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あすかの幸せについて  作者: こうた
最終章 あすかの幸せについて

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141/141

あすかの幸せについて

時間は、何もなかったかのように進む。



---


でも人の中だけは、


確かに何かを積み重ねていく。



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数年後。



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春。



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桜がゆっくりと風に舞っている。



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あすかは「人生の交差点」のカウンターに立っていた。



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変わらない場所。



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変わらない光。



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でも、少しだけ違う。



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左手の薬指には、


小さな指輪がある。



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---


扉が開く。



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カラン。



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あすかは顔を上げる。



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朝比奈だった。



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もう驚きはない。



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ただ、自然に微笑む。



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「おかえり」



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朝比奈は少しだけ笑う。



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「ただいま」



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それは、特別なやり取りではない。



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でも、かつてのあすかには存在しなかった言葉だった。



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朝比奈は席に座る。



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あすかはグラスを置く。



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いつものように。



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沈黙。



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でもそこに不安はない。



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朝比奈が言う。



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「ここ、変わらないですね」



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あすかは少し笑う。



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「変わらないようにしてます」



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朝比奈も笑う。



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「いいですね」



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静かな時間。



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外では桜が散っている。



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でも店の中は変わらない。



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あすかはふと思う。



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幸せは、


どこかに向かって到達するものだと思っていた。



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でも違った。



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戻ってこられる場所だった。



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朝比奈が言う。



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「幸せですか」



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少しだけ間。



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あすかは外を見る。



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桜が舞っている。



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風が通る。



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そして静かに言う。



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「うん」



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「幸せ」



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その言葉に迷いはない。



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過去のあすかなら、


きっと少し考えていた。



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でも今は違う。



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これは、


確かな実感だった。



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朝比奈は少しだけ笑う。



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「良かったです」



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あすかも笑う。



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長い沈黙でも、


重い沈黙でもない。



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ただ、満たされた時間。



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あすかは思う。



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失ったものはある。



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戻らなかったものもある。



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それでも。



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今ここにあるものは、


確かに“幸せ”と呼べる。



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そしてそれは、


誰かに与えられたものではない。



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自分で歩いてきた結果だった。



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あすかはグラスを置く。



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そして小さく息を吐く。



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人生は続く。



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でももう怖くない。



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ここがあるから。



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カラン。



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扉が開く音。



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日常が続いていく音。



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あすかは思う。



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これが、私の幸せについての答えだ。



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そして物語は、


静かに続いていく。



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---


(完)

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