第四十七話 「ヌクレヴァータの戦い・後」
ちょっとがんばりました^^(主に更新ペース的な意味で)
アリエン・ワーデルガー視点
戦術も戦略もまったく必要なかった。
僕だけでなくサイレン将軍や参謀部、作戦計画部まで駆り出されて、十五万イダヴェル軍のあちこちで発生する局地戦についてほとんど場当たり的な指示を出す。
敵に明確な意思はない。
何せ人ではなく、食人鬼なのだ。
ヌクレヴァータの四方の門が閉ざされ、それが再び開いた時には食人鬼の群れがいたという。
兄上の報告によると門外の風景が事前情報と一致しないで密林になっていたという。
これもまさか魔術なんだろうか。
今やバルディスの王都には百や二百では到底きかないほどの食人鬼が入り込んでいる。
本来討伐にあたっては食人鬼の十倍の兵数、充分な武器があれば対抗できるといわれているが、不意を衝かれたり心の準備もないままに食人鬼に襲われ、仲間が生きたまま食べられる光景を目にしてしまっては士気なんか保てるわけはないと思う。
肝心の王城も正面で防衛にあたっていたのは決死隊というか囮だったらしく全滅する前に降伏してきた。
案の定玉座も宝物庫も空で、この戦いの前のどれだけの期間をかけて準備してきたのか不思議になってしまう。
目的の王はいない。
めぼしい戦果もない。
僅かに残された金目の物を漁っていたら食人鬼に襲われる。
これで戦意を維持できるほうがおかしい。
この王都はやはり巨大な罠だった。
考えてみればおかしかった。
普通戦争というものは、敵の戦力を発見し、倒して本拠地に迫るものだ。
でもこの戦いでは戦闘自体はほぼ無いといってよく、僕たちはただバルディスの広大な国土をろくに補給もないまま、細かく戦力を削られつつまっすぐにこの王都を目指すしかなかった。
敵らしい敵がいないのだ。
本拠地を目指す以外の方法はない。
今から考えれば、軍を分けて主だった諸侯の拠点を攻めた方がよかったかもしれない。
しかしその時バルディスがこのように王都に全軍を集結させていたら、数で劣勢なまま攻めなければならず、下手をすると分割したイダヴェル軍を各個撃破されていたかもしれない。
どちらにしろ難しい。
攻める側の有利は攻める場所と攻める時期を自由に決められることが一番なのだけれど、今回のように王都に攻撃目標を限定されて、準備を入念にされたとすると有利なんてどこにもない。
補給、地の利、防御側の有利とすべて相手に分がある。
戦術でひっくり返そうにも、相手にはあのエルフの騎士がいる。
戦略がマズかったんだと思う。コルベイン戦が少数を踏み潰すような戦いだったからとはいえ常にそういくとは限らない。
外交、偵察、その他の工作があってはじめて軍を動かすべきだ。
僕はブルブルと頭を振った。
きっとこのワケのわからない状況で考えることを拒否しているんだ。
だから今考えるべきでないことを考えてしまう。
今、どうするべきか。
勝利する。
何に対して?食人鬼に対して?
そこに意味はない。戦って生き抜くだけだ。
しかも敵は四方の城門から次々と湧いてくるように現れているという報告もあり、単なる消耗戦で食人鬼を殲滅する目処が立たない。
では脱出する。
王都から。
この場合はイダヴェルの敗退を意味することになる。
それは最高責任者のウォーレンナック大将軍の判断が必要だ。
ここで踏みとどまって食人鬼を全滅させて、その後で敵を追撃して王を捕らえるまたは居所を聞き出して捕まえに行くのか。
今僕達が戦っているのはあくまでも食人鬼であって、バルディス軍ではない。
王を捕らえに行くならば、バルディス軍も相手にしなくてはいけない。
それとも敗北を受け入れて王都から撤退し、イダヴェルへと戻るのか。
それによってこの場の動きも変わる。
味方が寸断され混乱している状況を収拾するまでは同じだが、勝つのならば効果的に食人鬼を狩りつつ出現地点と思われる城門を押さえて、迎撃する態勢を整えて敵が見えなくなるまで倒し続けるか。
負けるのならば、味方を密集させて戦闘範囲を圧縮し、防御を密にしながら脱出経路を探る。
ここまでの報告では、城門の外はおそらく異界だ。
少なくとも通常のヌクレヴァータの城外とは違う場所に魔術で繋げられている。
つまり城門からは脱出できない。
城壁に上る細い通路が発見されたが、そこを抜けて城壁に上った兵はあっというまに無数の矢を射込まれたそうだ。
到底馬も通れない細い通路を一人ずつ通っても、待ち構えた敵に狙われ、運よく生き残っても城壁から降りる手段がない。
飛び降りれば大怪我するだろうし、奇跡的に無事で済んでも、敵前から徒歩で逃げられるわけもない。
しかし、城壁から上ればそこは異界ではないらしい。
食人鬼の巣と繋げられているのは城門だけなのだ。
恐ろしい魔術でヌクレヴァータ自体が遠くの密林の中へ飛んでいってしまったわけじゃない。
小さいけれどそれだけが唯一の希望だ。
脱出すれば逃げられるチャンスもある。
「ウォーレンナック大将軍」
僕はサイレン将軍に付き添っていただいて、大将軍のもとへ向かった。
大将軍はあちらこちらを縦横に駆け回り、食人鬼を一刀のもとに切り伏せておられた。
人馬と食人鬼の返り血を拭う間もなく真っ赤に染まり、凄惨な有様だった。
「無事か、アリエン」
「大将軍こそご無理をなさっておられませんか?」
「ふふ、童に案じられるようでは我もいよいよ焼きが回ったか。で、どのような話だ」
「はい……」
僕は言いよどんだ。無敗の大将軍に敗北を認めさせることができるのか、自信がなかったんだ。
サイレン将軍が僕の肩に手を置いて「わたしが言おうか」と目でおっしゃる。
でもこれはせっかく信頼してくださった大将軍に報いるために僕が言わなくちゃいけない。
僕は首を横にふると、大将軍に申し上げた。
「大将軍はこの戦に勝つおつもりですか?負けるおつもりですか?」
大将軍は強い眼で僕を睨んだ。
「負けるつもりで戦をする者がおるものか」
でも発せられた言葉は怒声ではない。僕の考えを聞いてくださるのだ。
「お叱りを承知で申し上げます。この戦に最早勝ちはありません」
「……続けよ」
「はい。王都に王はおらず、敵は損害軽微です。現在我々の損害も大きくはありませんが、時とともに増えると思われます。食人鬼の囲みを破り、邪悪な魔術を打ち破り、バルディス軍を破り、王を捕らえ、マガニアに進軍するという目的を達することは不可能になっていると思われます。目的を達せられないことは即ち敗北でございます」
「……ではぬしならばどう上手く負けるのか」
さすがは大将軍だった。僕の意図をすぐに汲んでくださった。
「はい。エルフの仕掛けた魔術によって食人鬼は底なしに呼び出されております。城門とどこかを結ぶ魔術であると思われます。この魔術を打ち破ってやれば恐らくは元通りの街道に通じると思われ、その上で敵包囲網を一点突破し撤退するのが良いでしょう」
「恐らく、では困るぞ?」
「魔術については疎いので。申し訳ございません」
「ふむ。城門には魔法陣が描かれていたそうだな。薄汚い食人鬼どもを狩り尽くして、その魔法陣を壊してやればいいわけか」
「はい。全軍を編成しなおして…南門へ集中させ最短距離で突破をはかるべきかと」
「よし!メニヒの負け戦とくとみせてやろうぞ!」
参謀部が召集され、細かい陣形が考えられた。
四方からやってくる敵に対し、南門へ偏向するため前衛を大きく二つに分け、激戦になると思われる後背の守りに七割を、前方は大将軍が直率し突貫部隊の後方に守備的兵力を置いた。
それでも陣形を再編した時点で数千の兵が犠牲になっていた。
負傷者もほぼ同数出ており、そのくせ食人鬼の数は杳として知れないといった具合だった。
いつ終わるとも知れない戦いに兵の士気は非常に下がっており、撤退のことは伏せられていた。
あくまでも状況打破のため食人鬼と敵の囲みを破り、態勢を整えるといった内容で伝えられていた。
はっきりとした目的と大将軍らが先陣で食人鬼次々を屠る様に、士気はやや回復しているようだった。
その代わり困難な撤退戦を強いられる後方では徐々に被害が増えており、最終的な死傷者はどれくらいになるのかはあまり考えたくなかった。
それでも永遠とも思える数時間の戦闘の末、僕達はようやく南門にたどり着いた。
門からはまだ食人鬼が湧き出してきているが、大将軍たちが速やかに倒していく。
後方は扇形に陣形を組みなおし、重厚な防御陣を敷いて耐えようという構えだ。
「破城槌部隊前へ!」
太い丸太を吊るした櫓が押し出されていく。
これは本来、門扉の合わせ目に向かって振るわれるものだが、今回は開け放たれた門に向かってそれぞれ左右で使われる。
魔法陣の描かれた扉を物理的に壊して、魔術を止めようということだ。
そうすれば街道へ戻ることが出来て、敵の囲みの薄い厚いに関わらず、あとは突破して離脱するしかない。
突破力を考えるならきっとバルディスの包囲を破れるはずだ。
敵の状況を見て、追撃を防ぐために逆撃をかけてから撤退するという選択肢もある。
一矢報いるということだ。
「食人鬼を近づけるな!」
「破城槌部隊急げよー!後が全部丸かじりされちまうぞ!」
決して楽ではない状況だが、みんなの声や表情に少し明るさが戻っている。
きっと「今よりはまし」なことになりそうな予感に少し前向きさが出ているのかもしれない。
考えてみれば、国境を越えてからずっといい報せがないままだった。
今は最悪だ。
もうこれ以上は悪くならないだろう。
エルフの騎士は凄い。ここまで士気を挫いて、ほとんど損害らしい損害を出さないままにイダヴェルを撤退させるのだ。
憎らしいとは思うが、素直に尊敬の念が湧き上がっていた。
違和感がした。
はじめは眩暈が起こっているのかと思った。
違う。
目の前の光景がゆらめいている。
正確にはその一部、城門の周辺が揺らめいているのだ。
眼をこらして見つめていると、揺らめいていた風景がやがてはっきりとする。
そこは荒涼たる原野だった。
見慣れない風景。
おそらく時限式の魔術かなにかで、密林に繋がっていた城門は違う場所に繋ぎなおされたのだ。
どういうつもりだ?
ただ確実に言えるのは……
「全員警戒してください!なにか来ます!」
思わず大声が出た。
その声に呼応するかのようにそれは現れた。
大きな城門の影から巨大な両目と耳まで裂けた口が覗く。
「ひっ!」
誰かの小さな悲鳴が聞こえた。
窮屈そうに城門をくぐったそれは、両脚を踏ん張って伸び上がるとこちらを見下ろして食人鬼に数倍する咆哮をあげた。
「ぎゃおおおおおおう!」
その声に呆然としていた兵が我に帰る。
「か、火竜だ!」
最悪はこれからなのか……?
リュタン・シーリア視点
わたしの使った魔術でたくさんの人が死んでいく。
なんどもなんどもメルレン様はわたしに確認した。
「リュタンさん、魔術は基本的には戦いの道具です。剣や弓矢と変わりません。わたしはあなたを人殺しの所業へと導こうとしています。あなたにはそれを拒否して大賢者殿のもとへと帰る自由があります。ここで戦いに身を投じればあなたは人殺しの業から逃れられなくなります。それでもあなたは魔術を使いますか?」
人殺しはイヤ。
でもメルレン様はあの日から魔術を使うことを避けてきたわたしに魔術を使えるようにしてくれた。
理由はわからない。
優しかったり、厳しかったり、面倒くさそうだったお師匠様と違って、メルレン様はわたしが魔術師という個性から逃げ出せないことを教えてくれた。
魔術も上手だ。すぐに制御が利かなくなるわたしの術をうまく同調してくれる。
同調しているときはとっても気持ちいい。メルレン様に包まれてるみたいな感じがする。
今日の魔術はあまり難しくない。
難しいところはお師匠様が全部やってある。
空間と空間をつなぐ魔術で、本当は繋ぐ場所同士をよく調べてその場所に宿る魔力や精霊の声を考えて細かく術を編まないと、すぐに壊れてしまう。
でもお師匠様はそういう手順を魔法陣で省くのがとても得意。
あらかじめ調べた内容をもとに、とても効率のいい魔法陣を作ってあった。
城門に描かれた魔法陣と、材料につかったたくさんの魔術に馴染む木。
わたしとメルレン様はできあがった器を少し傾けてやるように押すだけで、魔術はあっけなく発動した。
城壁を超えて戦いの音、悲鳴、血の臭いがここまで届いてくる。
わたしは滅入りそうになる気持ちを抑えて、メルレン様と魔術を続ける。
頃合だという合図をメルレン様がされたので、「空間」の繋ぎ先を変えたのだ。
説明はされていた。
繋いだ先は「忘却の荒野」。
古代魔法王国の遺跡が点在し、恐るべき怪物がたくさんいる所。
その中でも最悪の陸棲怪物の一つに数えられる火竜の巣に空間は繋がれた。
火竜は一言で言うと飛べないドラゴンだ。
翼はついているのだが、退化している。
知能も低く「竜語魔術」と呼ばれる独自の魔術も使えない。
しかし大きさはドラゴンと遜色なく、性質は凶暴、共食いするほど食欲は旺盛で、力はドラゴンより強い。
そしてその名の示す通り炎の息を吐く。
ドラゴンとの最大の違いは、ドラゴンが孤独を好むのに対して、群れを作る習性があり、大きい群れは数十頭の火竜がいるそうだ。
古代魔法王国の残留魔力に捕われているのか、普段は決して「忘却の荒野」を出てくることはない。
一頭倒すのだって厳しい。
群れに出会うなんて考えたくもない。
でもそんな状況をわたしの魔術が作り出している。
……わたしはわたしの意思で魔術を使って人をいっぱい殺している。
覚悟して戦っているんだ。
自分で言い聞かせるように何度も心の中で繰り返す。
わたしはいつの間にか自分の眼から涙が零れ続けていることに気がついた。
ハンス・フルーエ・ワーデルガー視点
大将軍お一人がどれほど奮戦されても、十五頭の火竜を相手取れるわけはない。
陣形は引き裂かれ、火竜に焼かれる者、食人鬼に食いちぎられる者、十五万イダヴェル軍は逃げ惑う餌でしかなかった。
いや、血脂と内臓で滑る足元には踏み場もない仲間の遺体。
見回せば仲間だったものの切れ端。
これは明らかに戦場ではない。
単なる殺戮の場だ。
火竜を前にして人は普通どういう対応をするのか。
隠れる、逃げる。このどちらかだ。
忘却の荒野に近い、例えばドロームンの辺境では稀に火竜が迷い込むことがある。
この時はヒヤルランディのドラゴンハンターや国軍が出動し、著名な魔術師が高い報酬によって呼ばれ、大騒動の末狩られる、もしくは荒野へと追い返される。
群れごと相手にした話はあまり聞かないが、遠巻きにしていればやがて荒野へと戻っていくのでいらぬ刺激を避けることも多い。
こんな至近距離で人間と群れが相対することなど、少なくともわたしは聞いたことが無い。
よって有効な対抗手段もない。
死者はもう一万を超えるかもしれない。怪我人ならばそれに数倍する。
そして何より士気も戦意も保てない。
状況を打破する手段が皆目見当がつかない。
そんな中、大将軍は戦鬼というべき働きを見せておられた。
火竜の火炎を剣風で弾き飛ばし、巨人族すら叩き潰す威力のある尾の一撃をいなし、踏み潰そうとする動きを俊敏にかわす。
実に三頭もの火竜を相手取って、まったく遅れを取らない。
しかしそれまでなのだ。
大将軍はなるべくご自分に注意をひきつけようと、派手な動きと立ち回りで火竜の攻撃をさばいておられる。
それでも相手をしきれないものは好きに兵を蹂躙しているし、矢の雨を降らせようと重厚な鱗に対してかすり傷しか与えることができず、逆に火の息を浴びせられて消し炭に変えられていく。
絶望しかない。
そのような場で特別な力も持たぬ人間に、踏みとどまって生命を賭して戦えと言っても聞かぬが道理であろう。
我が第二騎兵隊も定数の半分は死ぬか動けなくなっており、ラウザー隊長も果敢に火竜への突撃を試み、人馬もろとも尾で跳ね飛ばされて文字通り粉々にされた。
「火竜とは存外に歯ごたえがないものだな!これではバルディスの騎士どもの方がまだ肝が冷えたぞ!」
大将軍は鼓舞するかのように大声で言う。実際に三頭の火竜を相手に若干押している。
脚を斬りつけられた火竜は怨嗟の声をあげ、小さい人間を相手に攻めあぐねている。
「生を諦めた者は死ぬがよい!しかし立てる者は立てい!棒きれでも石くれでも手に取れるものを取れ!」
そして大将軍はわたしに目を向けた。
「騎兵!名は!?」
「は!第二騎兵隊副長、ハンス・フルーエ・ワーデルガーであります!」
「ほう、ぬしがアリエンの兄か」
「御意であります!」
「アリエンは後でサイレンと一緒におる。ぬしとサイレンで陣形をまとめよ!このトカゲ三匹を切り倒してやるから門を押さえよ」
「は!了解しました!」
本気なのだろうか。いやしかし、大将軍なら……
「サイレン将軍!」
「兄上!」
サイレン将軍とアリエンはすぐに見つかった。
陣形がまだ崩壊していないあたりの真ん中にいたのだ。
「アリエン、お前も無事でよかった。サイレン将軍、ウォーレンナック大将軍が敵を制して門への突破口を作られるそうです」
「大将軍が……承知した。破城槌を使う余裕はないな。アリエン、弓隊に火矢の準備をさせなさい。大将軍に続いて門に向かい、射程に入り次第門へ火矢を打ち込み、火で魔法陣を無効化します」
「わかりました!兄上、また後ほど!」
「ああ」
「ワーデルガー、君は殿に回って追いすがる敵の頭を押さえてください……厳しいですが、アリエンのためにも生き延びてください」
「は!」
メルレン・サイカーティス視点
火竜投入から四時間。
城内から響く惨劇の声。
おそらく様々な意味で限界に違いない。
僕は長梯子をかけると城壁に上った。
散発的に城壁上に逃れてくる敵兵がいるため、バルテルミ、ウェズレイ他数十名の兵士も続く。
僕はそこで広がった光景に絶句した。
覚悟はしていたはずなのに、それは凄惨という言葉では語りつくせぬ殺戮の嵐だった。
火竜の息によってここまで伝わってくる熱気。
見渡す限りの死体。
精兵であるはずのイダヴェル第一軍は、逃げ惑うだけの哀れな餌でしかなかった。
「ひでえな…こりゃ」
ウェズレイも眉を顰める。
それが自分への非難であるように思えて、僕は拳を握っていた。
しかしメニヒは諦めていない。
三頭の火竜を相手に一歩も退かずに立ちはだかっている。
「仕掛けるようですね」
メニヒは大剣を担ぐと正面から斬りかかっていく。
「ガアアア!」
火竜は咆哮をあげ、尾あるいは脚でメニヒを捉えようとする。
が、メニヒは物理法則を無視しているかのような動きで、それらをかわす。
「ぬん!」
肉薄しての水平切り。
火竜は片足を失って、どうと音を立てて倒れる。
メニヒはそれには目もくれず、もう一頭の尾を付け根から切り落とす。
「ギャアアア!」
火竜は叫びを上げるが、急に体のバランスが崩れたために、やはりもんどりうって倒れてしまう。
しかし三頭目は油断なくそれをうかがっていて、火の息を溜めて狙いをつけていた。
「あ!」
放たれるブレスに僕は思わず声を上げる。
果たしてメニヒは無事だった。
大剣の一閃で火の息を切り裂いている。
「あれは耐火か何かでしょうか」
「いや、おそらく剣風で火勢を相殺したのでしょうが…人間技ではありませんね」
僕の呟きにバルテルミが答える。
ただ近くを通る熱気までは防げず、いくらかの火傷を負っているようだ。
メニヒはそのまま大剣を火竜の腹にぶつりと突き刺し切り上げる。
そうやって一頭をし止めたところで、先ほど転がした二頭の首を続けさまに切り落とした。
イダヴェル軍からは歓声が上がり、同時に準備していた一団が門に向けて突き進む。
弓隊は火矢をつがえ、門に向けて火矢を放ちはじめる。なるほど門に火をかけて魔法陣を打ち消すということか。
確かに悪くない。でも…
門の外側からイダヴェル兵に向かって火の息が吐きかけられる。
『巣』から新たな火竜がやってこようとしていた。
目を瞠るイダヴェル兵とメニヒ。
目に見えて士気が落ちる。
頃合だ。
「白旗を掲げてください!」
僕の声に大きな白旗が掲げられる。
そして僕は魔術を実行する。
今まさに火竜の息が噴出していた城門は音も無く閉じられた。
戸惑うイダヴェル兵に僕は呼びかける。
「バルディス宮廷騎士団団長代行補佐兼参軍、メルレン・サイカーティスです!メニヒ・ウォーレンナック殿とお話したい!」




