第2話 近づくほど見えてくるもの
人は遠くにいる相手を美化する。
そして近づくほど、本当の姿が見えてくる。
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夏の始まりだった。
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あの日、初めて昼に会ってから二週間。
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あすかと悠真は何度か連絡を取り合うようになっていた。
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毎日ではない。
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おはようも、おやすみもない。
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けれど仕事帰りに、
『今日は暑かったですね』
『そっちはどうでした?』
そんな短いやり取りが続いていた。
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その距離感が心地よかった。
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無理をしていない。
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でも確かに繋がっている。
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それが嬉しかった。
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会社の昼休み。
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スマートフォンが震える。
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悠真からだった。
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『今日、店行く?』
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その一文だけ。
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あすかは思わず笑ってしまう。
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最近増えた癖だった。
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悠真から連絡が来ると、
少しだけ口元が緩む。
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『行きます』
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送信する。
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数秒後。
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『じゃあ俺も』
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短い返事。
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それだけで午後の仕事が少し楽になる。
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我ながら単純だと思った。
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夜。
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「人生の交差点」
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扉を開く。
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カラン。
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「いらっしゃい」
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マスターの声。
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悠真はまだ来ていなかった。
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最近は店で会うことが少し減った。
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店の外で会うようになったからだ。
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それでも、
この場所は特別だった。
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二人が始まった場所だから。
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グラスが置かれる。
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マスターが少し笑う。
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「顔が変わったね」
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「最近そればっかり言いますね」
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「事実だから」
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あすかは苦笑する。
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否定できなかった。
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昔より笑うようになった。
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それは自分でも分かる。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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「お疲れ」
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「お疲れさまです」
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自然な会話。
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自然な笑顔。
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でも今日は少し違った。
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悠真の表情が少し疲れて見える。
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席に座る。
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「仕事、大変だった?」
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あすかが聞く。
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悠真は苦笑した。
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「まあね」
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短い返事。
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その一瞬で分かる。
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今日は何かある。
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以前なら気づかなかったかもしれない。
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でも今は分かる。
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少しずつ相手を知ってきたから。
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会話が進む。
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でも悠真はどこか上の空だった。
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そして不意に言った。
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「俺さ」
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少し間が空く。
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「仕事辞めるかもしれない」
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あすかは驚いた。
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「え?」
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初めて聞く話だった。
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悠真はグラスを見る。
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「前から考えてたんだ」
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静かな声だった。
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「今の仕事、嫌いじゃない。でも好きでもない」
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その言葉に迷いが滲んでいた。
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「別のことやりたい気持ちもある」
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あすかは黙る。
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こういう話をされるとは思わなかった。
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今までの会話より、
ずっと深い場所だった。
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「不安じゃないですか」
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ようやく出た言葉。
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悠真は笑う。
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「めちゃくちゃ不安」
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その正直さが悠真らしかった。
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「でもさ」
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悠真は続ける。
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「このまま何十年も後悔する方が怖い」
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その言葉に、
あすかは何も返せなくなる。
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後悔。
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それは自分もよく知っている感情だった。
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人と距離を取ったこと。
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逃げたこと。
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踏み出せなかったこと。
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そんな過去を思い出す。
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「すごいですね」
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あすかは言う。
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「何が?」
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「ちゃんと前に進もうとしてる」
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悠真は少し笑った。
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「全然すごくない」
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そして続ける。
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「怖いから誰かに話したかっただけ」
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その言葉に、
あすかの胸が少し熱くなる。
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自分に話してくれた。
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それが嬉しかった。
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同時に責任も感じた。
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近づくということは、
相手の不安も見えるということだ。
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楽しいことだけじゃない。
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弱さも。
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迷いも。
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全部見えてくる。
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それが少し怖い。
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でも、
それが本当の関係なのかもしれない。
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帰り道。
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店を出たあと、
二人は駅まで歩いた。
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夏の夜風。
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まだ少しだけ涼しい。
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「話してくれてありがとう」
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あすかは言った。
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悠真は少し驚いた顔をする。
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「うん」
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そして小さく笑った。
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「聞いてくれてありがとう」
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その言葉が胸に残る。
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駅が見えてくる。
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別れる時間。
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少しだけ寂しい。
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その感情を、
もうあすかは隠せなくなっていた。
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近づくほど見えてくるものがある。
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優しさ。
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弱さ。
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不安。
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そして、
その全部を知りたいと思う気持ち。
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ホームへ向かう悠真の背中を見ながら、
あすかは静かに思った。
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自分はもう、
この人の幸せを願い始めているのかもしれない、と。
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第3章 第3話「知らなかった過去」へ続く




