あすかの幸せについて
時間は、何もなかったかのように進む。
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でも人の中だけは、
確かに何かを積み重ねていく。
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数年後。
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春。
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桜がゆっくりと風に舞っている。
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あすかは「人生の交差点」のカウンターに立っていた。
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変わらない場所。
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変わらない光。
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でも、少しだけ違う。
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左手の薬指には、
小さな指輪がある。
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扉が開く。
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カラン。
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あすかは顔を上げる。
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朝比奈だった。
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もう驚きはない。
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ただ、自然に微笑む。
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「おかえり」
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朝比奈は少しだけ笑う。
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「ただいま」
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それは、特別なやり取りではない。
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でも、かつてのあすかには存在しなかった言葉だった。
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朝比奈は席に座る。
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あすかはグラスを置く。
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いつものように。
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沈黙。
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でもそこに不安はない。
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朝比奈が言う。
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「ここ、変わらないですね」
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あすかは少し笑う。
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「変わらないようにしてます」
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朝比奈も笑う。
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「いいですね」
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静かな時間。
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外では桜が散っている。
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でも店の中は変わらない。
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あすかはふと思う。
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幸せは、
どこかに向かって到達するものだと思っていた。
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でも違った。
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戻ってこられる場所だった。
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朝比奈が言う。
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「幸せですか」
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少しだけ間。
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あすかは外を見る。
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桜が舞っている。
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風が通る。
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そして静かに言う。
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「うん」
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「幸せ」
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その言葉に迷いはない。
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過去のあすかなら、
きっと少し考えていた。
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でも今は違う。
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これは、
確かな実感だった。
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朝比奈は少しだけ笑う。
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「良かったです」
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あすかも笑う。
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長い沈黙でも、
重い沈黙でもない。
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ただ、満たされた時間。
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あすかは思う。
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失ったものはある。
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戻らなかったものもある。
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それでも。
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今ここにあるものは、
確かに“幸せ”と呼べる。
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そしてそれは、
誰かに与えられたものではない。
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自分で歩いてきた結果だった。
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あすかはグラスを置く。
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そして小さく息を吐く。
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人生は続く。
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でももう怖くない。
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ここがあるから。
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カラン。
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扉が開く音。
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日常が続いていく音。
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あすかは思う。
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これが、私の幸せについての答えだ。
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そして物語は、
静かに続いていく。
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(完)




