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あすかの幸せについて  作者: こうた
第3章 何より暑い夏

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第2話 近づくほど見えてくるもの

人は遠くにいる相手を美化する。


そして近づくほど、本当の姿が見えてくる。



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夏の始まりだった。



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あの日、初めて昼に会ってから二週間。



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あすかと悠真は何度か連絡を取り合うようになっていた。



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毎日ではない。



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おはようも、おやすみもない。



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けれど仕事帰りに、


『今日は暑かったですね』


『そっちはどうでした?』


そんな短いやり取りが続いていた。



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その距離感が心地よかった。



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無理をしていない。



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でも確かに繋がっている。



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それが嬉しかった。



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会社の昼休み。



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スマートフォンが震える。



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悠真からだった。



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『今日、店行く?』



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その一文だけ。



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あすかは思わず笑ってしまう。



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最近増えた癖だった。



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悠真から連絡が来ると、


少しだけ口元が緩む。



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『行きます』



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送信する。



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数秒後。



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『じゃあ俺も』



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短い返事。



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それだけで午後の仕事が少し楽になる。



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我ながら単純だと思った。



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夜。



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「人生の交差点」



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扉を開く。



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カラン。



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「いらっしゃい」



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マスターの声。



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悠真はまだ来ていなかった。



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最近は店で会うことが少し減った。



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店の外で会うようになったからだ。



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それでも、


この場所は特別だった。



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二人が始まった場所だから。



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グラスが置かれる。



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マスターが少し笑う。



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「顔が変わったね」



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「最近そればっかり言いますね」



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「事実だから」



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あすかは苦笑する。



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否定できなかった。



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昔より笑うようになった。



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それは自分でも分かる。



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扉が開く。



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カラン。



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悠真だった。



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「お疲れ」



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「お疲れさまです」



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自然な会話。



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自然な笑顔。



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でも今日は少し違った。



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悠真の表情が少し疲れて見える。



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席に座る。



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「仕事、大変だった?」



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あすかが聞く。



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悠真は苦笑した。



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「まあね」



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短い返事。



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その一瞬で分かる。



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今日は何かある。



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以前なら気づかなかったかもしれない。



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でも今は分かる。



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少しずつ相手を知ってきたから。



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会話が進む。



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でも悠真はどこか上の空だった。



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そして不意に言った。



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「俺さ」



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少し間が空く。



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「仕事辞めるかもしれない」



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あすかは驚いた。



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「え?」



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初めて聞く話だった。



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悠真はグラスを見る。



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「前から考えてたんだ」



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静かな声だった。



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「今の仕事、嫌いじゃない。でも好きでもない」



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その言葉に迷いが滲んでいた。



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「別のことやりたい気持ちもある」



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あすかは黙る。



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こういう話をされるとは思わなかった。



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今までの会話より、


ずっと深い場所だった。



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「不安じゃないですか」



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ようやく出た言葉。



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悠真は笑う。



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「めちゃくちゃ不安」



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その正直さが悠真らしかった。



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「でもさ」



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悠真は続ける。



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「このまま何十年も後悔する方が怖い」



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その言葉に、


あすかは何も返せなくなる。



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後悔。



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それは自分もよく知っている感情だった。



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人と距離を取ったこと。



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逃げたこと。



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踏み出せなかったこと。



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そんな過去を思い出す。



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「すごいですね」



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あすかは言う。



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「何が?」



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「ちゃんと前に進もうとしてる」



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悠真は少し笑った。



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「全然すごくない」



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そして続ける。



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「怖いから誰かに話したかっただけ」



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その言葉に、


あすかの胸が少し熱くなる。



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自分に話してくれた。



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それが嬉しかった。



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同時に責任も感じた。



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近づくということは、


相手の不安も見えるということだ。



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楽しいことだけじゃない。



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弱さも。



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迷いも。



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全部見えてくる。



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それが少し怖い。



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でも、


それが本当の関係なのかもしれない。



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帰り道。



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店を出たあと、


二人は駅まで歩いた。



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夏の夜風。



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まだ少しだけ涼しい。



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「話してくれてありがとう」



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あすかは言った。



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悠真は少し驚いた顔をする。



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「うん」



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そして小さく笑った。



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「聞いてくれてありがとう」



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その言葉が胸に残る。



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駅が見えてくる。



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別れる時間。



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少しだけ寂しい。



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その感情を、


もうあすかは隠せなくなっていた。



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近づくほど見えてくるものがある。



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優しさ。



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弱さ。



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不安。



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そして、


その全部を知りたいと思う気持ち。



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ホームへ向かう悠真の背中を見ながら、


あすかは静かに思った。



---


自分はもう、


この人の幸せを願い始めているのかもしれない、と。



---


第3章 第3話「知らなかった過去」へ続く

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