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未来の速度で  作者: 未世遙輝
エピソード1
17/31

 ■第17章:音声 ――「未来は置いていかれた」


◆1 見つかったファイル


 夕暮れ。

 リビングを淡いオレンジ色が染めていた。


 さつきが

 研究ノートの奥から小さなUSBを見つけた。


「これ……」


 手のひらに載せると、

 あの日の息子の体温が戻ってきたように思えた。


 ラベルに薄く印字された文字。


『future_note』


「……音声ファイル?」


 名前だけで、

 胸が強く鳴った。


◆2 再生前の沈黙


 ノートPCを落ち着いた場所に置き、

 亮介とさつきは向かい合って座った。


「一緒に……聞こう」


 そう言って、

 亮介はさつきの手を握った。


 さつきは驚き、

 そしてそっと握り返す。


 クリック音。

 ファイル名の下に、再生ボタンが現れる。


◆3 息子のいきが聞こえる


 ——ピッ


 小さな電子音のあと、

 雑音が一瞬混ざる。


 やがて、


『……あー……テステス』


 息子の声だった。


 その瞬間、

 時間が止まった。


 亮介とさつきは、

 息をすることさえ忘れた。


◆4 音声書き起こし(息遣い含む)


(※息子の声そのままを文字として)


『もし、これを聞いているってことは……

 まだ終わってないってこと、だよね』


『僕はね、

 自分が遅いって、ずっと思ってた。

 みんなが簡単にできることに、

 僕は時間がかかる』


『でも……

 速度って、比べる形じゃないんだ』


『父さんはいつも言ってた。

 “焦らなくていい、息しながらやれ”って』


『母さんは……

 どんな時も味方でいてくれた』


 声が少し震える。


『二人がくれた未来を、

 ここで終わらせたくない』


『僕は弱かった。

 でも、弱いまま未来を見たかった』


『LIMはね……

 僕が、生きた証なんだ』


『もし、僕がいなくなっても、

 誰かが明日を諦めない理由になれたら——

 僕は、生き続けられる』


 少し笑うような息。


『父さん、母さん』


『大丈夫。

 未来は置いていかれたんじゃない。

 ちゃんと、

 これからなんだよ』


『……できればさ』


『三人で写真、撮りたかったな』


『ごめん。

 でも、きっと撮れるよ。

 未来でなら』


 ひと呼吸置かれ、

 最後に、はっきりと一言。


『みんな、ありがとう』


◆5 音が止まった世界


 スピーカーが沈黙した。


 さつきは両手で口を押さえ、

 肩を震わせる。


 涙ではなく——

 声が漏れた。


「ありがとう……

 本当に……ありがとう……」


 亮介は、

 胸の奥に熱い何かを抱えながら、

 拳を強く握った。


(息子は……負けていなかった)


 未来を“先に”見ていたのは、

 むしろ息子の方だった。


◆6 父母の誓い(初めて揃った歩幅)


 さつきが言う。


「私たちが……

 未来を続けよう」


「三人で」


 亮介はゆっくりと頷く。


「息子の速度で。

 未来の速度で」


 手を繋いだまま、

 二人の鼓動が同じテンポになる。


 分断されていた家族が、

 “ひとつの速度”になった瞬間だった。


◆7 音声ファイルの最後に残された命令


 USBを抜こうとしたとき、

 PC画面に小さなウィンドウが現れた。


《関連ファイルを開きますか?》


「え?」


 クリック。

 開かれたのはテキストファイル。


【TODO】

□ LIM 完成

□ 発表成功

□ 希さん卒業

□ 父と母、仲直り

□ 写真、三人で撮影

□ ——未設定(自動生成)→「生きる理由」更新


「……悠人……」


 手帳でも、

 音声でも、

 そしてデータの中でも。


 息子は

 両親の再生を未来に組み込んでいた。


◆8 息子の声は未来へ続いている


 USBメモリをそっと握りしめ、

 亮介は立ち上がる。


「これを……希にも聞かせたい」


「え?」


「息子の未来は、

 彼女にも届いてる」


 さつきは驚き、

 そして深く頷いた。


「行こう。

 未来へ」


◆章末の一文


死は未来の終わりではなく、

未来の始まりに変えられる。

それを証明するのは——

生き残った者の歩みだ。


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