第3話 「恋する男」
林ユージには、恋人がいるらしい。
相手は神奈川に住む、少し年下の女性。
名前は
【エリ】
…らしい。
出会いは、スマホのゲーム。
「平野行動」
ボイスチャットで会話をしながら、
銃や乗り物を使って戦う、いわゆる対戦ゲームだ。
「もう6年やっとるし」
ユージは誇らしげに言う。
「その中で知り合ったんよ」
彼女との関係について語るとき、
彼の口数は明らかに増える。
「最初は普通にチーム組んどっただけなんやけど」
「俺、『平野行動』じゃかなりのもんやけーそりゃ頼るやろ!」
「女のために16万課金して乗り物もスゲーの持っとるしね」
(は!?16万?エグっ…)
「今じゃ女の方から一緒にやりたがるくらいやし」
「気づいたら付き合っとったわ」
「まぁ…運命としか言えんやろこれ!」
軽く言うーー
まるでよくある話のように。
だが……その話にはまだ続きがあった。
「最初は旦那も一緒にやりよったんよ」
!?…
(旦那!?)
サラリと、とんでもない情報を混ぜてくる。
「え?」
聞き返す声が出る。
「いや、俺の女結婚しとるけ」
悪びれる様子は全くない。
そして自慢気に言うべき話でもない。
「でもなー、あの旦那マジでウザいんよな」
「いつも俺と女の邪魔ばっかしやがる」
「俺と女がイチャイチャしとるのに邪魔するように入ってるくるんやけ」
「マジで空気読めんわぁアイツ」
ユージは眉をひそめながら話す。
(そりゃアンタだろ…)
その場の空気が、あきらかに変わるーー
だが…本人は気づかない。
話は変わるが…ユージの日常生活は少し変わっていた。
正確にいうと、その女性と出会ってから更に酷くなっているが本人はむしろ幸せそうだ。
仕事が終わると、まっすぐ家に帰る。
コンビニでいつもの食べ物を買い、
風呂もそこそこに、飯を食いそして仮眠。
そして――
PM9:00ーー
「ふわぁ…よー寝た」
「そろそろかーー」
スマホを手に取る。
そこから朝方まで、
ほとんど休むことなくゲーム(会話含む)を続ける。
相手は、【エリ】だ。
「向こうはずーっと、酒飲みながらやっとるけーね」
「遅れたら別れる言うけやれんわぁ」
楽しそうに話す。
「朝まで付き合わされるんよ」
「寝たらキレられるけ」
「俺がおらんとダメらしーわ」
それを“困ったこと”として話しているのか、
“自慢”として話しているのか、
判断はつかなかった。
ただ一つ分かるのは、
本人が満足しているということだけだ。
当然、生活は崩れるーー
ほとんど眠らないまま出勤し、
昼前には目をこすり始める。
「ヤバい急に目眩がするんよね」
そう言いながら、
フラフラし……目頭に手を当て、片膝をつく。
その姿は、どこか見覚えがあった…
往年のサッカー選手のような、
あの『お祈りポーズ』に似た動き。
職場では、それをこう呼んでいる。
―― “ビスマルク” と。
「でた…」
誰かが小さく呟く。
その日、ユージは早退した。
後日、診断書を持って現れる。
「原因不明らしいわ怖いやろ」
「この目眩と頭痛、いつ発症するか分からんけ」
「仕事中もヒヤヒヤよ」
そう言って笑う。
その病欠期間が、一週間になることもあれば、
一ヶ月近くになることもある。
誰も深くは聞かないーー
聞く意味がないからだ。
それでも夜になると、
彼は変わらずログインする。
「エリと過ごす時間が一番幸せやわ」
そう言って、また仮想現実の
世界へと誘われてゆく……
ある日、そんな彼がふと呟いた。
「旦那がさ、ほんま邪魔なんよ」
誰に向けた言葉でもなかった。
「俺と女の仲、邪魔するけ」
少しだけ、声が低くなる。
「早くいなくなればいいのに」
その言葉に、
誰も何も言わなかった。
冗談にしては、重すぎた。
本気にしては、軽すぎた。
ただ――
悪びれる様子は全くなかった。
自分が何を言っているのか、
そもそもどういう立場にいるのか、
理解しているようには見えなかった。
その場の空気が凍りつくーー
誰も笑うことはできなかった…
次回 第4話 「加藤ヒロシという男」(5/8 金)
今回も最後まで読んでいただき感謝いたします。




