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ユーフェミアは今日も眠い。  作者: 南蛇井


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202/273

“対立”の不成立 ——「燃料の欠如」

王子は、周囲の視線を痛いほど感じていた。

 中庭の静寂は、彼にとっては拷問だった。

 嵐を呼ぶ舞台のはずが、そこにあるのは乾いた昼下がりの空気だけ。


 生徒たちは、ハンモックに揺られながらちらとこちらを見る。

 視線は好奇ではない。放課後に新しいカフェができたらしいよと噂を聞いたときと同じ、軽い水面の揺れほどの興味。


 教師はティーカップを置く。

 皿の上で陶磁器が触れあう音が、王子の怒号よりもよく響いた。


 誰も戦いを望んでいない。

 正義の火種が存在しない。

 悪役の予感も存在しない。

 あるのは、ただの生活だ。


 王子は吠えた。

 声を震わせ、怒鳴り、詰った。

 理想を並べるほど、自分自身の中にある空洞が拡がっていく。


「俺は勇者だ! 使命がある!

学園の秩序を守るために! 世界の未来のために!

魔王封印の継承者として――!」


 言葉が空気に投げ出されるたび、誰かのノートパッドのスクロール音がそれを飲み込む。

 英雄の雄叫びは、検索バーに吸われるノイズに変換されていく。


 それでも王子は喚いた。


「俺は……怒っているはずだ……世界のために……!」


 ユーフェミアは、パン屑を鳥へ投げ終えると、ようやく一度だけ大きな欠伸をした。

 それは退屈の表現ではない。

 気圧の急変で生じた身体反応くらいの自然さで。


「怒りは処理対象です。

 無駄な熱量は、社会の障害になります。」


 淡々。静謐。

 “怒り”そのものに道徳は求めないという、医療手順のような語り口。


 王子の心臓は掴まれたまま解放される。

 締め付けられた恐怖も、噴き出すはずだった憎悪も、どこかの排水管に流されたかのように消えていった。


 それは魔法だ。

 感情を抑圧する暴力ではなく、過剰な感情を分解する最適化。

 王子自身が毎朝浴びている、集中補助と同じ類のもの。


 怒りを燃やそうとした瞬間に、燃料そのものが化学的に中和される。


 王子は言葉を探す。

 だが、胸の奥で燃料タンクは空、火口は湿っている。

 息だけが虚しく漏れる。


 周囲の空間は、彼と対立しなかった。

 世界は、王子の敵意を受け取る資格を持っていなかった。


 対立は成立しない。

 戦いは発火しない。

 英雄譚は、誰も炎を必要としない世界には存在できない。

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