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エピローグ

 帰って来たもとの世界。もとの時間。向こうの世界から送り出され、気付けば皆で家にいた。呆然としたまま皆で夕飯を食べて、眠って。夢じゃなかったのか皆で確かめ合った。

 皆ちゃんと覚えている。皆ほんの少しの間黙って、ほんの少し思い出にひたった。


 結局朝まで二人で泣いて、帰って来る直前、カーティスさんは私の小指に赤い糸を結んで、反対の端は自分の指に結んだ。


 なんですか、これ。


『またお前を見つけられるように。願掛けだ』


 私を見つけたこと、後悔してるんじゃなかったんですか?

 そう訊いたら、後悔しているが別の誰かに盗られるのはごめんだと言ってカーティスさんは泣いて腫れた目元を綻ばせて笑った。

 繋がれた赤い糸は十秒足らずで消えてしまって、帰って来てからあの世界の名残は手首につけたプレゼントだけになった。

 それを見るのも今はまだ少しだけ辛くて、引き出しにしまった。




***




「そういえばあんた、何でお母さんの再婚反対なんて言い出したのよ」


 改札を出て、もうすぐお店だというのにまだ不機嫌な英衣にお姉ちゃんが訊いた。お母さんが先に彼氏さんとお店にいるからこそ訊けることだ。息子に反対されているなんて知ったらお母さんが気にしてしまう。

お兄ちゃんも私もここまで来たら黙っていられると気になって仕方がないと、一緒に英衣に詰め寄った。


「あの人、ハナブサさんだろ」


 そうだったか。お母さんは下の名前で呼ぶから苗字は曖昧だ。


「ハナブサって、英語の英って書くだろ」


 そうだっけ。


「音読みしたら俺の名前エイエイだろ」

「……そんだけ?」

「じゃあお前ウイウイコって名前になったらどうなんだよ。受け入れられるかよ」

「くだらなすぎてお兄ちゃんもお姉ちゃんも泣きそうな顔してるよ」


 私も他人のふりしたい。

 昨日まで壮大な世界にいたのにこんなくだらないことで現実に引き戻されるのが嘆かわしい。


「苗字変えたくないなら変えなくてもいいんだよ」


 大雑把に言うと再婚で連れ子がいたら、その連れ子は養子縁組の仕組みで新しい旦那さんの子供になるけど、それをしなければ確か変えないでよかったような……。


「マジかよ」

「多分」

「なんだよ、折角腹くくって受け止めようと思ってたのに。レダがこれから頑張るから俺もと」

「レダさんに失礼だよ」


 土下座レベルで失礼。

 恥ずかしいからそいつと並んで歩くなと兄姉に手を引っ張られる。

 ちらっと英衣を見ると微妙に切なげな顔をしていた。レダさんの名前を口に出すにはまだ早すぎた。つい昨日のことなのだから。わかっているくせにうっかり出してしまったのかもしれない。しかもこんなくだらない話で出すなんて馬鹿すぎる。


「あ、このお店ね」


 お姉ちゃんが立ち止まり指さしたのは普段絶対に入らないような明らかに高級な和食屋さん。さすが高級取りが手配したお店。

 せっかくの高級店だけどおそらくこんなお店じゃ緊張で食べた気がしないだろうなと思う。ファミレスの方が落ち着く……。いやいやありがたいことなんだけども。


「喉通らねえだろ……」

「シッ! 声に出したら駄目だよ」


 着物の店員さんに案内されながらコソコソ喋る。ミセス・自信家のお姉ちゃんと感情を表に出さないお兄ちゃんは物怖じせずに堂々としている。


「確か息子さんが二人いるんだよね」

「二十歳と十八っつってたな」

「お姉ちゃんと同い年だね」

「里衣子の毒牙にかからないといいな」


 お姉ちゃんが小さい声で英衣にうるさい、と注意する。さすがにこんなに立派なお店ではお姉ちゃんも大きな声を出さないし英衣も言い返して見苦しい喧嘩にはならない。

 とするとこのお店なことによって適度な緊張感が生まれてお母さんの彼氏さんの前でも粗相をしないで済むかも。じゃあやっぱりファミレスじゃ駄目だ。

 案内された部屋の前ではお母さんが廊下に出て待っていて、目が合うと手招きされた。


「あらぁ、皆おめかしして」


 そりゃあするでしょうと私とお姉ちゃんは頷くけれど、男子はおめかしというワードにピンときていない様子。


「里衣子も羽衣子もおめかしした甲斐があるわよお。新しいお兄ちゃんたちとーってもイケメンなの」

「ふうん」

「へえ……」


 二人で興味なさげな反応をしたのが気に食わないらしく、お母さんは頬を膨らませて少しいじける。

 中からお母さんの彼氏さんが呼んでいるのでお母さんと一緒に中へ入り、席に着いたところで改めて彼氏さんに挨拶をし、次に息子さんのほうを見て絶句した。

 お姉ちゃんもお兄ちゃんも英衣も一緒に動きを止めている。

 最初に動いたのはお姉ちゃんで、一言、消えそうな声で、


「吐きそう……」

「……俺も」


 お兄ちゃんも続けて口元をおさえて俯いた。


「幻覚って、何の後遺症だよ……」


 英衣の言葉にお兄ちゃんもお姉ちゃんも頷く。

 私だけなかなか動けなくて、涙をぐっとこらえるのが今できるやっとのことだった。幻覚? 後遺症? いや、ただのソックリさん?

 あちらの兄弟は片方が微笑んでもう片方は仏頂面。

 お母さんと義父になる人は私たちの微妙な空気に困惑している。


「こんにちは」


 言ったのは微笑んでいる弟の方。 どうしてそちらが弟だとわかったのかって、なんだか知っている兄弟に似ていて、その弟と同じ顔だからだ。


「どう見ても日本人じゃないですよね……?」

「血縁上の母がイギリス人でね」


 私の質問に弟さんはなんてことないように答える。

 その隣を見ると、お兄さんと目が合って、途端に彼は号泣して。私もついでに号泣して。彼のお父さんもうちのお母さんもあたふたして私たちの背中をさする。


「なんで泣いてるんですか……?」

「お前が目の前にいるからだろう。……察しろポンコツ女」

「……っな、なんでいるんですかぁっ?」

「泣くな、馬鹿。つられる」

「先に泣いたのそっちでしょう……っ、うぅ……っ」


 肩を竦ませた弟さんが、お母さんと彼氏さんに隣の部屋を勧める。出来のいい弟さんは恋人二人がゆっくりできるようにもう一部屋予約をとったそうだ。子供たちは子供たちで親睦を深めるからと言う弟さんに親二人は泣いている息子、娘が気がかりなようでなかなか立たない。

 私とお兄さんが大丈夫だと言えば、少し安心した様子を見せた後、弟さんとお姉ちゃんに引っ張られ隣の部屋へ行かされた。


「仁坂さんのお子さんが四人いるのも、次女が羽衣子ちゃんって名前なのも前もって訊いてたんだけどね。いざ顔を合わせると兄上も我慢できなかったみたいだ」


 お母さんに代わり私の背中をさすってくれているお兄ちゃんは、幻覚じゃないのか、とぼそっとこぼした。


「色々説明してほしいけどお別れつい昨日なんですけどぉぉぉ……っ」

「えっ? そうなの? 僕たちからしたらだいたい七十年くらいぶりだからなあ……。みっともないくらい泣いてるけど兄上を多めに見てあげてね」

「最近口が悪いぞ愚弟……っ」


 ななじゅっ……。

 驚きすぎてむせた。涙で顔がグシャグシャなのにむせて更に無様になった。


「どういう、どうなって……」

「ねえ、二人して大人しくしてるけど、兄上がしないなら僕がウイコと感動の再会のハグしていい?」


 お兄ちゃんとお姉ちゃんで私を包囲して「よくない」という声が揃った。


「アリアドネの糸を結んだだろう」

「え、うわっ、と」


 お姉ちゃんたちの包囲をやぶって私の腕をひいた彼の胸に飛び込んだ。抱きしめ返していいのか迷っていたら、もう気にすることはないのだからさっさと腕を回して来いと怒られた。

 抱きしめたのでそれでいい、と満足そうに呟いて、先の説明をつなげる。


「帰り際に結んだ赤い糸のことだ。恋人や夫婦で、まじないの道具として出回っていた。来世でも二人をめぐり合わせる目印になる、と。大半の者はほとんど信じていなかったな。子供騙しの道具として出回っていた。俺も気休め程度にしか思っていなかったが……」


 結果はこういうことだ、と彼は微笑んでキスをしてきた。


「う……っ、ぐ……っ」

「赤い」

「泣いたからです……っ」


 お兄ちゃんがすっと近づいて来て間に入ろうとしてくるのを弟さんが止めた。


「いくらなんでも野暮だよ。兄上は独身を貫いたんだよ? 王族失格だよね。ちゃんとずっと、ウイコのこと覚えてたんだから、少しくらい許してあげようよ」


 本当ですか? と尋ねると、仏頂面で肯定した。生きている間に王政は廃止にして、念のためいつか必要になるかもしれない王家の血もハロルドが残したのだから問題はないだろうと言ってそっぽを向く。


「私のためですか? ちょっと重いですね」

「不細工の分際で調子に乗るなよ」

「冗談です。ごめんなさい。照れ隠しです」


 お兄さんの後ろから弟さんの腕も伸びてくる。


「だけど今だから言うね。兄上とウイコが結ばなくたって大丈夫だったんだよ」


 二人が眠ってる間に、それぞれ僕の指に結んでたんだから。

 という衝撃の発言は聞かなかったことにしたい。眠ってる間に何をされていたかなんて彼も私も怖くて訊けない。


「あああああー……っ!」

「はああああ?」


 お姉ちゃんと英衣ががくりと膝をつく。


「あいつ絶対、子供だましじゃなくて効果がしっかりあること知ってたでしょ……!」

「あんなにしっかり別れの挨拶してどんな顔して会えばいいかわかんねえよ……!」


 何か心当たりがあるらしい。

 訊かないでおこう。


「確かに世界の違いって壁はなくなりましたけど……。お母さんになんて言えばいいのか……」

「どうにもできない問題じゃない。昔とは違う」

「昔じゃなくて昨日なんですけどね……。あ、思い出の中で美化されてたらちょっと迷惑なんですけど、大丈夫ですか?」

「安心しろ。俺の生涯でお前ほど無礼な人間はいないと確信を持てるほど俺の中のお前への評価は低い」

「あれ、私のこと実は嫌いですね、その評価だと」


 耳元で笑いを含ませ囁かれる。


「言ってほしいのか?」


 違う違う違う違う違う違う違う違う!

 違います! 

 どんなに否定してもにやにや笑っている。


「親や兄弟の前でいちゃついたりするの苦手な人なんです! いい! 言わなくて結構です!」

「好きだ」

「う……っ」

「愛してる」

「んう……っ」


 この性悪王子。その上返事まで求めてきやがる。


「私……も……、好きです……」


 むかつく。何がむかつくって、得意げなその顔もむかつくけどその顔をされてもドキドキしている自分が一番むかつく。悔しい。


「いつまで泣いてるんだ。不細工に拍車がかかるぞ」

「自分だって泣いてるくせに」


 ごつごつした指で涙を拭われて、これは恋人同士じゃないとなかなかできない行為だなあとぼんやり思う。


「可愛い」

「不細工なんじゃないですか?」

「可愛い。どの世界の、誰よりも」

「貴方もね、とても素敵な人です」


 どの世界の、誰よりも。


 ねえ、お名前を教えてください。今の貴方はなんて名前なんだろう。どんな場所で、どんな風に過ごしていたんだろう。私の知らない貴方がいるのなら知りたいと思う。

 明けない夜がないのはよくわかってる。だけど明日も貴方に会える世界なら、私はもう二度とそんなものを欲しがることはありません。



fin


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