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あすかの幸せについて  作者: こうた
第10章 定義の圧力

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第3話 距離の揺れ

距離は、物理的なものではない。



---


近くにいるかどうかではなく、


どれだけ“同じ側にいると感じるか”で決まる。



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十二月下旬。



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年末の空気はさらに濃くなっていた。



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「人生の交差点」。



---


カラン。



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扉が開く。



---


あすかは顔を上げる。



---


朝比奈だった。



---


「こんばんは」



---


「こんばんは」



---


短い挨拶。



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それだけで夜は始まる。



---


しかしこの日は、


いつもと少しだけ違っていた。



---


朝比奈の歩幅がわずかに遅い。



---


席につくまでの動作に、


小さな迷いのような間がある。



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あすかはそれを見ている。



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気づいている。



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しかし言葉にしない。



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朝比奈は席に座る。



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グラスが置かれる。



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沈黙。



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いつも通りのはずの沈黙。



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しかし今日は、


少しだけ重心がずれている。



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あすかは思う。



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距離が変わったわけではない。



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位置も同じ。



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時間も同じ。



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それでも、


何かが微妙に違う。



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朝比奈が本を開く。



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その動作はいつも通り。



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しかしあすかの目には、


少しだけ慎重に見える。



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理由は分からない。



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ただ“いつも通り”が少しだけ揺れている。



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やがて朝比奈が言う。



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「年末、少し予定が変わりそうで」



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あすかは顔を上げる。



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「そうなんですね」



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「はい。少しだけ」



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その“少しだけ”が、


妙に残る。



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あすかは思う。



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関係の中に、


説明されない変化が混ざり始めている。



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それは悪いことではない。



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しかし安心でもない。



---


ただ揺れている。



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その揺れが、


見えない場所で続いている。



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沈黙が戻る。



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以前なら安定だった時間。



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今は少しだけ違う。



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沈黙の中に、


微細な緊張が混ざっている。



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あすかはグラスを持つ。



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氷が静かに鳴る。



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その音が、


やけに遠く感じる。



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朝比奈は窓の外を見る。



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あすかも同じ方向を見る。



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しかし視線は重ならない。



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同じ空間にいるのに、


わずかにずれている。



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そのズレに、


理由はない。



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ただ存在しているだけ。



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やがて朝比奈が言う。



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「そろそろ帰ります」



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あすかは少しだけ間を置く。



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「お疲れさまです」



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朝比奈は軽く会釈する。



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扉へ向かう。



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カラン。



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扉が閉まる。



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静寂。



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しかしその静寂は、


以前よりも輪郭が曖昧だった。



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あすかはグラスを見つめる。



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関係は続いている。



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それでも、


どこかでわずかにズレ始めている。



---


それは崩壊ではない。



---


もっと曖昧なものだった。



---


「変わり始めている」という事実だけが、


静かにそこにある。



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あすかはゆっくり息を吐く。



---


そして思う。



---


このまま同じ形では、


いられないのかもしれない。



---


(第10章 第4話へ続く)

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