第11話 返答のない場所
返答のない場所には、時間だけが積もっていく。
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言葉が返ってこないのではなく、
「返る前提」が少しずつ薄れていく。
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あすかはそれを、六月の後半で理解していた。
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六月下旬。
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季節は完全に夏へと移ろうとしている。
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空気は重く、夜も長く感じるようになった。
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「人生の交差点」
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夜。
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扉を開ける。
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カラン。
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マスターは軽くうなずく。
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「今日はいつもより遅いね」
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あすかは小さくうなずく。
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「少しだけ、寄り道しました」
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それだけだった。
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説明する必要はない。
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そして、説明されることも求められていない。
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席に座る。
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グラスが置かれる。
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今日は薄い味だった。
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薄さは軽さではなく、
“関係の反射がない状態”に近かった。
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悠真は来ない。
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連絡もない。
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それでもあすかは、まだそれを「空白」とは呼んでいない。
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ただの“状態”として受け止めている。
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マスターは何も言わない。
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ただグラスを拭いている。
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その動作が、少しだけ機械的に見える。
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あすかは視線を落とす。
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返答のない場所。
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そこには問いもない。
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だから答えも必要ない。
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ただ時間だけが通過していく。
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グラスを飲む。
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味はほとんど感じない。
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しかし、それでも飲むという行為だけが残っている。
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やがて店を出る時間になる。
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マスターは軽くうなずく。
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「もうすぐ夏だね」
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あすかは少しだけ笑う。
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「気づいたら、ですね」
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マスターはそれ以上言わない。
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外に出る。
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夜は重く、湿っている。
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空気がまとわりつくようだった。
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駅までの道を歩く。
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人は多い。
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誰も止まっていない。
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世界だけが先へ進んでいる。
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スマートフォンは鳴らない。
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それが“異常ではない状態”になっている。
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電車が来る。
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あすかは乗る。
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扉が閉まる。
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その瞬間、はっきりと分かる。
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この関係には、もう“やり取り”がほとんど残っていない。
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残っているのは、
かつての名残だけだった。
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窓の外に夜が流れる。
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あすかは思う。
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返答のない場所に立ち続けることは、
待つことではない。
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ただ、そこにいるということだった。
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そしてその状態が、
静かに日常になっていく。
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(第6章 第12話へ続く)




