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ユーフェミアは今日も眠い。  作者: 南蛇井


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舞台効果の敗北

天井一面を覆う魔法光幕は、王子の演説に呼応するように色を変えた。

青は平穏、赤は危機、黒は断罪――

宮廷魔導士が三ヶ月を費やし設計した“感情誘導のアルゴリズム”だ。

民衆は色に反応する。

歴史が証明している。戦争も革命も、旗の色から始まった。


だから今日も燃えるはずだった。

赤が視界を支配する瞬間、恐怖と怒りが駆動するはずだった。


だが。


光幕が閃光を走らせても、誰の瞳孔も開かない。

赤に染まったホールの天井を、生徒たちはただの照明として認識する。


生徒A「やっぱり画面、まぶしいな。課題のコントラスト狂う」


王子は思わず演台に手をついた。

その手触りは冷たく重厚な王家の象徴――

英雄譚の中心へ立つ人間のためだけに作られた天壇。

自分がそこに立っているのに、誰一人、自分を“中心”として扱っていない。


王家の紋章は黄金に輝く。

歴代王が血で磨いた権威の記号。

剣と鷲翼を広げた紋章は、かつて群衆を震わせた。


侍従(囁き)「紋章の反射角度は完璧です。視覚効果は—」


だが、効果は存在しなかった。

観客が“恐怖”という回路を持たなくなった世界では、象徴はただの模様。


ユーフェミアの魔法は怒りを鎮めたのではない。

“怒りが存在し得る条件そのもの”を削除した。


観客席に立ち上がる生徒たちは、燃え上がる炎から逃げるように退場するのではない。

暖房の効いた部屋から、次の予定へ移動するだけ。


舞台の演出は、観客が熱狂するための薪だった。

英雄譚を燃やす火床。

歴代王たちが「正義の火」を焚き付けるために使った仕掛け。


だが薪がない。

燃料たり得る“人間の揺らぎ”が無い。


薪のない焚き火は、石を積んだだけの囲いになる。

魔法光幕は炎ではなく映像に過ぎない。

演台は聖壇ではなく機材置き。

紋章は王の威光ではなく壁面装飾。


そして王子の声は――


「貴様らは理解していない! 彼女が奪ったものを!」


魔力増幅装置を通してもなお、虚空に沈む。


誰も反論しない。

誰も怒りを見せない。

誰も指笛も罵声も飛ばさない。


焚き火の火種ごと盗まれた世界に、炎は発生しない。


断罪イベントは燃え尽きたのではなく、

最初から燃焼不可能だったのだ。


煙すら上がらない。

炎の幻影だけが、天井の光幕に虚しく踊っていた。

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