第31話 平民の枠で輝くつもりはないわ【セラ視点】
平民枠。――なんて便利な言葉。
貴族と同じ教室で学べる代わりに、ずっと“見られてる”の。
着てる服、話す相手、視線の向き……なにもかも、あら探しの対象。
まあいいわ。どうせ、私が黙っていたって、噂は勝手に増えるもの。
今回はそんな“くだらない騒ぎ”の記録。
ただし、その中で――一人だけ、ちょっとだけ、気になる人がいた話。
同じ教室で学ぶ“平民枠”の女生徒たちが、休憩中に声をかけてきた。
この時間が、セラは苦手だった。
「ねえセラ、最近ホンドン子爵と親しげじゃない?」
(誰と親しくしようと、あなたたちには関係ないでしょ)
「そうね。平民にも分け隔てなく接してくださる方よ」
当たり障りのない返事をする。もう慣れたものだ。
「アジュ様、最近セラにご執心よね。まさに“平民の星”ってとこ? 美人は得でいいわ〜」
(ふん。どうせ、私が離れれば陰口の時間でしょ。……好きにすればいいわ)
「“平民”といえば、ノクス様よね。あの方、ほんっとうに美しいもの。貴族の令嬢たちだって、隙あらばって狙ってるって噂よ」
「それを言ったら、エルディス様も負けてないわよ? あの二人、この学院始まって以来の指折りの天才だもの」
「セラは……まあ、平民なんて興味ないか」
「そんなことないわ(興味あるわけないでしょ、平民なんて)」
「ただ、エルディス様はもう少し身なりに気を配った方がいいわよね」
「間違いないわ」
くすくすと笑いあう二人。
(ふん……人のこと言える顔をしてるのかしら)
昼刻。
教室の扉が控えめに叩かれたかと思うと、一人の少女が姿を見せた。
セラに迷わず近づいてくる。
「セラさん、少々お時間をいただけますか」
きっちりと髪を結い、礼装に身を包んだ侍女。
その立ち居振る舞いからして、上級貴族に仕える者だとすぐに分かる。
「セラさんですね。マーリー=ヴァルノア伯爵令嬢様より、お呼び出しです。校舎裏までお越しくださいませ」
(……マーリー? 聞いたことない名前ね)
一瞬だけ首を傾げ、記憶を探ったが該当がない。
(まあ……令嬢呼び出しなんて、どうせ面倒な用でしょうけど)
無表情のまま、静かに席を立った。
風の音すら遠ざかる、校舎裏の一角。
待っていたのは、髪に宝石飾りを編み込んだ優雅な少女――
マーリー=ヴァルノア。名門ヴァルノア伯爵家の令嬢。
「時間も限られているわ。率直に聞くけれど、あなたとアジュの関係は?」
(これは……正式な縁談がある相手ってこと?)
「何度か親切にしていただきました。平民にも分け隔てなく接してくださる方です」
ふーん、と冷たい視線で上から下まで値踏みするように見られる。
「確かに、見た目だけは悪くないのね。……でも残念。あなたのこと、調べさせてもらったの」
「……え?」
「借金してまでこの学院を選んだそうじゃない? それでやっているのは、男に媚びを売ること?」
その声は、せせら笑い交じりの嘲り。
棘のある言葉が、肌に突き刺さるようだった。
「知ってるのよ? アジュだけじゃなくて、その親友ランドとも関係を持ったんですってね?」
セラの目が、かすかに揺れた。
その反応を見届けてから――
パンッ!
頬に鋭い痛みが走る。
平手打ちの音が、静かな空気に響いた。
「恥を知りなさい!」
それだけ吐き捨てて、マーリーは背を向けていった。
セラは、唇を噛みしめる。
(最悪……。恋人がいる男には近づかないよう、ちゃんと気をつけてたのに……)
悔しさに、涙がにじむ。
騙された――その思いばかりが込み上げてくる。
「……もう、終わったか?」
「……!」
茂みの陰から、男がひとり姿を現した。
今のやり取りを見られていたと知り、セラの心臓が跳ねる。
「煩くて、仮眠もできなかった」
「ごめんなさい……その……」
伏し目がちに、潤んだ瞳で謝る。
大抵の男は、これで許してくれた。
だが、彼は冷めた目でセラを見ただけで、ため息ひとつ。
そのまま通り過ぎていった。
(今の……男? 女?)
問いかけるように、セラはその背中を見送った。
黒髪はやや癖があり、寝癖のままだというのに、それすら計算されたように見える。
感情の読み取れない黒い瞳、白磁の肌、長い睫毛。
均整のとれた顔立ちは、男とも女ともつかぬほど美しかった。
不思議だった。あれほど屈辱的だったはずなのに、今は彼の背にしか目が行かなかった。
――あれが、ノクスとの出会い。
この程度で人生が狂うなんて思ってなかったけど。
言いたいことがあるなら、せめて真正面から言えばいいのに。
まあ、私の顔に嫉妬する気持ちはわかるけど。
……それにしても、ノクス。
謝ったのに、一言も返さなかった。
なのに――
なぜか、あの背中が、いまだに目に焼きついてるのよね。
……ほんと、腹立つ。




