10:求婚
「一旦、王都に戻る?」
下働きの格好が全然似合ってないハヤテが、シンに聞き返した。
宿屋の食堂で、上手く追手をかわしたもののまだ安心は出来ない。
シン達も同じ宿に泊まることになって、夜、私の部屋で皆で作戦会議をしていた。
「先ほど偵察から帰ってきたゲンタ達の情報じゃあ、王都に繋がる主要な街道には、公にはされてないがそれとなく役人や軍人が配置されていて、出入りをチェックしているらしい」
「戻りづらいんじゃないの?」
首だけひねって聞いてみた。
着ている踊り子の衣装を、衣装係りのマキノが直してくれてて、着ながら寸法を見ている途中。袖は長かったのに、スカートの裾が短い。こんな、膝を出したことない。マキノに布を足してもらうようにお願いしたのに「ダメです。踊り子ならこのくらい出します」と断られた。
「そこだよ。多分、まだ時間がそんなに経ってないから、入る方より出ていく方を重点的にチェックしていると思うんだ。今なら王都に戻れる」
「そしたら今度は王都から出られなくなるんじゃ?」
私が言いたいことをハヤテが言ってくれた。
「この際だから、王都の教会で結婚式を上げようか。アオイ?」
美しく整った、けれど妖艶な微笑みでシンは私に向かって言った。
ハヤテと私以外の部屋にいる団員全員が「うんうん」と頷いてる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「アオイ様、どういうことですか!?」
ハヤテと私の声が被る。
「もちろん、アオイと結婚したらこの一座は解散する。他にも諜報部隊はいるからね。キクノスケにも国に定住するよう勧められていたし、そうなったら仕事も振ってくれるようなこと言われてるしね」
「お兄様が?」
こともなげにシンは言ってのけたけど、シン率いるこの10数名の旅芸人を装った集団は、実は華旺国の諜報部隊の筆頭なのだ。それを、やめるって……。
ハッと気づけば横からの視線が痛い。
「お嬢?俺は何も聞いてないのですが?」
あまり感情を表に出さないハヤテが、珍しく不機嫌な顔で言った。
「あ……、えっと、シンからは……、えー、だいぶ前、昔?から、それとなーく求婚?されててー……」
*****
華旺国には、王家を四つの有力豪商が支えている形で政治が成り立っている。
シンはその筆頭を勤めるタチバナ家の長男だ。
とはいえ、正妻の子ではないので相続権はない。弟のまーくん……、マナトが継ぐことになっている。
しかも、シンの母親アマーリア様は華旺国にとっては外国人。その見た目をそのまんま受け継いだシンは、実力もあって年頃になると諜報部隊として諸国を廻ることになった。
旅芸人の一座を結成して、旅に出る前に言われたのだ。
「アオイ。君が姫だから、とかではなく、幼い頃から好きだった。今すぐじゃなくていい。僕との将来を考えてもらえる?」
その頃には私はもうレオと出会ってて、既にレオのことを意識し始めてた。
それだけじゃないけど、答えを躊躇した。
シンのことは物心付いたときからいる、お兄ちゃんの1人だと思ってたから―――
それからは、王都にあるタウンハウスをメインの住居としている私が、たまに領地に行くと、どこから知るのかシンはフラリとやってきては、珍しい手土産や旅先での話しをしてくれた。
そういえば、来る時はお土産話や故郷の話ばかりで、改めて口説かれたりしなかった。
リンやハヤテには同郷の知り合いが訪ねてきた……くらいにしか思ってなかったのかも知れない。
たから、忘れてたわけじゃないけど、シンに求婚されてることをあまり意識してなかった。
*****
「ハヤテの言うように、戻ったらしばらくは王都から出にくくなるだろう。でも、そこが盲点だ。出入りのチェックをしてる、ということは既に王都内はあらかた捜索済みだと言うことだ。捜索は外に向けられている。現にここまで軍が来た。今なら王都の方が安全だ」
さすがにキクノスケ兄さんに認められるだけの実力の持ち主のシンは、情報から状況をすばやく分析してみせた。
「でもすでに王都を捜索済みって、早くないですか?」
マキノが口にまち針を加えて作業しながらモゴモゴ言った。
「レオンハルト殿下の魔法かな?」
チラリとシンが私を見た。
レオは国内外には、特にこれと言った特技のない王子だと思われている。
でも実は違う。幼い頃にはコントロール出来なかった膨大な量の魔力を、今の彼はなんなく扱える。
去年、西側の海に面した地方でおきた魔物の大襲撃も、この冬に山岳地方でおきた雪崩被害の救助も、軍では処理しきれない案件に密かに活躍しているのはレオだ。
でもそれは公にはされてはいない。
なので、何も言えない私を見てシンは言った。
「まったく、王都なんて広範囲に捜索魔法を瞬時にかけられるなんて、嫌な奴だね」
「で?ほとぼりが覚めた頃、王都を出て華旺国を目指す、と?」
言ったハヤテに向かってシンは頷いた。
「アンタの目的は本当にそれ?」
ハヤテが、らしからぬ不遜な態度で聞いた。
フフっとシンが笑った。
「さすが、トウドウ兄妹。昼間の妹の判断も早かった」
「質問に答えろ」
「まだ、見たことないんだよね。この国の王子様をさ」
シンの、私にはたまにしか見せないほの暗い裏の部分。多分、諜報活動中には発揮されているだろうそれを今、全面に出してきた。
ヒュッと、隣のハヤテが息を吸う。
私には向けられていない殺気を、ハヤテは受けていることは分かった。
「アオイ?妻になるなら俺の全てを知っておいてもらいたいんだけど」
「えっ……」
聞き返した瞬間には、ドン!という衝撃音と共に隣にいたはずのハヤテが両手を前にクロスさせた防御の体制で壁に張り付いていた。
「ぐっ……、は」
全然見えなかった。
シンが放った魔法でハヤテがぶっとんだ……ということは状況では分かったけど。
「シン!やめて!」
「あーあ、団長、本気出して大人げない……」
私の焦った声と、団員達の呆れた声とか同時に出た。
「好きな女の隣にいっつも張り付いてる野郎がいるなんて、嫉妬して当然だろう?」
嫉妬!
嫉妬でこれ!?
「アオイ、君がレオンハルト殿下に懸想してることは知ってる」
「!」
「でも諦める気はないよ。アチラには色々と都合があるだろうし」
意味深に言うシンをジロリと見る。
「意地悪。どうせ、知ってるんでしょ」
国の諜報部隊だ。それくらいとっくに調べ済みなんでしょうよ。
レオに婚約者が出来たことを。
「俺にとっては僥倖。でも、1度くらいは殿下の顔を拝見しといてもいいかな、と思って」
「それで、王都に戻ると?お嬢の気持ちを考えろ!」
ちょっと復活したハヤテが吠えた。
今まで口を出してこなかった団員達が、なぜか諦め顔で言った。
「ハヤテさん、申し訳ないけど無理無理。団長、こうって決めたらブレないから」
「そーっす。昔からアオイ様がいかにかわいいか俺らに吹聴しまくってて」
「うんうん。そんな団長がやっとの思いでアオイ様を捕まえられるチャンスをみすみす逃すはずない」
「しかも、この人すんごい粘着でっせ?アオイ様がお小さい頃から、ずーっと片思いですよ?拗らせまくってますよ?」
「アオイ様がレオンハルト殿下を意識しだした、と知った時の団長はそれはもう……」
とたんに皆が目線を合わせて顔色を悪くし出した。
―――なんだか、あんまり聞きたくなかったような気がする情報を聞かされた……。
っていうか、私の気持ちまで駄々漏れなんですけど。どうやって調べたのよ。
「そんな、嫉妬深くて粘着で初恋拗らせまくりの俺を選んでくれないかな?アオイ?」
言ってることはものすごく幼稚で自分本位なのに、キラキラした美しいご尊顔で、満面の笑みを浮かべながら言うギャップが酷い。
いつの間にか近づいていたシンが、フワリと抱き締めてきた。周りに団員がいてもおかまいなしだ。
「大丈夫。ちゃんと殿下のことを忘れるくらい愛してあげるから」
耳元でこんな美形にそんなこと言われたら、好きとか関係なく真っ赤になるに決まってる。




