62 留置場の面会
月曜日の朝。
出社して、いつも通りデスクについた。プロジェクトルームの空気が、先週までとは明らかに違う。白峰さんがいた席は空のまま、私物も全て片付けられている。
誰もその席について触れない。ただ、視線だけがちらちらとそこに向かう。
朝礼で朝倉座長が簡潔に告げた。
「白峰さんは一身上の都合により離任されました。詳細は控えますが、プロジェクトの業務に支障はありません。――そして、もう一点。本日付で、如月さんが物流セクションの主任に就任します」
昨夜の電話で内々に聞いてはいたが、こうして皆の前で告げられると、面映ゆい。
拍手が起きた。温かい拍手だった。
§ § §
昼休み。
スマホを見ると、知らない番号から着信履歴が入っていた。折り返そうか迷っていると、朝倉座長から内線が入った。
「如月さん。少しいいですか」
座長室に呼ばれた。いつもの穏やかな表情だが、眼鏡の奥の目が少し曇っている。
「白峰さんの件で、公安から連絡がありました」
「はい」
「彼女が、あなたとの面会を求めています」
心臓が跳ねた。
「……面会?」
「勾留中の白峰さんが、あなたとだけ話したいと。公安も驚いていました。弁護士でも家族でもなく、被害者であるあなたを指名してきたと」
胃の底が、ぎゅっと縮んだ。
「行く必要はありません。むしろ、行かない方がいいかもしれない。被害者が加害者に会うなんて、精神的な負担が大きすぎる」
朝倉座長の言葉は、正論だった。
「……少し、考えさせてください」
§ § §
帰宅後。
エリオットが作った豚の生姜焼き定食を食べながら、私は切り出した。
「白峰さんが、私に会いたいって」
エリオットの箸が、一瞬だけ止まった。
「……勾留中の、白峰が?」
「うん。公安に逮捕されて、今は留置場にいるんだと思う。そこから、私との面会を求めてきた」
「行くつもりか」
「わかんない。行きたくない。正直、怖い」
味噌汁を啜った。出汁が効いていて美味しい。こんな時でも美味しいと思える自分が、少しだけ嫌だった。
「前世で私を処刑台に送った張本人だよ? 今世でも、散々嵌めてきた。会って何を話せっていうの」
「……」
「でも」
箸を置いた。
「なんか……引っかかるんだよね。白峰さんが、私を指名してきたこと。弁護士でも家族でもなく、私を」
エリオットが、静かに味噌汁を飲んだ。
「君がそう感じるなら、行くべきだ」
「え?」
「君の直感は、いつも正しい。カレンシュの頃から、そうだった」
蒼い目が、真っ直ぐに私を見ていた。
「私は白峰を許せない。前世でも今世でも、あの女が君にしたことは――」
エリオットの声が、低く震えた。怒りだ。普段のポーカーフェイスの下に、灼熱の感情が渦巻いている。
「だが、それは私の感情だ。君が行くと決めたなら、私は止めない」
「……一人で?」
「面会室には私は入れない。だが、建物の外で待っている。何があっても」
生姜焼きの最後の一切れを口に入れた。
美味しかった。この男の作るご飯は、いつだって美味しい。
「……行く」
「そうか」
「行って、聞いてくる。白峰さんが何を言いたいのか」
エリオットが、ほんの一瞬だけ、目を細めた。
あの顔だ。怖いくらい真顔なのに、目の奥だけが柔らかくなる、あの顔。
数百年を一人で生きた大魔法使いが、限界OLの決断を、静かに肯定してくれている。
「行ってくるね」
「ああ。行ってこい」
§ § §
翌日。
午後の半休を取って、私は公安の施設に向かった。
池袋から電車を乗り継いで、都心の外れにある無機質なビル。受付で身分証を出し、面会の手続きをした。手が震えていた。
長い廊下を歩く。蛍光灯の白い光が、やけに目に刺さる。
面会室の前で、足が止まった。
(大丈夫。大丈夫だから)
深呼吸した。
ドアを開けた。
§ § §
アクリル板の向こうに、白峰サヤカが座っていた。
最初、別人かと思った。
あのゆるふわの髪は乱れ、化粧もしていない。頬がこけて、目の下に深い隈がある。パステルカラーの服ではなく、灰色の留置場の服。
でも、目だけが違った。
あの目。私を見つめるあの目だけが、異様な熱を帯びていた。
「……来てくれたんだ」
白峰さんの声が、掠れていた。
「お姉様」
私は、椅子に座った。
アクリル板越しに、二人きりの空間が始まった。




