第4話 再会の前夜
再会の前夜は、静かに心を壊していく。
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何を準備しても足りない気がして、
何もしなくても不安が増える。
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あすかはその夜、何度も時計を見ていた。
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まだ会うのは明日だと分かっている。
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それでも落ち着かない。
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『じゃあ、会おう』
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その一文が頭の中で繰り返される。
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嬉しかった。
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間違いなく。
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でも同じくらい怖かった。
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会えば何かが変わる。
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その予感だけが強くなっていく。
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夜。
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部屋の明かりはつけたまま。
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あすかはベッドに座っていた。
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スマートフォンは手元にある。
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メッセージはそれ以上増えていない。
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当然だった。
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それなのに何度も開いてしまう。
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意味のない確認。
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それを繰り返す。
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「人生の交差点」
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その場所の空気を思い出す。
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マスターの言葉。
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「選べなかったことも選択だよ」
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あの時は理解したようで、
完全には分かっていなかった。
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今なら少し分かる気がする。
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選べないまま進んでしまうこと。
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それでも人生は進むこと。
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翌日。
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あすかはいつもより早く仕事を終えた。
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落ち着かないまま時間だけが過ぎていくのが嫌だった。
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夕方。
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駅へ向かう。
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空は薄く曇っている。
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秋の光は柔らかい。
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「人生の交差点」
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扉を開ける。
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カラン。
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マスターは一度だけ目を上げた。
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そしてすぐに小さく笑う。
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「今日だね」
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あすかはうなずく。
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「はい」
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席に座る。
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グラスが置かれる。
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いつもより少しだけ静かに感じる。
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悠真はまだ来ていない。
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時間はまだ少しある。
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それなのに胸が落ち着かない。
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マスターは何も聞かない。
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ただ言う。
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「今日はちゃんと向き合う日かもしれないね」
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あすかは言葉に詰まる。
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「向き合う……」
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その言葉が重い。
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向き合うということは、
避けてきたものを見ることだ。
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扉が開く。
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カラン。
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心臓が跳ねる。
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悠真だった。
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目が合う。
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少しだけ間がある。
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でも逸らさない。
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「お疲れ」
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「お疲れさまです」
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短い言葉。
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それでも今日のそれは、
今までと違って聞こえた。
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座る。
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沈黙。
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いつもより長い。
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でも不思議と怖くない。
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どこかで覚悟が決まっていた。
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悠真が言う。
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「久しぶりにちゃんと話せる気がする」
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あすかは小さくうなずく。
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「そうですね」
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会話はまだ始まっていない。
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でも終わりでもない。
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ただ境目にいる。
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その時間が静かに流れる。
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悠真が続ける。
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「正直、ずっと考えてた」
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あすかは息を止める。
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「このままでいいのかって」
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その言葉に胸が締め付けられる。
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やっぱり来た。
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でも逃げなかった。
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「俺もです」
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あすかはようやく言う。
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声は小さい。
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でも確かだった。
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沈黙。
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マスターはグラスを拭いている。
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まるで時間を止めているかのように。
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悠真は少しだけ笑う。
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「変だよな」
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「近いのに遠い」
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あすかは目を伏せる。
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その通りだった。
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近づこうとした結果、
距離が分からなくなった。
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悠真が言う。
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「明日、どこか行かない?」
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あすかは顔を上げる。
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その言葉は意外だった。
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終わりではなく、
続ける選択。
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少しだけ希望が生まれる。
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「はい」
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即答だった。
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その瞬間、
空気が少しだけ変わる。
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完全な解決ではない。
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でも止まっていたものが動き出した。
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店を出る。
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夜の空気は冷たい。
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でもさっきまでとは違う。
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二人は並んで歩く。
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少しだけ距離がある。
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でも今日はそれを怖いとは思わなかった。
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駅が見える。
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別れ際。
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悠真が言う。
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「明日、ちゃんと話そう」
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あすかはうなずく。
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「はい」
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それだけだった。
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改札を抜ける背中を見送る。
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あすかは思う。
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再会の前夜は終わった。
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そして明日、
この曖昧だった関係に、
初めて名前がつくかもしれない。
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秋の夜風が少し強くなる。
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季節は進んでいる。
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そして物語もまた、
止まらずに進もうとしていた。
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第4章 第5話「言葉になる瞬間」へ続く




