第32話 見つけてしまった、彼の居場所【セラ視点】
令嬢に目をつけられたのは、ちょっとした手違い。でも、私は負けない。
……それに、気になる人ができたから。
この“静けさ”の中で、私は次の一手を考えてる。
ノクス――彼に、もう一度会うために。
……ビンタの跡は、もう消えた。
誰にも見られていない。でも、あの女――あの令嬢は、調べていた。
借金のことも、遊んでいた男たちのことも。どこまで掴んでいるか分からない。
(下手に動けば、全部ぶちまけられる)
私は負けたくない。
だから今は、沈黙する。この“静けさ”が、私の防御。
***
あれから、彼が“ノクス”だということを、それとなく平民仲間の女子に聞いて知った。
天才と名高く、あの風貌。確かに――放っておかれるはずがないわね。
「意外! セラもノクス様に興味あったのね。でも、残念。自分の研究室にこもりっぱなしで、校舎内でお見かけする機会はなかなかないのよ?」
(まるで“あなたにノクスは手に入れられない”とでも言いたげね)
「見かける機会があったから聞いてみただけよ」
「え?! うそ、どこにいらっしゃったの? いつ見たの?」
「……よく覚えてないけど、休憩時間に庭園だったかしら?」
(教えてやるもんですか)
その話を聞いていた女子達は騒ぎながら教室を出ていった。おそらく庭園に向かうのだろうけど――
私がノクスを見たのは、校舎裏の茂みよ。残念ね。
***
セラは、前回ノクスを見た時間に、再び校舎裏へ向かってみる。
けれど、そこに彼の姿はなかった。
(本当に神出鬼没なのね……)
時間ギリギリまで探してみるが、やはり見当たらない。
明日も来てみようかしら? まあ、令嬢に目を付けられてる今は、いい暇潰しにもなるわ。
***
「………今日もいないわ」
「何を探しているんだ?」
「!」
一瞬、期待してしまった。
彼が――ノクスが、私に気づいて話しかけてくれたのかと。
……だが、顔を上げると、そこにいたのは――
痩せこけて生気のない男。まばらに生えたひげ。髪ものび放題。
まだ若いはずなのに、肌も荒れていて、年齢すらわからない。
「……あなたは?」
「魔法科の術式開発クラスのエルディスだ」
術式開発といえば、かなりの実力者が集まると聞いたことがある。
いわゆるエリートクラス。貴族でさえ、いくら金を積んでも入れないらしい。
道理で、見たことがないはずだ。色んな意味で、一度見たら忘れられない見た目をしている。
(でも、エルディスって……どこかで聞いたことがある名前)
「……もしかして君も、ノクスのことを探してたのか?」
ハッとする。そういえば――クラスの平民仲間が言っていた。
ノクスと並び称される、“もうひとりの天才”の名前。
「えっと……私は植物学科だから、何か変わった植物が生えてないかと思って……」
咄嗟に嘘をついた。
ノクスの名前を出したとき、ほんの一瞬だけ――エルディスの瞳が冷たくなった気がした。
(少なくとも、好意的には思っていないわね)
「そうなのか? どんな植物を探してるんだ?」
「え……?」
(適当に言ったのに、まさかちゃんと聞いてくるなんて……)
彼は優しかった。ありもしない植物を、時間いっぱいまで探してくれた。
「ありがとう。もう時間もないし……申し訳ないわ」
「明日も来るのか?」
「それは……明日にならないとわからないわよ……」
嘘をついた手前、堂々と「来る」とはさすがに言いづらい。
「そうか……俺はあそこの研究室にいる。困ったことがあったら声をかけてくれ」
そう言って、指をさしたのは、校舎の裏側。
「え? だってあそこは……」
「見た目には分かりづらいが、あの裏手の一角が研究棟になっているんだ。
研究室を持ってるような奴は変わり者も多い。人や魔力の干渉を嫌うから、基本的に一般生徒と会わないような造りになってる。出入り口も裏手だけだ」
(研究棟……言われなければ気づかないほど、校舎の外壁と同化してるわね)
「……ねえ、あなたの部屋の隣って……」
セラは、茂みの真正面――何度も通って、誰にも会えなかったあの場所を指差した。
「……ノクスだよ」
エルディスは少しだけ眉をひそめて、面倒くさそうに答える。
その声の温度は低く、どこか乾いていた。
「あいつ、人がいるときは絶対に外に出てこない。……基本、人間が嫌いなんだ。
誰もいないときは森で仮眠してることもあるけどな」
「そう……」
(そりゃ、見つからないはずよね)
セラはふっと息をついた。
これまで何度も、あの場所で待って、気配すらなかった理由が、ようやく腑に落ちた。
(……でも、これでわかった。場所さえ分かれば、会うチャンスはいくらでも作れる)
彼――ノクスに再び会う方法。すでに扉は開かれた。
あとは、どうやって踏み込むか。それだけ。
思い通りにならない男って、腹が立つけど……少し、面白いわね。
暇潰しにしては、ちょっと本気になってきたかもしれないけど……ね?




