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崩壊の始まり

「かかれ!」


大音声を轟かせ、下知を下したのは真田信綱。中央で織田軍と槍合戦を繰り広げている武田軍を指揮している男だ。


真田信綱は歯噛みしていた。織田軍の何とも弱きこと、全く相手にならぬ。此れが普通の相手なら良かっただろうが、相対するは魔王織田信長、此れが織田軍の強さであるはずが無い、何か罠が在るはずだ。


信綱は内心悩んでいた。このまま押し切って一気に中央を突破するか、其れともここは一度退き、頃合いを見て再度押し出すか。


どうすべきか…




「兄者!何を迷っている!」


ハッとして信綱が振り向くと背後に弟の真田昌輝と昌幸が立って居た。


昌輝は目を釣り上げ、信綱を睨み、


「我ら真田は死出の旅に何時でも行ける様に六文銭を掲げており申す!兄者が躊躇うとは何事か!何時でも死ぬ覚悟は出来ており申す。御下知を!!」


そうであったな、我ら真田、六文銭の名に恥じぬ戦ぶりを特と織田に見せてやるわ。




「昌輝、昌幸、真田隊は前進在るのみ!真田隊、突撃ーー!」


信綱は激を飛ばすと、従者から青江貞次と言う陣刀を受け取り、柵を打ち破り、織田軍に突撃した。



「おおお!」


気合一閃、信綱の剛撃により、あっという間に数十人を超える織田兵が信綱の前に無惨な屍を晒した。信綱の突貫に勢いを得た真田隊は弟の昌輝が兄に負けじと同じく突貫し、其れを昌幸が冷静な指揮で支えると言う真田三兄弟の怒涛の進撃により織田軍はあっという間に崩れ、後退して行った。



此れを止めんと、織田軍からは前田利家、仙石秀久などの武勇ある将が打ち出し、真田隊に当たり、一時は押し留めたが、真田をとどめさせるなとばかりに一斉に襲いかかって来た内藤昌豊、武田信廉ら五千の軍により、支え切れずに織田信長の居る本陣に向かって下がって行った。



同じ頃、織田信長は本陣から戦況を眺めて居た。



「武田め、存外やりおる。予想とは大幅に違う。」




信長は武田軍の予想外の強さに驚くと同時に勿体なくも感じていた。


武田の将達は皆、大名に慣れる器量を有しておる。味方で有れば戦で活躍してくれたものを…


信長は武田の将達を此処で殺す積りだ、何と言う自信だろうか、未だ武田が優勢で織田が劣勢にあって、この自信、何か秘策でも在るのだろうか。



「信長様。」


一人の男が平伏していた。



「キンカンか、準備出来たのか。」



キンカンと呼ばれた男は顔を上げた。


「はっ、万事、問題無し。」


「そうか、此れで武田も終わりだな。」


「しかし、武田が潰れてもまだ上杉が居りますが…上杉とはまだ同盟を結んで居りますが必ずやアレは天下布武の障害と成りましょう。」


「上杉は、未だ謙信が存命。今挑んでも無駄じゃ、時を待つ。」


「ははっ、この光秀、唯信長様の随意の侭に。」


信長は満足そうに光秀を見つめると、おもむろに立ち上がり、扇を持ち、陣幕の外に出た。



陣幕の外は、戦に包まれていた。猛攻を続ける武田軍。其れを必死に防ぐ織田・徳川軍、其れ等が合わさり、混沌の戦場を形作っていた。



信長は其れを目を細めて見て、口元を薄く吊り上げ、采を天高く掲げた。



此れを振り下ろしたら、武田軍には地獄が降りかかる。死んだほうがマシな苦痛がな。


信長は暗い殺人衝動に打ち震えていた。この俺が最強と呼ばれている武田を地獄に突き落とすのだ。此れが嬉しく無いはずがあろうか。


何?儂が畜生にも劣る外道か?その口を聞くは儂が長島や延暦寺で屠った奴らの亡者共か?



信長の視界は何時の間にか、見慣れた戦場ではなく、燃え盛る寺に成っていた。


信長は目の前に在る寺が何か直ぐ分かった。



この寺は比叡山延暦寺、儂が灰塵に期してやったモノか。



織田信長は古き物を壊し、新しい物を創る革新者でもあり、同時に修羅の道を進む者であった。


彼の道を阻む者は容赦無く滅してきた。其れがどんなもので在ろうともだ。尾張を統一する時に自分の弟を誅殺した。比叡山延暦寺焼き討ちでは無数の僧兵、女子供を殺した。更に次の長島では二万人を超える門徒を撫で斬りにした。



そして、今、長篠で武田を滅せんとしていた。




燃え盛る寺から声が響いて来た。




「信長ァァァ…」


「この畜生が…」


「痛いよォォ…」


「何で…何で…」


寺から声が響いたと思ったら信長を囲む様に数十人の人が出現していた。皆、怨嗟の声を上げながら信長を睨みつけていた。


信長は冷淡な視線を向けた。


「長島、延暦寺で地獄に送った筈だが、しつこきよのう。」


「ァァァァ…」 「地獄に堕ちろ…」


信長は軽蔑した笑いを上げた。


「仏の道に有りながら物欲にまみれ、酒池肉林の限りを尽くした者が何をほざくか。」


その言葉を聞くや、何人かが気まずげに顔を伏せた。門徒達は仏に仕える身にも関わらず、女人と淫らな行為に及び、殺生も普通に侵していた。だからと言って信長が門徒を女子供関係なく皆殺しにした事が正しいとは言えないのだが…


信長は鼻を鳴らすと、


「いね、邪魔である。」


信長の険が入った声を聞くと、亡者達は怯んだように体を後退させながら消えて行った。


亡者が消えたと同時に信長は長篠に戻って来た。


武田中央隊が信長の眼下にまで迫って来ていた。


信長はニヤリと嗤うと、采を振り下ろした。


「今から地獄の始まりぞ…」



その瞬間、目も眩むような閃光が迸り、戦場を覆い尽くした。数秒の間を置いて、ドドドドオンと言う轟音が轟いて信長の耳朶を震わせた。


やがて、閃光が霧散すると、其処には武田軍の無惨な死体が死屍累々と横たわっていた。


死体は四肢を欠損しているものや、体を吹き飛ばされ、上半身だけになった物が多かった。


何故彼等は一瞬にてこうなったのか?答えは先程の轟音と閃光にある。


武田軍を壊滅させた物、それはーー爆弾である。厳密に言ったら爆弾では無く、大量の火薬の事を指す。


信長は長篠に陣を築く時に馬防柵の前にある地面に大量の火薬を埋め込み、直ぐに引火出来るように導火線を少し露出させた。


そして、武田軍が織田信長の本陣の柵に迫った時に武田軍の両端に隠れていた伏兵に一斉に火矢を射かけさせ、導火線に着火させて、火薬を爆発させ、武田軍を壊滅させたのである。


この戦術を実行するためには当然ながら膨大な数の火薬が必要で有り、当時、火薬は高価だった。此れを揃えるために織田は大金を費やした。逆に言えば、其処までしてでも武田を壊滅させたかったとも言える。


何はともあれ、火薬を使うと言う奇想天外な戦法によって、武田中央隊はほぼ壊滅状態になった。



信長はこの戦、勝ったと断じ、諸将に追撃の下知を下した。




「戦の趨勢は決まった。勝頼とその諸将、悉く、討ちとれい。決して勝頼を逃がすで無い。」



指令を受けた織田軍は怒号を響かせ、防戦から追撃に転じた。



ここより、追撃戦が始まる。









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