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未来の速度で  作者: 未世遙輝
エピソード1
18/31

 ■第18章:救済 ――「最初のユーザー」



◆1 資格試験の朝


 希は真っ白な受験票を握りしめていた。

 手のひらはじっとり湿って、

 文字が滲むんじゃないかと心配になる。


「怖い……な」


 亮介がとなりに座っている。

 優しいまなざし。

 しかしその奥には、何度もの夜を越えた

 “祈り”が詰まっていた。


「怖いのは、進んでいる証拠だよ」


 希は息を吸い、ゆっくり吐いた。


 耳元には、

 見えないヘッドセットの記憶。

 LIM に支えられた時間の積み重ねが、背中を押す。


「息をする。

 止まったら吸って、苦しくなったら吐いて。

 ね?」


「……うん」


 試験会場の扉が開く。

 希は一歩踏み出した。


◆2 教室という戦場


 配られる問題用紙。

 周りは鉛筆を走らせる音ばかり。


 希には、

 時計の針の音すら敵に思える。


(落ち着いて。LIM が教えてくれたやり方で)


 問題文を

 “理解できるリズム”で追いかける。


 ゆっくり。

 だけど止まらずに。


 視界の端に——

 父と母の未来の写真が浮かんだ。


(三人で、笑いたい)


 手が動いた。


◆3 結果発表の日


 教育センター。

 瀬尾と木島、そして亮介とさつきが見守る中。


 希はスマホ画面に表示された

 「結果待機中」の文字を

 祈るように見つめていた。


(できてなかったらどうしよう

 でも……進みたい)


 更新ボタン。

 画面が切り替わる。


合格


「……っ!」


 希は息を飲んだ。

 それは、彼女の未来がひらいた音だった。


 瀬尾がガッツポーズ。

 木島が何度も頷く。

 亮介の膝が震え、

 さつきが泣きながら希を抱きしめる。


「よく頑張った!」


「自分で掴んだんだよ、希ちゃん!」


 涙の中で希は思う。


(私の未来……

 始まったんだ)


◆4 社会実装という名前の「救い」


 その報告はすぐに研究室へ届き、

 教授陣は動いた。


「LIM の正式採択を

 次期学習支援プロジェクトに提案します」


 学会での反響も追い風になり、

 自治体教育委員会での説明会が設定された。


 会議室のスクリーンに

 希の実証データが映る。


 教育委員の一人が言った。


「一人救える技術は、

 十人を、百人を救える可能性がある」


 別の委員が応じる。


「テーラーメイド教育の基盤技術になる」


 決定は即日だった。


LIM:地域パイロット運用開始


 亮介は目を閉じ、

 息子の名を胸の中で呼んだ。


(悠人……お前は今、未来を動かしている)


◆5 父の胸に宿る“痛み”の正体


 公園のベンチ。

 合格祝いの帰り道。


 希が自販機の前で悩んでいる間、

 亮介は静かにさつきへ言った。


「俺は……本当は、

 まだ赦せてない」


「……息子を?」


「違う。

 俺自身を」


 さつきは小さく首を振る。


「赦さなくていいよ。

 生きていけば、だんだん“丸く”なる」


「丸く?」


「だって——

 もう尖らせておく必要、

 ないでしょ?」


 亮介は小さく笑った。

 それで充分だった。


◆6 希の願い:息子の速度で


 希が、両手にジュースを抱えて戻ってきた。


「ねえ」


「どうした?」


「……あのUSBの音声、

 私にも聞かせてくれてありがとう」


 亮介とさつきは頷いた。


「私、ちゃんと感じた。

 悠人さんは……未来を見てた」


「うん」


「だから、私も——

 未来に置いていかれたくない」


 その言葉は、

 息子が言いたかった言葉そのものだった。


◆7 救済の連鎖が始まる


 大学の広報が取材に訪れる。

 新聞社から問い合わせが入る。

 教育委員会とIT企業が共同会見を準備する。


 LIM はすでに、

 希の未来だけを支えていない。


(息子が救った“最初の一人”から

 救いが増殖している)


 亮介は震える手で、

 息子の名前が刻まれた論文を見つめた。


「悠人、見えてるか?」


 風が吹いて

 桜の残り花が舞う。


 それはまるで——

 息子が拍手を送っているようだった。


◆8 父が、ようやく泣けた夜


 その夜。

 帰宅した亮介は、

 息子の写真の前に立った。


「やっと……

 分かったよ」


 声を殺して泣いた。


「お前は死んだんじゃない。

 未来に先回りしただけなんだな」


 初めての、

 正しい涙だった。


◆章末の一文


救いは、たった一人から始まる。

生まれた未来は、もう止まらない。

未来は——増殖する。


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