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未来の速度で  作者: 未世遙輝
エピソード1
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16/31

第16章:再会 —「未来で写真を撮る日」



◆1 写真館へ向かう朝


 土曜の朝。

 窓を打つ雨の音が、やんだ。

 雲の隙間から陽光が差し込み、

 白く柔らかい明るさが部屋に広がる。


「今日は、晴れるって」


 さつきが言った。

 声は静かだが、その奥にある緊張が隠せていない。


 写真館の予約は、

 息子が自ら選んだ日付——春分の日に近い週末。


 亮介はネクタイを締める手を止め、

 クローゼットの奥から黒いスーツを取り出した。


 これは息子の卒業式に着るはずだったもの。

 タグを切られないまま眠っていた。


「亮ちゃん、それ……」


「ああ。

 こういう時のためにあるんだろう」


 さつきは息を呑んだ。

 目を赤くしながらも頷く。


「行こう。

 三人で」


◆2 空白の右側


 駅へ向かう途中、

 春風が通りをすり抜けていく。


 さつきが小さく呟く。


「息子の隣……誰が立つの?」


「俺とお前だよ」


 そう答えながら、

 亮介の胸は締めつけられた。


 撮影は「三人」。

 けれど、息子の姿は写らない。


 その不在の形を

 どこに置くべきか。


「真ん中、空けよう。

 悠人の場所は、真ん中だ」


 さつきが先に答えを出した。


「うん。

 それがいい」


 二人は目を合わせて頷いた。

 涙ではなく、決意で。


◆3 写真館、白い背景の前で


 写真館には、

 晴れ着の家族や、赤ん坊を抱いた夫婦。

 喜びの匂いが充満している。


 受付で名前を告げると、

 カメラマンの女性が明るく迎えてくれた。


「佐伯様、どうぞ!」


 奥のスタジオには

 まぶしいほど白い背景。


 亮介とさつきは並んで立つ。

 カメラマンが言う。


「真ん中、どなたが入られますか?」


 一瞬、空気が止まる。

 亮介ははっきりと答えた。


「……息子です」


 カメラマンの瞳が揺れた。

 しかし——すぐに理解の光が宿る。


「でしたら、

 お二人の肩の高さに、

 少し余白を多めに取りましょう」


 その言葉に救われた。


(ここでは、

 息子が“いる”前提で撮れる)


◆4 姿なき同行者とのシャッター


 ポージング。

 視線の角度。

 息を合わせる緊張。


 さつきが小声で言う。


「悠人、いるね。

 ここに」


「……ああ。

 いる」


 亮介は、

 さつきの言葉に未来を信じた。


 カメラマンがシャッターを切る。


 ——カシャ


 音は軽いのに、

 胸の奥が大きく揺れた。


 次の瞬間、

 さつきが袖を強く握りしめるのが伝わる。


「悠人の顔……笑ってるよね」


 言葉にならない返事を、

 亮介は深い呼吸で返した。


◆5 息子の手帳:そこにある“未遂の未来”


 撮影後、控室。

 仕上がりを待つ間に、

 さつきは息子のカバンから一冊の手帳を取り出した。


「これ、今日一緒に持ってきたの」


 ページを開くと、

 日付のない「未来」だけが並んでいる。


・卒研完成 → 父に説明

・家庭旅行(春)

・母の誕生日に高原ドライブ

・資格試験、合格

・写真、三人で


(——写真?)


 亮介の指が止まる。


「……ここに、書いてあったの」


 さつきが震える声で続ける。


「“三人で写真、撮る”って。

 ……今日と、同じこと」


「間に合ったな」


 亮介はそっと手帳を閉じた。


「悠人は、今日を知っていたんだ」


◆6 写真の意味:不在の証=存在の証


 控室の扉がノックされ、

 カメラマンが写真を持って入ってきた。


「仕上がりました。

 とても素敵に撮れましたよ」


 光沢紙の中で、

 亮介とさつきが並んで立っている。


 真ん中には、

 白い余白。

 ——息子の居場所。


 亮介は写真を胸に抱きしめた。


 その余白こそが、息子の生の証明だった。


「悠人、いるね……

 ちゃんと、写ってる」


「うん。

 これが、三人の写真だ」


◆7 未来へ向かう家族の歩幅


 写真館を出ると、

 春の光が眩しく空を照らしていた。


「高原、行きたいね」


 さつきが切り出す。


「行こう。

 息子が行きたがった場所へ」


「期限は……ないもんね」


「ない。

 ただ、歩みを止めなければいい」


 ふたりで笑った。

 泣かずに笑えた。


(——ここからだ。

 未来は、ここから始まる)


 息子の速度で。

 未来の速度で。


◆章末の一文


その写真は、

喪失の証ではなく、

“未来へ進むための地図”になった。


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