13 剣閃の本気 圧倒の剣
◇
空気が、固まる。
皆殺し。あまりにも唐突で、物騒な言葉。
彼らは武装集団。僕らは無手の村人の集まり。
それは、あまりにもシャレにならない宣告だった。
村の村長がヨタヨタとそちらに歩いていく。
「……エト?」
知らず知らずのうちに、体が動いていたようだ。
アリアが袖をつかみ、それで止まる。心配そうな顔つきが見える。
「――村長が危険だ。僕も行く」
「……でも」
彼女がなにかを言おうとする。でも、結局なにも言わずに袖を離した。
僕は、前へ。村長の隣まで歩く。
――デュークレイトス。
初めて聞いた名前。だが知っている気がする。いや、僕にはわかっている。
この村の魔術師。そしてデュークレイトスの最初と最後の文字を取れば、簡単に答えにたどり着く。
――デュース。
彼は、優秀な魔術師だった。
そして、錬金術師でもある。
神聖国ユクシッド。そこは、錬金術師の人権がない国。創造するという行為は神にとっての反逆行為で、処罰すべき。しかし、わざわざ国の外まで追ってきたということは……それだけのことをデュースさんがしたということだ。数々の集落を滅ぼした罪人? バカな、濡れ衣か何かに決まっている。
僕は前方の騎士たちを眺める。
たしかに、それは高貴に見える。たしかなプライドを持っているように見える。
神聖国の騎士たち。
――しかし、彼らの国に、神はいない。
神がいるのは僕らの国だけだ。
神がいない、されど狂信的な信仰で、その空席を守り続ける、神聖国ユクシッドとは、そういう国だ。
神聖騎士団ユーシド。彼らは自らを聖騎士と呼ぶ。神のために異端を裁く、名誉の騎士と。
村長に追いつく。
「僕も行きますから」と村長に言う。
「そうか」と村長は震える声で言った。
老齢の彼は、とても、怯えている。
「おまえがここの長か?」
騎士団のリーダーがそう言った。
村長は頷く。
「異端者デュークレイトスを探している。白髭の魔術師だ。やつはわが騎士団の名誉にかけて、必ず殺さなければならない。協力してくれるな?」
村長は見るからに狼狽していた。
デュークレイトスという名がデュースと結びついているのか、いないのか、外から見ただけではわからない。だがともかく、村長はか細い声で「そんな名の者はおりません」と言った。
はあ、と騎士のリーダーは大きなため息。
「残念だな。やつがここにいるという証拠はある。もしかしたら今はここにいないのかもしれん。しかし、情報のひとつもないということはおまえたちは奴を庇っているということだ」
「その、わたしたちはただの村民で――」
「――ダメそうだな。やっぱり、か。おそらく洗脳されているのだろう。邪悪な魔術師め。もっとわれらが、早くつけばよかったが、こうなるとここにいる者は全員――粛清対象だ」
村長がぎょっと目を見開く。
そして、
そして、後ろから声が聞こえてきた。
無邪気な子供の声。
かっこいい騎士に憧れて、とことこと近づいてきた、幼い男の子。
「かっこいいー!」と、僕らの方へ。
母親は恐怖で動けないようだった。
「マイス」と息子の名前を呟く。
誰も、子供を止めなかった。止められなかった。
「皆殺し」と「粛清対象」という言葉が恐怖を煽り、張りつめた緊張感が、村人の足を縛り付けた。
子供は、その恐怖に満ちた空気を理解しなかった。理解できるほど、歳をとっていなかった。そして、運悪く、才能があった。子供は――疲れやすいが俊足でかけれるという能力があった。
だから誰も、子供を止められなかった。
子供が僕らから離れた騎士のひとりに近づき、その甲冑やらをぺたぺたと触り、感心している。
騎士のリーダーがふと呟いた。
「殺せ」
触られている騎士が剣を抜き放つ。
それをぼんやりと子供は眺めている。
――僕は。
迷って、しまった。
現実を、脳が受け入れられなくて。
まさか、ほんとに殺すのか? こんな子供を?
そもそも子供を助けに行ったら村長が危険になる。じゃあどちらの道を選んでも道はない。それなら――。
僕が動き出したのは、その騎士の剣が、振りかざされた後だった。
「やめ――」
血が、でる。
子供が倒れる。
驚いた表情をしながら。
僕は、子供を斬った騎士の腕を掴んでいた。
間に合わず、振りぬき終わった騎士の腕を、掴んでいた。
《――はじめてかもね。君がそんな感情を抱くのは》
剣を奪い取り、蹴り飛ばす――。
騎士は大きく吹っ飛び、どさりと地に倒れ伏した。
「なに?」とリーダーの声。村長がこちらに走ってくる。
僕は血が流れ続ける子供を村長に預けた。
目は開いていない。顔色はどんどん悪くなっていく。
「アリアのもとに」
短く呟くと、村長は力強くうなずいて走っていった。
胸に、死にかけた子供を抱えて。
「それで? お前はわれらに歯向かうというのだな?」
騎士のリーダーが僕の真横に迫っていた。
そいつは剣を振り上げ、まっすぐに振り下ろした。
奪った剣をくるりと回し、その一撃を受け止める。
そいつの目を見つめる。子供を殺せと、簡単に命じるような真似をしたやつ目を。
そいつは、怯えるように後ずさりをした。
《そうだ。その感情を覚えていた方がいい。君はもっと強くなれる》
剣をだらりとぶら下げ、敵の前へ。
目と鼻の先。拳の届く距離。
「――貴様! 小癪な!」
凍り付いていた恰好から反転。魔法が解けたかのように、怒りをあらわにしながら、目の前の敵が切りかかってきた。
そいつの剣を弾き飛ばす。
呆然としている顔面に拳を突き刺す。
敵のひとりが倒れ、三十余りの騎士たちが一斉に剣を抜いた。
子供を斬りつけた、殺人集団たちが、僕を睨みつけている。
《――殺してやりたいかい?》
大多数の雄たけびが鼓膜を震わす。
左右に散らばり、右から三人、真ん中に五人、左に三人。
「殺してやりたい」と僕は呟いた。
剣を、一振り。
走る一閃が、敵の武器をバラバラに。
同時に武器を失った騎士たちが後ずさる。
「下がれ!」と号令。
統率のとれた動きで騎士たちは道を開け、後衛である魔術師たちが一斉に魔法を放った。
雷撃、炎槍、氷刃。
それらの魔法はすべて僕の目の前で消えた。
僕に魔法は通用しない。
「こ、こいつ」
なんどもなんども撃たれ続ける魔法。
しかし、どれも届かず消えていく。
こいつらの魔法が村民を狙ったら面倒だと思った。
だからまず、魔術師たちを最優先で狙うべきだとは判断する。
足に力をこめ、解放。
何もかもを置き去りに、魔術師たちと僕の距離が、一気にゼロへと縮まる。騎士たちは反応できない。
悪あがきのように向かってくる杖を叩き落とし、剣の腹や柄で、確実に意識を奪っていく。
魔術師は所詮、後衛としての役割を持つ者たちだ。体術による反撃など子供のようで、ロープに身を包んだ人間たちの山を積み上げるのは、容易かった。
《なぜ殺さない? こんなやつら、死んでしまった方がいいのに》
『それは僕のやり方じゃない』
《また君のおじいちゃんか。ここまでくると洗脳に近いね》
『そうでもないよ』
すべての魔術師たちを片づけ、後ろに置いてきた騎士たちを睨む。
やつらは一瞬怯むも、感情を持たない兵器らしく、「かかれ!」という号令で躊躇なく向かってきた。
《全員殺さずに処理するつもりかい? まだ敵の数は二十を超えているのに?》
『なにを今更。わかってるくせに。こんなやつら、数が二倍でも三倍でも、いくら増えても変わらない。僕は無傷でこいつらを処理できる』
《じゃあ、村人たちの怒りはどうなる? 彼らは結束力が高い。子供を傷つけたこいつらをけっして許さないだろう。殺せ殺せと叫ぶだろう。そんな彼らを、君は止めるのかい? 彼らの怒りを受けてまで?》
『そうだ』
《バカげてる》
『そうかもしれない。でも僕はそうまでしてでも、立派なひとになりたいんだ』
人を殺すということ。
たぶん、僕にはできる。その確信がある。
だがそれは僕の生き方に背いてしまう。
殺さなければ生き残れないなら、僕は殺す方を選ぶだろう。
しかし、それほどの状況でないとき、簡単に制圧できるほどの力量があるとき、そんなときに『殺す』という手段を選んだら……それは、ただの虐殺だ。
僕の判断は偽善的か?
たぶん、そうなのだろう。しかし、虐殺はごめんだ。正義の名を振りかざして何人もの人を殺すのは、なんだかずるいことのように思える。
それに、
『おじいちゃんに言われた言葉。怒りに飲まれないように。誘惑に負けないように。自分を、誇れるように。三つの大事な言葉だ。この思いは植え付けられものだと、君はいうけれど』
《…………》
『僕はそうは思わない。今まで僕が人生を過ごしてきて、それでどうなりたいかを、僕自身が決めたんだ。おじいちゃんはきっかけだ。僕は、自分を立派なひとだと思いたいんだよ』
殺してやりたい、と先程僕は呟いていた。
それは、願望。
簡単に子供を斬りつけれるような最低なやつら、そんなやつら、生かす価値がないと思った。死んでしまうという結果が当然だと思ったし、それを自らの手で行いたいとさえも思った。
でも、それは怒りだ。感情論だ。
飲まれかけた。でも、おじいちゃんに送られた三つの言葉が、胸に焼き付いている。
欲望が身を焦がそうと、僕は誘惑に負けることはない。
騎士たちが僕を囲む。
距離を取って、ゆっくりと輪を小さくしていく。距離を詰めていく。
背後から気配。
集団戦として理にかなった動きだ。
けど、僕には通用しない。
相手の殺意と敵意を飲み込んで、僕の赤い気が発動する。
――第一破光・赤修羅の纏い。
それは、相手の挙動の意思を飲み込み、積み重ねた経験で対応する無限カウンター。
背後からくる攻撃をかわし、回し蹴りで沈める。
続々と四方八方から切りかかってくるも、剣を振るって制圧した。
彼らの鎧は砕け、武器を失い、腕の線が切れ、動かなくなる。
尻もちをつくものがあらわれる。
敵わないと知った目。
僕は、剣を振るう。
剣閃が光り、敵の装備が斬られ、壊れていく。
諦めの悪いやつもいた。悪には屈しないとでもいうかのような、殺されないことをいいようにずっと刃向かってくるやつら。
そういうやつらは直接意識を奪った。戦意が衰え、明らかに攻撃の苛烈さが落ちている敵の集団の中で、敵の意識を奪うのは、それほど難しくない。
そしてついに、僕に向かってくるものは誰もいなくなる。
僕は戦意を失ったり、倒れ伏しているそいつらを一瞥した。
僕は輪から抜けて騎士のリーダーのもとへ歩いていく。
誰も、止める者はいない。
騎士のリーダーの頭を蹴りつけて意識を戻させた。
ぼんやりと目が開き、そいつが僕を認識する。
「き、貴様ぁ!」
すぐに殴り掛かってきた。
それをバチンと腕ではじき、剣を一閃。
そいつの甲冑がバラバラ砕ける。
顔にいくつもの赤い剣筋が残る。
「……おま、え、」
「力の差がわかったかな?」
僕が一歩近づくと、そいつはよろけ、後ろ向きに倒れた。
そいつを見下ろす。できる限り冷酷に。
「こんなことして、ただで済むと思って――」
「――たしか、国境を越えるときに許されるのは百人までの武装集団だったか」
僕がさらに近づくと、そいつはわずかに悲鳴を漏らした。
「君らの部隊は三十人程度。それで、この結果か。僕は無傷で、おまえは這いつくばっている。おまえの部隊が誰一人として死んでいないのは、手加減したからだ。三十人でこの結果。なら、百人だったらどうなる?」
騎士のリーダーは震えている。
今は、威厳の欠片もなく。
「いくら来ようと同じこと。ただで済むかどうか? やってみるといい。百人優秀な戦士、ここによこしてみるといい。――今度は全員殺す」
本気の殺意をぶつける。
そいつの表情には恐怖の色が濃く浮かび上がっている。
長い沈黙。
「返事は?」と促すと、「わ、わかった。もうここにはこない」とそいつは言った。
僕は意識を失っていたり、武器が壊れている残りの騎士たちに顎を向ける。
「全員連れて帰ると言い。そして国には任務は失敗したと伝えろ。また村に兵士が来たら、その命はすべて無駄になると思え」
「……わかった」
騎士のリーダーは僕から決して目を離さないまま後退し、騎士団に撤退の命令を出す。意識を失った者を無理やり叩き起こし、引きずるようにして村の外へと向かった。
騎士たちは、敗走の帰路へ。




