第四十八話 「テンペスト」
お久しぶりです!
「やはり貴様か。エルフ」
呼びかけるまでもなくほぼ陣頭に立っていたメニヒはさすがに傷や火傷もあり、疲れも見えた。
「戦の流儀に正邪なし。これは我らが主、バシュトナーク陛下の言であるが貴様は騎士よりもよほど我らの方が合っていそうだな」
「耳が痛いですが、戦に手段を選ばず多くの命を奪う覚悟はとうにできています。そしてこの戦の趨勢は既に決したと言えるでしょう。バルディスはあなたがたに降伏を勧告します」
「当然であろうな。たとえ畜生相手とはいえ存分に剣を揮って斃れるのも吝かでないとは思うたが、兵にそれを強いるのも酷というものだ。よかろう、イダヴェル第一軍は勧告を受け入れ武装を解除する。国許に戻らねば政治の話はできぬが、さしあたりの処遇や条件については……サイレン!サイレンは生きておるか!」
メニヒの呼びかけに理知的で温和な印象の人物が進み出る。
「悪運強く生きております」
「うむ、こやつが我が軍の作戦計画や補給を取り仕切る責任者だ。サイレン、貴様に詰めを任せる」
「は」
とはいえ、王都はまだまだ怪物であふれかえっている。
門を閉ざしても怪物が消えるわけではない。
僕はメニヒに全軍の武装解除を実行させたうえで、ふたたび門を開けた。
ただし今度は通常の王都の北門が開けられており、そこには南門から迂回してきたバルディス全軍のうちの大半がイダヴェル軍および、門から飛び出そうとする怪物の監視にあたった。
怪物はともかく、イダヴェル兵は憔悴しきっており生き延びたことを喜ぶ気力すらなくしていた。
「閉門急げー!」
イダヴェル兵の撤退を待って、急いで門が閉められる。
火竜一頭に食人鬼数体が飛び出そうとしてきたが、待機していた弩弓隊に仕留められたり、門内に押し戻されたりしていた。
これで王都は動物園ならぬ怪物園になった。
さすがにこのままにはできない。
「リュタンさん、最後の仕上げです」
「はい」
僕はリュタンを伴って、門の前に立つ。
正直言って、あとに残る怪物の始末が一番問題だった。
大規模魔術で殲滅するしかないし、準備期間の間にそれらの仕掛けをすることは可能だったのだが、やはり天変地異を使用することは避けられない。
火属性の火山できちゃうヤツではいかんせんまずい。
サイカーティス火山と命名されるに決まってる。
水属性の津波&大渦巻きのは地形的に無理だ。
地属性の地殻変動も復興できない点では火山より手に負えない。
威力的に一番控えめなのが風属性か。
という実に一択な選考の結果、強化版複合竜巻ともいえる風属性の天変地異が選ばれた。
天変地異には特殊な発動方法があるので、通常の魔術のように固有の名詞がない。
地形、長期間の詠唱、触媒、魔法陣、膨大な魔力のうちのいずれか、または複数を併用して「ほぼ回復不能なまでの破壊的エネルギー」を蓄積する。
主に地形や天候など自然に誘導されるのだが、術者の意思を反映させることも無論可能だ。
そしてそこで現象化された破壊的事象を総称して天変地異と呼ぶ。
おそらくは古代魔法王国でも禁呪だったのではないかと思われるが、なぜだか伝承されてしまっている。
また、どれほど補助手段を用いても最終的に絶対必要な魔力の必要入力量があるので、さすがに誰にでも使えるわけではない。
僕はオーベイと同程度の魔力しかないので、一回使えばヘロヘロで気絶すると思う。
ただ僕というかメルレンには魔法剣士として修練を積んだ、魔術の正確な制御と魔力の効率的使用のノウハウがある。
オーベイと同程度、といっても軽く超一流と言ってもいいと思う。
なんとなくだけど、師匠のレイスリー・プロガーンより魔術にシフトした戦闘方法を基調にしている雰囲気から、単純な魔術師としての素養はメルレンの方が上だという感じがする。
反対に剣術はレイスリーの方が上だと思うが、魔法剣士として対峙した場合は想像がつかないな。
「精霊の行いと魔素よ、天に満ちよ、地に満ちよ」
ゆっくりと詠唱が始まる。僕には精霊使いの素養は無いので精霊力についてはつかめないが、膨大な魔力が流れるのはわかった。
主にリュタンの魔力によって励起された回路が、重厚な魔術システムを目覚めさせていく。
四方の門に使われた魔術と親和性の高い木材、巨大な魔法陣、これらが時間をかけて蓄積した人が内包する魔力、そして大気中に溶けている魔力。
王都内に設けられた多くの触媒集積所は大きな祭壇として作られて、効率よく魔力に変換されていく。
それらの巨大な魔力は天候を急激に変えていき、空は夜に近いほどの厚い雲で覆われ、遠雷すら聞こえ始めた。
現代世界ではそうそうお目にかかれない規模の巨大積乱雲が魔術によって創出された。
ここで魔術の行使についてある程度の道程をつけた僕は一旦詠唱をリュタン一人に任せて離脱。
別の魔術の実行を開始。
こちらは天変地異とは別の小規模な祭壇を城壁に規則正しい間隔で設けてある。
使用する魔力も効果も小さいものだが、今回の内容には必要不可欠なものだ。
王都の上を覆い尽くすかのように張り巡らされるそれはとても大きいのだが
「薄膜」
そう、これは薄膜の魔術だ。
物理的に厚み0の不可視の膜を張り、光線、熱などは基本的に通すのだが、気体、液体についてはこれを遮断する。
圧力をかければ変形はするが、耐久性は非常に高く解除されない限りは通常破壊されない。
リュタンは半ばトランス状態に陥りながら、魔術的気象現象を操っている。
僕らの周囲は余波が及ぼす風と雨が強まってきた。
バルディスの兵には一応説明してあるものの、不安そうに時折空を見上げている。
イダヴェル兵に至っては武装解除され、また魔術の威力を体感したことも相まって、これから引き起こされるものが自分たちに災厄として降りかかってくるのではないかと怯えている者も多いようだ。
僕もタイミングを計ってリュタンの術式に再び同調し、主として制御をしていく。
「強大なる風の双王よ、余すところなくその力を地上に顕せ」
この世界は天体上に存在しているわけではない。
あくまでも平地図の上に描かれたような観念世界だ。
よってコリオリ力も作用しない。北が寒い、南が暑い。そんな観念だけで気象が決定されている。
自然現象として竜巻が発生する場合も、どちら向きに渦が巻くかは、その時による。
僕の頭の中には向こうの世界で見た気象レーダーの映像が強く残っている。
即ち台風だ。つまり北半球のイメージが強い。渦は左巻きに親しんでいる。
魔術を形成しつつ、魔力に左回りのモーメントを加えてやる。
きっかけだけでいい。
あとは持て余すほどの強大な力が自分で回転を始める。
「この世の終わりだ……」
兵の中からそんな呟きが聞こえた。
厚く、黒く垂れ込めた雲はゆっくりと漏斗のように地上に向かって行く。
もっと、もっと大気を回転させる。
魔術によって中心の気圧は一時的に800ヘクトパスカル近くまで落ち込むだろう。
僕とリュタンは完全に唱和して魔術を完成させる。
「風の天変地異!」
それは出現した。
漆黒の雲が稲妻を伴って王都に向かって巨大な渦となる。
その直径は数百メートルにも及ぶ。
「なんなんだあの大きさは…」
現実世界のような竜巻はほぼここでは発生しない。
それはここが地球ではないからで、天候に天体の運動が作用していないせいだ。
しかしそれでもこの魔術で作られた竜巻は大きすぎる。
リュタンの姉、エルシェスが得意とする広範囲風属性魔術「複合竜巻」もせいぜい威力的にはこの百分の一というところだろう。
複合竜巻は二つから三つの竜巻の魔術を同時に制御して、魔術抵抗の手段のない者を空中に巻き上げてしまう。
範囲はそれほど大きくないが、移動できるため結果広範囲に威力が及ぶ。
僕らの現象化させたモノは自然の竜巻としてはありえないが移動しない。
ただそこに留まっている。
これは移動を制限しているわけなのだが、その理由は使用目的が風による巻上げではないからだ。
薄膜のスクリーンは王都上空の全体を覆っているわけではない。
ドーム型に張られた薄膜はその頂上付近に穴が開いている。
その大きさは天変地異の作り上げた巨大竜巻の直径とほぼ同じ。
僕はこの極大魔術を真空ポンプに使おうと考えた。
密閉空間から急激に大気を奪ってしまえば呼吸を必要とする生物はすべて酸欠に陥る。
それは巨大な竜であろうと、強力な鬼であろうと同じだ。
生物のみを選択的に死に追いやり、建造物への被害を小さく抑える。
それが僕の選んだ後始末の方法だった。
イダヴェル十五万をすべて息の根を止める。
その選択肢も無かったわけではない。
しかし戦争は相手をより多く殺した方が勝ちという原則があるとはいえ、根絶するものではない。
相手の士気を挫き、企図を砕き、出来得れば再戦の意志を奪うことができれば完勝だ。
会議上でこの魔術の説明をした際に提言されはしたが、誰一人としてそれを選択しようとはしなかった。
こちらが向けた剣はいつか己の身に振りかかるかもしれない。
イダヴェルが採用しはじめたこと、つまり「古式の戦法を捨て奇襲、伏兵などを用いて効果的に敵に打撃を与えること」は、僕やカタラクのティルクークの手によって拡大使用され、欺瞞情報や夜襲、罠、毒など所謂「なんでもあり」に近づいてきている。
このまま歯止めが利かなくなれば、想像もつかない戦の方法と被害が将来返ってくるという可能性を恐れたのか。
なんとなく殺しても殺しすぎずという線引きが為された。
しかし異変が起きた。
いや既に起きていた。
まず見た目がおかしい。
巨大竜巻は見えない膜に蓋をされた王都の空間内の大気を吸い上げているはずなのだが、なんだかさっきから黒い塊が天空に舞い上がっているように見える。
音もすごい。
風の音だけでも轟音なのだが、あきらかにそれだけではない破壊的な音が聞こえてくる。
そして魔力。
僕の体を通して制御を続けている筈の魔力は、どうも制御できる範囲を超えている。
入力過大だ。それらは増幅などの巨大な魔力回路を通じて魔法陣を全開起動させている。
今や王都は魔力過熱の影響を受けて次第に魔術の心得の無い人間にも見えるほどに紫色に輝き始めている。
(アカン…)
「リュタン!」
自由がきかなくなっている身体を後にねじって必死で呼びかける。
「………」
だがリュタンは既に忘我の状態になっている。
個人の内包する魔力量としてはリュタンのそれはあまりに大きすぎるのだ。
ホースから目いっぱいに水を放水したらホースが暴れてつかまえられないでいる、そんな状態だろうか。
いずれにしろまずい。
王都は今にも根こそぎ平野になってしまいそうだし、それだけでは済まず暴走した魔術が薄膜を超え、移動制限の縛りを破ってしまえば、ここに集結している敵味方の大半が無事では済まない。
被害規模で言えばシーリア火山なんてものじゃない。
永久に語り継がれるような魔術災害になってしまう。
この状態ではオーベイにつなぐこともできない。
(いちかばちかだがやってみよう)
思いついた方法はデタラメだ。
こんなものがうまくいくとも思えない。
しかし僕のパニック状態の頭の中にはコレをやるべき、と出来上がっていた。
「すいません!リュタン!」
僕は一応大声で謝ると、トランス状態のリュタンの両肩を掴まえて、思い切りキスをした。
有線状態になったからなのか?
リンクが少し戻ってきたような気がする。
リュタンと魔術の同時制御をしていると微弱な精神感応が起こる。
心の声が聞こえる、みたいな感じだ。
暴走を始めてからは轟音にかき消されたように何も聞こえなくなっていたのが、今は僅かにリュタンの声が聞こえる。
言葉にならない叫びのような。
(リュタン!聞こえますか!?)
(Ahhhhhhhhhh!)
甘かったかなあ。制御の手綱をしっかり握ってやれば効果的かつ効率的に天変地異を行使できると思っていた。
リュタンは制御が少しうまくない子なんだと。
違う違う。
魔力が強すぎるんだ。完全に制御できるなら詠唱のみで天変地異をぶっ放せるくらいに。
こんな激流をそうそう制御できるはずがない。
魔力に翻弄されて枯渇するまで放出を続けたというのがシーリア火山事件の真相だ。
これはアルフォンソ、エルシェスの兄妹はリュタンが再び魔術に関わることがないように遠ざけたのかもしれない。
怪物的な力に恐れた、魔術災害を引き起こした汚名を被せた、そういう可能性もあるが仲良かった三兄妹のことだ。
違う事情があったのだと信じたい。
いや、今はそれどころではない。
この細い繋がりだけが最後の希望といってもいい。
(リュタン!意識をこちらへ向けて!)
(hhhhhhhhhh!)
だめか?
(ほら!感じませんか?私たち今キスしてしまってるんですよ?)
(……)
お?
(口と口のキスですよー)
半ばヤケだ。
(!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
あ、反応が来た。
(きゃああああああ!!!!!!)
なんとなく気恥ずかしくて閉じていた目を開ける。
するとゼロ距離に見えるのは目を文字通りまんまるに見開いたリュタンだった。
「衝撃!!」
お、初級無属性魔術だ。接触した相手に魔力を直接打ち込みダメージを与える。
使用魔力を増やすだけで極端に詠唱が短くできるのは、元の使用魔力がごく僅かだからだ。
ただし射程が無く、接触状態でしか発動できないため使用機会はほとんどないが、緊急回避に使えるくらいか?
そう、こんな場合にね。
腹部に物凄い衝撃がきた。
普通に突き飛ばすならわかるんだが、何も魔力こめなくてもいいのに。
そんなことをぼんやり考えながら、僕は空中を結構な距離飛んで行く。
のけぞった視界にサラの姿が見えた。
サラも同じように目まんまるにして硬直している。
あー、キスシーンばっちり見やがったな…。
言い訳どうしよう。ん?言い訳?別に付き合ってるわけじゃないしいらないのか?
ほんとうにどうでもいいことを考えながら僕の意識は闇へと落ちていく。




