─閑話─ アキラ、説教をする。
レッスンに来たのに、ニックったら遅いんだ。もう三十分以上待ってるのに来ないんだよ。あんだけサボるなって言って、一応は真面目に来てるってのにさ。
いちおうは。
ぷんすかしているとドアの開く音が。
「今日はどーしたの?」
ボクはちょっと声を落とした。怒ってるんだぞって態度を出した。
「いや、ちょっと」
って、照れ笑い。
あ~、変なもの見ちゃったよ~。
ボクはニックのはだけた胸を指さした。ちょうど鎖骨?のあたり。ねぇ、ちょっと、それってキスマーク?
ニックったらごまかし笑い。
「ねぇ」
ボクはレッスンを受けるようになってからのニックの行動に不満があると告げた。
あれだけボクに真面目に仕事に取り組めって言ってるくせに、自分は不真面目すぎない?
初日しかり。いつだったかは用があるって終わるの早めたら外にイケオジ待ってるし、今日はキスマークつけて遅れてくるし。
仕事の時だって好みのオジサン見つけたら猛アタックしてさ。
「ねぇ、寂しいの?惚れっぽいの?欲求不満なの?」
今日はボクがやり込める番だ。いつもニックに文句言われて負かされてるの、形勢逆転だい。
「いや、あの…」
ニック、たじたじ。
「今のニックを見たらエドワードさん、がっかりしちゃうよ。エドワードさんを好きだった自分を大切にしてよ」
それはそうなんだけど。って口ごもる。らしくない歯切れの悪さだね。
「エドワードが恋しいんだ。でも、もうどこにもいない。エドワードのいない家なんて……」
声がだんだん消えてった。それからちょっと切ない顔して、
「たった三年と少しだぜ。愛し合っていたのなんて」
悔しそうに眉をしかめた。
ん~。
それはそうなのかもしれないけどぉ……
「じゃあ、残りの十数年って何だったの?二人が暮らした日々って、愛と呼べるものではなかったの?」
ボクが言ったら、ニックがびっくりした顔で見つめてきた。
長い間があった。
あ?なんか悪い事言っちゃった?
なんで涙?いやいや、ボクは泣かせるようなこと言ってないよ。たぶんきっと、言ってない。…んだと思う。
ぎゅっと抱きしめて慰めたいけど、たぶんきっと見えちゃう。キミの過去。
「そう。だな。いつも仕事はサボりたがるし、突拍子もない事始めたり、女装のために女を追いかけたり、いい加減のちゃらんぽらんだけど、たまに核心突くよな」
「なにその言い方」
ぶぅっとふくれた。慰めにハグしてあげたいって思ったのにひどいやつ。
「ずっとエドワードに守られてきたの、忘れていたよ」
ニックは言った。
思い出した?
でしょ!
「親子のように過ごしてきたあの日々も、愛された日々だよな。そうだな」
だんだん独り言。
ねぇ、ボクはどうしても時々見えちゃうんだよ。キミを心配してる時にうっかり触っちゃったり、キミがボクに触れちゃう時とかさ。
でも、気付かないふりしてるんだ。キミのプライバシーだからね。
うん。それは断片的なものだけどさ。
もちろん見ちゃいけないって思うから、すぐに力はシャットダウンさせる。何を言っているかまでは分からない。
でもその時に見えるのって、エドワードさんのニックを見つめる優しい目や笑顔なんだ。
「六歳のあの時から、いつも一緒だったんだよな」
ニックが小さく笑った。
「オレンジ。エドワードが好きだったって、話したろ?」
うん。ボクは頷いた。
「エドワードの母親の出身がオレンジの産地だったんだ。そこでよく他所の畑からオレンジをくすねて食べてたって。証拠隠滅で皮ごと食べてたから、オレンジは皮ごと食べるに限るってさ」
言って、クスッと笑った。
「あの髭、果汁でベタベタにしてたんだぜ」
一緒に暮らし始めて間もない頃の事らしい。ニックが泣き笑い。
なんかすっごくダンディなのに、お茶目なおじ様だね。
「レッスン、始めようよ」
ボクは言った。
「なんかお前に説教されたら、今日はやる気なくなった」
肩をすくめて苦笑い。もぅ、なんだよぉ。いいけどさ。
「何か食いに行くか?」
「おりび庵の抹茶パンケーキ。全部乗せ!」
あのなぁって、苦笑された。これでも迷ったんだよ。
行こ行こ!気持ちの変わらないうちにね!って、ニックを外に追い出しながら言った。
うん。今日はいい日に違いない。
たぶんきっと。




