第11話 休日は潰されるもの
春の陽気に混じり、夏の暑さが顔を出し始めた頃。
せっかくの日曜日だ、と近所のショッピングモールへ小蘭は足を延ばしていた。とは言えど特に何か買うものを決めていたわけではないので、フラフラと気の向くままにウィンドウショッピングを楽しむ。
ふと、小蘭はとあるショーウィンドウの前で足を止めた。そこに飾られていたのは、金箔が使われた和柄で綺麗に仕立てられているが、派手すぎず、かといって地味でもない、地の朱色が映える美しい着物。
「うわぁ〜!」
目を輝かせながら感嘆の声を漏らし、綺麗な衣装にすっかり見惚れる。
「好看〜!ワタシもいつか着てみたいヨ〜」
「「やっぱり着物は最高(ダヨ!)(だな!)」」
突然のハモリに小蘭は即座に笑顔を消し去り必死の形相でバッと隣を見た。
「む?小蘭じゃないか。なんでここにいるんだ」
「それはこっちのセリフだカラ!!なんで鵺一もここにいるんダヨ!!暇カヨ!!」
隣で綺麗に被せてきたのは、小蘭と同じようにショーウィンドウに貼り付き着物を見ていた鵺一だった。よく見ると、小蘭が綺麗だと見とれていた女物の着物の横に、渋い藍色の男物の着流しも展示されていた。鵺一はそちらを見ていたようだ。
しかし、日曜日に同じ百貨店に来て、同じ売り場で同じショーウィンドウに貼り付き同じセリフを被せるというなんとも恥ずかしい事態に陥ってしまった。というか暇を持て余した自分と全く同じことをする暇人がほぼ身内にいたとは、所詮同じ思考回路なのかと小蘭は頭を抱えた。
「それにしても、暇を持て余しすぎてとりあえず天気がいいから外に出ようと思って百貨店をうろうろしてみた人間が俺以外にもいたとはな」
「本当ダヨ!!なんデ同じ考えになんのカナァ!!仲良しカヨ!!」
ギャアギャアと喚く小蘭を無視して鵺一は呑気に続ける。
「これで樹も来ていたら面白いな」
「面白くなくてイイーーーーッ!!」
ブンブンと首を大きく振り全力で否定の意を示していると、視界の端に見覚えのある茶髪が映る。思わず小蘭は首を止めてその方向を凝視してしまった。
「どうしたんだ?……ぬ!噂をすればあれはいつ……」
「ダアアアアアアアアア!!」
鵺一がその名前を全て言い終わらないうちに、小蘭が慌てて口を塞ぐ。鵺一は何か言いたげにモゴモゴと口を動かすが、両手で力一杯抑えられているのでなかなか開かない。
「もーッ!なんで日曜でも三人揃っちゃうんダヨ!仲良しカヨ!日曜までお前らの顔なんて見たくネーヨ!」
最悪だ!と嘆きながら小蘭がジロリと鵺一を睨むと、ちょいちょい、と茶髪を見つけた方向を指差していた。不機嫌そうに小蘭が再度そちらを見てみると、何やら茶髪の様子がおかしい。
「アレ?よく見たらもう一人誰かイル?」
やっと鵺一の口を解放し、共に茶髪をよく見てみると、先程は分からなかったが近くにもう一人、見覚えのあるウェーブがかった黒髪に鋭くつり上がった目。その上に赤い眼鏡をかけた、鵺一より少し背の高い青年がいた。
「やあやあ樹くぅん。日曜日にこんなところで出会うとは奇遇だなァ〜?」
ニヤニヤと明らかに人を馬鹿にするような笑顔を貼り付けた青年に、茶髪がイラつきながら叫んだ。
「なんっっっでお前がここにいんだよクソ海老!!」
「え、び、さ、わ、さ、ん、だろ!」
そう呼び方を訂正しながら茶髪の頭を軽く小突いて、更に茶髪をイライラさせる青年のやりとりを遠くから見ながら、小蘭と鵺一は確認をする。
「ネエ、やっぱりアレ海老沢サン?ダヨネ?」
「ああ、生徒会長じゃない、俺達がよく知る方の海老沢さんだ。しかし樹と二人だけなのは珍しいな」
などと話していると青年が樹に何かを話し、そのまま嫌がる樹を無理やり引きずっていく。それを見た二人は、顔を見合わせると大きく頷いた。
「面白そうだカラ尾行するヨ!!」
「了解だ!!」
*
海老沢奏。神原家が住むマンションの部屋のお隣さんの長男。神原家と海老沢家は家族ぐるみの付き合いが長く、その子供同士も幼い頃からの仲だった。
奏は医学系の大学に通う四年生。自分達よりも年上のお兄さんだった。目つきは悪いが気さくで面倒見が良く、医大生なので頭も良く雑学も豊富で面白い話をたくさんしてくれる、人気者のお兄さんだ。小蘭と鵺一も神原家経由で奏とは面識があり、二人とも奏のことは大好きだった。勉強でわからないところはしっかり教えてくれるし、見かけたら挨拶を返してくれるし、遊びにも乗ってくれる。一人っ子だったり、姉はいても兄はいなかったりする二人にとって、奏はまさに理想の兄像であった。
そんな人気者の海老沢奏だったが、神原樹だけは彼が大嫌いだった。
「そういや、龍臣に勝ったんだってな。龍臣めちゃくちゃ悔しがってたけど、あんま俺の従弟虐めんなよ〜」
奏は樹と歩きながらついこのあいだの騒動にへらへらと触れた。さすがは緑原のOBと言うべきか、耳が早い。
樹はむすっとしたまま黙っている。だがいつものことなのでその態度を無視して奏は続ける。
「いや〜それにしても天才少年君だわァ〜。あの緑原の歩く六法全書の生徒会長に勝っちゃうなんてさァ〜!すげーじゃん〜」
明らかに心のこもっていない棒読み気味な奏の賞賛に、イラっとした樹は黙ったまま早足になると奏から距離を開ける。それに気づいた奏はニヤつきながら距離を詰めてガッと樹の肩に腕を回した。すると即座に触るなと言わんばかりの勢いで樹が奏の腕を弾き落とした。
「オイオーイ少しは可愛げ見せろよ、弟なんだからさー」
「は?オレはあなたの弟じゃありませんけど?」
「急に敬語なんか使っちゃって、他人アピールでちゅか〜!無駄だっつーの!」
全く意に返さない奏が今度は樹の頭をグチャグチャと乱暴に撫でると、樹がやめろと抵抗を始める。が、奏の方が背が高く体つきもがっしりしているため、頭を強く押さえつける力に抗うことなど無駄だった。
「なんなんだよお前!毎回毎回オレに構うなっての!!」
すっかり髪をぐしゃぐしゃにされた樹はなんとか奏の魔の手から這い出ると、息を切らし気味に抗議してからまたスタスタと足早に奏から離れていった。奏も再びニヤニヤしながら後をついていく。
そんな二人の様子を、彼らがいる通路から近い位置にある100円ショップの陳列棚に隠れながら小蘭は見ていた。
「相変わらず樹は海老沢サン嫌いだネ」
樹が奏と顔をあわせる度に喧嘩腰になる様を何度も見てきた小蘭は、呆れ顔でため息をついた。
「デモ、なんか今は一緒の目的で動いてるっぽいネ。気になるヨ〜!鵺一、追いかけるヨ!」
先へ進んでいく二人を追いかけようと隣の鵺一に声をかけて棚から出る。が、相方が付いて来る気配がしない。不思議に思い引き返してみると、棚に置かれていたゴム製の円形バンドの内側に、車輪の軸のように中心から弧へ向かい何本かの刃物が均等に取り付けられたグッズを見つめて目を輝かせていた。
「おい!小蘭!これスイカが丸ごと切れるらしいぞ!なんて画期的なグッズなんだ!」
小蘭は無言で鵺一の耳を引っ張りそのまま引きずりながら樹達の後を追いかけた。
*
エスカレーターで階を移動する樹と奏を、小蘭と鵺一は数段離れて乗り込み後をつける。万が一に備え、モールの案内パンフレットを広げて地図を見ている風に顔も隠している。
「しかし悪いなー、付き合ってもらっちまって」
そうケラケラ笑う奏に、一段上の樹がギッとした表情で振り向く。
「お前が無理やり付き合わせたんだろ!」
はあ!と態とらしく大きなため息をつき視線を前方に戻す樹に、奏は笑みを剥がさず話しかける。
「嫌なら帰っていいんだぜ?」
その言葉に変わらずむすっとした反応を返す。
「お前のためじゃねえ……喜ぶなら……」
ボソボソと自分に言い聞かせるように呟いている樹に気づくと、奏はさらに口角を吊り上げニヤアと嫌味ったらしい笑顔に更新した。
「うーん、どうやら樹は海老沢サンのために付き合ってるわけじゃなさそうダネ」
前の二人の会話と反応から、小蘭は彼らの状況を把握する。
「だとしたら何が目的なんダロ。あの二人の共通の趣味?それとも個数限定の特売品があるトカ……ねえ鵺一はどう思うヨ?」
一つ後ろの段の鵺一に振り返りながら問いかけると鵺一はモールのフロアマップのとある一点をトントンと指で叩き示していた。
「回らない寿司屋があるんだな。俺はここで夕飯を食べたい」
小蘭は無言のまま鵺一が持つフロアマップを上下に掴んで引き裂く。大きな音に前の客が驚いて振り向くのも御構い無しに、再び耳を引っ張り揺さぶった。
*
ようやく樹と奏は目的地にたどり着いたようで、商品を物色し始めた。
彼らが来たのは石鹸やアロマなどを扱うショップ。奏があれこれ棚から取り出しては樹に何か聞いているが、樹はむすっとしたままぶっきらぼうに短い返事だけしている。その変わらない態度に、流石の奏も呆れてきたようだ。
「樹くーん、俺が嫌いなのはわかったからさ、いい加減真面目に協力してくれませんかねえ?あいつに喜んで欲しくねえの?」
ため息混じりに吐き出された言葉に、樹はピクリと反応する。
「考えてるよ、ちゃんと……」
小声で吐き捨てるように呟くと、奏が持っていたバラ型の石鹸を引ったくって棚に戻し、その隣に並ぶ葉っぱ型の石鹸を手に取った。
「バラの香りはいい匂いだけど今は流行りじゃない。どちらかといえば最近はミント」
そう言いながら奏に石鹸をぽん、と渡し、顎でレジに向かうよう示す。
「はん、最初からそうやって協力しろっての。可愛くねえなあー」
とは言いながらもどこか嬉しそうにニヤニヤする奏は示された通りに石鹸を手にレジに向かった。
そこまでの流れを隣の浴槽グッズのショップからこっそり見ていた小蘭は、ふむふむと納得していた。
「やっぱり、誰かへの贈り物を選びに来てたんダネ。でも誰ダロ、流行好きな人なんて周りにイタッケ?」
「これ、姉さんが探していたやつじゃないか!」
小蘭が尋ねるよりも先に歯ブラシ立てを持ちながら話題を叩き切った鵺一に小蘭は無言でボディーブローを入れた。いつかの華音にお見舞いした時のように、それはそれは見事に入った。
「は、腹はやめろ……!」
うずくまる鵺一を冷たい視線で見下ろすと、後ろで店員のものと思われる「ありがとうございました!」の声が聞こえた。ハッとして振り向くと二人が店から出ていたので、小蘭は鵺一を無理やり立たせると急いで後を追いかけた。
*
続いて二人がやってきたのは楽器店。
「ぐっ……!」
店の奥のケースに展示されていた、一番綺麗なバイオリン。その値札に書かれたゼロの数を見て、樹は苦虫を潰したような顔をした。
「いやいや、高校生が手ェ出せる品物じゃねえからそれ」
そんな樹の反応に当たり前だろ、と言うかのように樹の頭を奏がコツンと小突く。樹の顔がまたむすっと膨れる。
「もう古いんだよ。だから新しいの買ってあげたら……」
「だからってこの値段は無茶だろうが。バイトしてる俺だってキツイぜ?手ェ出せる範囲的に部品交換ぐらいが無難だな」
そうだそうだ、と一人頷く奏を気に食わなそうに睨む。しかし言っていることは正論であり、納得できるものだ。それがまた気に食わないわけだが。
「で?どうすんだよ樹くーん?」
「その“樹くん”っていうのやめろ」
明らかに人を馬鹿にしたような呼び方にイラッとしながら樹は記憶のデータベースに問い合わせる。部品交換なら手が出せるだろうと言われても、何の部品が駄目になってきているか分からなければ意味がない。しかし持ち主が買い換えないとダメだとこぼしていた記憶の中のあのバイオリンは、手入れがしっかり行き届いているのか綺麗なままで、確かに古くなってきてはいるのだが逆にそれで年季が入って味が出ているようにも見える。交換する部分なんてないじゃないか!と思うものの、何かを買い換えないとダメだと言っていたのは確かだ。一体何が必要なのか、更に奥へ記憶を探ってみる。
黙って考え込む樹を、奏はちょっかいをかけずに見守る。そうしてしばらく見ていると、樹はハッとした顔をして奏の横を抜けるとバイオリン本体の売り場から離れて別の売り場へ移動する。その後ろを遅れて奏がついていくと、樹はギターなどの楽器の弦が置かれたコーナーでバイオリンの弦を探し、何個かをひょいひょいと手に取りそのまま会計へ向かった。
「なるほどなァ、古くなったのは弦のことだったか」
その様子を少し離れた位置から見守ると、奏は満足そうにぼやきながら頷く。そんな奏も含めた一連の流れを更に離れた電子ピアノ売り場から見ていた小蘭。
「音楽好き、しかもバイオリンを弾く人カア。共通の知り合いデショ?心当たりある?鵺一」
返答にあまり期待をせずとりあえず後ろにいるであろう鵺一に振り向くと、案の定鵺一は電子ピアノでカエルの歌を弾いていた。白けた顔で自分を見てくる小蘭に気づくと、ムッとした顔をする。
「なんだ、これ以外も弾けるぞ!」
そう言って今度は子犬のマーチを弾き始めたので、小蘭は無言で体当たりして鵺一から電子ピアノを奪い、ベートーヴェンの月光を弾き鳴らした。
*
「見失ったじゃんカヨ!!」
楽器店の前の吹き抜けの周りに伸びた通路で小蘭はぽこぽこと怒っていた。
「いや、明らかにテンション上がってドラムまで叩き出した小蘭が悪い」
ぴしゃりと言い切る鵺一に小蘭は顔を引攣らせる。彼の言う通りピアノを弾いて楽しくなってしまった小蘭は鵺一が止めたにもかかわらず他にも曲を弾き続け、更には奥にドラムセットの叩き試しができるコーナーを見つけるとあっという間に飛んでいき、見事な8ビートをドヤ顔で刻んだ。
「いくら手先が器用で楽器がすぐ弾けるからって、ドラムはやりすぎだろ」
「しょうがないデショ!ああいうのはあったらやりたくなっちゃうんダヨ!」
小さい子供のような言い訳をしながら、とにかく樹と奏の二人が向かった先を探すことにする。きょろきょろと辺りを見回してみるが、二人の姿も見えなければ声も聞こえない。彼らは会計を済ませると、さっさと次の目的地へ移動してしまったようだ。
「石鹸デショ?バイオリンの弦デショ?これを欲しがる人の目星がつけバ、次に買いそうなものもわかるノニ!」
今まで観察したヒントから、なんとか足取りをたどれないか考える。石鹸とバイオリン。そして、樹と奏の共通の知り合い。繋がりそうで繋がらないピースに、小蘭はモヤモヤしていた。
「ああモウ!誰にプレゼント選んでるノ!海老沢サンはいいけど樹のくせに生意気!腹立ツ!!」
宛先がさっぱりわからず、癇癪を起こす小蘭を鵺一は呆れた顔で見ていた。
「小蘭、お前わざと言ってるのか?」
と、そこで不意に言葉を切ると、ぽん、と手を叩いて一人納得したような顔で続ける。
「そうか、そこまで認めたくないのか。樹が他の女性に贈り物を選んでいる事実に。それはそうだったな、だってお前は樹がす」
「ハアアアアアアアアアアア!?!?!?」
最後まで言い終わらないうちに小蘭はまた見事なボディブローを鵺一の腹にくらわせた。そのまま崩れ落ちる鵺一。
「だ、だから腹はやめろと……」
「うっさいヨ!なんでテメーまで知ってんダヨ!!華音カ!?華音が吹き込んだカ!?」
ギャアギャアと顔を赤くしながら照れ隠しする小蘭を苦しそうに見上げながら、鵺一はゆっくり体を起こして呼吸を整えた。
「それはさておき、誰のプレゼントかわからないと言っていたが、本気で言ってるのか?」
鵺一が再度そう小蘭に尋ねると、小蘭は本気で何を言ってるかわからないという顔をした。
「ハア?だからわからないッテ言ってんジャン!該当する緑原の生徒なんテ誰もいないシ」
そう言いつつも、もう一度うーんと頭をひねって考えてみる。だがやはり小蘭が知りうる生徒の中には、石鹸好きでバイオリン持ちの生徒は誰もいなかった。
「小蘭……お前……マジか……」
小蘭の反応に鵺一は驚いた顔をすると首を振った。
「緑原の生徒じゃなくて、もっと身近にいるだろう。綺麗好きで音楽好きな女性が」
そこまで言うと小蘭もようやくハッとする。そうだ、ものすごく身近に該当の人物がいるじゃないか。樹と奏の共通の知人で、綺麗好きで音楽好きな女性。
「もしかして、あの二人が贈り物を選んでる相手っテ……」
「ああ、というより、樹が海老沢さんに協力する時はだいたいその理由しかないだろう」
それもそうだった、と納得しているとお腹のなる音がした。小蘭と鵺一は思わず顔を見合わせた。朝からモールをうろうろしていた二人は、樹達を追いかけるのに夢中で昼を食べ損ねていたことをすっかり忘れていた。
「……お腹すいたヨ」
「……そうだな、昼食べに行くか」
特に異論もなく、二人はそのままフードコートのある下の階へ向かうことにした。
*
モールの二階に広がるフードコート。昼時を少し過ぎた時間だったが、休みの日であったためか買い物休憩の客で席はそこそこ埋まっていた。小蘭と鵺一は適当にハンバーガーを買い、空いている席のどこに座ろうかとうろついていると、見覚えのある茶髪が視界の端に映る。二人は即座に気配を潜めて、気づかれないように茶髪達が座る席が見える位置にある席を取った。どうやら樹と奏も休憩をしていたようだ。こっそりと彼らの会話に聞き耳をたててみる。
「ったく、奢るって言ったのに。なんで自分で出しちまうかね」
「お前に借りなんか作るか」
不貞腐れた顔でフィッシュバーガーをかじる樹を見ながら奏がそうこぼすと、可愛げのない答えが返ってくる。
「いやあーでも助かったわ、チョイスが的確でよ。やっぱ持つべきものは弟くんですねえ〜」
奏は違う店で買ったのであろう塩ラーメンをすすりながら、樹に労いの意を込めて話しかけると、樹は猫目を吊り上げて奏を睨んだ。
「オレはお前の弟じゃねえっつってんだろ!兄貴ヅラすんなクソ海老シチュー野郎!!」
「お前さ、その『クソ海老〇〇野郎』のレパートリー増やすのそろそろやめろや」
そんな会話を盗み聞きしながら、小蘭と鵺一も昼を食べる。
「なんだかあの様子ダト、買い物は一通りし終わってるみたいダネ」
チラチラと樹と奏の様子を見ながら小蘭がそう言い鵺一を見ると、鵺一は一緒に買ってきたポテトの長さを見比べていた。イラっとしたのでテーブルに置かれたケチャップをポテトにドバッとかけてやると、鵺一が小さく悲鳴をあげた。
「まあ、目的もわかったことだし、もういいんじゃないか?正直俺は飽きてきた」
素直に申告する鵺一は、ケチャップまみれのポテトをずいと小蘭に突き出すと不満そうな顔で続けた。
「そんなことより、これはどうしてくれるんだ。誰が食べると思ってるんだ!俺が食べるんだぞ!」
「エッこの流れで自分で食べるノ!?今の完全にワタシに食えッテ言う流れだったヨネ!?」
そう二人がギャアギャアとくだらないやり取りをしていると、二人が座るテーブルの横に人の気配がした。席探しで横を通り過ぎるのとはまた別の、その場に留まり続けている気配を感じた二人は動きを止めた。まだ空席も目立つ中で、わざわざこのテーブルにやってきて歩みを止める理由は一つしかない。
バ レ た 。
二人は冷や汗をかきながらゆっくりその人物を見た。見覚えのある茶髪に白いブラウス。そして黒いフレアスカート。
「あらあら、こんなところで会うなんて奇遇ね〜。仲良くお食事中かしら?」
ニコニコと笑いながら話しかける女性を、二人は目を丸くしてしばらく呆然と見つめたあと、慌てて女性を自分達のテーブルの空いている席に座らせる。
「な、な、な、なんでいるんデスカ結衣サン!!」
「なんでって言われても……買い物に来たのだけれど」
小蘭に「結衣」と呼ばれた女性は、困ったように笑うと周りをキョロキョロと見渡した。
「それよりもさっきの慌てっぷり、誰か尾行してるのかしら?休みの日なのに、ワクワクするわね」
目をキラキラさせながら二人の獲物らしき人物を探し始める結衣を、小蘭と鵺一は身を乗り出す勢いで止めようとする。が、それよりも早く結衣が視線を動かすのをやめた。
「あら。樹とかなくんじゃない」
そのまま樹と奏の元へ向かおうとする結衣を慌てて小蘭と鵺一が引き止める。
「結衣サン駄目ダヨ!あの二人は今内緒でプレゼント選んでるノ!」
「プレゼント?」
小蘭の言葉にきょとん、と首をかしげると、すぐに合点がいったのか「あら、あらあらあら」と笑顔になった。
「ふふ、かなくんたらその手を使ったのね」
ふふふ、といたずらっぽく笑う結衣に、今度は小蘭と鵺一が呆けた顔になる。そんな二人に気づいたのかはわからないが、結衣はストンと二人が座るテーブルに自身も座ると、ニコニコと話し始めた。
「最近、樹の元気がなかったのよ。何があったかは聞いても教えてくれないからわからないけれど、それでも元気付けてあげたいじゃない。だからかなくんに気晴らしにどこか連れて行ってあげて欲しいってお願いしたの」
結衣の話を聞いて、二人は先日の生徒会長との裁判の一件を思い出す。確かに結衣の言う通り、あの時から樹の表情はどこか暗かった。二人にはよくわからなかったが、樹にとってあの裁判は「負け」だったのだろう。彼の中では試合に勝って勝負に負けた、納得いかないものだったようだ。
「あなた達にも隠していたか空元気で振舞ってたんでしょうね。あの子、楽天的に見えて凄く繊細だから、唯一あの子が気を使わず物が言えるかなくんが適任かなと思ったのよ」
まさか私のプレゼント選びに行ったと思わなかったけど、嬉しいわね。と結衣は笑った。
「何ダヨモウ、そういうことならワタシ達に言ってくれれバいいノニ。メンドクセー天才ダナ!」
「全くだ!俺達はまだしも、結衣さんにも言わないとは!」
樹の気遣いかなんだかわからないが、自分達を頼ってこなかったことにもそうだが、その上結衣にも打ち明けなかったことに二人は腹を立てる。
「デモ結衣サンよくわかったネ!流石は樹のお姉サンダヨ!」
小蘭にそう言われてニコニコ笑う神原結衣は、その通り樹の6つ上の音大生の姉である。樹が記憶力の天才なら、彼女は音の天才と言われるほど優秀な才女で、神原家のお隣さん、海老沢奏と同い年にして恋人同士である。
そのためか奏は樹を自分の弟のように思っており、そう扱うことで樹としょっちゅう衝突していた。しかしそれすらも、遠目から見れば兄弟のようにしか見えなかった。それぐらい遠慮せずにぶつかれる相手ということで、結衣は奏に頼んだのだろう。慰め役と言うより、ストレスのはけ口として要請されたみたいだが。
「とにかく、楽しそうでよかったわ。樹も元気になったみたいだもの」
笑顔を崩さぬまま視線を樹と奏に戻す結衣につられて、小蘭と鵺一もそちらを見る。また何か奏にからかわれて怒る樹の姿は、元気になったというより怒って声を出しているだけなんじゃないかと二人は思ったが、そこは黙っておいた。
と、樹が昼を食べ終わったのかトレーを持ち席を立つ。その後を追うように、奏もトレーを片付けて席を離れた。
「あ!またどっか行くヨ!追いかけないト!」
「ああ……まだやるのか、まあ暇だから付き合うが」
そう言いながら小蘭と鵺一も急いで席を立つと、返却口にトレーを戻して樹達を追いかけた。
「あらあら!尾行ね!腕がなるわね」
ニコニコ笑いながら何故か結衣も付いてきたが、文句を言う時間が惜しい二人はスルーすることにした。
*
樹と奏が来たのは、モールの上の階にある少し広めのゲームセンターだった。
二人はとあるUFOキャッチャーの台の前で、悪戦苦闘していた。
「だああああ!また取れなかった!」
「はん、下手くそだなクソ海老不器用野郎」
「うるせーぞ樹!くそ、もう一回だ!」
喚きながら連コインをして再度チャレンジする奏が狙っているのは、大きなグダッとしたクマのぬいぐるみだった。掴むというより、転がして落とすタイプのようで、もう少しで落ちそうな位置まで動かせたのだが、その少しがなかなか上手くいかないようだ。
その様子を、少し離れたUFOキャッチャーの陰から小蘭が伺う。
「海老沢サン負けず嫌いだからネ……アレ絶対取れるまでやるヨ……」
少し白けた目で見ていた小蘭は、同意を求めようと後ろにいるはずの鵺一へ振り向く。
「ぐおお!そ、そのコースは防ぎきれん……!」
「ふふ、守りがお留守よ鵺一くん」
鵺一は結衣とエアホッケー台で遊んでいた。小蘭は無言で鵺一に近づくとビンタした。
「ダカラ!今尾行中ダヨ!結衣サンまで一緒に何やってるノ!?」
必死にツッコむ小蘭に結衣は首を傾げていたが、ああ!と何か合点がいったかのように手をポンと叩いた。
「小蘭ちゃんも一緒に遊びたいのね!」
「違うヨ!!!!!!」
的外れな発言に、小蘭は思わず瞬発的に大声で否定した。しかし、結衣はニコニコしたままだ。
「遠慮しなくていいわ。私、強いわよ」
「そうじゃナイ!そういうことじゃナイノ結衣サン!」
「鵺一くんとダブルスで来てもいいのよ」
「結衣サン話を聞いテ!!」
全く成立していない会話の横で、鵺一がエアホッケーのパックを打ち返すためのマレットを構えながら小蘭に来いと目で訴える。結衣も小蘭の参加を待っているようで、この場に小蘭の味方はいなかった。
「あーモウ!ダーカーラーワタシはエアホッケーやらないカラ……」
「いいじゃんエアホッケー。これでちょうど二対二なんだから遊ぼうぜ」
二人に訴えかける小蘭の背後から、奏がすっと自然に結衣側に参加した。
……奏?
「くぁwせdrftgyふじこlp」
突然のご本人登場に言葉になっていない声を出しながら小蘭が奏をブンブン指差す。流石の鵺一も驚いたのか、目を大きく見開き口をあんぐりと開けている。
「な、な、な、なんで海老沢サン!?ききき奇遇デスネ!!」
あまりのパニックに携帯電話のバイブレーションのごとくブブブとブレながらなんとか取り繕おうとする小蘭を、海老沢は嘲笑した。
「下手に取り繕わなくていいっての。つーか、お前ら二人につけられてること俺は気づいてたしな」
「シジミッ」
小蘭は思わず変な悲鳴を出してしまった。
「嘘うそウソ!!いつカラ!!」
「お前らがエスカレーターで地図引き裂いてるところからだな」
「ほぼ最初カラカヨッッッッ!!!」
だあん!とエアホッケー台に倒れこむ小蘭を、奏は指差してケラケラ笑う。
「あんだけ派手に地図破ればさすがに気づくわー!樹はどうだか知らねーけど!」
そうして奏が一通り笑い終わると同時に、鵺一がハッとした顔になった。
「そういや海老沢さん、ぬいぐるみは取れたのか?」
一瞬キョトンとした奏だったが、すぐに何を聞かれているか察し、ああ、と頭をかく。
「交代した。本当は俺が取って凄いとこ見せびらかしたかったけど、やらせろってうるさいから任せた」
ほれ、と奏が顎で示した先には、顔をしかめながらUFOキャッチャーと格闘を続ける樹がいた。物凄く集中しているのか、奏がそばにいなくなったことにもこちらの騒ぎにも気づく様子はない。
「しかしお前らも暇だなあー、俺らの尾行するなんてよ。そんなに暇なら遊んでやるって。ほら来いよ」
そう言うと奏はマレットをガシガシと動かし、小蘭と鵺一に挑発を始める。隣の結衣も、ふふん、と顔をキリッとさせて二人に話しかける。
「尾行を続けたければ私達を倒してからよ」
「そー言うこった、早く来いよガキども」
ヘイヘイとガシガシガシガシマレットを動かしてニヤニヤしながら煽ってくる奏と、ニコニコしながら奏の真似をしてマレットを動かす結衣。そんな彼らの態度に、小蘭は少しイラっとしてきた。何も言わずに鵺一側の台の脇に備え付けられた籠の中に一つ余っていたマレットを取り出すとそのまま鵺一の横に並ぶ。
「フン、そこまで言うナラお望み通り小蘭チャンがボコボコにしてやんヨ!鵺一、行くヨ!」
「そう来なくてはな、小蘭!成敗してやろう!」
その言葉を聞いて奏が台にコインを入れると、中央からパックが勢いよく飛び出した。
*
「……どうして全員集合してるか簡潔に教えて欲しいんだけど」
奏・結衣ペアの猛攻を小蘭・鵺一ペアは食いつくように凌ぎ、隙をついて鋭い一撃を打ち返しギリギリで防がれる、そんな白熱のエアホッケーバトルを繰り広げ、鵺一が得点を決めたところで側から呆れた声をかけられた。
全員が声の主へ振り返ると、大きなグダッとしたクマのぬいぐるみを抱えた樹がチベットスナギツネみたいな顔で試合を見ていた。
「おーう樹くーん、それ取れたんだな!まー天才少年にはそれくらい楽勝ですよねえー」
奏の言葉は無視し、樹は溜息を吐きながら続ける。
「小蘭と鵺一はいいとして、何で姉さんまでここにいるんだよ!」
もうめちゃくちゃだよ!と首を振る樹を見て、結衣はキョトンとする。
「あら、私は買い物しちゃダメだったかしら?」
「そうは言ってないから姉さん!姉さんならいくらでも買い物していいから!」
再びはあ、と溜息をつくと、今度は小蘭と鵺一に顔を向ける。
「……で、一応聞くけどお前らは何でここにいんの」
「「暇だったから樹達尾行してた」」
「んなこったろうと思ったわ!何だお前ら揃いも揃って、暇か!暇だったな!日曜までお前らの顔見たくないんだけど!?」
どこかで聞いたようなセリフを言いながら樹はぎゃあぎゃあわめき出した。
「何なんだよ今日は!姉さんが買い物に付き合って欲しい、先に行って待ってるって連絡が来たから行ったのに、待ち合わせ場所にいたのはクソ海老だし!」
小蘭と鵺一はばっと結衣と奏を見た。結衣はそんなこと言ったかしらと首を傾げていたが、隣の奏はニヤニヤしていた。ああ、奏が何かしらの手段で結衣になりすまして樹を呼び出したんだな、と二人は悟った。
「あ、そうだ。結衣、これ」
と、奏は何かを思い出したようにエアホッケー台の脇に置いていた紙袋を持ち上げると、中から綺麗にラッピングされた小箱を取り出し、結衣に渡す。
「ほい、石鹸。この間ストック切れたっつってたろ?弟の樹くんの有り難ーいアドバイス聞いて選んでみたわ。やるよ」
「あら、気が効くわね。ありがとうかなくん」
プレゼントを受け取り顔を綻ばせて喜ぶ結衣の様子を見て、樹は慌てながら奏と結衣の間に割り込むと、抱えていたクマのぬいぐるみを結衣にずいっと押し付けるように渡す。
「姉さん!これ!あげる!!あとこれも!変えなきゃって言ってたから!!」
クマの横からさらにねじ込むように、バイオリンの替えようの弦を下げていた袋ごと追加で渡す。必死な樹に結衣はあらあらと笑いながら、クマも替えの弦も受け取った。
「わざわざ私のためにありがとう樹。弦の予備がなくなって困ってたのよ、助かったわ」
「いいんだ姉さん。困ったことがあったら何でもオレに言って!」
礼を言われて上機嫌になった樹が、どん、と自分の胸を叩く姿を、小蘭と鵺一は後ろからジト目で見やるとヒソヒソしだす。
「アイツ相変わらずのシスコンぶりダヨ」
「ああ、流石にちょっとキモいな」
「お前らァァァァ!聞こえてるからなァァァァ!シスコンで何が悪い!」
二人には一切振り向かず、笑顔のまま樹は開き直った。
「はは!いつも通りだなァ樹ィ!」
と、樹に追いやられていた奏が笑いながら樹の頭をガシガシと撫でる。樹の顔が一気に不機嫌になり、案の定撫でる手を払おうとした。
「で、元気でたか?」
続いた奏の言葉に、払おうとした手が止まる。
「最初も言ったけどよ、お前、龍臣と討論したんだろ?アイツ強かったろー、俺もアイツに口喧嘩で勝てる気がしねえもん」
でもな、と奏はさらに続ける。
「アイツお前のこと認めて帰ってきたんだ。アイツが人を認めんのすげー珍しいんだぜ?アイツに何言われたか、何言ったかなんてわかんねーけどさ、自信持て。お前は負けてない。負けてないし、お前には仲間がいる。一人で思い詰めんな。ガス抜きならいつでも付き合ってやるからさ」
奏がそう言うと、結衣も小蘭も鵺一も同調したように頷いた。
「そうダヨー!ワタシ馬鹿だカラ何言ってるかわかんなかったケド、あの時会長サン悔しそうな顔もしてたデショ!」
「ああ。俺も馬鹿だから何言ってるか理解できなかったが、何度も攻撃して苦しませていたじゃないか」
「そうだな、お前ら馬鹿だからそんな中身のない励ましもらっても嬉しくないから黙ってて」
励ましを樹にバッサリ切り捨てられた二人はしゅんとした。
「……でも、ごめん。落ち込むなんてオレらしくなかったよな。心配かけたよな、本当にごめんな」
ようやく二人に顔を向けると、樹は頭を下げた。
「「いや別に心配してないから」」
「よーしお前ら戦争だコラァ!」
しかし小蘭と鵺一がすぐさまぴしゃりと感情のない顔で樹の発言を否定すると、樹は下げた頭を素早く戻して素晴らしいほどの笑顔で手をポキポキと鳴らし始めた。
「クソ海老の野郎に言われて吹っ切れたのすげー腹立つからお前らで腹いせしてやる!エアホッケー台の前に立てやコラァァァァァ!」
「望むところダヨオラァァァァ!」
「完膚なきまでに叩きのめしてやろう!」
「おい待て2対1は卑怯だろコラァァァァァ!」
樹が結衣と奏を押しのけてエアホッケー台の前に一人で立つと、当然のようにダブルスを組んで反対側でマレットを構える小蘭と鵺一。勿論樹は抗議の声をあげる。それを見てやれやれ、と奏が肩をすくめると、樹の隣に立ちマレットを取る。
「ったくしょーがねえなー樹くんは!ここは兄ちゃんが加勢してやろう」
「ふざけんな誰がお前の弟だこのクソ海老チリソース野郎!!」
ギャンギャン吠える樹を無視し、樹の襲来で中断されていた試合をメンバー交代して再開する。
奏の殺人シュートが決まり、小蘭が悲鳴をあげる。点を入れた喜びを分かち合おうと奏が樹にハイタッチを求めると、チョキで手のひらを刺される。その隙に鵺一が反撃をしリターンを決める。小蘭と鵺一の煽りに樹と奏はイラっとしこめかみをひくつかせる。
わあわあと両者騒ぎながらパックを打ち返す様子に、結衣はニコニコとする。
「やっぱりかなくんにお願いしてよかったわ」
そう一人頷き満足していると、試合はさらに白熱し騒ぐ声も大きくなる。
「だからガラ空きなんだよ小蘭ちゃんよォォォォ!」
「イヤアアアアア!ワタシばっか狙うなんテ卑怯ダヨォォォォ」
「小蘭、樹を狙え!あんな啖呵切ったくせに樹は雑魚だぞ!」
「鵺一てめえ今何つった!!オレを雑魚扱いしやがってええええ!!」
他にも人がいるゲームコーナーだと言うのに御構い無しに叫ぶ四人。
「……ちょっと元気出すぎたかしらね」
流石の結衣も、ちょっと呆れ気味に笑った。




