第16章:再会 —「未来で写真を撮る日」
◆1 写真館へ向かう朝
土曜の朝。
窓を打つ雨の音が、やんだ。
雲の隙間から陽光が差し込み、
白く柔らかい明るさが部屋に広がる。
「今日は、晴れるって」
さつきが言った。
声は静かだが、その奥にある緊張が隠せていない。
写真館の予約は、
息子が自ら選んだ日付——春分の日に近い週末。
亮介はネクタイを締める手を止め、
クローゼットの奥から黒いスーツを取り出した。
これは息子の卒業式に着るはずだったもの。
タグを切られないまま眠っていた。
「亮ちゃん、それ……」
「ああ。
こういう時のためにあるんだろう」
さつきは息を呑んだ。
目を赤くしながらも頷く。
「行こう。
三人で」
◆2 空白の右側
駅へ向かう途中、
春風が通りをすり抜けていく。
さつきが小さく呟く。
「息子の隣……誰が立つの?」
「俺とお前だよ」
そう答えながら、
亮介の胸は締めつけられた。
撮影は「三人」。
けれど、息子の姿は写らない。
その不在の形を
どこに置くべきか。
「真ん中、空けよう。
悠人の場所は、真ん中だ」
さつきが先に答えを出した。
「うん。
それがいい」
二人は目を合わせて頷いた。
涙ではなく、決意で。
◆3 写真館、白い背景の前で
写真館には、
晴れ着の家族や、赤ん坊を抱いた夫婦。
喜びの匂いが充満している。
受付で名前を告げると、
カメラマンの女性が明るく迎えてくれた。
「佐伯様、どうぞ!」
奥のスタジオには
まぶしいほど白い背景。
亮介とさつきは並んで立つ。
カメラマンが言う。
「真ん中、どなたが入られますか?」
一瞬、空気が止まる。
亮介ははっきりと答えた。
「……息子です」
カメラマンの瞳が揺れた。
しかし——すぐに理解の光が宿る。
「でしたら、
お二人の肩の高さに、
少し余白を多めに取りましょう」
その言葉に救われた。
(ここでは、
息子が“いる”前提で撮れる)
◆4 姿なき同行者とのシャッター
ポージング。
視線の角度。
息を合わせる緊張。
さつきが小声で言う。
「悠人、いるね。
ここに」
「……ああ。
いる」
亮介は、
さつきの言葉に未来を信じた。
カメラマンがシャッターを切る。
——カシャ
音は軽いのに、
胸の奥が大きく揺れた。
次の瞬間、
さつきが袖を強く握りしめるのが伝わる。
「悠人の顔……笑ってるよね」
言葉にならない返事を、
亮介は深い呼吸で返した。
◆5 息子の手帳:そこにある“未遂の未来”
撮影後、控室。
仕上がりを待つ間に、
さつきは息子のカバンから一冊の手帳を取り出した。
「これ、今日一緒に持ってきたの」
ページを開くと、
日付のない「未来」だけが並んでいる。
・卒研完成 → 父に説明
・家庭旅行(春)
・母の誕生日に高原ドライブ
・資格試験、合格
・写真、三人で
(——写真?)
亮介の指が止まる。
「……ここに、書いてあったの」
さつきが震える声で続ける。
「“三人で写真、撮る”って。
……今日と、同じこと」
「間に合ったな」
亮介はそっと手帳を閉じた。
「悠人は、今日を知っていたんだ」
◆6 写真の意味:不在の証=存在の証
控室の扉がノックされ、
カメラマンが写真を持って入ってきた。
「仕上がりました。
とても素敵に撮れましたよ」
光沢紙の中で、
亮介とさつきが並んで立っている。
真ん中には、
白い余白。
——息子の居場所。
亮介は写真を胸に抱きしめた。
その余白こそが、息子の生の証明だった。
「悠人、いるね……
ちゃんと、写ってる」
「うん。
これが、三人の写真だ」
◆7 未来へ向かう家族の歩幅
写真館を出ると、
春の光が眩しく空を照らしていた。
「高原、行きたいね」
さつきが切り出す。
「行こう。
息子が行きたがった場所へ」
「期限は……ないもんね」
「ない。
ただ、歩みを止めなければいい」
ふたりで笑った。
泣かずに笑えた。
(——ここからだ。
未来は、ここから始まる)
息子の速度で。
未来の速度で。
◆章末の一文
その写真は、
喪失の証ではなく、
“未来へ進むための地図”になった。




