参
「ねぇ、澪。最近、下着が大人っぽくなってきてない?」
渚は澪のブラを片付けながら、ぽつりと思ったことを投げかけた。
「えぇ〜。そんなこと無いと思うけどなぁ〜〜。お姉ちゃんの気のせいじゃないかな?」
(そんなはず無いわ。だって、なんていうか、なんていうかぁ〜〜!!)
一人、悶々としている渚を見て澪は首をかしげながらパジャマを折りたたんでいる。
確かに渚の言うように澪の趣向は以前とは違い、大人っぽくなっていていた。
以前の澪の下着は水玉模様やワンポイントのリボンが付いた、可愛らしいと形容するのが正しいものが多い、というかほとんどがそうであった。
しかし今渚が折りたたんでいるものを始め、澪の趣向は大きく変わり始めていた。
色彩は白色や水色、ピンクなど以前と変わりないが、レースやフリルをあしらったものが多い。
渚は次に手をとったショーツを見て、口をパクパクさせながら赤面してしまった。
それはあてがう部分が普段のものより半分ほど少ないもので、渚はぎこちなく首を回した。
「……ねぇ、澪。この、ショーツ、どうしたの、のか、な?」
「ん?あぁ、それ。可愛いでしょ?この前、友達と一緒にお揃いで買ったんだ。」
えへへ、と澪はそれを見ながら上機嫌で渚を見ている。
(確かに、可愛いけれど、……でもこれはいくらなんでも澪には早すぎるんじゃないかな。)
それはブラとショーツがそろっていて、確かに可愛いものだった。
でも問題はたくさん使われたレースではなく、それの色だった。
黒色なのだ。
そしてなによりも前面のホック部分が少し透けているのだ。
赤面しつつも渚は急な妹の変化を自分なりに考えてみる。
白く長い指を顎に添えて、しばらくの間黙考する。
(いきなりどうしちゃったんだろう………。ついこの間まで興味なさ気だったのに……。)
渚が考え込んでいる間も澪は気にした様子も大してなくペースが変わることなく黙々と続いている。
そして、澪がお気に入りであるカンガルーのヌイグルミ、カンガルー君一号をそれ専用のバックに詰め終えたとき、渚が高らかと『犯人はお前だ!』と指差して宣言した。
「ずばり!お姉ちゃん探偵西明寺さんはとうとう真相をつきとめてしまいました。」
澪はあっけらかんと『そうなんですかー。』と聞き流して作業をそのまま続ける。
だがそれを気にした様子もなく、気持ちよさそうに更に続けていく。
「犯人はまだ見たこともないイケメン研修医さんだったのです。」
その言葉に今度は澪が不自然にギギギと渚そっくりに首を回しながらその渚を見ている。
「ど、ど、ど、どうして、…そんな言っしゃりしゅるの、きゃなぁ?!」
かみまくりだった。
それもとてつもなくかみまくっている澪を見て渚は楽しげに笑う。
「名探偵である私にはそんなこと考えなくても口から勝手に出てくるのだよ、ミオトソン君。」
「それってただ単に口が軽いだけだと私は思うんだけど、間違っていないよね?」
不思議そうに聞いてくる澪の言葉を聞き流しながら、渚は追撃を続ける。
「被告である西園寺 澪殿は研修医くんの診察するとき下着が見えてしまうことに気が付いた被告は急に子供っぽく見える下着がいやになったので、共犯をお友達である祥ちゃんに依頼した、そうですね。」
澪の驚く顔を見逃さなかった渚は続けて口を開く。
「そして澪ちゃんは原告である研修医くんに大人っぽく見えるようにするため反抗に及んだ、ということがこの事件の真の事実だったのです。」
(お姉ちゃん探偵は強いのです。正義なのです。悪は必ず滅ぶ運命にあるのです。)
一通り捲くし立てることに満足した渚はハフゥと幸せそうに笑ってから作業に取り掛かり直した。
「誰が悪なのよ!第一、お姉ちゃんにだって……」
澪が『お姉ちゃんにだって漣くんがいるでしょ!』と言おうとする前にドアが開いた。
「では、原告である僕からもいくつか質問があるのですがお姉ちゃん探偵さんに質問をしてもよろしいでしょうか?」
二人とも慌ててドアの方に顔を向けると青年が話しかけながら微笑んでいた。
そして二人とも顔を赤くさせながらあたふたと意味もないジェスチャーを繰り返していた。
それを見た青年はもう一度微笑んでから二人の下へゆっくりと歩いてきた。
「澪ちゃんはこんにちは、だね。お姉さん探偵さんにはとりあえず初めまして、と挨拶をしておきましょうかね。」
(澪が下着を新しくする理由わかっちゃうかもしれない……)
柔和な笑みを浮かべる青年は確かにかっこよかった、それもかなり。
白地のカッターシャツにスカイブルーのネクタイ、紺色のスラックスを一寸の隙もなく着こなしている。
その上に白衣を羽織っており、ポケットからは黒・赤・青の三色のボールペンが見える。
首からは聴診器をぶら下げ、漆黒の革靴が歩くたびに視界の端で存在感を見せる。左手にはグレーのボードのようなものを抱えている。
栗色に一滴ほど紅を混ぜたような髪が軽やかに跳ねている。
中性的、というよりも若干女性寄りの顔に、消えてしまいそうなほど薄い線のライン。
見える手は余計なものだの何一つつけておらず、肌は大理石に溶け込んでしまいそうなほど白い。
渚の隣を過ぎる瞬間にはココナッツ独特の甘い香りが鼻腔をくすぐった。
香りは全てを包み込むかのように優しく、暖かかった。
澪と何か言葉を交わしているその声色は涼しげに聞こえる。
「渚ちゃん、すこしお話したいことがあるのですが、少々お時間を頂けないでしょうか?」
いきなり話しかけられた渚は何と無く澪を見てみる。
澪は右手の親指と人差し指で円を作りながら渚に笑いかけた。
「わかりました。あまりお時間は取れませんけど。」
「大丈夫ですよ。お話と言ってもそれほどお手間をかけるつもりはありませんから。」
柔和な笑みをもう一度浮かべて、澪に軽く手を振るとドアを引きながら渚を促した。
しばらく病院内を歩き回った。
この研修医さんは人気があるらしく看護婦さんだけではなく、患者さんからも声をかけられており渚は安堵感に包まれていった。
研修医は第三研究室と書かれたプレートの部屋で止まるとキーカードを通してから部屋に入るように促す。
中はブラインドの隙間から漏れる日の光だけが照らしている。
「あの、すみま……」
『すみません。』と言おうとする渚の手を何かがつかんだ。
渚が恐る恐るそのさきを辿っていくとそれは研修医の右手だった。
不安に感じた渚は手を振り解こうとしたが、さらに力を加えられ叶わなかった。
(逃げないと!)
本能的に危険を感じ取った渚は周りを見渡そうと周囲に眼を配る。
何かが渚の顎を掴み、視界が無理矢理上に向けられていく。
渚が次に見たのは歪み上がった口元だった。
そして鋭い眼光が渚を貫いた。
「妹を助けたいのなら俺の彼女になれ。」
渚は言葉の意味を理解することが出来なかった。