第11話 瑠沙の里 5
秋田県の観光地としても名高い湖の畔にある、都市としては規模や人口では県内でも下位とも言える瑠沙市は、その経済的な生産性では県内の他市以上のものを上げている。中でも近年では豊富な水資源を利用した精密機械工業や半導体事業での発展が著しく、周辺地域の開発が少しずつ広がっており、人口も増え始めていた。
国や県側としてはこのことをもろ手を挙げて歓迎しており、補助金や税の優遇などでさらなる事業拡大を望んでいた。
しかし、その様な国や県の後押しが有りながら瑠沙市側は、中でも事業主体である瑠沙精密工業株式会社の主要株主である瑠沙家と、その周辺一族は事業の拡大には非常に消極的であった。
近年では国外に流出してしまった半導体事業の、国内への誘致が進められている中、小規模であれ残されていた半導体製造に注目が集まり、その生産拡大が望まれるのは当然とも言えた。そして、その事業拡大に消極的な姿勢に批判が集まるのも必然であった。
瑠沙精密機械工業の子会社であるRSM(Rusa Semiconductor Manufacturing)株式会社は、表向きは半導体製造技術保全のため、製造新技術開発のための研究施設的立ち位置での事業所で有り、出荷される製品も外部メモリなどの工業製品的には主要になり得ぬものばかりであった。
しかし、その裏では地球に持ち込まれた星間王国製品の補修やメンテナンスなどに使われる半導体が主で、その何世代もいや何十世代も先んじた技術は決して表に出せるものではなく、事業拡大は王国製品のメンテナンスにも影響を及ぼすため、二の足を踏まざるおえなかったのである。
そして、事業拡大に消極的な大きな理由として挙げられるのは、瑠沙家のその特殊な立ち位置にあった。
生産施設を拡大すれば、当然そこに働く人間も外部から多く流入してくる。人が多くなるほど、その裏で製造されている技術や、瑠沙家という星間文明人の末裔と言う立場、そして現在も続いている星間王国との交流という秘匿すべきことが危うくなると考えられた。
そんな瑠沙市にある瑠沙本家邸執務棟にある執務室の応接ソファーに、瑠沙本家当主瑠沙源一郎は座り、緑茶を飲みながら十インチタブレットを使い、地元の地方新聞の電子版を読んでいた。その一面には日本の半導体事業誘致の記事が取り上げられていた。そして県内でのRSMの半導体事業拡大の展望と、それを消極的にとらえている瑠沙家への批判が書かれていた。
源一郎はその記事を苦い顔で読みながら、大ぶりの湯飲みの茶をすすった。そして手にしたタブレットを目の前のローテーブルへと置いた。
「こちらの事情を何も知らんくせに、好き勝手書きおって」
源一郎はそう呟くと、手にした湯飲みをテーブルへと置いた。
瑠沙源一郎は現在六十歳、瑠沙系列関連会社の持ち株会社、株式会社瑠沙HD代表取締役社長である。源一郎は身体強化処置は受けておらずその見た目は年齢相応の物と言えた。
瑠沙本家の男子は基本弱年齢での身体強化処置を受けない事となっている。これは、瑠沙本家が日本政府や日本の各企業との渉外を担っており、そこでの地球人側との違和感を持たせないためと言われていた。
本家の男子が身体強化処置を受けるのは、七十歳になり地球での表向きの仕事を引退してからとなる。十代や二十代に処置を受けて寿命が三百歳以上とまではいかないが、七十台で処置を受けると、その外見は十歳以上若返り、寿命も百歳以上伸ばすことができた。
そして、その後は十年程次代の当主を密かに後見し、その後王国本星の伯爵邸へと移って悠々自適の生活となる。
「戸嶋、新しく来た東京駐在所所長は、今は王女殿下との面会中だったな? 彼女は軍産品の義手とマルチシステム機能の義眼を付けているそうだが、そのメンテナンス要請も航宙軍から来ている様だが、対応は大丈夫なのか?」
源一郎は、秘書室長の戸嶋智津夫に聞いた。
「エイミー・クリス少佐、日本名は栗栖瑛美となるようですが、ただ今、駐在事務所での諸手続きを終えて、王女殿下との面会中とのことです。その後、奥様が栗栖少佐を本家邸での昼食に誘われたようですが、御当主様はいかがなさいますか? ご同席されるのでしたらご本家にご昼食の用意のむね伝えておきますが。それと、栗栖少佐の義手と義眼の件ですが、義手についてはこちらの技術的に問題は無いのですが、義眼については一部軍事機密情報とのことで、その部分が開示されませんで、もし戦闘などで破損した場合、同程度の物をこちらで製造することは難しいようです。代替え品として使用するものは民生品の二世代ほど前の技術水準となり機能低下は免れぬ様です」
戸嶋秘書室長は八インチほどのタブレット端末を手に源一郎に答えた。
「そうか。まあ、片目を潰されるような戦闘など日本国内では無いとは思うが、万が一と言う事もある、そうなれば王女殿下の護衛にも影響するだろう。そこの所を強調して王国本星には情報開示請求を出しておけ。
昼食の方は私も同席すると伝えておいてくれ。先ほどの駐在事務所での栗栖少佐と礼司とのやり取りが中々面白かったんでな、私も栗栖少佐と話をしてみたくなったよ」
源一郎は駐在事務所の事務所長と瑛美とのやり取りは、初めから全て監視カメラを通して手元のタブレットで見ていたのだった。
テレポートルームと駐在事務所は、地球外からの来訪者が瑠沙邸内に初めに訪れる室内と言う事で重点的に監視が行われている。それは、警備担当だけではなく瑠沙家の上位者であれば見ることが可能なものであった。
王国本星から派遣された、新しい東京駐在所所長と言う事で、顔合わせの挨拶の為の時間は作った。あくまで挨拶程度の時間のつもりだったのだ。現に今回の駐在所長交代で退役して王国に帰っていく現所長の時はそうだった。時間にしたら十分も無かったろう。在任中も現所長は源一郎と会うことはほぼ無かったと言って良かった。これから帰るにあたっての挨拶も恐らくその程度で終わってしまうだろう。
「戸嶋、三十年程前に王国星系内でおきた戦闘奴隷密輸事件を覚えているか?」
「はい、事件後の帰還希望者の移送手続き処理や、さらにその後の王国への返送手続きには、私も関わっていましたから」
「彼女も被害者だったそうだな」
「彼女の場合は帰還を希望せずに、軍役を希望して王国上級市民権まで取得したようですね。
どうされました? 彼女のことで何か気になる事でもございましたか?」
源一郎はタブレットを取り上げると、定期航路便で送られて来たメール便データの中から、エイミー・クリス少佐の経歴データと移動記録データを表示させた。
「うむ、彼女のここに来るに至るタイミングと、王女殿下の要請との合致。彼女が到着する寸前に警視庁からの協力要請と、どれも意図的なものは有りえず偶然のことだろう。しかし、これまで退役前の天下りの閑職とまで言われていた駐在所長職が彼女が来ると成ったとたんにこれだ。気にしすぎ、杞憂だと言われればそれまでだが、どうも引っかかるものがあるのだ」
「御当主様の直感力にはこれまで幾度も助けられたことがございますから。その感覚は大切にされた方がよろしいかと。
では、どういたしましょうか? 念のため、人員の補充をいたしましょうか?」
「そうだな、現在の五人体制から少しずつ人員を増やしていくか。まずは瑠沙警備に所属する航宙軍での軍務経験者を二人、一人は女性が良いな、を人事異動として送るように。それと、念のために航宙軍に日本に所員として送れる人員を要請しておいてくれ。一人か二人でいいだろう。これもできれば女性がいいかも知れん。その辺は、事務所の礼司と打ち合わせてやってくれ。
まあ、杞憂に終わる事かも知れんからな。様子を見ながらやっていけば良いだろう」
「ご昼食にはまだ時間が有りますが、この後はどうされますか? お屋敷の方に戻られますか?」
「そうだな、二年半ぶりに帰ってきた末娘に、まだ顔も合わせておらん。久々に娘との会話でも楽しませてもらうか」
源一郎はソファーから立ち上がると、手にしたタブレット端末を戸嶋に渡し、本家邸へと部屋を出て行った。
星間王国首都にある、航宙軍司令本部ビル入り口にある受付窓口に一人の女性が立ち、自らが持つ退役軍人に発行される身分証を差し出し窓口の係員に問いかけた。
「私は先日退役いたしましたが、マリーナ・エドゥ元少尉であります。現在所在の分からない友人の事をお教えいただきたくこちらへ参りました。友人の名前はエイミー・クリス大尉です。四か月ほど前に本人から退役願いを出し、こちらの第一特殊作戦群司令部オフィスより出頭命令が出されてから、本人との連絡が取れなくなっております。司令部オフィスへ問い合わせをお願いできないでしょうか?」
受付の係官は、マリーナのカーゴパンツにTシャツ革ジャン、キャップにサングラスと言う姿にやや胡散臭げな視線を向けながら答えた。
「司令部に問い合わせますので少々お待ちください」
係官は手元の端末を手に取り、音声のみの通話を始めた。
「こちら入り口受付です。こちらにマリーナ・エドゥ元少尉がいらして、エイミー・クリス大尉の消息を知りたいとのことですが。……はい、……はい、分かりました、そうお伝えします。失礼いたします」
係官は端末を置くとマリーナに言った。
「機密事項の為、お教えすることはできないとのことです」
マリーナは嫌な方の予想が当たってがっかりだった。連絡が取れなくなった時点で、何がしかの作戦に係わったのではないかと予想はしていたのだ。本人はあれほど引退後の生活を楽しみにしていたのに。司令部の方にはこれ以上聞いても何も答えてはくれないだろう。
どうする。何がしかの情報だけでも欲しい。
マリーナはエイミーとの共通の友人であるアストリット・ウォレス大佐が思い浮かんだ。彼女なら何か情報を持っているかもしれない。幸いにもここのビルに彼女のオフィスが有る。
「それでは、軍警本部の第一方面軍本部長のアストリット・ウォレス大佐にアポイントメントを取っていただけますか?」
係官は軍警本部へと連絡を入れた。
「マリーナ・エドゥ元少尉がアストリット・ウォレス大佐に面会をご希望です。……はい、そちらにですね……はい、分かりました、失礼します」
係官は端末を置き、マリーナに言った。
「ウォレス大佐は今の時間ならお会いできるそうです。それでは入館の際の個人データの確認と本人認証を行います」
マリーナは内蔵端末から個人データと個体認証キーデータを受付の端末に送った。彼女は全身義体であるため生体認証はできない。その為、個人認証として義体に個々に付けられた、複雑なコピーガードを施されたキーデータが与えられていた。
「エドゥ元少尉には第二級入館証とオフィスまでのルートデータが送られます。ルートデータに従ってお進みください。ルート以外の場所へは進まぬように。入館証は一度外に出ると無効となりますので、お気を付けください。入館証データの確認ができましたら館内へお進みください」
マリーナは入館証を確認すると、指示されたルートに従って館内へと歩みを進めた。
「さて、アスティからは、どんな話が聞けるかな? 機密ですだけは勘弁して欲しいよなぁ」
マリーナのオフィスへ向かう足は徐々に速まっていった。




