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あすかの幸せについて  作者: こうた
第3章 何より暑い夏

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第1話 初めて昼に会う日

人は不思議なもので、


夜にしか会ったことがない相手を昼に見ると、別人のように感じることがある。



---


待ち合わせの日の朝。


あすかは目覚まし時計が鳴る前に起きてしまった。



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時計を見る。


午前六時十二分。



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待ち合わせは午後一時。



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まだ何時間もある。



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それなのに眠れない。



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天井を見上げながら苦笑する。



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三十歳を過ぎてから、こんな気持ちになるとは思わなかった。



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学生時代の遠足の前日みたいだ。



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いや。



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もっと落ち着かない。



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遠足は失敗しても笑い話になる。



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でも今日は違う。



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今日を境に何かが変わるかもしれない。



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そんな予感がある。



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スマートフォンを見る。



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昨夜、悠真から届いたメッセージ。



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『明日、よろしく』



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たったそれだけ。



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たったそれだけなのに、


何度も読み返してしまった。



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自分でも呆れる。



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午前十一時。



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服を選ぶ。



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クローゼットの前で立ち尽くす。



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普段なら五分で終わる作業。



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今日は三十分経っても終わらない。



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派手すぎるのは嫌だ。



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でも地味すぎるのも嫌だ。



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頑張ったと思われたくない。



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でも適当に見られたくもない。



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面倒くさい。



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そう思いながら、


結局いつもより少しだけ明るい色の服を選んだ。



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鏡を見る。



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悪くない。



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そう思う。



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駅前に着く。



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待ち合わせの十分前。



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あすかは少し早く来すぎたことを後悔する。



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緊張する時間が長くなるからだ。



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周囲を見る。



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休日の街。



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家族連れ。



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買い物帰りの人。



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学生たち。



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平日の夜とはまるで違う世界。



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そして、その中に悠真がいた。



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「おはよう」



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その声に振り向く。



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あすかは一瞬だけ言葉を失った。



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見慣れたはずの顔。



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なのに全然違う。



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夜のバーで見る悠真ではない。



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太陽の下にいる悠真だった。



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「おはようございます」



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なんとか答える。



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悠真が少し笑う。



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「緊張してる?」



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「してません」



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即答する。



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「してるじゃん」



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図星だった。



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二人で歩き始める。



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最初は少しぎこちない。



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夜の店では自然に話せたのに、


昼の街では妙に照れる。



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不思議だった。



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「昼に会うと変な感じですね」



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あすかが言う。



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「俺も思った」



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悠真は笑う。



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「別人みたい」



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「それ、失礼じゃないですか」



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「褒めてる」



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「本当に?」



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「本当に」



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そんな会話をしているうちに、


少しずつ緊張がほぐれていく。



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昼食を食べる。



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カフェに入る。



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コーヒーを飲む。



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店を出る。



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ただそれだけのこと。



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特別なことは何もない。



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でも。



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不思議なくらい楽しい。



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会話が途切れても苦しくない。



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沈黙があっても焦らない。



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それは安心だった。



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夕方。



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公園のベンチに座る。



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風が吹く。



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木々が揺れる。



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空は青い。



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悠真が言う。



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「なんか安心した」



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「何がですか」



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「店の外でも同じだったから」



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あすかは少しだけ笑う。



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実は自分も同じことを思っていた。



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店という特別な場所がなくなったら、


何かが壊れる気がしていた。



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でも違った。



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二人の会話は、


場所が変わっても続いていた。



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それが嬉しい。



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「私も少し安心しました」



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そう言う。



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悠真は驚いた顔をする。



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「珍しい」



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「何がですか」



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「そういうこと素直に言うの」



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あすかは少しだけ恥ずかしくなる。



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でも否定はしなかった。



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以前なら絶対に言えなかった。



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変わったのかもしれない。



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少しだけ。



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夕焼けが見える。



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空が赤く染まる。



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その光景を見ながら、


あすかはふと思う。



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春は終わった。



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でも終わったからこそ、


今ここにいる。



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もし春のままだったら、


きっと今日の約束はなかった。



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季節が進むように、


人の関係も進む。



---


戻ることはできない。



---


だからこそ価値がある。



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帰り道。



---


駅の改札前。



---


「今日はありがとう」



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悠真が言う。



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「こちらこそ」



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少しだけ沈黙。



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そして悠真が笑う。



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「また会おう」



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あすかも笑う。



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今度は迷わなかった。



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「はい」



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その返事は、


春の頃よりずっと自然だった。



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二人は別々のホームへ向かう。



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振り返らない。



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でも心は少しだけ軽かった。



---


こうして、


二人の最初の夏が始まった。



---


そしてこの夏は、


これまでの穏やかな時間とは違う顔を見せ始める。



---


まだ誰も気づいていない。



---


幸せは、


手に入れるよりも、


守るほうがずっと難しいということに。



---


第3章 第2話「近づくほど見えてくるもの」へ続く

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