水の街の水産者(6)
「何の用だい。君」
一旦戦う手を止め、突然の乱入者にその場にいる全員が注目した。中にはあの扉って切れるもんなのかと疑問を持った者もいた。
「・・・あいつは」
過去にマルとサナエと関わったことのあるレイトル、あ行3兄弟、エイモンは特に反応が早かった。
「何の用だって聞いているんだけど」
そんなこと知らないアーツがマルに問いかける。乱入者にいきなり切りかからないだけある程度気が長いのだろうか。
「・・・この中にミリーを殺した奴はいるか?」
「ミリー?」
「女のラムダ団員のことだ」
「ああ、あの子か・・・そうだよ僕らが殺した。最高だったよ。結構な人間を殺してきているけど、彼女の死に顔は本当に良かった。幸せの絶頂から一気に突き落とされたような絶望の表情だったよ。特に、処女をもらった時はたまらなかったな、最初は大声で叫んで暴れたけど、終わりの方は静かになって良い表情していたよ。無表情って言うのかな、今の君みたいな何にも感じませんって感じの。まあそれがむかついたから苦しんで死んでもらったんだけどね。で何、君はあの女と何か深い関係だったのかい恋人関係?そうだったらごめんよ、君の女最高だったけどついつい殺しちゃった。どうもこの癖抜けないんだよなぁ」
アーツの言葉を聞き、仲間たちが笑い口々にその時の感想を言い合った。彼らもそれぞれ狂っているようだ。
「・・・そうか、よく分かった。もしかしたら偶然、または、そこのサラエボに脅されて嫌々やったとしたら俺は、考えただろうな。でも、その言葉を聞いてほっとした。何の遠慮も加減も躊躇も後悔もせずに全力で、お前らを殺せるんだからな。感謝したいくらいだ。ありがとう。言っておくが、これは仇打ちってわけじゃない。ただ、俺がお前らを気に入らないだけだ。そうそう、お前らこの仕事が終わったら何かしたいことないか。思いついたのならそれを頭の隅に留めておけ、それは絶対にできないことだからな。あの時やっておけばよかったと後悔しながら、死ね。このクズ共!」
懐から抜き出されたナイフはマルの手から高速で放たれ、アルトと対峙していた男の眉間に吸い込まれていった。仲間が殺されたことによりマルから注意を逸らしてしまった男たちは後悔した。何故あの男から視線を逸らしてしまったのかと。
自分に向かう注意が逸れたことを察知し、マルはイルトの前に居る男に向かっていった。
「くっ」
男は、下からの斬撃を剣で受け止めるのだが、マルの力により剣が押し上げられ、ゆっくりと腹部を切られた。
「貴様ぁ!」
アーツがマルへと走り出そうとしたその時、アーツの腕に鎖が巻きついた。
「おっと、お前の相手はこの俺だろ。逃げるんじゃねぇぇ!」
「この、屑がぁぁ!」
鎖を辿り、アーツが方向を変えレイトルへと向かっていった。
マルは残りの黒色腕章を仕留めようと移動を始めた。アーツがこちらに手を出せない今、黒色腕章の男たちは3人で、マルを何とかするしかなかった。その中の1人がマルへと切りかかった。振り下ろされた剣は紙一重でかわされ、振り下ろした際にできた隙を突かれ、男は先ほどの男と同じように腹部を切られ絶命した。しかし、黒色腕章の男たちもただやられるばかりではなかった。仕返すかのように、マルが剣を振った隙を突き、残った男がマルの後ろで剣を振りかぶっていた。
「死ねぇ」
剣が振り下ろされた。しかし、剣を振り下ろす速度は、マルの剣を振る速度よりはるかに遅かった。剣を握り男の両手が腕から離れ、飛んで行った。マルが男の腕を切り飛ばしたのだ。
「ぶはぁああ」
不運なことに、次に襲いかかろうとしていた男の胸を、腕付きの剣が貫いていた。
「なあああ。なっなんなんだ。おっお前はぁあああ」
両腕を無くした男は、動転し大量の出血をしつつ出口へと逃げだした。しかし、出口の直前で力尽き、倒れた。
「くそっくそっくそくそぉぉぉぉ」
急所へと放たれる斬撃を、レイトルの鎌が受け止めていく。
「見えているんだよ。あああん!?」
さらに片手を鎖で封じられていることがあり、アーツの攻撃には力が込められず、レイトルの態勢を崩すことができないでいた。むしろ、鎖を引っ張られ態勢を崩されることが多くあった。このまま戦い続けていると、防御攻撃どちらともに集中しなければならない、アーツの体力が尽き、アーツが負けることは目に見えていた。
その泥仕合は、鎖が分断されることにより動いた。
マルのサンタフェがアーツとレイトルを繋ぐ鎖を切ったのだ。
「ああん!?何邪魔してんだよてめぇ」
「邪魔は、お前だ」
マルがサンタフェを振るった。金属音がし、レイトルの鎌が粉砕した。そして、サンタフェをひっくり返し、柄をレイトルの腹へと打ち込む。
「ぐぅぅぅ・・・てめぇ」
腹を押さえ、レイトルは蹲ってしまった。
「さあ、残るはお前だ。クズ野郎」
「くっ」
マルはアーツを見据える。その眼はサナエ、アイコと共にいるときのような瞳ではなく感情を感じさせない魚のような目をしている。
アーツ分かっていた。先ほどまでほぼ自分と互角の戦いをしていた男をあっという間に倒したのだ。その男と自分の力量の差は計り知れない。
「なにか言い残すことはないか。言っておくがこいつらみたいに簡単に死ねると思わないことだ。出来る限り丁寧に執拗にネチネチと殺してやるから、抵抗するなよ。抵抗したらついつい思いつく限りの苦しい殺し方になっちゃうからキャハ」
「ふふふふざけるなぁ!」
プライドを汚されたアーツが激昂した。自分との力量差を考えずにマルをなんとしても殺すことを決意した。
「死ね死ね死ねぇ!」
アーツは大きく距離を取り、マルと同様にナイフを取り出し、投げつけた。さらに、それに追走し、剣を水平に構え、突進してくるアーツ。マルは怯えることなく、ナイフにつっこんでいった。サンタフェを片手で持ち、残った手を前に差し出した。開かれた手の平に吸い込まれるようにナイフが突き刺さった。しかし、マルは無反応で自分に殺意を向け突進してくるアーツにだけ注意を向けていた。アーツの剣がマルの前に差しだされた手の内側に入ってきた。それに合わせて、マルは体を回転させ、アーツの剣の切っ先の進路から体をずらした。そして、ナイフが突き刺さった腕でひじ打ちをアーツの顔面へ打ち込む。
自分の走る力が加わりカウンターとしてひじ打ちをもらってしまったアーツは地面へと倒れる。
「ぐううう。はぁはぁ」
鼻が折れ、大量の鼻血が吹き出ている。呼吸をすることが不可能になっているようで激しく口で呼吸をしている。しかし、喉にも鼻血が流れ込んできているようで、なかなか思うように酸素が供給できていないようだ。
起き上がろうとしているアーツを蹴り倒し胸の上に足を乗せマルが見下ろした。
「よう。どんな気分だ。これから殺されると分かっていると。俺はごめんだ絶対に体験したくない。できることなら、眠っている間に死にたいくらいだ。でも残念お前はそれができない、これからお前は死ぬんだ。この気持ちをたっぷりと骨身に染みこませて死んでくれ。じゃあな」
アーツに向かい、マルはサンタフェを振るった。アーツの首から血が流れ始めた。
「ひゃやああああ!」
アーツは必死で傷口を抑え止血を試みるが、マルの第二撃でその止血をしている腕を切り落とされてしまった。そして、血は次第に勢いを増し、アーツが絶命するころには辺りに池を作った。
剣を拭い、この場を去ろうとしていたマルにレイトルが声をかけた。
「てめぇ、人殺せる人種だったんだなぁ。だが今はそんなことどうでもいい。どうしてくれるんだ俺の獲物を横取りしやがって」
「そいつはすまなかったな。だが何故イリアリアに居た山賊がこんなところに居るんだ」
「イリアリアじゃ、もう稼げなくなったんだよ。君たちを取り逃したことで仕事しづらくなったんだ」
簡単にエルトが恥をばらした。
「ふぅん。それでここまでやってきたのか。でもいいじゃないか、何もせずに金が手に入るんだから」
「ああぁ!?なめてんのか獲物が横取りされたことが広まればまた、俺らは仕事しづらくなるんだよ。この仕事を成功させて、ここで名を広めようとしてたんだよ」
「そうか、それは悪いことをしたな。でどうする?」
「こいつらを全員やった、てめえをやるんだよ」
レイトルが笑みを浮かべて、腰から新たな鎌を出し、回し始めようとしたその時、一気に距離を詰めてきたマルの腕がレイトルの腕を抑え込んでいた。さらに首元にはサンタフェが当てられている。
「俺に断りを入れる前に攻撃してこればよかったのに。少々遅いんじゃないか行動が。話している暇があったら行動するべきだ。で、どうするお前はこのまま長々としゃべって首を切られるのか、何も言わずにこの場を去るのか、どっちだ」
「ちぃっ、分かった。おい行くぞ屑三兄弟。覚えておけよラムダ団員」
「まっ待て僕も連れて行けよ」
腰を抜かしていたエイモンが去ろうとしているレイトルに声をかけた。
「残念だが依頼主さんよ。そいつはあんたにも用があるらしい。残念だが連れていけねぇぜエイモンさんよ。金は返しておくぜぇ。まあ使うことはないかもしれねぇがな。ほら来たぜ」
「さて、次はお前らだな。お前らのしょうもないいざこざのせいでミリーが覚悟しろよ」
6人の命を奪ったサンタフェを持ち、ゆっくりと怯えるエイモン、サラエボの2人に近づいていく。
「「ひっひぃい、近寄るなぁああ」」
流石兄弟である、一言も違うことなく同じセリフを叫んだ。仲たがいしているはずの2人だがここは協力しなければ生きて逃げられないと考えたのだろう。
そして、2人は並列しマルに手の平を向けた。そして、一拍し、2人の手の平から大量の水が放出された。
意思疎通しているのか2人は各々役割を分担していた。エイモンがマルの足の自由を奪おうと地面に大量の水を流し、サラエボは噴射口を縮め、水を球状にし、高速で飛ばした。
「くそっ」
サラエボの水球を喰らった。普段なら耐えられる程の圧力だが、水に足を奪われている状態では、踏ん張りも効かずサラエボ達の思惑通り後ろに吹き飛んでしまった。
「よしっいいぞ。サラエボもっとだ、もっとやれ」
エイモンに激励され、サラエボの水球は威力も数も増した。
「くそっくそっ待て、お前ら」
何発も水球を当て吹き飛ばしたマルとの距離がかなり開いた。
「よし、今だ逃げるぞ」
「うん」
ある程度距離を確認した2人は最後の一発をマルに当て、逃げだした。
すぐに起き上がり、逃げだした2人を追いかけたが、すでに2人がどちらに逃げたのかマルには分からなくなってしまった。
「ちくしょう」
マルとサナエ、アイコは街の外に居た。
マルが帰ってすぐにこの街を出るぞと言ったのだ。急な申し出で2人は困惑したが、マルの気迫に押され渋々と了解した。
あの戦いの後、マルはラムダに訪れていた。ミリーを殺したのがサラエボ達で、サラエボの事務所を襲ったのがエイモンであることを告げた。そして、倉庫にミリーを殺した実行犯の死体があることも教えた。自分がやったのではなく山賊たちのせいにした。
「そうですか。分かりました。でも目撃情報がありまして奴ら、この街を先ほど出ていったようです。ただちに、各支部に連絡して、逮捕に全力を尽くします。それと、明日、ミリー達の葬式があるんですが」
「すまない。やることがまだあるんだ。ミリーにさようならって言っておいてくれ。墓参りには絶対来るから」
「分かりました。捜査協力ありがとうございます。
そして、マルは2人を追いかけるために街を飛び出したのだ。近くの街や村に逃げ込んでいる理由が高いと推理していた。
そして、最寄りの村。この村は昔からあふれ出てくる地下水を売りにしている村であった。最高においしい飲み水で一時話題をさらったのだが水の街ができて以来すっかり話題を聞かなくなった。この村に2人は逃げてきていた。
「おい、エイモンこの村で一旗揚げるか」
「そうだね兄さん」
いつの間にか2人の仲は戻っていた。死線をくぐったおかげであろうか。
「おっ早速お客発見だ。もしそこのご老人。世界で一番うまい水は如何かな?」
マルたちがこの村に辿りついたのは1週間後であった。いくつもの街や村を回り、最後の候補の村であった。早速情報を得ようと、マルは歩いていた老人に声をかけた。
「すいません。人を探しているんですが」
「あんなんだぁ?」
「ここ最近よそ者が来なかったですか。手の平から水を出す」
それを聞くと何か知っているようで老人は何度か頷いた。
「おおおお知っとるぞ。あのインチキどもじゃろ」
「インチキ?」
「そうじゃ、奴らはわしにうまい水を売ってやると言ってきてのお。面白そうじゃからわしの空いておる井戸に入れてもらおうと思ったわけじゃ。手の平から水が出てきて確かに驚いたが、奴らが水を出すと、わしの水を蓄えておる井戸から水が無くなっていくのじゃ。それどころかわしの井戸が空になると、隣のゲンさんの家の井戸も減っていったのじゃ」
「どういうことですか?」
「やつら、転送魔術を使っていたのじゃ。まったくなんて奴らじゃ、人の水を盗んで金稼ぎをしていたとは。通りで最近村の地下水が減って来ているわけじゃな」
「なにぃ!?転送魔術か。それで奴らは?」
「村人全員で囲んでボコボコにして、魔術師に頼んで魔術を二度と使えんように封印して村の外に出してやった。今頃山賊か魔物に襲われているじゃろうな。良い気味じゃ。ハッハッハッハッハハハハ」
大笑いして老人は去っていった。
「・・・どういうことなん、マル」
「ようするに水産は水を作る魔術じゃないんだ。水を移動させる魔術なんだ。それも奴ら気づいていないようだな。多分、最初に使用した時にランダムで場所が選ばれるんだろうな。それでパンクってのは、水源地が枯れることを指すんだろうな。人によってはそこに雨が降ったりして水が元に戻るんだろうな」
「ほぉ、じゃあ白色が海で、黒色はどぶ川とかになんのかな」
「そうだな。ある意味白色が最強だな。なんせ、ほぼ無限に水を出せるからな。ふふふ、しかしざまあないな。せっかく痛めつけてやろと思ったのにもう死んでいるかもしれないとはな」
マルはハハハと笑った。
「おっ、やっと笑ったな。まあ、笑ってる内容は不謹慎やけど」
「うん。そうか?そんなに俺は笑っていなかったか?これでも笑顔の貴公子として、イリアリアでは名が通っているんだがな」
「さっきまでマル怖かったもん。何考えているか分かんなかったし。なにかあったの?」
アイコがマルの袖を引っ張り、自分に注意を向けさせた。
「いや。なんでもない。なんか、スッキリしたんだよ」
「ふーん。胸のつっかえが取れたんやろ。そりゃ、ええこっちゃ」
「うん、ええこっちゃええこっちゃ」
アイコが意味も分からず、ええこっちゃと言い続け2人の周りを回った。
「あっ、そうだ。もう一度アクアガーデンに戻っていいか?」
「なんで?なんか忘れ物したんか?」
「行きたいところがあるんだ」
「さよか。あんたが真面目な顔して頼むから、普段なら嫌やけど特別やで」
サナエは自分より長身のマルの顔を見上げ、人差し指をビシッと立てた。
「ありがとうよ。あっそういえばお墓に持っていく花って何がいいんだろうな」
「さあ、あんたが分からんかったら私が分かるわけないやん」
アクアガーデンに着いたら、花屋さんに聞いてみよう、とマルは思った。