■第17章:音声 ――「未来は置いていかれた」
◆1 見つかったファイル
夕暮れ。
リビングを淡いオレンジ色が染めていた。
さつきが
研究ノートの奥から小さなUSBを見つけた。
「これ……」
手のひらに載せると、
あの日の息子の体温が戻ってきたように思えた。
ラベルに薄く印字された文字。
『future_note』
「……音声ファイル?」
名前だけで、
胸が強く鳴った。
◆2 再生前の沈黙
ノートPCを落ち着いた場所に置き、
亮介とさつきは向かい合って座った。
「一緒に……聞こう」
そう言って、
亮介はさつきの手を握った。
さつきは驚き、
そしてそっと握り返す。
クリック音。
ファイル名の下に、再生ボタンが現れる。
◆3 息子の息が聞こえる
——ピッ
小さな電子音のあと、
雑音が一瞬混ざる。
やがて、
『……あー……テステス』
息子の声だった。
その瞬間、
時間が止まった。
亮介とさつきは、
息をすることさえ忘れた。
◆4 音声書き起こし(息遣い含む)
(※息子の声そのままを文字として)
『もし、これを聞いているってことは……
まだ終わってないってこと、だよね』
『僕はね、
自分が遅いって、ずっと思ってた。
みんなが簡単にできることに、
僕は時間がかかる』
『でも……
速度って、比べる形じゃないんだ』
『父さんはいつも言ってた。
“焦らなくていい、息しながらやれ”って』
『母さんは……
どんな時も味方でいてくれた』
声が少し震える。
『二人がくれた未来を、
ここで終わらせたくない』
『僕は弱かった。
でも、弱いまま未来を見たかった』
『LIMはね……
僕が、生きた証なんだ』
『もし、僕がいなくなっても、
誰かが明日を諦めない理由になれたら——
僕は、生き続けられる』
少し笑うような息。
『父さん、母さん』
『大丈夫。
未来は置いていかれたんじゃない。
ちゃんと、
これからなんだよ』
『……できればさ』
『三人で写真、撮りたかったな』
『ごめん。
でも、きっと撮れるよ。
未来でなら』
ひと呼吸置かれ、
最後に、はっきりと一言。
『みんな、ありがとう』
◆5 音が止まった世界
スピーカーが沈黙した。
さつきは両手で口を押さえ、
肩を震わせる。
涙ではなく——
声が漏れた。
「ありがとう……
本当に……ありがとう……」
亮介は、
胸の奥に熱い何かを抱えながら、
拳を強く握った。
(息子は……負けていなかった)
未来を“先に”見ていたのは、
むしろ息子の方だった。
◆6 父母の誓い(初めて揃った歩幅)
さつきが言う。
「私たちが……
未来を続けよう」
「三人で」
亮介はゆっくりと頷く。
「息子の速度で。
未来の速度で」
手を繋いだまま、
二人の鼓動が同じテンポになる。
分断されていた家族が、
“ひとつの速度”になった瞬間だった。
◆7 音声ファイルの最後に残された命令
USBを抜こうとしたとき、
PC画面に小さなウィンドウが現れた。
《関連ファイルを開きますか?》
「え?」
クリック。
開かれたのはテキストファイル。
【TODO】
□ LIM 完成
□ 発表成功
□ 希さん卒業
□ 父と母、仲直り
□ 写真、三人で撮影
□ ——未設定(自動生成)→「生きる理由」更新
「……悠人……」
手帳でも、
音声でも、
そしてデータの中でも。
息子は
両親の再生を未来に組み込んでいた。
◆8 息子の声は未来へ続いている
USBメモリをそっと握りしめ、
亮介は立ち上がる。
「これを……希にも聞かせたい」
「え?」
「息子の未来は、
彼女にも届いてる」
さつきは驚き、
そして深く頷いた。
「行こう。
未来へ」
◆章末の一文
死は未来の終わりではなく、
未来の始まりに変えられる。
それを証明するのは——
生き残った者の歩みだ。




