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3 嘘とハッタリ

 着陸場所の国境付近から歩いて三十分ほどで、ノアとウィーンは目的地のワイズポーシャの城下町に到着した。綺麗に石畳が敷かれているが、空気は荒野の影響か乾燥しており、埃っぽい。

 隣国とそんなに離れていないことから町中の警備は堅牢で、槍を持った兵士たちが何重にも入国者を管理していた。


「お前たちはラマリエ荒野からきたな」

「そうでございます」


 詰問する兵士にノアは恭しく礼をした。ウィーンの記憶の中でいつかの振る舞いと重なる、態度が極めて他所向きかつ紳士的だ。


「あの飛行機械の方角から歩いてきたのを見たが」


 どうやらガルバリダ号の大きな船影はこの国からもしっかりと確認できたらしい。やはり多少の騒ぎになったのかもしれない、とウィーンは故郷セシルブリュネの狼狽ぶりを思い出した。


 その証拠に緊張感のある面もちで二人の兵士は代わる代わる質問を重ねた。何の目的でやってきたのか、たばかることは死罪だぞ、と。

 その剣幕に怯まずノアは凛と声を張った。


「我々はセシルブリュネ国主の命を受け、世界中の動物の保護と研究のために世界中の各国を回らせていただいてます」

「レッドエデンの者でないという証拠はあるか」


 レッドエデンとは確かアーサーとエドの向かった隣国だ。この者たちは真剣な表情でいったい隣国のなにを心配しているのだろう。


「証拠……」


 ノアが考えこむようにぽつりとつぶやいた。自分たちは身一つでこの国へ来たのだ。身分証明をする手段など持ち合わせてはいない。

 戸惑い黙りこんだ二人の目前に兵士が出してきたのは一枚の人物画だった。恐らくどこかの王族を象ったものだろう。


「これを破れ」


 兵士は誇り高ぶる表情で告げた。


「いいですよ」


 ノアはお安い御用と人物画を上部を持って縦に真っ二つに割き、あっさりと破り捨てた。


「いいだろう」


 心底満足したように、にやにやすると兵士はさらに問いかけた。


「セシルブリュネといったか。北の大国だな」


 ノアは「はい」と快活に返事をした。小気味いい返事をすることこそがノアの自慢の交渉術かもしれない。結果的にセシルブリュネも自分たちも騙されたのだ。まるで演劇の舞台俳優、相変わらずの役者ぶりに呆れてしまう。


「あの船舶は要塞に見えるがセシルブリュネにはあのような飛行機械があるのか。侵略しに来たのではないか」

「誉あるワイズポーシャに侵略行為だなんて滅相もない。その証拠に我々は武器を所持していません」


 ノアは身元を明かすように洋服をぱたぱたと広げた。


「世界を巡りましたが、ラマリエのこの地ほど生物種豊かで恵まれた土地はない。我が国はぜひこの神聖な大地で貴重な生物の学術体系を確立したいと考えています」


 難しすぎる言葉に相手は顔をしかめた。それを好機とさらにノアはまくし立てる。


「生物の遺伝子を解析し、生物分化の過程を調べることによって、この星の……」


 ノアが難解な言葉を重ね続けているとそれを兵士が大きな声で遮った。


「ああ、敵意がないことは分かった。だが、勝手にあのような物を乗りつけるのは許可できない」

「勿論です!」


 ノアは大袈裟に声を張りあげた。


「ラマリエ荒野はワイズポーシャの大切な国土。そこに生ける生物もまた国王陛下の物なのです。偉大なるワイズポーシャ国王にお目通りを願って、研究調査の許可を願いたく思います」


 そういってノアは手を差しだすと兵士たちの目前で金のコインを三枚小さくすりすりとスライドさせた。子どものウィーンでもその意味を理解した。賄賂なんて馬鹿げている、と思ったが兵士たちはそれを迷いもせず受け取った。彼らは辺りを気遣いながらそれをこっそり胸ポケットにしまう。


「城まで案内しよう。馬車に乗るが良い」


 2人は堂々と案内といわれて、近くの小さな建物の前に乗りつけた馬車に誘導された。馬車といわれてウィーンが思い浮かべたのはセシルブリュネで乗った品格ある王族用の馬車だったが、用意されたのはほとんど荷車といっていいような屋根の無い、箱乗りの簡素な馬車だった。 


 馬車で王城に向かいながらその一連の振る舞いと嘘を疑問に思っていたウィーンはノアへと耳打ちした。


「ねえ、もう動物たちは先に乗せているでしょう。許可取って無いのにいいのかな」

「ああ、小さなウィーン。キミは正直すぎる!」


 ノアの大声に兵士が視線を向けた。


「なにがあった」

「おしっこしたいそうです」


 まったくどうして次から次へ冗談を思いつくのだろうと思案しかけて彼の言葉を思いだす。



――大事なのは嘘とハッタリ。



 そうなのか、とがっくりうなだれつつ流れ過ぎていく町の景色に目を留めた。

 ウィーンが知っている国はセシルブリュネただ一つ。だから本を読むくせに、知識を深めるくせに、他国がどのような在り様か、そんなことさえも知らなかった。


 ワイズポーシャの町自体に決して文明が遅れているという印象はない。むしろ、建物なども立派で近代的、人々の身なりもすごく綺麗で文化水準は極めて高いと言えるだろう。

 でも、町中を歩く人はごく少ない。変わりに目立つ物がある。


 町中を歩く巡回兵の姿だ。


 町角、店先、通りの真ん中、至る所に兵士がいる。これじゃまるで――


「戦争している国みたいだ」


 ウィーンの率直な感想に、ノアは呆れたように空を見あげながら言葉を滑らせた。


「しているんだよ」


 ウィーンは言葉を飲んだ。ノアの言葉はひどく落ち着いて、その視線は珍しく冷めていた。


「セシルブリュネほど豊かで平穏な国はない。キミの生まれた国がいかに長閑で平穏だったか。しっかりと目に焼きつけておくんだよ、ウィーン。この国の現状を。神さまがどうして世界を滅ぼされるのか、この国を見ればそれがきっと分かる」


 馬車は石畳の静かな起伏を拾いながら、ワイズポーシャ城へと向かった。


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