第四十話『奥寺絵梨花の再起戦』
「───ふぅ、よし、最初よりだいぶ良くなったぞ。腰の動かし方もしっかり出来てきたし、立ち技も良くなったな。」
俺は着実に特訓を重ね、遂にはさまざまな立ち技を身につけていた。 それと同時に体も大幅に強化され、サンドバッグを軽く破壊できる蹴りや、ミットを二発で粉砕するほどの拳を習得。
自分にとって、これ以上ない成果だった。
「──そろそろメシにしよう。お前の成長も感じられたし、今日は奢ってやる。着いてこい。」
「それは有難いっすわ。」
向かったのは、いつもお世話になっているラーメン屋。 昔ながらの醤油ラーメンが並び、どこか懐かしい香りが漂う。落ち着く場所だった。
店主にいつも通り注文をし、オーダーを待つ間、ふと気になったことを口にする。
「そういえば師範って、琴葉とどこで出会ったんですか?」
「───ふぅ、そういやぁ、お前に話したことは無かったな。……琴葉は、東商の繁華街で、看板を立てて道行く人たちにお金を恵んでもらっていたんだ。」
この世界では、稼ぐ手段は限られている。
討伐士以外に安定職はなく、情報屋や体を売る、あるいは道行く人に施しを受ける──そんな現実が日常だった。
「俺が初めて琴葉を見た時、言葉では表現できないが、まるでこの世に存在していないかのような、異様な雰囲気があったんだ。」
その言葉を聞き、彼女はふと、琴葉がかつて練炭自殺を試みていたことを思い出す。
なるほど、師範がそう感じるのも納得だった。
「それで、保護したんですか?」
「ふぅ、まぁそんなところだな。本当は家に連れて行って飯を食わせたら帰そうと思っていたんだが、アイツが俺に『剣を教えてくれ』なんて言い出すもんだから、断れなくなってな。」
「やっぱりあの強さは…師範の教えの賜物だったんですか。」
「いや違ぇな。あいつの強さは、間違いなく“天の導き”が大きく影響してる。」
「その言葉、何回か聞いたことがあります。天の導きの所有者は少なく、選ばれた人間だけが使えると。」
「そうだな、基本的にはその通りだ。天の導きにはさまざまな種類がある。水、木、火、雷、大地……他にも自然界のあらゆる要素を、選ばれた者に付与する。それが“天の導き”だと言われてる。」
「じゃあ、持ってる人とそうじゃない人で、差が生まれちゃうんですね。」
「いや、そうでもない。上位討伐士でも持つ者は限られてる。例を挙げるなら、お前が火の導きを得ても、使えるとは限らない。使えても必ず何かしらのデメリットがある。それがこの世界の理だ。基本は人間皆同じ──はずだったが、第一位は別格だ。天の導きだけでなく、水の派生である治癒術が常時発動していて、傷を瞬時に癒す。それに加え、神蔵家に伝わる伝説の剣“天明剣”を継承している。」
「天明剣?初めて聞きました。」
「天明剣は神蔵家に生まれた者しか扱えず、切れ味は常に鋭く、サビも折れもせず、持つだけで様々な恩恵を受けられる。まさにチート武器だ。」
「うわぁ、明らかなチートじゃないですか。」
「恩恵の詳細は所有者しかわからんから、俺も正直どんなものか完全には把握できてない。」
「さすが神蔵家ですね。…で、琴葉は何の導きを受けてるんですか?」
「────おいおい、お前が一番わかってるだろ。あのスピード、間違いなく人外レベルだっただろ。」
「確かに……じゃあ、風か雷の派生ってイメージですけど…。」
「片方正解。琴葉は雷の導きの保有者。──天から雷の力を授かった。あの電光石火のスピードと、稲妻のようなパワー。それが琴葉の強さの秘密だ。」
話をしているうちに、ラーメンが到着する。
二人は黙々と、箸を動かしながら味わった─────
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「──声を荒らげるなんて珍しいじゃないか、天道教幹部、“閃光のコウメイ”」
「黙れ、黙れっ…!!なんで、なんで貴様がここに居る…!!」
「僕の後輩がピンチだったからねぇ。先輩として助けない訳にはいかないさ。───君は、奥寺さんだよね。ごめんね、早く来れなくて。これ、癒しの薬草を溶かした物だ。飲んだら楽になるよ。」
「ちっ、相変わらずの正義ズラかよ。気持ち悪ぃな。…大体この辺に君がいるってことは、よっぽど俺を警戒してたのかな?」
「いや、僕はただこの近くに用があってね。用事を終えたら、妙に嫌な気配を感じて来てみたらこの様さ。正直、勘弁して欲しいよ。相手が君じゃなお勘弁だ。」
「じゃあ何故ここにいる。今すぐ去りなよ。俺ももう随分落ち着いたからさ。早く帰りなよ。愛しい愛しい“真奈華ちゃん”が家で待ってんじゃない?」
「……その名前を出されると、僕もいい気分にはならないな。それを君は分かってやっているのは知っている。相変わらず小癪な人間だな。」
「俺はこれでも優しい方だぜ?それに、俺はそこの彼女と話をしてたんだ。彼女はこんな所でやられるたまじゃないのはよく分かる。まだ彼女は動ける。さっき俺に大口叩いたんだから。もうちょっと頑張ってもらわないとさ?」
「それは一理あるね。まぁ僕は彼女に薬草を届けに来ただけだ。君と戦うつもりは無い。それに僕も、彼女を信じている。君に善戦することを。そして、君が彼女を殺さない事もまた、信じているさ。」
「はっ、随分な自信だね。その自信が命とりになるってことがなんで分かんないのかな。やっぱり同じ人間なのが嫌になるよ。同じ知能レベルだと思われたくないね。」
少し距離を開けた状態で、二人は言葉を交わす。
その後ろで、奥寺絵梨花はゆっくり目を開けた。
薬草で大方回復し、体を引きずりながらも、一歩ずつ前に進む。
「奥寺さん。大丈夫かい。一応少し薬草を持っているといい。キツかったらまた使いな。きっと君を助けてくれる。」
「やあ君、起きるのが随分早いじゃないか。そんなに俺と会話したかった?俺の変化理論、やっと理解してくれた?」
「───理解、なんて。出来るわけ、ないだろ。」
下を向き、血を流しながら歩を進める絵梨花。
その背後、閃光は警戒を緩めず、視線を鋭く光らせている。
「まだ理解出来ないの?あんなにボロ雑巾みたいにされたのに、まだそうやって俺に楯突くんだ。やっぱ折木も君も、討伐士は気持ち悪いヤツらばっかりだねぇ。」
「気持ち悪いのは、どっちだ。人間の心を弄ぶお前の方が、よっぽど気持ち悪いし、反吐が出る。今すぐにこの世界から消えるべき存在だ。」
「君、さっきと態度が明らかに違うね。俺に対しての殺意かな?憎悪かな?ふふっ、それも変化さ。素晴らしいよ。その変化具合、俺に感じさせてくれ。」
「僕は近くで見届けさせてもらおう。この依頼は僕のものでは無いしね。」
「悪いが邪魔するなよ、折木。邪魔したら俺が本気を出してこの彼女を殺す。」
「───私は、死なない。お母さんとの約束を守るまでは、死ねない。お母さんの想いを背負って、私は生きるって決めた。今死んだら、お母さんに顔向け出来ないから。」
その弱々しくも力強い声が、二人の耳に届く。
第二位と閃光の二人よりも、今この場で最も燃えているのは、奥寺絵梨花自身の決意そのものだった。
「へぇ?やっぱり君は面白いな。そんなに燃やす思いがあるなら全力でかかってきなよ。どうせ君は、俺に勝つことは出来ないんだからさ。精々抗って、惨敗してくれよ。」
絵梨花は、閃光の前に剣を構えた。
血が滲み、足が壊れかけても関係ない。
今倒さなければ、次の犠牲者が生まれるだけだ。
ここで折れるな、奥寺絵梨花。
お母さんとお父さんと、兄弟たちと共に過ごした日々、その覚悟を無駄にするな。
彼女は一人ではない。みんなの想いを背負っている。
「───私は絶対に倒れない。下も向かない。負けない。今この時、全身全霊を掛けて、あなたを倒してみせる!!」
痛々しい血と傷に包まれながらも、奥寺絵梨花の姿は、遠くから見守る第二位にとっても、憧れのヒーローのように輝いて見えた。
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