第3話 距離の揺れ
距離は、物理的なものではない。
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近くにいるかどうかではなく、
どれだけ“同じ側にいると感じるか”で決まる。
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十二月下旬。
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年末の空気はさらに濃くなっていた。
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「人生の交差点」。
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カラン。
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扉が開く。
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あすかは顔を上げる。
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朝比奈だった。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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短い挨拶。
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それだけで夜は始まる。
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しかしこの日は、
いつもと少しだけ違っていた。
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朝比奈の歩幅がわずかに遅い。
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席につくまでの動作に、
小さな迷いのような間がある。
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あすかはそれを見ている。
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気づいている。
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しかし言葉にしない。
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朝比奈は席に座る。
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グラスが置かれる。
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沈黙。
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いつも通りのはずの沈黙。
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しかし今日は、
少しだけ重心がずれている。
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あすかは思う。
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距離が変わったわけではない。
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位置も同じ。
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時間も同じ。
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それでも、
何かが微妙に違う。
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朝比奈が本を開く。
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その動作はいつも通り。
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しかしあすかの目には、
少しだけ慎重に見える。
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理由は分からない。
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ただ“いつも通り”が少しだけ揺れている。
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やがて朝比奈が言う。
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「年末、少し予定が変わりそうで」
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あすかは顔を上げる。
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「そうなんですね」
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「はい。少しだけ」
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その“少しだけ”が、
妙に残る。
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あすかは思う。
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関係の中に、
説明されない変化が混ざり始めている。
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それは悪いことではない。
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しかし安心でもない。
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ただ揺れている。
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その揺れが、
見えない場所で続いている。
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沈黙が戻る。
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以前なら安定だった時間。
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今は少しだけ違う。
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沈黙の中に、
微細な緊張が混ざっている。
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あすかはグラスを持つ。
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氷が静かに鳴る。
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その音が、
やけに遠く感じる。
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朝比奈は窓の外を見る。
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あすかも同じ方向を見る。
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しかし視線は重ならない。
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同じ空間にいるのに、
わずかにずれている。
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そのズレに、
理由はない。
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ただ存在しているだけ。
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やがて朝比奈が言う。
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「そろそろ帰ります」
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あすかは少しだけ間を置く。
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「お疲れさまです」
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朝比奈は軽く会釈する。
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扉へ向かう。
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カラン。
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扉が閉まる。
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静寂。
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しかしその静寂は、
以前よりも輪郭が曖昧だった。
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あすかはグラスを見つめる。
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関係は続いている。
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それでも、
どこかでわずかにズレ始めている。
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それは崩壊ではない。
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もっと曖昧なものだった。
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「変わり始めている」という事実だけが、
静かにそこにある。
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あすかはゆっくり息を吐く。
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そして思う。
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このまま同じ形では、
いられないのかもしれない。
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(第10章 第4話へ続く)




