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あすかの幸せについて  作者: こうた
第6章 寂しさを思い出す春

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第11話 返答のない場所

返答のない場所には、時間だけが積もっていく。



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言葉が返ってこないのではなく、


「返る前提」が少しずつ薄れていく。



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あすかはそれを、六月の後半で理解していた。



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六月下旬。



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季節は完全に夏へと移ろうとしている。



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空気は重く、夜も長く感じるようになった。



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「人生の交差点」



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夜。



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扉を開ける。



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カラン。



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マスターは軽くうなずく。



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「今日はいつもより遅いね」



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あすかは小さくうなずく。



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「少しだけ、寄り道しました」



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それだけだった。



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説明する必要はない。



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そして、説明されることも求められていない。



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席に座る。



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グラスが置かれる。



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今日は薄い味だった。



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薄さは軽さではなく、


“関係の反射がない状態”に近かった。



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悠真は来ない。



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連絡もない。



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それでもあすかは、まだそれを「空白」とは呼んでいない。



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ただの“状態”として受け止めている。



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マスターは何も言わない。



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ただグラスを拭いている。



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その動作が、少しだけ機械的に見える。



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あすかは視線を落とす。



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返答のない場所。



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そこには問いもない。



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だから答えも必要ない。



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ただ時間だけが通過していく。



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グラスを飲む。



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味はほとんど感じない。



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しかし、それでも飲むという行為だけが残っている。



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やがて店を出る時間になる。



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マスターは軽くうなずく。



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「もうすぐ夏だね」



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あすかは少しだけ笑う。



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「気づいたら、ですね」



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マスターはそれ以上言わない。



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外に出る。



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夜は重く、湿っている。



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空気がまとわりつくようだった。



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駅までの道を歩く。



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人は多い。



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誰も止まっていない。



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世界だけが先へ進んでいる。



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スマートフォンは鳴らない。



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それが“異常ではない状態”になっている。



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電車が来る。



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あすかは乗る。



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扉が閉まる。



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その瞬間、はっきりと分かる。



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この関係には、もう“やり取り”がほとんど残っていない。



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残っているのは、


かつての名残だけだった。



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窓の外に夜が流れる。



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あすかは思う。



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返答のない場所に立ち続けることは、


待つことではない。



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ただ、そこにいるということだった。



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そしてその状態が、


静かに日常になっていく。



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(第6章 第12話へ続く)

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