4 子供の理論
「おお、なんと情の深いお方でしょう。我々の研究調査を許可して下さる」
ノアが片膝を着いたまま、身振り手振りで感動を全身で表現している。なんというかもう、ほとんど喜劇役者だ。その迫真の演技を見ているとこちらまで笑いそうになってくるから困りものだ。
鷹揚に頷いた国王は威厳ある深い声で笑った。
「ジョン・スミスといったか。そして、その助手の……」
「メアリーダックスです」
なんでそんな変な名前なんだろうとウィーンは思う。
「セシルブリュネとはどのような国だ」
ノアの動きがはたと止まる。
「メアリーダックスご説明して」
えっ、ボク! と心で叫びながらウィーンは居住まいを正した。そして気持ちをこめてゆっくりとゆっくりと奏上する。
「とても。とても豊かな国です」
王は肘置きに片腕をついて、あごひげをさわさわしながら吟味するように聞いている。
「豊かとはどのくらい豊かなのだ」
難しい質問だ、とウィーンは考える。国が豊かである理由。
「食べるのに困る国民はいません。皆が職を持ち、家族を持ち、笑顔で暮らしています」
「ああ、いやそうではない。私は国力を問うたつもりだった」
ウィーンは意味が分からずぽかんとする。
「申し訳ございません。メアリーダックスは学びの途中なのです。変わりに私がご説明を」
始めからそうしてよ、心で呟く。ノアは両手を大きく広げながら、なにやら説得のような物を始めた。
「陛下もご覧になったでしょう。ラマリエ荒野に着陸した我が戦艦を。兵器こそ搭載していないものの、あのような優れた軍事技術を持った国なのです。この度の研究調査にご協力いただければ、我が国の建造技術を提供し、同盟国として諸事の解決に協力する用意があると。セシルブリュネの王は仰っております」
「そうか!」
ウィーンは説明を聞いていて腑に落ちない気持ちになった。どうして豊かということが軍事に繋がるのだろう。ノアの回答は極めて的外れだと感じた。だが、国王はその返答にたいそう満足げだった。
「すぐさま書状を書こう。そなたらは今日は城下町に宿泊するがよい。宿はこちらで用意しよう。明日、改めて城に書状を取りに参れ」
ノアが紳士のようにあいさつしたので、不満を押し隠しながらウィーンもそれを真似た。
「ねえ、豊かってそういうことじゃないでしょう」
国王の用意した高級宿でベッドに座りながらウィーンは不満を口にした。なんだか、花のいい香りがするけれど、それで怒りは収まらない。
「さあ、ボクは知らないから」
ベッドに寝転がったノアは天井を見ている。こういう態度は無責任だ。
「どうして軍事力があるってことが豊かさに繋がるの。可笑しいよね」
「愉快だったかい?」
「そういうことじゃないよ。軍事力がどうして」
「それはキミがセシルブリュネで生まれたからさ」
ウィーンは冷めた声にはっとしてノアの顔を見た。いつものにやけ顔は笑っていなかった。
「世界中を見渡してもセシルブリュネほど争いの無い国はない。どうしてか。王の度量もあるだろうけど、大きな理由は隣国と密接していないからさ」
「そんなこと」
ないと断言しようとしたらノアがそれを笑った。ふっと馬鹿にしたような笑いだった。
「そんなことあるのさ。国同士のいさかいの一番の原因は領土問題。この国の場合は相対するレッドエデンとの仲の悪さだろう。世界を見てもむしろ隣国と仲のいい国の方が珍しい。世界中の国は常にこういう問題を抱え、絶えず何かと争っている。うんざりするほどの不満を抱えて皆、ピリピリしているのさ」
領土問題という言葉は生まれて初めて聞く言葉だった。清廉なセシルブリュネにはもしかするとその概念すらも存在しなかったかもしれない。
「お隣なんだよ、仲良くできないの」
「だから神さまは大人を選ばなかった」
いっている意味が分からなくて首を傾げる。
「隣国と仲良くしたいってのは子供の理論なのさ。でも、神さまはそれを望んでいる。だから世界でもっとも清らかな国の子供を選ばれた。ああ、アーサー、エド、ウィーン。その心を忘れないでどうか清廉な大人になりなさい」
ノアは天井に向かって祈るように手を組む。そのあとぱたりと手を落とし、「ボクは寝る」といって本当に寝てしまった。




