第10話 夏の終わり方を知らないまま
季節は、終わり方を教えてくれない。
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ただ少しずつ、気配だけを変えていく。
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あすかはそれを、九月中旬でようやく感じ取っていた。
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九月中旬。
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夜の空気に、わずかな乾きが混ざり始めている。
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湿度はまだ残っているが、確実に夏とは違っていた。
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「人生の交差点」
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夜。
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扉を開ける。
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カラン。
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マスターは軽くうなずく。
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「涼しくなってきたね」
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あすかは小さくうなずく。
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「はい」
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それだけだった。
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席に座る。
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グラスが置かれる。
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今日は穏やかな温度だった。
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強い主張のない、均された味。
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悠真は来ない。
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それはもう、思い出す必要すらない事実になっている。
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マスターは何も言わない。
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ただグラスを拭いている。
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その音は、いつもより少しだけ軽い。
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しばらくして扉が開く。
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カラン。
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朝比奈 恒一だった。
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彼は軽く会釈する。
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「こんばんは」
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あすかも返す。
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「こんばんは」
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そのやりとりは、もはや手順に近い。
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しかし今日は、朝比奈は少しだけ遅れて座った。
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一瞬だけ、扉の方を振り返る。
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そして、何も言わずに席につく。
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マスターがグラスを置く。
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朝比奈はそれを受け取り、静かに飲む。
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しばらくして、ふと口を開く。
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「夏って、長いですね」
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あすかは少し考える。
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「長いというより、終わるのが分かりにくいのかもしれません」
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それだけだった。
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会話は続かない。
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しかし今日は、その沈黙に少しだけ余裕があった。
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マスターは何も言わない。
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ただグラスを拭いている。
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時間が流れる。
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朝比奈は以前より、わずかに長くいる。
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だが距離は変わらない。
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関係は進んでいない。
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しかし、消えてもいない。
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その曖昧な状態が、続いている。
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やがて朝比奈が立ち上がる。
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「失礼します」
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軽く会釈する。
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扉へ向かう。
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カラン。
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音は変わらない。
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しかし、その後の静けさには少しだけ違いがあった。
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“続いているものがある静けさ”。
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あすかはグラスを見つめる。
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悠真はいない。
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その事実は、もう揺るがない。
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そしてその上に、
名前のない時間が積み重なっている。
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それは関係ではない。
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しかし、無関係でもなかった。
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夏は終わりに向かいながら、
静かに別の形へと変わっていた。
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あすかはまだ、その形に名前を持っていない。
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ただ、それを見ているだけだった。
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(第8章へ続く)




