第30話 笑っていれば世界は優しかった。でもそれは、勘違いだった【セラ視点】
これは、私が“逃げる”と決めたときの話。
周囲からは「もったいない」「幸せになれるのに」なんて言われたけれど、
私にとっては、ただの悪夢だった。
顔ひとつで得たものもあれば、失ったものもある。
それでも私は、笑って生き抜く道を選んだ。
……勝ち逃げって、悪い言葉じゃないと思うのよ。
私が笑えば、大人たちは優しくなった。
喧嘩も止まり、機嫌もすぐに直った。
それが、“顔”のせいだと気づいたのは、ずいぶん昔の話だ。
異性の目が変わったのも、そのころからだった。
──いい思いもした。けれど、同姓からは嫌われ、異性からは勘違いされることの方が多かった。
そしてその“嫌な思い”のほうが、ずっと心に残っている。
そんな頃、両親が婚姻話を持ってきた。
相手は、母の従兄。地方でそれなりに名のある家の、未亡人の当主だった。
「前からお前のことを気にかけてくださっていてね」
「跡取りがいないし、身内から嫁を取ってくれるのはありがたい話なのよ」
──それはもう、あきれるくらい“ありがたい”話だったらしい。
たしかに、生活は楽になる。
おじさんは優しくて、きっと私のことを大事にしてくれる……昔からそうだったじゃない、と母は言った。
でも、私は──嫌だった。
あの人が私を見るときだけ、目の奥が笑っていないこと。
幼い私の肩を抱くたびに、指先がかすかに震えていたこと。
母には聞かせられないような甘い言葉を耳元でささやきながら、いろんな場所を撫でるように触ってきたこと。
私は、それをずっと我慢してきた。
でも、もう限界だった。
「セリオス魔法学校に行きたい」
「無理よ。うちにそんなお金……」
「私は、あの人と結婚したくない」
「なんてことを言うの……!」
すべてを打ち明けたとき、両親は驚き、そして……謝ってくれた。
「気づいてあげられなくてごめん」と、静かに頭を下げてくれた。
数日後、私は一人でおじさんの屋敷を訪ねた。
「私は、あなたと結婚しません」
そうはっきり伝えた私に、おじさんは薄く笑った。
「……僕は君を諦めないよ? ここまで待ったんだからね」
鳥肌が立った。
この人は、まだ“私を手に入れたつもり”でいるんだ。
それでも、私は一歩も引かなかった。
最後は、両親が再び頭を下げた。
「……あの子が、魔法学校に行きたいと申しておりまして」
「せめて卒業するまで、待っていただけませんか」
こうしてようやく、手に入れた“猶予”だった。
無理を言って、借金までしてもらって。
私は、魔法学校に入った。
──魔法なんて、ろくに使える能力はない。志だって、あるわけじゃない。
でも、この“顔”という呪いを武器にしてでも、あの男から逃げきってやる。
勝って、笑って、全部捨てて逃げてやる。
魔法学校なんて、結局は貴族や王族と繋がるための舞台にすぎない。
才能のない私は、魔法学科は早々に諦めた。
残された選択肢は、普通科か植物学科。
体裁を気にする貴族たちはだいたい普通科に行くけれど、
私は、最悪ひとりでも生きていけるようにと植物学科を選んだ。
今日も私は、身なりを整えて、男たちに笑いかける。
それが、私自身で選んだ道だから。
──でも、このときの私はまだ知らなかった。
“顔”という呪いに囚われた、ひとりの天才と出会うことになるなんて。
読んでくれて、ありがとう。
誰だって、自分の“武器”くらいは持ってる。
それがたまたま、私の場合は“顔”だっただけのこと。
魔法が使えなくても、志なんてなくても、
私には私なりの戦い方がある。




