第10話 瑠沙の里 4
秋田県瑠沙市。
田沢湖西部湖畔の山裾を三キロに渡り切り開き作られた町である。
その町の始まりは関ヶ原の戦が終わった頃と言われている。
当時瑠沙の里といわれた集落の里長であり商人、そして職人でもあった瑠沙次郎喜時がその商才を生かし、当時でも大変珍しく貴重であった絹織物や漆工芸品、山から採れる椎茸などで財を成したという。
関ヶ原の戦の戦働きを咎められ暖かい東海の地より、この雪深い地に転封された当時の藩主を陰から支え助けたことが、一層その商いの勢いを高めることとなったと言われている。
そして現在。地方集落出身の商人は数多くの企業を有し、東北の地方財閥とまで言われる様になった。
そのお膝元であった瑠沙の里は、その財力で開拓され、また他よりも一歩進んだ技術力によって、ほかの都市よりも住み良い街へと成っていった。
瑠沙市の現在の人口は一万五千人余り。秋田県内では、秋田市の二十三万人に比べると小さな都市に過ぎないが、県内の住みたい街ランキングでは常に上位にいるとも言われている。
その瑠沙市の最奥部、迫る山裾の標高にすれば三百五十メートルほどの所に瑠沙本家の広大な屋敷がある。そしてその横には本家屋敷程ではないが、西洋風のこれもまた大きな屋敷がある。表立っては本家別邸、迎賓館などと言われているが、これは星間王国公爵家地球別邸である。
本家屋敷のさらに上部、標高にしたら四百二十メートル、その山頂部分にもう一棟豪華な西洋屋敷が立っていた。これが星間王国王家別邸であった。
その王家別邸に、エイミーと瑠沙中佐は向かっていたのだが……。
「中尉、王家別邸に行くのにどんだけ歩けばいいの? 姫様がここの滞在に難色示すの分かるわよ。テレポートゲートの設置は必須よ!」
中尉の先導の元、エイミーは本家屋敷の中を迷路のように十分以上歩いていた。
「少佐、もう少ししたら別邸への直通エレベーターが有りますので。
テレポートゲートの件は私から申請を挙げておきます。ただ、本星の許可が必要なので時間が掛かると思います」
「あと、本家邸の通路が分かる見取り図でも間取り図でもいいからデータをちょうだい。通路が複雑すぎて迷っちゃうわ」
二人で早足で歩いている先に、エレベーターの入り口が見えた。
二人はエレベーター入り口に来ると、中尉がボタンを押し中へ入った。昇降ボタンのあるパネル上を見ると十五人乗りとあり、エイミーは王族ならば護衛も多く引き連れて乗ったりするのかななどと思ったりした。
数秒の上昇の後、エレベーターのドアが開くと、正面にはクラシックなメイド服を着た女性が立っていた。エイミー達がエレベーターを降りると、丁寧に頭を下げた。
「エイミー・クリス少佐、お待ち申して居りました。王女殿下がお待ちでございます。ご案内いたしますので、こちらにどうぞ」
エレベーターを出て左に出ると、そこは玄関ホールのようであった。左手を見ると貴族屋敷の写真や映像などで見る、左右への振り分け式の両階段がある。
先導するメイドについて、二人は玄関ホールを突っ切り通路を北側へと進んで行く。突き当りのドアを開けると、メイドは二人を招き入れ、ドアを閉めた。
そこは応接室だろうか、たっぷりした広さの空間に高い天井、壁には棚が設えられ古いハードカバーの本とアンティークな置物が置かれている。反対の壁には絵画が何枚も飾られていた。そして、中央には豪華な応接セットが置かれている。
入り口に対した壁と、右手の壁にはこれもまたアンティークな彫り物を施された木製のドアがあった。
「お付きの方は、こちらでお待ちください。クリス少佐はこちらへどうぞ」
入り口右手のドアを開け、エイミーを招き入れる。そしてメイド自らも部屋に入るとドアを閉めた。
その部屋は正面の壁一面を透明な一枚ガラスで作られたテラスルームだった。
幅十五メートル高さ三メートルのこれは、おそらく水族館の巨大水槽などに使われるアクリル製の物なのだろう。セキュリティー上その厚さも透明な防弾シートを二枚以上挟んで、十センチ以上あるに違いない。
エイミーは、東京の別邸もこれぐらいしてくれてたらいいのにと考えてしまった。
部屋の奥と手前には、その木地目が美しい一枚板の長テーブルとチェアが、中央部にソファーとテーブルが、庭とその先の湖の景観が見れるように三方に置かれていた。
「王女殿下は中央のソファーにいらっしゃいます」
ここまで案内してくれたメイドは、エイミーを王女の元に促した。
エイミーは王女の座るソファーの対面にあるソファーの横に立ち王女に向かい敬礼をした。
「エイミー・クリス少佐であります。王女殿下におかれましては、拝謁いただき恐悦至極であります」
対面の一人掛けソファーに座る王女は、金髪を腰まで伸ばし、見た目は二十代後半の女優かと思うような美女だった。エイミーの記憶が確かなら王女の年齢は百二十五歳だったと思う。しかし、その様なことは決して口にはしない分別はあった。
王女は部屋着であるのか、袖口と裾に緻密な編み込みのレースをあしらった、たっぷりとした白のワンピースを着ていた。
王女はソファーから立ち上がるとエイミーに話しかけた。
「ようこそエイミー・クリス少佐。あなたがいらっしゃるのを心より待ち望んでいましたわ」
そして、王女はエイミーに右手を差し出した。
エイミーはその手を取り、片膝を落として手の甲に口付けるポーズをした。そして元の立ち位置に戻り直立した。
王女はエイミーに微笑みかけると言った。
「クリス少佐、そちらに掛けて楽にしてくださいな」
エイミーは王女がソファーに腰を下ろすのを見てから「失礼いたします」と、自分も腰を下ろした。
先ほどエイミー達を、エレベーターからここまで案内してくれたメイドが、王女の前に置かれたティーカップを入れ替え、エイミーの前には新たなカップを置いて行った。
「さて、改めてわたくしはエレナ・ファリス・ルサ・ロワールです。そして、後ろに立つのはわたくしに長く仕えてくれているリナ・バレルです」
王女の後ろには、王女と同年代と思われる黒髪をシニヨンに結った、白いブラウスに黒のタイトスーツを着た秘書然とした女性が立っていて、エイミーに頭を下げた。
「あなたの来るのを待ち望んでいたというのは本当の事ですのよ。こちらに来た当初は瑠沙家の護衛の方たちについてもらいまして、気晴らしの外出をさせてもらったのですが、お買い物などができる場所などが限られてしまいまして、いつも同じ場所ばかりなのです。
しかも、そこには自分の欲しいものが無いときたものです。もう、イOO・モールやホームセンターという所には飽きてしまいました。しかも、外出途中で色々ありまして、女性の護衛を頼みたいと申しましたら、こちらには、女性で護衛が任せられる者が居ないと言われましてね、じゃあ、至急手配をしてくださいとお願いしたところ王国本星からの派遣待ちと言う事ではないですか。
仕方がないので待ちましょうとなったとたんに、周りは雪で外出どころではなくなってしまったのです。幸いなことに、東京の方に別邸が準備中で、それが間も無くできると言うではないですか。ですが、それもあなたがこちらに来てからと言われましてね。本当にほんとーに、あなたの来るのを待ち望んでいたのですよ!」
王女は内に余程溜まっていたのであろう、エイミーにその思いをぶつけるように一息にまくしたてた。
その勢いに押しまくられて、「は、はぁ」と返事を返すしかエイミーにはできなかった。
「それで? 何時からわたくしは東京別邸に移れるのですか?」
王女のその問いにエイミーは、直球でそれを聞いて来るのか? 余程ここから早く出たいのだろうな、と思いながら答えた。
「明日の午前中に家具の搬入などの内装は終わる予定です。その後、私が直接セキュリティーなどのチェックを行いまして問題が無ければ明後日にはご入居頂けると思います」
「そう、明後日ですか。待ち遠しいですわね。
それと、クリス少佐。あなたをエイミーと呼ばせていただいてよろしいかしら?」
「はい、光栄に存じます、王女殿下」
「エイミー、あなたにはわたくしの名を呼ぶことを許します。それに、その堅っ苦しい物言いは止めてくださいな」
「はあ、分かりました、エレナ様。ああ、エレナ様は日本でのご滞在は、どの位の期間を考えられていらっしゃるのでしょうか」
「そうですわねぇ……。わたくしは、二十歳の歳から王室の御公務に就かせていただいて、二十五歳からは王室の顔として外交を担わせて頂きました。そして、ほぼ百年間お休みを頂くこともなくご公務にまい進させて頂いたのです……。
百年……、百年間ですわよ。王室には人権が無いなどと酷い言われようをされることもありますけれども、わたくしにも、もう少し配慮があってもいいとは思いませんこと? 百年間休みなく、それこそ馬車馬の様に働かされたのです。百年とは言いませんが、五十年、最低でも四十年はお休みを頂きますわ。
こちらの日本に来てから、こちら特有の文化に触れさせていただきましたが、特にアニメやラノベと言うものは面白いですわ。その中でとても重要な言葉を発見しましたの。
この言葉は今のわたくしには、とても、とても大切な言葉となるのだと確信しています。
『働いたら負け!』
これこそ、わたくしにとってのパワーワードですわ」
ああ、いかん。これは相当に溜まっている。早く発散させてあげないと危ういとこまで来てる。
エイミーは、姫様の健康管理スケジュールも考えなければならないのかと、これからのことに、やや不安を覚えたのだった。




