9:バカなの?
「なんなんだ、アイツは!」
レオは馬車に乗るなり、吐き捨てるように言った。
あのあと、無言でくるりと踵を返したレオは、私の手を繋いだまま、主催者のエレン様にご挨拶もせず、門番だけに帰る旨を伝えてそのまま王宮の馬車に乗り込んだ。
私を連れたまま。
「アイツに何をされた?」
隣に座ってるのに、繋がれたままの手をグイっと引き寄せられて胸板にボスンと頭が当たってしまった。
「アイツに、どこを触られた?」
下から見上げたら、いつになく真剣で怖い顔になってる。いつもはキラキラしい新緑の瞳が、深く冷たい炎を宿している。
「手を……、繋がれて、それ、だけよ……」
さっき、紫色のモヤがかかっていた指先はすっかり普通に戻ってる。
「お前、自分がちょっと毛色が違うことを理解しろよ?」
「なっ……!なにそれ!私が悪いとでも言うの!?」
カチンと来た。
「無理矢理連れ回してくるのはレオじゃない!」
「じゃあ、お前、俺がお前のいない所で他の女と一緒にいてもいいのか?」
は?
何言ってんの?
それをレオが言うの、おかしくない?
「言ってる意味がわからない。じゃあもう私を連れて行かないで!」
レオが無表情になった。
でも、レオも悪い。私が毎回どんな気持ちでいるかなんて、知らないくせに!
グイっと胸元から離れる。すぐさま向かいの座席に座って後ろの御者席の小窓に向かって叫んだ。
「降りるから、止まって!」
馬車の速度が落ちてくる。
「止まるな。王宮まで急げ」
こうなると、御者はもちろん私の言うことなんて聞いてくれるわけがない。
「フィオ」
ため息まじりに呼ばれた。
黄緑の瞳がじっとこっちを見ている。
昔からあの色に弱い。思わず目を反らした。
「レオが……、夜会だのお茶会だの行きたくないのは、分かってる。けど、私を連れて行く意味ある?」
「ある」
即答された。
「虫除けってわけ?」
「違う」
「じゃあ、何よ……」
言いかけてレオを見たら、真剣な眼差しで私を見ている。
その瞳の奥に熱が揺らめいているように見えて、直視できなくった。
「フィオ、こっち向けよ」
そう言って、顎に手をかけられてグイっと向き合わされる。
もう!気軽に触ってこないでよ!
さっきから我慢してたのに、その綺麗な顔と直接対決して勝てるわけない。
自分の顔が真っ赤になってることはわかってた。
くやしい。
レオは満足そうに甘く微笑んだ。
「真っ赤になってるぞ」
「う、うるさいな!」
「そういう所は、かわいい」
この!
意地悪!
絶対、からかって遊んでる。
*****
見識を広げるため、と王族だけど寄宿学校に入るのは、陛下が決めたこと。上2人も12~15歳の4年間入っていた同じ学校にレオも入学していた。
行く前は、やんちゃですぐムキになる簡単な男の子、って思ってたのに、帰ってきたらスラリと伸びた身長とともに、落ち着いた青年になっていた。と、同時にたまに何かを見透かすように目をすがめて私を見たり、上から目線でからかってきたりするようになった。
*****
こういう、甘い言葉や態度だって、絶対学校でモテてモテて身に付いたんだわ!
現に、行きたくないといいつつ参加する夜会やお茶会で、群がってくる令嬢達の扱いの上手いこと!上手いこと!
それにいちいちドキドキしてたら、こっちの身が持たないのよ。
顎の手がついっと頬に動いたとき、コココッとドアがノックされた。
馬車はいつの間にか止まっていたようで、ドアの向こうから情けなさそうな声がした。
「でんか~、また私を置いていきましたね~」
アランの声だった。
てっきり、私と行くから納得して付いてこなかったのかと思ってた。
「いいですか?開けますよ?」
そう聞こえて、あわてて頬の手を叩き落とした。
そこには恨めしそうな顔をした、ヒョロリと線の細い男性が立っていた。
「フィオレンツィア様、わざわざお越し致き恐縮です」
どっちかっていうと、無理矢理連れて来られたんだけどね……。
「フィオ、お茶入れてくれ」
レオが先に降りながら行った。
「はあ?たった今お茶会してきたでしょ!?」
いつものように私をスルリとエスコートして、馬車から降ろしてくれた。
「あんな所でおちおち茶なんか飲めるか!」
そう言って、王宮の奥にでん!と建っている王族専用邸に向かって行ってしまった。
「申し訳ありません。フィオレンツィア様」
「なんでアランが謝るのよ」
レオと知り合った頃からアランとも知り合いなので、気兼ねがない。対してアランは従者としての態度を崩したことはなかった。
「実は殿下、お茶はフィオレンツィア様の入れたお茶以外口にしないのです」
は?
バカなの?
「おそらく、今日のパーティーでもお茶はもとより、食べ物も口にされていないかと……」
パティシエ渾身の新作ケーキ、めちゃおいしかったのに!?
「す……、水分補給はどうしてるの?」
「もっぱら水か酒ですかね」
バカなの?
*****
お茶会に出席してきたハズなのに、またお茶を飲む羽目になった。
「はい、どうぞ。言っとくけど、フツーだからね」
そう言ってソファーに深く座ってるレオの前に、湯気の上がる紅茶をサーブした。
後ろに控えているレオ専属の侍女は、いつも私がいると私がお茶を入れることを分かっていて、手を出さない。
あんまり若い侍女だと色々あるから、とベテラン侍女がレオ専属なのだが、まさか私がいない時までお茶を入れていないなんて思ってなかった。
サーブされたそれを、レオは綺麗な所作でクイッと飲んで、カップの中を見ながらフワリと微笑んだ。
「うん。やっぱりフィオのが一番美味しい」
その表情があんまりにも穏やかで綺麗だったので、つい見とれてしまった。
つい、と視線を上げたレオが私の顔を見て、ニヤリと笑った。
「見とれてた?」
反論しようとした、その時ドアがノックされて廊下からアランが言った。
「レオンハルト殿下、客人でございます」
「客人?誰だ?約束はしていないぞ」
入室の許可も出してないのにガチャリと開いたドアから入ってきたのは、先ほど会ったばかりの目の覚めるようなブルーのドレスを着た夫人だった。