だっている。
しかし李小蘭には、兄も姉も弟も妹もいなかった。一人っ子なのである。
だから、兄弟というものに昔から憧れていたのだ。
「ワタシも姐姐や哥哥が欲しかったヨ。結衣サンや撫子サンみたいな姐姐に可愛がってもらいたいシ、海老沢サンみたいな哥哥に遊んでもらいたいヨ」
ため息と一緒に最早叶わぬ願望を吐き出しながら、小蘭は動物園のお土産の箱菓子の包装を剥がして開ける。中にはチョコレートでコーティングされた動物の形のクッキーが入っていた。
それを小蘭が一つ摘んで口に入れたと同時に、男子二人が口を開いた。
「「いやいやいやいやいやいや」」
二人揃って首を横に振り、樹に至ってはぶっきらぼうに頬杖をつきながら続けた。
「兄なんてロクなもんじゃねーぞ!あのクソ海老すぐ絡んできてウゼーのなんの!お前は一人っ子のままの方が気楽でいいと思うぞ」
「姉さんも尊敬はできるがたまに鬱陶しい時がある。そういう時は一人っ子が羨ましいな、干渉する人間がいないから」
兄弟なんて面倒くさいぞ、と熱い手のひら返しをしだした二人は、そのまま兄弟への愚痴トークへ発展する。
姉さんのここが嫌い、クソ海老のこういうところ本当にウザい、コスモの強引なところ疲れる。
姉さんが、昴が、海老沢が、コスモが──
ベラベラと会話を続ける二人に、小蘭はワナワナと拳を震わせると、再びばっと立ち上がる。
「だからそういうのガ羨ましいって言ってんデショーッ!!!」
突然声を荒げた小蘭に男子二人は会話をやめ目をぱちくりさせる。
「あーもうイイッ!お前ら二人にはワタシみたいな一人っ子の気持ちナンテ一生わかんネーヨ!バーーーーーカ!!!」
そう怒鳴ると、小蘭はそのままの勢いで第三放送室から飛び出していった。
*
「酷いヨあの馬鹿二人ーッ!人の気も知らナイデーッ!」
高等部三階、1-C教室。
おたすけ屋から逃げ出すように放課後の教室に戻った小蘭は、たまたま残ってスタユニで遊んでいた翔と慎太郎と、その勝負を覗き込むように観戦していた愛里寿にさめざめと泣き喚いた。
「ワタシだって兄弟欲しいヨーッ!三人ならこの気持ちわかるデショ!?」
わんわんと騒ぎながら翔の肩を強めに揺する。そのおかげでスマートフォンの画面を操作する指が滑り、翔は変なところにユニットを配置してしまった。流石に不機嫌な顔になる。
「やめろ!配置ミスっただろ!」
至極当然の訴えを小蘭に投げて、ようやく小蘭の揺する手が止まる。
「というか、俺にそれ言うなよ。俺には従兄弟だけど兄弟っぽいのいるし」
それを聞いて反応したのは慎太郎だった。
「天内先輩と海藤先輩ですよね。『音速の暴君』と『自然災害』でしたっけ」
小蘭の妨害を眼前で見ていたためかわいそうに思ったのか、翔のミスに合わせて慎太郎も頓珍漢なところにユニットを置きながら話す。
「愛里寿もその人達知ってるのだわ!というか有名人なのだわ!」
観客の愛里寿も会話に入ってくる。
「2-Bの天内道瑠先輩!女子バスケットボール部のエースで、素早いランアンドガンが得意な『音速の暴君!』性格も豪快で、人の話を聞かないのだわ!」
「そして2-Cの海藤譲先輩!男子サッカー部の鉄壁の盾!生粋のディフェンスで、攻めてくる相手を台風の如くなぎ倒し味方にパスを繋げる『自然災害』!性格はど天然で、やっぱり人の話を聞かないのだわ!」
愛里寿はブレザーの内ポケットからピンクの下地にゴテゴテしたジュエルの装飾が貼り付けられたメモ帳を取り出し、パラパラめくりながら二人の情報を得意気に語る。
「おいなんだそのメモ帳」
「愛里寿の極秘生徒メモなのだわ!愛里寿の王子様を探すためにみんなの情報をメモしてたの!翔くんのもあるのだわ」
たまらずツッこんだ翔に、愛里寿はメモ帳をまたパラパラとめくるととあるページを読み上げる。
「1-Cの冥崎翔!電脳部部長のゲーマー男子!その正体は有名なプロゲーマー『プルト』!インドア派のため従姉兄の天内道瑠と海藤譲と違い運動神経が皆無の冥王星!」
「うるせえ余計なお世話だァァァァァ!っていうか何で小森が俺の正体知って……」
完全に貶しているだけのような紹介を音読された翔は、そう言いかけたところで慎太郎がわかりやすいほど自分から顔ごと目を逸らしているのに気づく。と、同時に察した。
「把間ァァァァァ!!テメー内緒だっつっただろがァァァァァ!!」
「ごめんなさい冥崎くん!!小森さん情報教えろってしつこいからつい!!」
翔がスマートフォンを放り投げて慎太郎につかみかかる。その前で愛里寿が乙女フィルターを展開したのか「やめて二人とも!愛里寿のために争わないで欲しいのだわ!」なんて騒ぎ始めた瞬間、ダン!と机が強めに叩かれる。三人が動きを止めてその音の方に顔を向けるや否や、今度は小蘭が翔につかみかかった。
「この裏切り者ォォォォォ!!!」
そう怒鳴るとぐわんぐわん翔を揺すり始めた。
「一人っ子デスみたいな顔しテェェェェ!!姉貴分と兄貴分がいるナンテェェェェ!!この裏切りモンガァァァァ!!」
理不尽すぎる怒りをぶつけられて、翔は怒るというより呆れてしまった。
「だから俺に言うなよって言ったんだよ。俺ら緑原でも『惑星兄弟』って言われるくらい有名らしいんだから」
「冥王星はもう惑星じゃないのだわ。いつまでも過去の栄光にしがみつくんじゃねえんだわ」
「うるせえ!!冥王星は永遠に不滅だ!!」
翔は自分の胸ぐらを掴む小蘭の手を外すと、襟首を整える。手を外されてしまった小蘭はそのまま力なくだらんと立ち、今度は愛里寿に泣きそうな顔を向ける。
「うう、愛里寿、愛里寿はワタシの気持ちわかってくれるヨネ?」
うるうると同情を求める小蘭に愛里寿がかけた言葉は、思っていたものと違かった。
「あ、愛里寿にもその話しても無駄なのだわ。愛里寿には他校に年子の兄が二人いるから」
「待っテそれ初耳なんだケド」
愛里寿の衝撃発言に小蘭は怒るよりも先に驚きの方が来てしまい、冷静に聞き返してしまった。そして愛里寿も愛里寿で珍しく、いつもニコニコ楽しそうな顔をムスッと不愉快そうに歪ませると吐き捨てた。
「だって話す必要ないのだわ!愛里寿にとってあの二人はウザくて邪魔な置物でしかないんだもの!愛里寿の王子様を気取ってくるけど、それがウザいのだわ!いい加減妹離れしやがれなのだわ!!!」
愛里寿こそむしろ一人っ子の方が良かったのだわー!と悔しそうに机に拳を叩き込む愛里寿を見て、小蘭はこの先何があっても彼女に兄弟の話を振るのはやめようと思った。
とりあえず愛里寿は放っておいて、小蘭は最後の一人に同情を乞う。
「慎太郎、慎太郎だけダヨ、ワタシの気持ちをわかってくれるノハ……。まさか翔も愛里寿も兄弟がいたとは思わなかったシ、秋江には夏芽サンがいるシ……。ワタシの仲間は慎太郎だけダヨ」
どこぞの不倫をする人妻かと言いたいくらいの台詞を言いながら、小蘭はヨヨヨ、と慎太郎に近づく。これで慎太郎にも実は兄弟がいましたとかいうオチだったら、明日小蘭は学校を休むところだったが、慎太郎は期待通りの、小蘭が今求めている答えを返してくれた。
「そうですね、僕も李さんと同じで一人っ子ですから、兄弟がいるのは羨ましいです」
「デショ!?!?!?!?!?」
やっと得られた同情に食い気味に反応する小蘭。と、慎太郎がふっと遠い目になり、ぼそっと呟く。
「まあ、兄弟がいない代わりに家に変なのがいますけどね……あれは兄弟カウントに入るのか知りませんけど多分入らないでしょう……」
あまりにもボソボソと言うので小蘭はよく聞き取れなかったが、なんかかわいそうなので余計な詮索を入れないことにした。
「……決めタ。ワタシ、兄弟をこの学園で作ル!」
小蘭は顔をキリッとさせると、名案だと言わんばかりにビシッと指差しポーズを決める。
「はあ?何意味わかんないこと言ってんだお前……」
小蘭の宣言に呆れ顔で翔がそう口を開いたところに、
「なるほど、それは面白そうですね!僕も兄弟作ろうかな!」
「愛里寿も作るのだわ!バカ兄なんて捨てて、新しい理想のお兄様を探すのだわー!」
と同調するアホ二人。
「よし、決まりネ!みんなで兄弟作るゾー!」
オー!と気合を入れるアホ三人に、翔はため息をつくとだるそうに言う。
「はいはい、勝手にやってろ。スタユニやんねえなら俺は今日はもう帰……」
翔が最後まで言い切らないうちに、両腕をがっしりと女子二人にロックされ強制的に席から立たされる。
「おい!俺は行くなんて一言も」
「早速出発シンコー!」
「だから話を」
「「ヤー!」」
「人の話を聞けェェェェ」
ジタバタ暴れる翔だったが貧弱野郎は女子のホールドすら解くことができず、更に後ろから慎太郎に背中を押されて、なす術なく三人に教室から連行されていった。
*
「それで僕のところに来たのかい」
高等部二階、2-A教室。
同じように教室に残り、物凄い形相でノートに何かを書き連ねていた西園寺内人に、小蘭達がは教室の外から声をかけて呼び出していた。
「相変わらず君は面白いことをしたがるね。うん……いいネタだ……」
一通り話を聞いた後、顎に手を当てながらブツブツ言う内人に小蘭は尋ねる。
「ってわけデ内人センパイ、ワタシのお兄ちゃんになって欲しいデス!」
「僕も!西園寺先輩みたいな兄さんが欲しかったんです!」
「愛里寿もだわ!先輩は理想のお兄様像に近いものがあるのだわ!」
三人に迫られた内人は苦笑しながら困ったように頰をかく。
「うーん、僕を兄として慕ってくれるのは構わないよ。実際に妹もいるしね。でも、そうすると余計なのもついてくるって言うか……」
どことなく歯切れの悪い言い方に三人はキョトンとする。その後ろで廊下と教室を仕切る壁に一人寄りかかっていた翔がふっと視線を廊下の奥に向けると、まさしくその『元凶』がやかましくやってきた。
「やっほーナイトちゃあああああん!!!ってあれ?シャオランちゃんにシンタローちゃんもいるじゃああああん!!うはは!元気してたー!?オレは超元気だゾ☆」
制服をダルっと着崩した、大きい声を出す四白眼の赤毛野郎。軽いノリでガーっと捲し立てると、小蘭と慎太郎の間に入ってガッと肩を組む。
「うるさいよ暁、もっと静かに出てこれないの?」
「うはは!アキくんが静かだったらそれはアキくんじゃないのです!!」
暁と呼ばれた男子生徒は、けらけらと楽しそうに笑うと唐突にすん、と真顔になった。
「ところでそっちの二人は誰」
「愛里寿と翔ダヨ暁センパイ。それはいいから肩から腕離しテ」
暁の疑問に答えながら小蘭が解放をせがむと暁は二人から腕を離した。そしてまずは愛里寿に顔を向ける。
「はーいハジメマシテ、アリスちゃん!オレは高等部三年の西園寺暁くんでーっす!アキくんって呼んでね☆!!!!」
初対面とは思えない距離感で愛里寿に詰め寄り腕を取ると、握手のつもりかブンブンと振り回す。愛里寿も似たような距離感のバグった子だったが、更に上をいく目の前の物体には流石に引き気味だった。
「この人馴れ馴れしいのだわ」
嫌そうな顔で内人に訴えたが、内人は苦笑するだけだった。諦めろ、ということらしい。そうしてひとしきり愛里寿に握手をかますと、ぱっと手を離して次は翔に近づく。
「でー、君がカケルちゃんね!オレは西園寺暁!よっろしくぅー☆!!!!」
愛里寿にしたのと同じように、翔の手を無理やり掴むとブンブンと握手をする。しかし、翔は愛里寿と違い、ジッと暁の顔を見つめていた。
「んっんー?アキくんの顔に何かついてんのカナー?」
翔の視線に気づき、暁がわざとらしく首を傾げる。と、翔は何かを確信したかのように口を開いた。
「あんた『ヘルガー』だな?」
その言葉の意味は小蘭と愛里寿にはわからなかったが、慎太郎はわかったようで、ややっと眼鏡を上げる。
「ヘルガーってあの人気ゲーム実況者のヘルガーですか!?」
ヘルガーとは。
人気ゲーム実況グループ「あしもち屋」の自称リーダー。
動画の撮影、編集、投稿を担当。動画投稿サイトのチャンネルやコミュニティ等も彼が管理をしている。
動画の進行役や視点主になることが多いが、説明や進行を終えるとあとは終始悪ふざけとウザ絡みに注力する傾向があり、良くも悪くも自由でフリーダム。
また、歌が他メンバーや他実況者がドン引きするほど上手く、歌ってみた動画も投稿している。
名前の由来は一番好きなポ◯モンから。
(ワラワラ大百科より引用)
つまり、翔の正体である腕前を披露して技の鮮やかさを楽しんでもらうプロゲーマーの『プルト』とはまた違うベクトルの、ゲームを遊ぶ様子を共有して一緒に楽しんでもらう方にシフトしているゲーム実況者だった。
「確かにその喋り方、ヘルガーにそっくり……いや、むしろヘルガーが先輩に似てると思ってたんです!道理で……」
まさかの正体が身近な知り合いだったことに驚きと感動が混ざったような声を出しながら何かを噛み締める慎太郎に、暁は翔の手を離すと偉そうに踏ん反り返る。樹や慎太郎と違いゲーム実況動画というものをほとんど見なかった小蘭は、何がすごいのかさっぱり分からないので内人に聞いてみる。
「ネエセンパイ、ヘルガーってそんなに有名ナノ?」
「実は僕も本人からそれを聞くまで知らなかったんだよね……」
その答えを聞いて小蘭はプルトよりは大したことないと判断した。後にヘルガーで検索をかけ、100万回再生の動画を見つけてひっくり返ることになるのはまた別のお話。
「内人先輩、ところであの赤毛先輩は先輩のなんなのだわ?兄……にしては似てないのだわ」
愛里寿がようやく赤毛と眼鏡の関係性にメスを入れた。先程言いづらそうにしていたあたり、自分を兄とすれば赤毛もついてくるということなのだろうが、愛里寿の指摘通り内人と暁は全く似ていなかった。だが苗字は同じなのだ。そこが不思議だったが、内人の返答は大体お察しの通りだった。
「ああ、従兄だよ」
翔達と言い内人達と言い、この学園は従兄弟同士が集まりやすい性質でもあるのか。
とにかく、内人を兄として扱うと、もれなくこの赤毛もついてくるようだ。別に内人の兄を気取っているようには見えなかったが、まあそういうことなんだろう。
「確かニ、暁センパイは見てる分には楽しいケド、兄弟になるのはシンドイネ」
「そうなのだわ。見てる分には楽しいけど身内にいたら嫌なタイプなのだわ」
「んっんー???なんでアキくんいきなりディスられてんの???うはは、意味わかんないwwwwwww」
貶されているにもかかわらず爆笑する暁だったが、また唐突に笑いをピタリとやめて真顔になる。かと思えば、廊下の向こう側へ急に方向転換をして大声を上げながら駆け出していった。
「ルゥゥゥゥナァァァァァさぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」
なんだなんだと愛里寿と翔が視線で暁を追いかけると、暁の先にいたのは青みがかった黒髪の眼帯少女。北条瑠奈だ。
「ルナさあああああん!!マイスウィートハニー!!今日もかわいーね!!!!大好きーーー!!!」
聞いているこっちが恥ずかしくなってくるような台詞を堂々と叫びながら暁が瑠奈に抱きついた──ように見えたが、すかさず瑠奈は身をかわし、そのまま前につんのめる暁の脇を取るとその背目掛けて肘鉄をくらわせ、廊下の床に赤毛を沈めた。赤毛はぴくりとも動かなくなった。
「誰がハニーよクソ赤毛」
無表情のまま慣れた動きでクソ赤毛を封じた彼女は、その惨劇に思わず固まる小蘭達四人の横をすり抜けて内人の元へやってくると本を彼に押し付ける。
「これありがと。面白かったわ」
「そうか、瑠奈なら気に入ってくれると思ってたからよかったよ」
黒表紙に赤文字で「とある儀式の豚バラ肉」とおどろおどろしく書かれた本を内人が受け取ったのを確認すると、瑠奈は「じゃ」と小さく声をかけて再び小蘭達の横を抜け、暁の屍をわざと乱暴に踏んづけて行きながら廊下の奥へと帰って行った。
「相変わらず瑠奈サンは暁センパイにキビシーネ……」
「そうですね……」
この暁と瑠奈の日常茶飯事を知っていた小蘭と慎太郎は、遠い目で瑠奈が去った後を見つめた。知らなかった愛里寿と翔も、気付けば同じような目で暁の死体を見ている。
「あの二人を兄や姉とするのはちょっと無理なのだわ……」
「激しく同意ダヨ」
「右に同じくです」
「こればっかりは同意見だ」
満場一致だった。
*
結局、西園寺内人を選べば余計なおまけがついてくるということで、小蘭達は内人を兄と決定するのを諦めて次の候補を探す。
「クローセンパイも候補だケド、クローセンパイには撫子サンがついてきちゃうカラ駄目なんダヨネ」
内人の次に思い浮かんだのは姫宮九郎だったが、小蘭の言う通り九郎には撫子がついてくる。元々樹と鵺一に反発して始めた兄弟探しなわけで、鵺一の姉である撫子が姉になってしまうのはルール違反な気がしたのだ。
「お侍様をお姉様にするのは違うのだわ!そんなことしたら愛里寿の恋は禁断の恋に……いや、それはそれで……!」
愛里寿は愛里寿で別の理由で葛藤する。それも乙女フィルターを撒き散らしながら。無駄に周りがキラキラしたピンクのエフェクトで乙女チックになったが、もう散々愛里寿の妄想劇にお腹いっぱいにされていた小蘭も慎太郎も翔も彼女を無視した。
そうしているうちに四人がふらふらとたどり着いたのは、高等部一階の廊下から続いている渡り廊下の先にある食堂。二階が図書館になっているためか、ここには放課後も多くの生徒がいた。そんな食堂に足を踏み入れた瞬間、間髪入れずに声をかけられる。
「おう翔!珍しいな、お前も間食か!」
入り口近くの図書館へ上がる階段の先、飲食スペースまでの間の壁にかけられたメニュー表の前で腕組みをしながらメニューを確認していた女子生徒。緑がかった黒髪は前髪をパッツンにし、後ろは一括りのポニーテールで纏められている。太い眉にまつ毛の長い垂れ目、ブレザーは着用せずシャツの腕をまくり上げ、スカートの下に黒いタイツを履いたいかにも体育会系な『音速の暴君』。
「道瑠姉ぇ、いたんだ」
翔が淡々と返すと、「そうだぞ!」と道瑠はニカっと笑った。
「今日は部活が休みでな!だから何か食いながら人を待とうと思ってな!」
そう言いながら道瑠はメニュー表から離れズカズカと四人に、というより小蘭に近づいてきた。
「だが李がいるならちょうどいい。おい、アタシと勝負しろ!暇すぎて死にそうなんだ!」
「待っテ待っテいきなりすぎるんデスケド道瑠センパイ」
急な試合の申し込みに戸惑う小蘭だったが、道瑠はそんな小蘭を遮って畳み掛ける。
「いいから勝負しろ!『超大玉びっくり大容量保存版ラーメン』の早食い、またお前が知らないうちにアタシの記録抜かしただろ!!」
好敵手との勝負に興奮する戦闘狂のように口角を吊り上げギロリと小蘭を睨み笑う道瑠だったが、言ってることはただのデブだ。まあ道瑠はむしろスラっとしていてデブではないのだが。
道瑠だけでなく小蘭もそうだが、二人は緑原きっての大食いだった。人よりばくばく食べる割に、全く太らないあたりそういう体質なのだろうが、とにかく食べて食べて食べまくる人間だった。その証拠におたすけ屋には小蘭専用の炊飯器があるくらいだ。
道瑠が言った『超大玉びっくり大容量保存版ラーメン』は、その名前から想像がつくとおり、緑原名物の大盛りラーメンだ。通常のラーメンのおよそ10倍の量があり、食べ切れたらお代はタダ、というわけでもなく普通のラーメンと同じ価格で作ってくれる。ただし、残したら追加で残した量分の代金を払わされるシステムで、やはりフードチャレンジ向けのメニューだった。
この『超大玉びっくり大容量保存版ラーメン』を完食できた生徒は歴代でも数人しかいない。そのうちの二人がこの天内道瑠と李小蘭だった。二人があまりにも涼しい顔で完食するため、ある時から食堂のおばちゃん達が面白がって完食までの時間を測り出した。そうして二人が食べるたびにタイムアタックが始まり、早い記録を出した方をメニューの横に貼り出すようになったのだ。
ちなみに、最近の記録は一昨日小蘭が道瑠の記録を塗り替えたばかり。道瑠はつい先程それを確認して、勝負を持ちかけてきたのだろう。だが、正直言うと小蘭はタイムアタックの勝負に興味がなかった。一方道瑠は女子バスケットボール部所属のバリバリの運動部ということもあって、勝負事はとことん勝たないと気が済まないらしい。
しつこく勝負をねだる道瑠に、小蘭は何かを感じてマジマジと見つめる。流石に反応がおかしいと思ったのか道瑠も勝負を挑むのをやめて訝しげな顔を小蘭に向けた。
「なんだァ?アタシの顔なんか変か?」
と、変な視線を向けるのは小蘭だけではなく、慎太郎と愛里寿もだということに気づく。
「おい翔、なんなんだこいつらは」
だんだんと気持ち悪くなり、道瑠が翔に状況の説明を求めると、翔はまたも淡々と返した。
「多分ね、道瑠姉ぇに姉みを感じてるんだと思う」
「は?アネミ?」
何を言っているかわからんという顔で翔を見るが、翔も何を言っているかわからんという顔で道瑠を見返すだけだった。そんな二人の反応はそっちのけで、変な視線を向けていた三人はヒソヒソと話し出す。
「道瑠センパイ、こうして接すると構いたがりの姉属性高いヨネ」
「凶悪な笑いで暴れてる印象しかなかったですが、そう思って見ると姉ですね」
「お姉様、ではないけれど、これはこれで理想のお姉ちゃんなのだわ!」
意見を一致させた三人は、改めて道瑠の方を向くと口を揃えてお願いをした。
「センパイ、ワタシのお姉ちゃんにナッテ!」
「天内先輩みたいなお姉さんが欲しいです!」
「愛里寿も先輩の妹になりたいのだわ!」
彼らのお願いに、ますます何を言っているかわからないというふうに道瑠は顔を歪ませた。
「翔!こいつら何言ってんだ!わかんねー!」
「そのまんまの意味だと思うよ道瑠姉ぇ」
呆れ顔で三人を見つめる翔が雑に答えると、道瑠はうーんと首をひねり始め、すぐにポンと手を叩いた。
「アタシはお前らの姉じゃねえぞ!もう間違えんなよ!」
人の話を聞かない彼女は読解力というものが欠落していたようで、三人のお願いを間違えているだけだと解釈し、ドヤ顔で斜め上の返答をした。今度は三人が呆けた顔になる。
「わかったろ、道瑠姉ぇを姉にすんのは大変だぞ。というか今みたいに話全然聞かねえしどっちかというと俺らが介護しないといけないんだぞ」
呆れ顔から変わらないまま、翔が首を振って諦めろと三人を諭すと同時に道瑠が翔の胸ぐらを掴んで喧嘩腰に騒ぐ。
「テーメェ!介護ってなんだ!アタシは老人じゃねー!」
「道瑠姉ぇのそういうところが介護必要だって言ってんの!すぐ手が出るんだからさ!」
「なんだとー!介護が必要なのは譲だろうが!あいつの方が話噛み合わねーだろ!」
「譲兄ぃは天然なんだから仕方ないだろー!」
ぎゃあぎゃあと目の前で天王星と冥王星が兄弟喧嘩を始めたので、フラれた三人は邪魔しちゃダメだね、と悟り顔でそそくさとその場を後にした。
*
騒がしい食堂から離れて、置いて行った翔以外の三人は渡り廊下から校庭をぼんやりと眺める。校庭ではサッカー部と陸上部が仲良く敷地を分け合って部活動中だ。忙しなく動く生徒達を見て、愛里寿が校舎から離れて校庭に出ようと移動を始めた。小蘭と慎太郎もそのあとをついていこうとしたその時、校庭から大きな声が上がる。
「バカ!どこにボール蹴ってんだ!」
なんだ?と三人が校庭に視線を戻すと鋭い軌道を描きながらサッカーボールが愛里寿目がけて飛んできていた。
「愛里寿!危ナイ!」
咄嗟に叫ぶ小蘭だったが、愛里寿は反応が間に合わなかった。慎太郎も庇おうとするも、その腕は届かなかった。
バシッと鈍い打撃音。反射的に頭を腕で庇いしゃがみ込んだ愛里寿は痛みに備えていたのだが、音は確かにしたが痛みが来ない。恐る恐る目を開けると、渡り廊下の手すりを挟んで愛里寿の前に、焦げ茶の短い髪、ブレザーの中にパーカーを着込んでいるのか、オレンジ色のフードを垂らした、ぴょこんと跳ねたアホ毛が印象的な一人の男子生徒が気怠そうに立っていた。
「あぶねーだろ馬鹿サッカー部」
男子は腕をさすりつつ足で踏み止めていたサッカーボールを離すと、思いっきり振りかぶって校庭へと蹴飛ばし返した。そしてそのまま何事もなかったかのようにその場から退散しようとして──
「待つのだわ!あなたは命の恩人の騎士様だわ!お名前を教えて欲しいのだわ!」
退散したかったが乙女フィルターを展開した愛里寿に腕をガッと掴まれ動きを封じられた。
「愛里寿、その人は新見絹斗センパイダヨ。ワタシ達の一つ上ネ。内人センパイと同じクラスの人ダヨ。ってことぐらいシカ知らないケドネ」
小蘭の紹介に、絹斗センパイと呼ばれた男子はやる気のなさそうな顔で愛里寿の腕を振り解く。ちなみに、9話で内人が掃除当番の話を聞き出していた人物は彼だ。
そんな彼は何も言わずに再びその場から離れようとするので今度は小蘭がフードを引っ掴んで止める。当然、絹斗は首が締まって動きが止まる。
「はなせよ、俺もう関係ないだろ」
「ダメ!先輩話を聞いテ!」
「やだー」
あいも変わらずやる気のない声を上げる。本当に面倒くさそうだ。だが声では否定するが体はだるんと動かさないままだったので、抵抗もする気があるんだかないんだかよくわからない。というかそれすらもやる気がなさそうだった。
そもそも、愛里寿の乙女フィルターが展開されている間は、どんなに芋な男子でも三割イケメンに見えるはずなのに、小蘭は絹斗のこのやる気の全くない顔が普段見かける顔とちっとも変わっていないことに気づく。この先輩、フィルターが無効化されるほどやる気がない。
「ダウナー系……新しいのだわ……やる気のない王子様の気力を取り戻していく恋物語、それもありね……」
猫のように体をダルんとさせた絹斗を見ながら愛里寿が何やらぶつぶつ言い出したがとりあえず無視して小蘭はお願いを続ける。
「話だけでも聞いテ、センパイ!」
「やだ」
「ワタシ達今理想の兄弟を探してるノ」
「やだ」
「デネ!センパイに兄になって欲しいナーっテ!」
「やだ」
「さっきのセンパイかっこよかったジャン!ピッタリなんダヨ!」
「やだ」
全く成り立っていない会話だったが、その中の何かが引っ掛かったのか、絹斗が現れてからずっと黙っていた慎太郎が口を開く。
「そういえばこの人、ボールが当たりそうになるまで姿も見えなかったし、人の気配もなかったんだけど、一体どこから……」
しん、と気まずい沈黙が流れた。
「とにかく、俺はそういうの面倒くさいからパス。西園寺のとこにでもいけ」
ようやく腕を動かし、フードをつかむ小蘭の手を引き剥がすと三度目の正直で今度こそその場を離れようとした。が、やはり駄目だった。彼が向かった校庭側から、巨人がやってきて壁になったからだ。
「そこの人達ー!さっきはごめんねー!怪我はない?」
手を振りながらかけてきたのは、学園指定の白い運動着に蛍光色のサッカー部のゼッケンをつけた、ふわっと跳ねた、いわゆる天然パーマの緑かがった黒髪に、太い眉と優しそうな垂れ目。左目の下に泣き黒子をつけた、この場にいる誰よりも大きな体の男子生徒。
「あれ?君もしかして小蘭ちゃん?カケルからよく話聞いてるよ〜」
そう優しくニッコリ笑う顔に、小蘭が目で愛里寿に確認を投げると愛里寿は頷いた。
「この人が海藤譲先輩なのだわ。間違いないのだわ」
小蘭達の目の前でニコニコと人畜無害な顔をする『自然災害』は、ようやくそこに絹斗もいることに気づくと声をかけた。
「新見くん、どうしたのこんなところで。僕と押し相撲したいの?」
「お前が邪魔で帰れないんだよ」
ちょうど絹斗の進路を塞ぐように譲が来たので、絹斗はまたもや退散しそびれ譲の前で棒立ちになっていた。
「えっ僕が邪魔……?」
「邪魔だよ。お前本当デカくて壁みたいだな」
絹斗は比喩でそう言ったにすぎなかったのだが、ここで自然災害はその脅威を発揮し出した。
「ええ!?僕は壁じゃないよ!?れっきとした人間だからね!?」
海藤譲は自然災害。それはサッカー部での活躍もさしていたが、もう一つ、この話を真に受けすぎて、言葉通りそのまま受け取るので何か変な感じになる「ど天然さ」のことも指していた。
「知ってるって、真に受けんなよ……あーもうお前天然すぎて会話しにくい」
「あ、ごめん……でも僕は天然じゃないからね」
「四コマの画像を使いまわすな、ここは『西園寺先生の次回作にご期待ください!』じゃねえよ」
「間違えたごめん」
作品すらナチュラルに間違えてくる天然さを絹斗が淡々と処理する様を見て、小蘭達三人は食堂の去り際に道瑠が言っていた「介護が必要なのは譲」という一文に激しく同意した。それと同時に、譲は即座に兄候補から外れる。
「新見コラアアアア!!」
と、今度は裏庭側から走ってくる多数の人影。竹取箒や塵取りなど、様々な掃除用具を片手に持った男子生徒達がこちらにやってきた。
「お前また掃除サボろうとしてるだろ!やる気ないからって当番まで放棄すんなよ!」
ガミガミと怒る箒を持った男子生徒に、絹斗はうるさそうに耳を人差し指で塞ぐと聞こえないフリをする。
「新見くん、掃除サボって逃げてたの?駄目だよちゃんとやらなきゃ」
譲の至極真っ当な発言に、美化委員の愛里寿も乗っかって絹斗に注意する。
「駄目なのだわ先輩!掃除はしっかりやらなきゃいけないのだわ!義務なのだわ!」
「そーだそーだ!年下の女の子に言われて恥ずかしくねーのか!」
ぎゃあぎゃあ大勢に批判される絹斗だったが、相変わらずツーンと聞こえないフリを続ける。これじゃラチがあかない。眺める小蘭と慎太郎がそう思った時、塵取りを持った男子生徒がボソリと呟いた。
「掃除したらたこ焼き奢ってやるから」
「やるわ」
即答だった。
絹斗はそのまま怒っていた男子生徒の箒を引ったくって奪い取ると、裏庭の中へとズンズン進んでいく。その後ろを掃除用具を持った男子生徒達も「最初からこのぐらいやる気出してくれたら楽なのに」とぶつぶつ言いながらついて行き、彼らは掃除場所へと向かっていった。
一同が去った後、譲がニコニコとぼやく。
「新見くんの『たこ焼きが無いとやる気が出ない』ところ、まだ治ってなかったんだね〜」
まるでそれが病気みたいに言うので、小蘭達もそういう発作持ちな人なんだなと思うことにした。そして、絹斗も譲と同じく介護が必要そうで、兄弟にするには面倒くさいなと候補リストから除外した。
*
「結局いい人いねージャンカヨ!みんなクセが強すぎるヨ!!」
中央棟三階。
小蘭、慎太郎、愛里寿の三人は、校舎に戻り屋上へ向かおうとしていた。登校時の癖で高等部側の階段を使ったため、途中で廊下を戻り中等部側へ行く必要がある少し遠回りなルートを辿っている。
そうして三階まで登りきって廊下を戻ろうとしたところで、小蘭は先ほどの咆哮をあげた。
「まあ、わかってましたよ……。この学園にまともな人はほとんどいないってこと」
はは、と遠い目で慎太郎が空笑う。
「もうこうなったら姫宮先輩に行きましょう。ちょうど三階ですし」
慎太郎の言う通り、中央棟三階には九郎が居るはずの美術準備室がある。そこに行けば間違いなく九郎には会えるだろう。だが、
「だからクローセンパイは撫子サンがついてきちゃうカラ駄目なんだってバ!撫子サンを姉にするノハ何か負けた気がスルノ!」
と、小蘭が噛みつく。必ずしも撫子もそこにいるという訳ではないのだが、九郎に後から話を聞いた撫子が面白がって「私も姉になる」と言い出す可能性はゼロでは無い。そうなった場合、なんか負けた気分になるから嫌だと言うことらしい。
「愛里寿もいやなのだわ!お侍様は愛里寿の王子様!お姉様になられては、それはもう禁断の……ああっ!駄目!駄目なのだわ!!!」
愛里寿は愛里寿でやはり別の理由で勝手に葛藤し暴走を始める。
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて!というか、ここであんまり騒ぐのは……」
慎太郎が二人を諫めようとするが、二人は騒ぐのをやめない。
「あーモウ!少しはまともな人間出てこいヨ!この学園狂ってるヨ!!」
「だ、駄目なのだわお姉様!愛里寿は、愛里寿はあああああ!!」
と、三人の背後の扉がスパーンと乱暴に開けられる。
「うるさいぞ貴様ら!!!!生徒会室前で騒ぐんじゃあない!!!!」
怒号と共に中から出てきたのは、少し短めで癖のついた黒髪、吊り上がった目を更に吊り上げ鬼のような形相をした『生徒会』の腕章をつけた男子生徒。緑原学園生徒会長、海老沢龍臣だ。
「フン、また貴様か李。全く、貴様ら『おたすけ屋』は問題しか起こさんな」
龍臣は騒いでいた三人をジロリと見やると、嫌味たっぷりに吐き捨てた。
「だいたいこんな時間にここで何をしているんだ。ここは生徒会室と進路相談室なんだぞ。他の生徒の迷惑だ!用がないならさっさと帰れ!そもそもだな……」
ガミガミとお説教を始めた龍臣に対し、慎太郎は気まずそうな顔で俯き、愛里寿はこの間の裁判の一件から敵意剥き出しの形相で睨んでいた。そして小蘭はジッと真顔で龍臣の顔を見つめていた。
龍臣は説教に夢中で、三人の反応には全く気付いていない。ひたすらネチネチ並べられる龍臣のお小言だったが、唐突に小蘭の言葉がそこに割って入る。
「……厳しいお兄ちゃんダ」
その言葉に龍臣は思わず「は?」と顔をしかめて説教を止める。龍臣だけではない、慎太郎と愛里寿も目を丸くしていた。
「厳しい過保護のお兄ちゃんダ!!厳格でしっかり者の完璧な兄ダー!!決めタ!生徒会長サンをワタシのお兄ちゃんにするヨ!」
一人興奮気味に龍臣を指差し顔を輝かせる小蘭に、流石の慎太郎と愛里寿も引き気味に首を振る。
「ちょっと何言ってるんですか李さん!生徒会長にそう言う冗談は通じませんよ!怒られますよ!」
「そうなのだわ!というか、お侍様に散々嫌がらせしたこの人に兄の資格なんて相応しくないのだわ!考え直したほうがいいのだわ!」
気は確かかと言わんばかりに二人は小蘭に詰め寄るが、小蘭は考えを変える気はないらしい。二人を振り払いズカズカと龍臣に近寄るとずずいっと背伸びして顔を寄せた。
「そうダヨ、生徒会長サンはこの学園の誰ヨリ賢くて厳格で真面目で秀才で完璧なんダヨ!だからワタシ、会長サンの妹にナル!立派な兄を持つノ!」
どや、と胸を張る小蘭だったが、龍臣は顔をしかめるだけだ。何も言わないあたり、呆れが過ぎて返す言葉もないのだろう。
「最高スペックの兄ダヨ!これで樹も鵺一も二度とワタシに逆らえないネ!あの二人が羨ましがるような兄弟になってヤルヨ!」
ふんすふんすと息巻く小蘭に、慎太郎と愛里寿もすっかり呆れ顔になりジト目で彼女を見るだけだった。が、ここで一番呆れていた龍臣が、先ほどの小蘭の言葉に反応して口を開いた。
「貴様、神原と張り合っているのか?馬鹿馬鹿しいくだらん話だが、なのであれば俺はやめるんだな」
へ?と小蘭は首を傾げた。龍臣が言っている意味がわからない。誰がどう考えても、龍臣は完璧だ。スペックだけで見るなら負けるはずがないのだが。
「もしかして生徒会長サン、照れてルー?」
それを照れ隠しと解釈した小蘭はニヤニヤと龍臣を小突く。小突かれた龍臣は話が通じていなさそうな様子に嫌そうな顔で強めに舌打ちを鳴らすと理由を話した。
「神原には奏さんがいるだろう。奏さんは従弟の俺よりも神原を可愛がっているからな。全く気に食わんし俺はそれを認めていないが、でも相手に奏さんがいる以上、俺は奏さんには勝てん。だから諦めるんだな」
だいたい、と龍臣はヒートアップする。
「何故俺ではなく神原なんだ!俺の方が神原よりも素行も成績も良いはずだ!なのにどうして神原を贔屓する!神原の姉と交際をしているからなのはわかるが、それにしても血の繋がりがある俺ではなく神原に行くのが納得できん!俺は可愛くないと言われたがどういうことだ!俺の方が神原よりも格があるはずだろうが!貴様らもそう思うだろう!それに」
止まらない龍臣の本音に、もともと呆れ顔だった慎太郎だけでなく小蘭も引き気味に顔をひきつらせる。どうやら龍臣は奏に対する感情を拗らせていてなかなか面倒くさい「弟キャラ」だったようだ。
早く終わってくれ、と目が遠くなっていく小蘭と慎太郎の横で、愛里寿だけが打って変わってキラキラと顔を輝かせながら龍臣の話を聞いていた。
「兄への感情を拗らせた完璧人間の弟……そんな彼の心を少女が癒し恋に落ちるストーリー……ありだわ……ありなのだわ……!」
愛里寿の目は本気だった。
*
龍臣の愚痴を聞かされる会からようやく解放された三人が高等部三階の1-C教室に戻ってくると、食堂に置き去りにされ、一人先に戻っていた翔と、第三放送室から移動してきたのであろう樹と鵺一がスタユニで遊んでいた。
「おかえりお前ら。翔から話はだいたい聞いたけど、兄弟見つかったか?」
三人が教室の扉をくぐり中に入ると、樹がスマートフォンから顔はあげないまま三人にそう尋ねた。鵺一と翔も同じように、手元の画面から目を離すことなく手を動かしている。
「見つかりませんでしたよ。皆さん色々面倒くさそうで、兄弟としてやっていけそうになかったです」
そう報告する慎太郎は、そのまま翔が座る席の横の座席にどかっと座りため息をついた。
「そうなのだわ。馬鹿兄よりもいい兄を探したかったのに、同じぐらい大変そうだったのだわ」
愛里寿もそう言いながら、はあ、と疲れたように鵺一が座る席の前の座席に椅子を回転させて座ると、鵺一の机にうつ伏せるように腕をつく。
「先輩として付き合う分にはいいケド、兄弟として関わるには覚悟がいりそうダッタヨ。みんな癖あり過ぎてメンドクサイ……」
最後に小蘭が答えながら、自分の席である樹の後ろの座席に座り、グダッと体を机の上に投げ出す。
「だから言ったろ、兄弟なんて面倒くさいってさ」
三人の回答を聞いて、やっと樹は画面から目を離す。
「兄弟が羨ましいって気持ちはさ、わかるぜ?寂しいんだよな。でもさ、兄弟にならなきゃ人と仲良くなれないってことはないだろ?現にオレ達、兄弟じゃないけどスタユニで遊んでるじゃん」
樹が言いながらスマートフォンで翔と鵺一を軽く示すと、話を聞きながらスタユニで遊んでいた二人もそれに頷いた。
「人間って誰しも面倒くさいもんなんだよ。兄弟になればそれに嫌でも向き合い続けなきゃいけなくなる。だから兄弟は面倒くさい。でも、友達とか先輩後輩ならその面倒くささも受け入れられるんだろ?だったらそれでいいじゃん。むしろ一人で気が楽になって面倒くささから休める時間が多くあるわけだし、それがオレ達は羨ましいんだよ」
樹の言葉に、翔と鵺一もスマートフォンを置いてうんうんと頷く。二人だけでなく、面倒くさい兄を持つと豪語していた愛里寿も大きく頷き同意を示していた。
「……そうダネ、そう考えるト一人っ子も悪くないかもネ」
「そうですね。僕達ちょっと暴走し過ぎました」
小蘭と慎太郎も、疲れ切った顔から少しだけ元気を取り戻したような顔になると頷き合った。
「にしてモ、人間は誰しも面倒くさいもんカァ……確かにそうカモネ」
と、小蘭がわざとらしく伸びをしながらジトッと樹を見る。その視線に、樹は少しムッとする。
「なんだよ、オレが面倒くさいって言うのか?」
「樹は面倒くさいだろう。天才を自称するくせに天才扱いすると怒るところとか」
「るっせーぞ鵺一ィ!」
鵺一からズバッと切られて反射的に怒鳴る。そんな樹を見て小蘭はクスリと笑った。
「とりあえず、夜道には気を付けろヨ」
「何で??」




