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未来の速度で  作者: 未世遙輝
エピソード2
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24/31

◆ 第3章:心の摩耗



——幸せなのに、息が苦しい


1

六月。

梅雨の湿気がキャンパスを包む。


みさきが傘を差し出す。


「一緒に入る?」


「……いいの?」


「いいの。むしろ、入ってほしい」


肩が触れた。

雨音が、少し遠くなる。


(近い)

それだけで胸が跳ねる。


それが

悪いことの始まりだとも知らずに。


2

講義中、遼は気づく。

みさきが自分を見て笑うと、

集中が途切れてしまうことに。


(あ、また板書追い付かない)


ページをめくる手が遅れる。

視線を戻したときには、

もう次の式に進んでいた。


海斗が横目で囁く。


「お前、最近ふわふわしてね?」


「そうかな」


「……悪くないけどさ。

 ただ、お前らしさは消えてきてる」


(お前らしさって、何だ?)


答えは見つからない。


3

昼休み。

みさきが笑って言う。


「安藤くん、私といると楽しそう」


「うん、楽しいよ」


それは本当だ。

でも——


(楽しそうに“見せないと”)


そう無意識に思ってしまう自分が

怖かった。


胸の穴が

小さな歪みをつくる。


笑顔の裏で、

何かが摩耗していく。


4

夜。

課題が終わらない。


(どうして?

 前はもっとできたのに)


みさきとの時間を

優先してしまった日。


本当は

少しでも休みたかった。


でも、

みさきの笑顔を失うことが

何より怖い。


スマホが震える。


《明日、水族館いかない?》


本当は

断りたかった。

疲れていた。


でも指は、勝手に動く。


《行きたい!》


瞬間、

罪悪感が胸を刺す。


(学業がまた崩れる……

 でも、みさきといたい……)


光は確かにある。

けれど、

それを掴む腕が

少しずつ痺れていく。


5

深夜。

デスクライトの下、

教科書を見つめ続ける。


(わからない)


ページがぼやける。

瞼が重い。

でも、やめられない。


「遼、もう寝なさい」


スマホ越しの母の声。

優しいはずなのに

責められている気がした。


「大丈夫」


短い言葉で会話が終わる。


通話後の静けさが

遼の背中を冷やす。


優しささえ、負担になる。


そんな自分が

一番嫌いだった。


6

布団に潜り、

手首の青いバンドを見る。


今日は

可愛い光には見えなかった。


沈んでいく色。

深海の色。


(僕は変わってる?

 みっともない?

 嫌われる?)


思考が勝手に

増殖していく。


恋をすると、

人は強くなると聞いた。


でも今の遼は、

細くなっていく糸を

必死で握りしめているだけだった。


明日も会いたい。

でも、

明日が怖い。


第3章「心の摩耗」完


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