表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/7

第1話:毒と足跡

黒嶺こくれいの里を囲む原生林は、昼なお暗い。

大樹の根元、泥に塗れた草むらの中にイグニスは伏せていた。息を殺し、脈拍を落とし、ただ前方の一点を見つめている。

視線の先にあるのは、体長三メートルを超える巨躯を持った「剛角熊ごうかくぐま」の蠢きだった。その背には岩石のような甲殻が張り付き、額からは一本の太い角が伸びている。一撃で大木を薙ぎ払う膂力を持つ、この領域の主といっていい魔物だ。


今日で、追跡を始めて四日目が過ぎようとしていた。


正面から挑めば、黒嶺の熟練の戦士でも命を落とす。長男のアルスであれば大剣を構えて名乗りを上げるだろうし、次男のルシアンであれば複合術式で遠方から爆撃を試みるだろう。

だが、イグニスはそのどちらも選ばない。


初日、イグニスは剛角熊の縄張りを特定し、風下に潜んでその行動習慣を観察した。

二日目、熊が水浴びに訪れる渓流の上流に、遅効性の麻酔毒と内臓を苛む麻痺毒を混ぜ合わせた特殊な調合薬を僅かずつ流し込んだ。

三日目、毒の影響でわずかに足取りの重くなった熊の足跡を追い、眠りにつく洞窟の出口に幾重もの仕掛け縄と、刃を仕込んだ杭を設置した。


そして四日目の今。

毒はすでに巨躯の奥深くまで回り込んでいる。熊の呼吸は浅く、黄濁した瞳は焦点を結んでいない。それでも、手負いの獣の最後の暴れる力は、人間一人を容易に噛み砕く。


イグニスは緩やかに立ち上がった。足音はない。

腰の後ろから抜いたのは、飾りのない無骨な短刀が一本。


気配を察知した剛角熊が、濁った咆哮を上げようと顎を開く。

その瞬間、イグニスは前に出た。踏み込みの衝撃音すら殺した跳躍。

咆哮が空気を震わせるより速く、短刀の刃先が熊の開いた口内へ――舌の根元から脳幹へと向かって真っ直ぐに突き刺さる。


刃を捩ねり、一瞬で引き抜く。

剛角熊の巨躯が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。土煙が静かに舞い上がり、そのまま沈黙が訪れる。


イグニスは短刀の血を熊の毛皮で拭ぐい、鞘に収めた。タレ目がちな両目をさらに細め、長く息を吐き出す。

「……四日、か」


呟きは風に消えた。

イグニスは倒れた巨躯の手首を検分し、毒が肉全体に回る前に、手際よく特定の部位――高値で売れる胆嚢と、角の根元の魔導組織だけを正確に切り切り出した。肉を求めて他の肉食獣が集まるまでに与えられた時間は、長くて一刻。


泥を拭うこともなく、イグニスは切り取った部位を布に包むと、一度も後ろを振り返ることなく里への帰り道を歩み始めた。

30話?くらいにしたいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ