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未来の速度で  作者: 未世遙輝
エピソード2
23/31

第2章 光の錯視


——触れたら、きっと暖かい


1

遼は朝、鏡の前で髪を整えた。


いつもより少しだけ丁寧に。

湿った前髪を指で梳き、

ワックスを控えめに馴染ませる。


鏡に映る顔が

昨日より「まし」に見えた。


(……まあ、悪くない)


声に出すほど自信はない。

でも、会いたい顔がある。


2

講義室へ向かう廊下で、

みさきは先に気づいて手を振った。


「安藤くん!今日、髪、いい感じ」


「え、あ……う、うん」


不器用な返事に

みさきはクスッと微笑む。


「ちゃんと、見てるからね」


その言葉が、

胸のどこかを優しく押した。


もっと話したい。

その思いは、深海の底にも届く光。


3

昼休み。

学食の窓際の席。

みさきが、トレイを持って隣に座った。


「ここ、座っていい?」


断る理由なんてない。

むしろ、隣が空いていたことに

少し胸を撫で下ろす。


「唐揚げ派なんだね」


「うん。好き。

 ……って、なんか子供っぽい」


「いいじゃん。美味しいのが一番」


みさきはそう言って

自分のハンバーグを半分に切る。


「味、交換しない?」


その自然さが、

遼の心を緩ませていく。


他愛のない会話が

こんなに甘く響く日がくるなんて。


4

大学の前のバス停。

みさきはバスを待つ遼に

ポケットから小さなものを取り出す。


手首につけていた

青いリストバンド。


「これ、誕生日おそくなっちゃったけど」


「え……どうして?」


「安藤くんって青が似合うから。

 それに、ほら。

 深海魚の色って、青が多いじゃん?」


遼は受け取りながら、

言葉が喉に詰まった。


「ありがとう。大事にする」


心臓の奥が、熱くなる。


青い光が、

暗い海の中で浮かび上がっていく。


5

夜。

遼は手首のバンドを見つめた。


柔らかいシリコン。

少し大きいけれど、

軽さが心地いい。


「似合うかもな」


自分に言い聞かせるような声。

照明の白い光が

手首に落ちて、反射する。


スマホが震えた。

メッセージ。


《今日、楽しかったね。また明日》


指先が震えた。


(また、会いたい)


その願いが

初めて自然に生まれた。


6

ベッドに潜り込み、

目を閉じる。


胸の穴は、

今日はほとんど気にならなかった。


みさきの言葉が

何度も反芻する。


「ちゃんと、見てるからね」


その一言が、

遼の世界を一日だけ

生き延びさせてくれた。


光がある。

明日を待ちたくなる光。


でも、それが

錯視だと気づくのは

 まだずっと先のこと。


第2章「光の錯視」完


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